光の道 | ナノ
同郷トリオと病の話 01 [ 27/167 ]

「じゃあアニ、悪いけれど教官に今日は訓練に出れない事を伝えておいてね。」

「あぁ。....一人で平気?」

「勿論。あんまり心配しなくても大丈夫よ。」

「そう....。訓練が終わったらできるかぎり早く迎えに来るから....。」

「ありがとう。今日は寒いからアニも気をつけてね」

「ん.....。」

アニはベットに横になるエルダの額に軽くキスを落として医務室を出て行った。



「こんなに日が高い内から一人になるなんていつぶりかしら....」

エルダは静かになった室内でほうと息を吐く。

熱を帯びた体に触れる冷たいシーツの感覚が気持ち良い。

.....季節の変わり目とは言え、まさか自分が風邪を引いてしまうとは.....。

もう少し、体調管理には気をつけなくてはいけない....と若干反省してしまう。


(......すごい...静か.....。)


いつも周りが賑やかすぎる所為か、静けさが体の奥深くまで沁みて来る様だ。


(.....少し、寂しいかも.....)


ちょっとした胸の痛みを感じながら、エルダはゆっくりと夢の中に落ちて行った。







しばらく浅い眠りの中を彷徨っていると、ふと頭上に陰りができるのを感じた。

次にひたと冷たい感触が額に触れるので驚いて目を開いてみると、眼前では心配そうな表情をしたベルトルトがこちらを見下ろしていた。


「.......おはよう.....。
どうしたの...?まだ訓練をしている時間なんじゃ....?」

ぼんやりとした意識で彼に問う。

本日の訓練が全て終わってしまう程長く寝た感覚はない。何故彼はここに居るのだろう....。

しかも、体を起こして彼の事をよく見てみるとまだ制服を着ている。

「.......もしかして....貴方.....」

.......恐らく彼は訓練をフケて来たのだろう。

予想通りその視線はどこか後ろめたそうに泳いでしまっている。

「うん....エルダが風邪を引いたって聞いたから、心配で....」
しょんぼりとしながらベルトルトは答える。

自分より随分と大きな男の人なのに、その仕草がいじらしくて笑ってしまう。

「ありがとう。何だか嬉しいな...」
そう言ってから今まで自分の額に触っていた大きな手をそっと握る。

「でも訓練はちゃんと出ないと....。私はただの風邪だから、心配しなくて大丈夫。」

彼の手の冷たさが心地良い。恐らく外はひどい寒さなのだろう。

「......うん。」

しかしベルトルトは未だに不満げな表情をしている。

.......仕様が無い人。体は今期訓練兵の中で一番大きい癖に、内面はまるで小さな子供だ。

しかし、彼のそんな所がエルダは可愛らしくて好きだった。まるで弟でも出来た様な気分になれる。


「じゃあベルトルト、訓練が終わったらまた来てもらえるかな....?」
貴方の顔を見ると何だか安心するから...とエルダは微笑む。

ベルトルトは何とも言えない顔をした後、一言「分かった」と言って医務室を出て行った。


再びベットの周りには静寂が訪れる。


(やっぱりこんな日の高いうちに一人っきりは寂しいわね.....)

エルダはぼんやりと窓の外に生えている落葉樹を眺めた。

風がそっと吹くとそれに合わせてハラハラと黄色の葉が枝を離れて行く。


(.......思い出す....。確かあの日もこうして熱を出して....布団の中から窓の外を眺めていて.....)




『.......?何でしょう。外が騒がしいですね。』

『父さん、少し様子を見に出て行くから.....』

『少しの間、一人でも大丈夫ですか?』

『じゃあエルダ、良い子にしていなさい。すぐに戻るから.....』




「お父さん.......」



エルダは窓の外を見ながらぽつりと呟いた。


忘れようと.....努めました......。

それでも、貴方と二人で過ごした時間があまりに長過ぎて.....。


『良い子にしていなさい。』



貴方が最後に残したこの言葉が今の私の支えです。


『すぐに戻るから.....』



良い子にしていればいつか貴方が帰って来てくれる様な気がして....

本当、馬鹿みたいですよね.....。


でも、私は....少しは良い子でいれているでしょうか.....。

いつか貴方に再び会う時に、胸を張って優しい貴方の娘だと言える様に.....。


エルダはそっと目を閉じた。

目蓋の裏に、医者であるのに体が弱くて....か細かった彼の姿を思い浮かべて.....。









(ヤバい.....!!)

医務室を出た途端、ベルトルトは近くの壁に寄りかかったまま、ずるずると崩れ落ちた。


(......可愛い!!!)


......あれ以上あそこには居られなかった。

いつもより体温が高い所為か白い肌がほんのりと赤くて....何だか儚げで...しかも寝間着...!!

あんな格好で微笑まれてはこちらの身が持たない...!!

......でも、今彼女と折角築き上げた信頼関係を無くしてしまう訳にはいかない。
あくまで礼儀正しく、紳士的に接しなければ....

(でも....まだ気持ちを伝えるのには勇気が足りないんだよな....)

.....早くしなければ....もしかしたらエルダに好きな人ができてしまったりするかもしれない....

もしくは彼女の事が好きな誰かにとられてしまうかも....


(嫌だな....)


ひとり占め出来る権利は僕には無い。分かっているのだけれど....

君がみんなに優しいととても不安になる.....

日に日に増してく独占欲がすごく辛い。


(いつか僕だけの、お互いにかけがえの無いただ一人の存在になれれば.....)


ベルトルトは熱に浮かされた目で医務室の扉を眺めた。


.....あの薄い扉の向こうで、彼女が眠っている.....。

そちらにふらふらと向かいそうになる体をぐっと押し留める。


『訓練が終わったらまた来てもらえるかな....?』



.....そうだ。エルダは僕の事を信頼して...好意を持ってそう言ってくれた...。
それを裏切る事は出来ない。


ひとつ大きく息を吸って体を起こす。初冬の冷たい風が体に勢いよく吹き込んで来た。

.....よし、エルダに会えるまでの少しの時間、頑張って訓練に励むとしよう。


ベルトルトはしっかりとした足取りで訓練場までの道を歩み始めた。


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