光の道 | ナノ
エレンと勝負の行方 02 [ 144/167 ]

それからしばらく、エレンはエルダを避けて過ごした。

元より……そこまで仲は良くない。むしろ関係は希薄だった。

しかし色々なことが重なってエレンが彼女を苦手となり…それを態度で表すようになると、途端に面白がっているのか向こうから構ってくるようになった。

恐らく逃げられると追いたくなるタイプの人間なのだろう。潜在的サディストなのかもしれない。


(性質悪いな……)


おまけに……奴がアルミンと気が合うのはなんとなく分かるが、最近はミカサとの距離も確実に詰めてきている気がする。

これは、なんだ。外堀から徐々に埋められてしまっている状態なのだろうか。


溜め息を吐いて顔を上げた。


何となくぶらぶらとしている内に訓練場から少し離れた森のほうにまで来ていたらしい。

小高くなった場所からはいつも過ごす宿舎や食堂などの棟が望めた。


………空気の冷たさが和らいでいる。春が近いのかもしれない。


もう一度軽く息を吐いて、のんびりと周囲に緑を広げているケヤキの根元に少々乱暴に腰を下ろす。


「わあ」


それと同時に驚いたような声がした。………聞き慣れて、それでいて聞きたくなかった声である。

エレンはまずいと思ったが、どうすることも出来ずにそのままでいると……幹の反対側からエルダがひょこりと顔を出してこちらを見た。

死角であった。運が悪いにもほどがあると思う。

出来るだけ顔を合わせないように気を使って過ごしていたというのに、これでは全てが水の泡である。


エレンは急いでそこを去ろうとするが、それよりも早くにエルダが彼の袖を掴んで元の姿勢に戻してしまう。


「な、なんだよ」


吃りながら尋ねれば、「なにかしらねえ」と逆に聞かれてしまった。知るか、という気分である。


「………こんなところで何してるんだよ」

離せよ、と袖を掴む手の甲をべちべち叩けばとくに抵抗はされずに解放された。

……彼女の膝の上には本が開いたまま置かれている。聞くまでも無い質問だったろうか。


「うん……?エレンを待っていたのかしら」


しかしその口からはいつもの如くいけしゃあしゃあとふざけた返答がなされる。

その時のエレンは余程ひどい顔をしていたに違いない。エルダが「折角格好良いのにそんな顔しちゃ台無しよ」と驚いたように頬に手を当てて呟く。


「冗談はさておき見ての通り読書よ。だから貴方が来てびっくりしたわ……ああ、やっぱり運命かしっ」


そこで彼女の声は途切れた。エレンが思わずその口を手で塞いだからである。

………少しして、ゆっくり離せば「ごめんなさい、冗談よ」と微笑まれた。


「いや…面白くねえからやめろ。」

「そうねえ。私は笑いのセンスはあまり無いから。」


エレンは自身の眉間に深く刻まれた皺を軽く揉んで唸る。……どうしてこうなった、としか言いようが無い。


「そう言う貴方は何故ここに……まさか私に会いにきてくれたのかしら。照れるわあ」

「お前って超ポジティブな」


エレンはげんなりとしながら応えた。「そうかしら」とエルダは嬉しそうにする。いや、褒めた訳じゃねえし。


「別に用はねえよ。お前がいると知ってたら来なかった。」

「あら悲しい」

(全然悲しくなさそうだな……)


ここにいても気力を削られるだけで時間の無駄だと思ってエレンは立ち上がろうとする。


「来たばかりなんだからもう少しゆっくりしていけばいいのに」

勿論彼女の言葉には無反応を決め込んで早々にそこを後にしようとするが…少しの違和感、そして「い、いたた」という小さな悲鳴。

振り向けば、自身の服の金具にエルダの長い髪が器用に絡んでいたらしい。

頭髪を引っ張られて彼女は痛そうに眉をひそめていた。


「わ、悪い」


慌ててエレンは元の位置に腰を下ろして金具から髪を解こうとする。

……しかし想像以上に複雑に噛み合ってしまっており、中々はずれてくれない。


「………ちょっと待っててね、今髪を下ろすから…」


エルダはごめんなさい、と繰り返しながら長い髪を結わえていたリボンを解いた。

思っていたより量が多くて、ふんわりとしながら薄い色素の毛が広がる。風がさやと吹くので微かに石鹸が香った。


「……ああ、取れたわ。面倒かけて申し訳ないわね…」


しばらくして、彼女はほっとしたようにエレンに声をかける。


「やっぱり……そろそろ切ったほうが良いかしら」

そうして引っ掛かってしまっていた箇所を撫でながら零した。


「長い髪は不便だろ。なんで切らないんだ」

それを眺めながらエレンが呟く。エルダは曖昧に笑ってどこからかブラシを取り出した。

ゆっくりと乱れた髪を梳いていくので、引き続いてぼんやりと見つめる。


思えば……彼女が髪を下ろしているところをまじまじと見るのは初めてかもしれない。

「よくブラシなんて持ってるな」と零せば、エルダは「女子のたしなみよ」とおかしそうに応えた。


………長い髪を梳かす女性の姿には、見覚えがある。

身だしなみに結構気を使う人だったから…毎朝鏡に向かって几帳面に髪を結っていたっけ。

どこか上機嫌に鼻歌なんてしながら……


「エレン」


声をかけられてハッとする。

また、柔らかい風が遠くから吹いて遠くへと去っていった。


エルダは目を細めて彼のことを覗き込みながら「良ければ貴方も梳かしてあげるわよ、いらっしゃい」と言う。


「いや……オレは良いよ」

「どうせ今朝も梳かしていないんでしょう。男の子だって身なりをきちんとした方がモテるのよ」


自然と腕を引かれて身体を寄せられる。

「この前転ばせちゃったお詫びも込めて、ね」とのことらしいが……果たして本気で詫びているのだろうか。

どう見ても楽しんでいるようにしか思えない。


「……男の子って良いわね。とくに気遣いしなくても髪や肌が綺麗なんだもの」

「そりゃあ…人によるんじゃねえの」

「そうかもね、でもエレンの髪は結構綺麗よ」


なんだか犬の毛を弄ってるみたいな気分だわあ、とエルダは付け加える。犬かよ、とエレンは心の中で突っ込んだ。


思えば……人に髪を梳かされるなんて何年ぶりだろうか。

やわやわとした感触がくすぐったく、心地よくもあった。少し眠たくなるような気分もする。


よく晴れた空にはやわらかい羽毛を散らしたような雲が一杯に棚引いていた。

その合間を縫ってヤマガラの声が鳴き渡る。いかにも穏やかな景色だった。


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