アニとお風呂に入る [ 38/167 ]
(if恋人同士)
「街はクリスマス一色ねぇ」
エルダは湯船の中から鼻歌まじりにアニに声をかけた。
「......別に私たちには関係ない事でしょう....」
洗い場で髪を濯ぎながらアニは興味無さそうに応える。
「そうでもないわよ?イブの日にはささやかながら訓練兵で集まって何かするみたいだし」
エルダの項は温かい湯によってほんのり色付いており、アニはその後ろ姿に何とも言えない嫌らしさを感じて仕方が無かった。
「......こんな下らないイベント如きに皆浮かれて....。これからの訓練生活が思いやられるよ」
その欲望になんとか理性の蓋をして、浴槽のエルダの隣に足を踏み入れる。遅い時間の為、湯は少し温かった。
.......二人は、時折随分と遅い時間帯に入浴する。
夜も更けて閑散としたこの浴場だけが、集団生活の中で唯一二人きりでいられる場所だったからだ。
「......良いじゃないの。楽しい事は良い事よ。」
エルダは相変わらず優しい微笑を浮かべている。その余裕な態度が気に入らなくて頬を軽く抓ってやった。
「.....五月蝿いのは嫌い。」
柔らかな頬の感触に満足してアニは手を離す。
「あら。でも私はアニとクリスマスを祝いたいわ。
せめてプレゼントを贈らさせて頂戴よ。何か欲しいものは無い?」
浴槽の縁に頭を預けながらのんびりとした口調でエルダは問う。
アニはゆっくりと目を瞑り、しばし口を閉ざした。白い横顔を水滴がひとつ滑って行く。
エルダは愛しい彼女の頬をそっと撫でて、また柔らかく微笑んだ。アニは黙ってそれを甘受する。
「........子供が欲しい」
ふ、とアニが小さく声を漏らした。
「え......」
エルダは頬を撫でる手を止めてその横顔を見つめる。
いつの間にかアニの目は開かれ、澄んだ青色に自分の姿が映っていた。
「私は.....あんたと私の子供が、欲しい。」
アニはその言葉を、もう一度噛み締める様に....ゆっくりと言う。
しばらく.....浴室には、何処からか雫がぽたり、ぽたりと落ちてタイルに当たる音しか聞こえなかった。
エルダはほうと細く長く息を吐く。それから....アニをゆっくりと抱き締めた。
「それは.....素晴らしいわ。適うなら、本当に素晴らしい事ね.....。」
エルダの本心だった。心の底から.....そう思ったのだ。
「子供が生まれたら....貴方に似た碧眼かしら。きっと素敵な子でしょうね.....。」
優しく耳元で囁けば自分の体にも腕が回る。柔らかな互いの体が浴槽の中でしっとりと触れ合った。
「私はエルダの目の色の方が良い.....。」
すぐ近くでアニの声がする。体を少し起こして視線を合わせれば、彼女もまた真っ直ぐに見つめて来る。
エルダは胸が締め付けられる様な思いがした。そして、その切なさを隠す様にアニにそっと口付けた。
触れるだけの、とても優しいキスを........
「私は.....あんたと、確かに愛し合った証が欲しいんだよ.....」
唇を離すと、アニは物憂げに目を伏せる。
微かに潤む目の端にもキスをひとつ落とし、エルダは彼女の手を浴槽の中で握った。
それは予想外に強い力で握り返される。
「.....こんな世の中じゃあんたも私もいつ死ぬか分からない。
もしも、どちらか片方がいなくなったら....こうして触れ合った事も、沢山の約束も....全部無かった事になってしまう......」
黙って耳を傾けるエルダの体にアニはゆっくり手を伸ばす。
温かい湯によって淡く色付いた掌がエルダの乳房をそっと覆った。
柔らかな膨らみはそれに合わせて形を変え、エルダの口からは小さく息が漏れる。
「..........こんなに、愛しているのに.....」
アニは吐息の様に微かな声でそう言うと、今度は自分の方から唇を重ねた。
先程と同じ様に、触れるだけの静かなものだった。
「.......私があんたを好きで、あんたも私を想っていてくれて......気持ちを伝えてキスをして.....
こうして触れ合い、数は少ないけれど肌だって重ねた。
でも.......私たちは何も残せないんだ。こんな行為に、一体何の意味が.....」
鼻が触れ合う程の距離。肌と肌は密着し、浴槽の中で脚は絡み合っていた。
それでもそれに嫌らしさを感じなかったのは、アニの眼が......
(あぁ......)
