ベルトルトとご飯を作る 03 [ 22/167 ]
「はぁ、やっぱりあれだけ大きい寸胴鍋と格闘すると疲れるわね....」
エルダがぐったりとしながら呟く。激しい訓練の後の食事当番は中々重労働だ、疲れるのも無理は無い。
調理を終えた二人は配膳係にバトンタッチした後、腰掛けてぼんやりとしていた。
「まぁでも無事に終わって良かった.....。ベルトルトはサシャと違ってそつが無いから助かったわ」
どうやら前回の係の時は相当酷い目にあった様である。
(というか僕の心の内はあんまり無事じゃないんだけど....)
あれだけ揺さぶりをかけられてパニックになったにも関わらず、関係に進展があったかと言うと全くない。
くたびれ儲けも良い所である。ベルトルトはどっと疲労感を感じていた。
「ベルトルト」
右手で頬杖をついて遠くを見つめていたベルトルトの顔をエルダが覗き込む。
疲れている筈なのにその薄緑の瞳はきらきらと幸せそうに輝いていた。
「でもなんだか私はとても楽しかったわ。良かったら今日は一緒に食べてもいいかしら」
折角二人で作ったんだから、と彼女は笑った。
「う、うん....勿論良いよ....!」
ベルトルトの疲労感はどこかに飛んで行った。
(....やっぱり好きだなぁ....。)
「良かった。夕飯が楽しみだわ」
エルダは殊更嬉しそうにそう言った。
君が隣に居て、笑ってくれているだけで....その薄緑色の瞳に僕の姿を映してもらえるだけで....とても、幸せだった。
出来る事なら、ずっと僕の隣にいてはくれないだろうか.....もしもそれが叶うと言うのなら......
「おいエルダ!!ベルトルさんと食事当番だなんて聞いてねえぞ!」
その時、食堂の扉が物凄い勢いで開け放たれたので、二人は驚きのあまり固まって入口の方へ視線を向けた。
そこにはご立腹の様子のユミルが仁王立ちでこちらを見つめており、その背後にはクリスタとサシャが顔をのぞかせていた。
恐らく彼女達がユミルに申告したのだろう。
ユミルは大股でエルダに近付くと彼女をベルトルトの隣から立たせて自分の方へ引き寄せた。
「何か変な事されなかったか!?」
「変な事って.....。普通に料理しただけよ....」
「馬鹿言え!!密室で長い間この変態と二人っきりって....なんか起こらない方が変だろ!!」
「貴方どういう思考回路してるの....」
「....とりあえずこいつから離れた方が良い。あんまり近くに居ると木偶の坊が伝染って背が伸びるぞ」
「ユミル...奇天烈な伝染病を次々と生み出すのはやめよう」
「エルダが男の人と二人っきりなんて私、とっても心配で....」
「年頃の娘を持つ父親みたいな事言うね....クリスタ....」
「エルダーっ!パンあげるから触らせろとかそういうやらしい要求に乗せられちゃいけませんよ!」
「サシャ、貴方じゃないんだからそんな取引には応じないよ....。あとベルトルトはそんな事言う人じゃありません」
「とりあえずあっちに行こうぜ。んじゃベルトルさん、あばよ」
ユミルがにやりと笑いながらエルダと繋いだ手を見せつけて去ろうとしたが、ベルトルトは彼女の空いているもう片方の手をはっしと掴んでそれを引き止めた。
「え.....」
手を掴まれたエルダだけでなく、その場に居た全員がこれには驚いた。
まさかあのベルトルトがこんな積極的な行動に出るとは思わなかったのだ。
「駄目だから.....」
ベルトルトが声を精一杯絞り出してユミルを見つめた。
「駄目だから.....!エルダは今日、僕と一緒に夕食を食べるんだ......!今日だけは、絶対に駄目.....!」
「はぁ?お前の意見なんか聞いちゃいねーよ。さっさとその手を離しな」
ベルトルトの発言に我に返ったユミルが、彼女独特の鋭い視線を彼に向けながら言う。
ベルトルトは胸にじわじわと恐怖と焦りが波紋を広げていくのを感じたが、繋いだ手だけは絶対に離そうとしなかった。
