ライナーと鳥の話 [ 19/167 ]
「エルダ」
良く見知った女性がベンチに腰掛けて熱心に何かを眺めていた。
「ライナー」
声をかけるとくるりと首だけ振り向く。綺麗な薄緑色の瞳がこちらを見つめてきた。
「いや、何を見ていたのかと思ってな.....鳥か。」
彼女の足下の日溜まりには鳥が数羽、羽を休めていた。
本日の穏やかな陽気の中では鳥も羽を伸ばしたくなるのかもしれない。
「そう。鳥は好きなのよ.....」
彼女は優しい視線を鳥に送る。
「そんなに好きなら餌台でも作ってやろうか。」
思わず言ってしまった。少し彼女の前で格好をつけたかったのかもしれない。
「そんな事してまた怪我されてしまったら大変だもの。...大丈夫よ」
格好、つかず。
「それに鳥には鳥のルールがあるからね....それを人間の手で勝手に助けたり邪魔したりするのは可哀想よ。」
項垂れるライナーを自分の隣に促しながらエルダが言う。
「.....助けるのも駄目なのか?」
「人間に餌をもらう事を覚えた鳥はもう餌を求めて壁の外まで飛ばなくなるかもしれない...。
私が鳥を好きなのは調査兵団の他で唯一壁を越えられる存在だからだと...思う。
だから鳥達の生活に介入するのは多分違うんだろうね....」
「うーむ、中々難しいな....。
....エルダは壁の外に興味があるのか....?」
ライナーがエルダの隣に腰掛けると驚いた鳥達は次々と飛び立って行った。
彼女は少し残念そうにしている。......申し訳ない。
「壁の外と言うか.......」
エルダは口をつぐんでしまった。
そして何か思索した後、意を決した様にこちらを見上げる。
「......笑わない?」
照れくさそうにそう言った。
彼女は基本的に落ち着いて余裕のある女性なので、この表情は新鮮だった。
「あぁ、もちろん。」
ぽん、と彼女の頭を軽く叩く。純粋に可愛らしいな、と思ってしまったのだ。
「私の父さんはね、人の死に立ち会う時にいつも鳥の話をしてたのよ.....。」
そうして少し恥ずかしそうに彼女は話始めた。
「人は死んだら魂は鳥になって壁を越えるんだって.....
だから体はここで朽ち果てるけれど、魂は壁の向こうに存在しているから寂しくない、ってね。」
エルダの父の事を彼女自身の口から聞くのは初めてだった。その表情はとても穏やかだ。
「もちろんそれは残された人の為の作り話だと分かってるよ....
それでもね、私は時々それを信じたくなるんだ....」
エルダの視線が空へと向けられる。
青い空を白い鳥がゆっくりと横切って行った。
「だからね.....壁の外に出てみれば....何処かで父さんに会えるんじゃないかと.....」
そこで彼女の声は途切れた。どうしたのかと思って視線をよこすと微かに肩が震えていた。
「.....エルダ」
「......というお話。」
しかし、ライナーが声をかけようとした時にはもういつもの彼女に戻ってにこやかに笑っていた。
「まるで笑っちゃう様なお話でしょう.....私も大概ロマンチストよね....」
ひとつ伸びをしながらエルダが言う。
しかし先ほどの彼女を見てしまったライナーにはそれが空元気に思えて仕方が無かった。
「笑ったりなんかしないさ.....」
ライナーが呟く。エルダが不思議そうにこちらを見た。
「だから....お前も無理に笑うな.....」
そう言って再び彼女の頭に手を置いた。細い髪がサラサラと手に触って心地良い。
エルダの肩がまた微かに震えた。彼女が何かを我慢するときの癖らしい。
「無理に笑ってなんかないよ.....」
静かな声だ。一見何ともない様に聞こえる。
「そうは見えんがな....」
「嫌だ、こんな辛気くさい話するんじゃなかった......貴方を困らせてしまったわ...」
「偶にはそういう事を話す相手も必要だろう」
「でもそれは貴方の負担になってしまうでしょう....」
いつまでたっても素直にならないエルダに業を煮やしたライナーはそのまま彼女の髪をもみくちゃにかき混ぜた。
「ちょ、ちょっと何をするの!怒るわよ!?」
「怒るのは俺の方だ。」
そう言ってエルダの鼻先に指を突きつける。いつぞやの仕返しだ。
「俺がこのくらいの事を負担に思う位器の小さい男だと思うのか。」
薄緑色の瞳をしっかりと見据えながら言い放った。
しかし、その瞳から察するに彼女は未だよく意味を理解できていない様である。
「だからだな....俺の前で位...その...弱くなっても良いんじゃないのか....?」
.......言ってしまった。結構照れくさい。
「......はーぁ」
少し間を置いてエルダが盛大に溜め息を吐いた。......もしや呆れられた....?
しかしそのままエルダは自分の頭をライナーの肩に乗せて目をつぶってしまった。
突然の事にライナーは動揺する。
「......エルダ?」
「ライナー」
エダが目をつぶったまま口を開いた。
「....貴方が皆から頼られている理由が分かる気がするわ.....
申し訳ないけれど....私も少し頼らせてもらおうかな.....」
「は、はい.....」
「何で敬語なの.....」
彼女が可笑しそうに微笑む。........距離が近すぎるのだ。
「でも」
ようやく彼女が目を開いた。至近距離に広がる薄緑が想像以上に美しい。
「貴方が辛い時や苦しい時は私が頼られる番よ.....ライナーだって中々素直にならないんだから.....」
私たちは少し似たもの同士ね......そう言って彼女は目を細めた。
「あぁ....よろしく頼むよ....」
彼女の発言を承けてライナーは静かに呟く。そして同様に目を細めた。
気持ちのいい日差しはいよいよ柔らかく二人を包み込み、やがて互いの体に頭を預け合って眠り込んでしまった。
血相を変えたベルトルトに二人が起こされるまで、あと数時間.....。
お相手ライナーで好きな動物の話のリクエストより。
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