アニは時々、こういう眼をするのだ。
泣きたいのか...不安なのか....寂しいのか....許して欲しいのか......。
うまく言葉で言えないけれど.....その度に、貴方が歩む暗闇から救ってあげたいと....そう、強く思う.....
「.....意味は、きっとあるよ。」
エルダは息を吐く様に囁く。
「.....少なくとも私にはあった。だって、アニは言ってくれたじゃない.....。
いつか私を貴方の故郷に連れて行ってくれるって。一緒に暮らそうって.....。」
掌と掌が浴槽の中で自然と重なった。互いの指をしっかりと絡ませ合い、それは強く握り合わされる。
「私はすごく嬉しかった。やっと私にも、故郷が.....帰る場所ができるんだって.....。
貴方のその一言だけで、私に取っては充分過ぎる程の意味がある.....。」
アニはゆっくりと目を閉じて、エルダの額に自分の額を合わせた。
「エルダ.....」
そして低い声で囁く。
「......なにかしら」
「私と......結婚して......。」
「.........勿論よ。」
アニの言葉にエルダは、静かに.....けれどとても嬉しそうに微笑んだ。
.......その笑顔がどうしようもなく好きで.....傍にいて欲しくて......
「........好き.....。」
思わず気持ちを呟いた。かつてここまで血も繋がっていない人間を愛せた事があっただろうか。....いや、ない。
好きで好きで仕方が無くて、気持ちが大きくなる程切なくて不安で......。
あんたが、私の罪を知った時に受け入れてくれるかどうかも分からないのに.....。
だからこそ今ある愛の形が.....目に見えるものとして欲しかった。
でも.....もう贅沢は言わない。エルダがいてくれれば、それで良い.....
「私もよ.....アニが好き。愛しているの。
だから結婚しましょう....。何も問題はないわ。」
エルダの優しい言葉にアニはゆっくりと頷く。
「......でもこの場合、結婚式はどちらがドレスを着るのかしら?
......アニならどっちも似合いそうね」
「.....二人ともドレスで良い。私の故郷で、二人きりで式を挙げるの....」
「素敵ね.....。本当に素敵。」
エルダの穏やかな微笑ににつられる様にアニも微かに笑った。そして二人はどちらとも無く再び唇を重ねる。
今度は深い、お互いの存在を確認し合う様な....長い長いキスだった。
*
「ねえアニ.....。クリスマスのプレゼントなんだけど...私、貴方に指輪を贈りたいわ。」
脱衣所で体を拭いていると、エルダがアニに声をかけた。長い髪がしっとりと濡れていて艶っぽい。
アニは再びキスをしたい衝動に駆られた。
「.....指輪。」
何でもない風にそう応える。欲望に素直になりたいのだが慎みは失いたくない。
そこら辺の男と一緒に見られるのは御免だ。
「結婚と言えば指輪よ。ひとつの愛の形だわ。」
「.....それなら私もあんたに贈りたい。」
「そうね。それじゃ一緒に買いに行きましょう....。楽しみだわ。」
「......髪。まだ濡れてる」
寝間着に着替え終えた彼女を強引に椅子に座らせて、奪ったタオルで髪をがしがしと拭いてやる。
エルダは目を閉じてその行為を甘受した。
「私、アニに髪を拭いてもらうの好きだわ」
「.......どうも」
「結婚したら毎日やってもらおうかしら」
「甘えるんじゃないよ」
「あらごめんなさい。でも偶にはして欲しいなあ」
一通り長い髪を拭き終わり、タオルを返そうと差し出す。
しかしエルダはタオルでは無くアニの腕を掴んでこちらを見上げて来た。
「........アニ、だから....いなくならないで頂戴....。」
「.......え........。」
エルダは....いつもの様に微笑っているわけではない。かといって泣いてる訳でも怒っている訳でもない。
........ひたすらに、真顔だった。
「私たちは婚約をしたのよ。だからどうか....せめて結婚式までは....いなくならないで」
そう言って.....切なげに、眉を寄せる.....。
......そうか。
エルダはきっと.....私が懸命に隠そうとしている後ろ暗さを....何となく、感じ取っている.....。
「....私はね....。貴方の事が本当に好きなの。.....失いたくない....。」
......私だって失いたくない。....エルダとの未来を....この目で見てみたい....!
「.......愛しているわ、アニ......」
息を、吐く.....。
灯りに数匹の蛾が集っている.....。どこから迷い込んだのだろう。
低い軒下にある明かり窓が頼りないランプの光に照らされて薄く光っている.....。
慎みを持ちたいと数分前まで思っていた事を忘れて、アニは貪る様にエルダの唇に噛み付いた。
秋津様のリクエストより。
ifアニと恋人設定で書かせて頂きました。
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