光の道 | ナノ
アニと三日月と眼鏡 02 [ 24/167 ]

(.....今日は全然読み進められなかったなぁ....)


エルダは寝室に帰ってから食堂から持ち帰った本をぱらぱらと捲った。他の三人は未だにお喋りの興じている様だ。


(.....まぁ楽しかったから良いんだけれど.....)

今まで定まった土地に留まった事のなかったエルダにとって、こんなに長い時間を同じ友人と過ごすのは初めての経験である。

この訓練場で多くの友人に恵まれて過ごす日々は、エルダの心にこの上ない安息を齎していた。

......しかし、それもいつかは終わりが来てしまうものだ。
それを充分理解しているつもりではいるが、やはり想像すると胸が少し痛む。


(おや......?)


ぱらぱらと本を流し読みしている最中、栞が挟んであるページから少し進んだところに何か挟まっているのに気が付いた。

もしやと思ってつまみ上げてみると、黄ばんだ本のページに比べて随分と真新しい白い紙だった。

(.......。)

真っ白な白い紙片からは何の情報も読み取れない。
しかし、試しに裏面を覗いてみると、青いインクで線の細い文字が書かれているのが確認できた。


『テラスにて待つ』


たった一言そう記されている紙を見つめるエルダの頬は自然と綻ぶ。

そして慌ててカーディガンを一枚上に引っ掛けると白い紙をポケットに押し込んで部屋を飛び出していった。







「ごめんね.....待ったでしょう....」

エルダが駆けつけたテラスでは既にメモを書いた人物が不満そうに待ち構えていた。

「遅い。あそこまでならそんなに読むのに時間はかからない筈だ。」

テラスの柵に寄りかかり腕を組むアニは相当待ちぼうけを食らったのか大分ご機嫌斜めだ。

「ごめん....今日はあまり読み進められなかったのよ....」

エルダは謝罪を述べながらアニの隣に立つ。

柵に手を乗せて夜空を見ると、やや霞がかった黄色い下弦の月が笑った様にこちらを見下ろしていた。

「.....どうせあの煩い三人の所為だろう....」
アニは柵に寄りかかったまま不機嫌そうに呟く。

「....遠からずってところかしら」
エルダは苦笑いを浮かべた。

「.....あんまりあいつらと付き合わないでよ....。あんたまで煩くなられちゃ敵わない....」

アニがその頭をゆっくりとエルダの肩に預ける。
二人は反対の方向を向いているのでその表情を伺い知る事は出来なかった。


「.....あんた、眼鏡なんかかけてたっけ....」

アニは漸く体を反転させてエルダと同じ様にテラスの柵に手をかけながらこちらを向き、ぽつりと呟く。

「あぁ....さっきまで本読んでたから...ほとんど読めなかったけど....それで外し忘れたのよ」
エルダがアニに軽く視線を向けながら応えた。

アニはそのまま無言で眼鏡の向こうにあるエルダの瞳を見つめる。
しかし、何を思ったのかおもむろにその顔から眼鏡を取り去ってしまった。

「え...なにを....」
エルダは突然の事に勿論驚いた。

アニは丁重に眼鏡の弦を折り畳むと自分たちから少し遠くの柵の縁にそれをコトリとおいた。

裸眼となったエルダにアニは再び視線を戻す。
そして愛しそうに彼女の頬を撫でた。二人の顔の距離がぐっと縮まる。


「私と二人の時は....こんなもの掛けないで....」

アニの吐息の様な囁き声がすぐ傍で聞こえる。あまりに艶っぽい仕草にエルダの胸をどくりと高なった。



アニは.....時々この様に夜がかなり深まった時刻にエルダを呼び出す。

大抵本にメモを挟む方法を利用する為、エルダが読書に勤しむ休みの前日に会う事が多いのだが....


何か用があるかというとそうでもなく......ただ、こうしてエルダの瞳をじっくりと見つめるだけなのだ。

だがエルダはこの不思議な逢瀬が嫌いでは無かった。

エルダもまたアニの澄んだ青色の瞳が好きだったので.....二人はただじっとお互いの瞳を覗き込んで....言葉はあまり交わさずに.....また元の日常に戻っていくのである。



しばらくいつもの様に見つめ合っていると、アニの手がそろりと肩にかかってくるのを感じた。

特に抵抗をせずにその手の動きに合わせていると、体がゆっくりと彼女の方へ向かされる。

真正面からもう一度お互いの目を覗き込んだ後、アニがひとつ呼吸をおいてそっとエルダの体を抱き締めた。

エルダより少し身長の低いアニはその頭を胸に埋める形となる。眼下の金糸の髪がとても美しかった。


「.....どうしたの」

エルダも優しく彼女を抱き返す。


「.......駄目....」

アニのくぐもった声が下から聞こえる。エルダはその続きを静かに待った。

「.....見ているだけでは...もう駄目.....」

体を抱く腕に力がこもっていく。

「どうしよう.....どんどん私は欲深くなる.....
最初は遠くから見るだけで良かった....次は近くで....それから二人きりで.....今度は触れたくなってしまう...」

アニは苦しそうに言葉を紡ぐ。エルダは月の光に金色に輝く彼女の艶やかな旋毛をじっと見つめていた。


「.....いいよ」

エルダはゆっくりとそう言い放った。

「触れて....私に触っていいよ.....。貴方のそんな苦しそうな声を聞くのは辛いもの....」

アニは胸から顔をそろそろあげると今度は首筋に顔をうずめた。
彼女の吐息が首筋にかかり、エルダは身震いをする。


「........エルダ.....傍に居て....」
アニの囁きが肌から直に体に溶け込んでいく様だった。

「......うん....私はここに居るよ.....」
エルダは群青の空でほそぼそと霞を破っている三日月の光を眺めながら穏やかにそう答えた。



辺りはしんと静まりかえり、そこには月と二人を包む夜の風だけが存在していた。

まるで広い世界の中でたった二人だけになった様な....



フリマ様のリクエストより。
みんなから甘えられているのにヤキモチを妬くアニさん及び誰もいない所で眼を堪能しているアニさんで書かせて頂きました。


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