ベルトルトとクローバー 02 [ 26/167 ]
「ベルトルトはやっぱり器用ねえ....」
ほー、と感心しながらエルダが頭上の花冠を軽く触った。
「こんなの別に簡単だよ....誰にでもできる....」
僕は気恥ずかしさから少し目を伏せる。
白と緑のそれは予想通り彼女に良く似合っていた。
「素敵ね。クローバーの冠なんてとても縁起が良いよ....」
エルダは嬉しそうに目を細める。
「本当は四葉を見つけたかったんだけどね....」
僕は少し残念そうに言った。
これだけクローバーがあるのだからひとつ位....と思ったのだが、やはり見つかりにくいのが四葉の四葉である所以なのだろう。
結局その花冠に編み込まれたのは三つ葉だけであった。
「そんな残念そうな顔しないで....」
エルダはそう言いながら自分の足下の白詰草とクローバーを数本摘んだ。
そしてそれをくるりと束ねるとおもむろに僕の顔の横へと持って行き、耳の上にそっと掛ける。
「元はね、三つ葉のクローバーだって幸運を齎すものとされてたのよ。
三つが凄いなら四つはもっと凄いだろう、という単純な計算で現在は四葉の方が凄いと思われているけれど....」
あとは四葉の謂れについては宗教とかが絡んで色々と複雑になってくるね....と言いながらエルダは先程耳に花を掛けた手を少し移動させてゆっくりと僕の頭を撫で始める。
「まぁ何が言いたいかというと....三つ葉だって充分素敵だという事よ。」
僕の瞳を見つめて柔らかく微笑むエルダの表情は、白詰草の冠も相まって春の擬人化の様に温かくて....とても綺麗だった。
頭を撫でられるというあまり経験した事が無い感覚の心地よさに少し頭がぼんやりして、徐々に顔に熱が集まっていくのが分かる。
花冠をありがとう、と彼女は優しく笑った。
その時、春の柔らかな日差しに包まれたこの空間を、そのまま切り取って何処かに閉じ込めてしまいたいと本気で思った。
.....もう少ししたらエルダはまた仲の良い女の子たちと一緒に僕から離れて行ってしまう....
何で二人だけの時が永遠に続かないのだろう....。
嫌だな......。
*
いつもの様に図書室でめぼしい本を探していると、珍しい人物が目に入った。
「ベルトルト、珍しいね」
声をかけると不自然な位に動揺される。
「ア、アルミン.....」
何だか化物を見る様な目で見られた。.....ちょっと傷付くなぁ。
「どうしたの?君がここに来るなんて....」
「いや、ちょっと本を....」
語尾が消えて行く。
ん、まぁ図書室にいるのなら本に用事があるのは当たり前だろう。
「本を.....?」
続きを促す様に声をかける。
.......すっかり目が泳いでしまっていて、何だか悪い事を聞いてしまったのかと罪悪感を覚えた。
「アルミン!!」
「!?」
しかし急に両肩を掴まれて自分の名前を呼ばれる。
......何なんだ....。今日のベルトルトは普通ではない....。
「.....その、僕はあまり本とか読まないんだけど....そういう初心者向けの本とか....お薦めとかはあるかな....」
しかし、大胆な行動に出ている割にはどうも照れくさそうだ。
それにしても珍しいな....あまり積極的に新しく何かを始めるタイプには見えなかったんだけど....本を読みたいとは...
「あ、あぁそれならまずは読みやすい挿絵とかが多い奴が良いんじゃないかな....
あととりあえず手を離してくないかい....」
僕の言葉にはっとした様にベルトルトが手を離す。
ようやく自由になった体で、僕は自分の傍らに聳えていた本棚からめぼしい物を探る事にした。
「そうだね....。おとぎ話や歴史小説の物語系じゃなくて....こう技術書や日常生活に役立つ様な本がとっつきやすいかも....」
数冊ピックアップした物をベルトルトに渡す。
彼は軽く礼を述べてそれを受け取ると、中身をぱらぱらと捲り始めた。
てっきり立体起動の技術書等が気に入ると思っていたけれど、意外な事に簡易な植物学の本に興味を持った様だ。
「........!!」
緑の背表紙を持つそれのとあるページでベルトルトの目が大きく見開かれた。
「.......?」
どうしたのだろう......。遂々訝しげな視線を向けてしまう。
しかし彼はそんな僕の眼差しは全く意に介さない様で、「探さないと.....」と言いながら僕の腕の中に数冊の本を戻してきた。
あまりにも唐突な行動だったので、本を落とさない様に受け取るのに苦労する。
そうこうしている内に、瞬くスピードでベルトルトは図書室の入口へと戻り、外へと飛び出して行ってしまった。
残された僕は唖然とするしかない。
(本当に今日のベルトルトはどうしたんだ......)
やれやれと思いながら手のうちに戻された本に目をやる。
....ベルトルトが最後に見たページが開かれている。
何を見てそんなに驚いたのか興味が沸き、その中身をまじまじと見つめてみた。
(クローバーか.....)
そのページには何の事は無い植物学の知識と簡単な図説しか書かれていなかった。
分類、種類、特徴、季節、種子、花、葉の数....
(ん....?この本花言葉まで載ってるのか.....)
しかしベルトルトはクローバーの図版を見て一体何を思ったのだろう.....謎は残るばかりである。
(彼の事はまだ良く分からないな.....)
訓練兵となりそれなりの年月が経ち、寝食共にした仲ではあったけれど口数の多く無いベルトルトとは未だに親交が深められていない。
僕はひとつ溜め息をつくと、ベルトルトに返されてしまった本をもとの場所に戻す作業に移るのだった....。
*
「あ、凄いですねそれ....四葉じゃないですか!」
サシャが本を読むエルダの傍らに置かれていた栞に押し花された植物を見ながら言う。
「わ、本当だ....自分で見つけたの?」
クリスタが隣からエルダに問う。
「ううん。ベルトルトがくれたのよ。」
折角だから栞にしたんだ、とエルダが嬉しそうに笑う。
「はぁ!?あいつがぁ?受け取るなよそんなもん」
ユミルは明らかに機嫌を損ねながら頬杖をついた。
「.......そう、ベルトルトが.....」
ユミルに同調する様にクリスタの顔もひきつる。
サシャとエルダはそんな二人の態度の変化を不思議そうに見つめた。
(ベルトルトが......四葉のクローバーを.....
まさか、ね......。男の人だもの......、花言葉なんて知っている筈無いよね......。)
クリスタは思考を巡らせながら少し離れた所にライナーと一緒にいるベルトルトをちらりと見る。
.......視線が合った。
あの人......いつもエルダの事見てる.....。一体なんなの......。
軽く睨みつけてやると驚いた様に視線を逸らす。
.....あんなにおどおどしてる癖に....エルダの事を好きだったりしたら嫌だな....。
心に不穏な空気が渦巻き始めて、何だか不安になる。
遂、隣にいたエルダの体に抱きついてしまった。
エルダは少し驚いた様にしていたが、やがてクリスタの肩をそっと抱き返した。
優しいその手付きにクリスタは安堵の溜め息を漏らす。
.....やっぱり私はエルダの事が大好きだな...。
クリスタはエルダの事を抱き締める腕の力を少し強くした。
.......だから......駄目。あんな人には絶対に渡さない......。
四葉のクローバーの花言葉
『私のものになってください』『真実の愛』
のんちゃん、様のリクエストより。
休日にベルトルトとお花畑でのんびりデート、頭を撫でられるベルトルトくんで書かせて頂きました。
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