「ほらユミル、一緒に夕食を食べるのは私から誘ったんだから....そんな怖い顔しちゃ駄目よ」
不穏な場の空気とは打って変わった明るい声がエルダの口から発せられた。
「さぁベルトルト、行きましょう。早く配膳の列に並ばないとなくなってしまうわ」
エルダは流れる様な動作でベルトルトの手を引くと爽やかに女子三人に手を振って歩き出してしまった。
......何と言うか、彼女の笑顔には有無を言わせないものがある。三人はただただ呆然とベルトルトとエルダの後ろ姿を見送るしか無い様だった。
*
「ごめんね。ユミルの事......気を悪くしてしまったかしら」
一段落して、ようやく共に食事を摂りながらエルダはベルトルトに話しかけた。
「いや.....別にそんな事は....」大有りである。何あの人超怖い。
「良い子なんだけどどうも口が悪いのよね.....。何だか最近男性不信みたいで....」
「ふーん.....」
.....十中八九僕の所為なんだろうな.....
「ベルトルトは私のお嫁さんになるんだからユミルにも仲良くしてもらわないと」
「ふーん....っへぇ!?」思わず口に含んでいたスープを吹き出してしまった。
「おやどうしたの」
......そのネタまだ引きずっていたのか....!
「エルダ.....僕はね、男なんだよ....」
「うん、知ってるよ」
「男がなるのはお嫁さんじゃなくて旦那さんなんだよ....」
「そっか、じゃあベルトルトは私の未来の旦那様だね」
「ふぇっへぁ!?」
「冗談よ」
変な声出して、そんなに嫌だった?と彼女は困った様に笑う。
「い、......」
「い?」
消え入りそうな声で単語を紡ぐベルトルトにエルダは不思議そうに耳を傾ける。
「......嫌なんかじゃ....ない......」
なけなしの勇気を振り絞ってそう言うとベルトルトは自分のスープ皿に目を落とした。
横ではエルダが殊更嬉しそうに微笑む気配がする。
......何故僕は肝心な所で勇気が出ないんだ......
でも、もしも気持ちを拒否されたらと思うとどうしてもここから踏み出す事ができない.....。
僕がライナーみたいに頼りがいのある男だったら....
エレンやジャンの様に自分に素直に生きれたら....
マルコの様に落ち着いていて包容力があったら....
コニーの様に気さくに接することができたら....
アルミンの様に教養があって君を楽しませる話ができたら.....
そうしたらもう少し自分に自信を持って君に好きを伝えることができるのに.....
沢山の『こうだったら』が僕を苦しめる。
「どうしたの、またぼんやりして」
エルダが柔らかく笑いながら呼びかける。
疲れてるね....今日は早く寝た方が良いよ、と僕を気遣って背中を撫でてくれた。
そうして触れてもらえるだけで、胸の内の厚く垂れ込めていた不安の暗雲がすっと晴れて行くのが分かる。
そうだ、この気持ちは大切にしよう.....
どんなにみっともなくて臆病でも、一人の人間をこんなにも大切に想う事は初めてだから、そのひとつひとつが僕にとってはかけがえの無いものなんだ....
少し時間はかかるかも知れないけれど、待っていてくれるかな....
考え事をしているとエルダよりずっと食べるのが遅れてしまっていた。
やがて僕より先に食べ終えてしまった彼女を待たせるのが何だか申し訳なくて謝ると、「ゆっくり食べなさい。待ってるから」と柔らかく笑ってくれた。
それがさっきの自分の思考への彼女からの回答の様な気がして、心に緩やかに安心感が広がっていく。
うん....待っていてね.....必ず君の隣に立ってみせるから....
藤野様のリクエストより。
ベルトルトと一緒にごはんを作る。書かせて頂きました。
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