光の道 | ナノ
ベルトルトとご飯を作る 02 [ 21/167 ]

「ベルトルトは手先が器用ね」

野菜を包丁で切っていると横からエルダが覗き込んできた。

手先をじっと眺められると緊張してしまう。


「そ、そうかな.....」

「そうよ。この前だって私の髪を綺麗に結ってくれたじゃない」

「.......!!」


......しまった。また思い出してしまった。

顔にじわじわと熱が集まっていくのが分かる。


「.....?どうしたの。大丈夫?」

エルダは少し心配そうに、ちょっと屈んで、と手をちょいちょいと動かして促す。

されるがままに屈むと彼女の指先がベルトルトの額に触れる。
もう片方の手を自分の額へと持って行っているところを見るとどうやら熱を測ってくれている様である。


「.....顔が赤いから心配したけれど....熱は無いわね」

しばらくしてエルダはベルトルトの額から手を離した。

「ベルトルト、貴方最近少し変だよ....?何だかぼんやりしてしまって」

「な、なんでもないよ....ちょっと疲れてるだけだから....」
......まさか貴方に恋慕しているからです。とは言えない。

「.....そう」
エルダはとりあえず納得した様だ。

「で、でも理由があるとしたらそれは「おやいけないわ、じゃが芋の鍋が吹いてしまっている」

勇気を出してほんの少し自分の気持ちを仄めかそうとした時、吹き出した芋の鍋に彼女の注意は奪われてしまった。

.......芋.....僕の気持ちは芋に負けたのか.......。



「じゃが芋はもう大丈夫みたいだね....。そっちのスープはどう?」
蒸かした芋の蒸気に当てられて暑かったのか、顔を軽く扇ぎながらエルダが尋ねて来る。

「材料はもう全部鍋にいれたからあとはこのまま煮込んで待つだけだよ。」

「そっか、上出来ね。じゃあ早い所片付け終わらせちゃいましょう」
エルダが柔らかく微笑む。

芋に負けた事で消沈していたベルトルトの心はその笑顔により若干の回復を図る事ができた。







「洗うのは僕がやるのに....」

「大丈夫大丈夫。それにベルトルトは背が高いから調理具を片してもらうのに調度良いのよ。」

「でも....エルダの手が荒れちゃうじゃないか」

「それは貴方がやっても同じでしょう」


調理が一段落したので、二人は使われた道具を片付け始める事にした。

エルダが洗ったものをベルトルトが拭いて片付けるという流れとなったが、彼はそれが少し不満だった。


「ベルトルトの綺麗な手を私は荒れさせたくないのよ。ね、聞き分けて頂戴」
彼女はいたずらっぽくそう言うが....

「別に綺麗じゃないよ....」
正直どう反応すれば良いか分からない。

「綺麗よ。大きくて温かいし....私は好きだなぁ」
漱がれている調理具から目を離さずにエルダはそう言う。

手の事だとは分かっていても、好きという単語にベルトルトの胸の内は幸福の花嵐が吹き荒れた。


「そ、そうかな......」

「そうだよ。」

泡がまんべんなく落ちた事を確認するとエルダは琺瑯製のボウルをベルトルトに渡してきた。

相変わらずその顔には穏やかな笑みが浮かべられている。


並んで調理場に立つと二人の身長差は更に際立つ。ベルトルトはボウルを受け取りながら彼女のつむじをぼんやりと眺めた。

そこから細い髪が伸びて顔の周りを縁取って....。触りたいな....駄目かな.....。

本当は触るだけじゃなくて抱き寄せて....彼女の首筋に顔を埋めるとどんな香りがするのだろう....



「ベルトルト」

「はいっ!」


少し大きめの声で呼ばれたので思わず声が裏返ってしまう。

目の前ではエルダが少し可笑しそうにお玉を差し出していた。


「......どうしたの、ぼーっとしちゃって。」
もしかして私の頭に何かついてたの?と彼女が自分の頭頂部をさする。

「いや、違うんだ....ごめん....」

「そう....それにしてもこうやって調理場に二人で並んでいるとまるで新婚夫婦の様ね」

「ふえっ!?」


思わぬ彼女の発言にベルトルトの口から凄い音が飛び出た。


「ベルトルトと結婚する人は幸せね。まさか手荒れを心配してもらえるとは思わなかったわ」


(.....あれ....?)


エルダの全くと言っていい程脈の無い発言にベルトルトの胸の内の花嵐はしゅるしゅると沈静化して行った。


「僕と結婚とか...そんな事したがる人いないよ.....」

そしてネガティブモードのスイッチが入ってしまった。こうなった彼は割と面倒くさい。

「そんな事ないよ。現に私はベルトルトと結婚したいもの」

(えぇぇぇっぇぇぇぇえ!?)

脈無しと思った瞬間にド直球な愛の告白。いや、プロポーズなのか?そうなのか!?

ベルトルトの胸の内の幸せ株価はストップ安とストップ高の間を物凄い勢いで行き来していた。


「何だかベルトルトはお嫁さんにしたいタイプよね」
手先が器用だし...と彼女は何でも無い様に鍋を洗いながら言い放った。

「え.....」

旦那さん、ではなく.....?

「私たちの結婚式はウェディングドレスは特注だね。貴方は大きい人だから....」
エルダは楽しそうに水で漱ぎ終わった鍋をベルトルトに手渡した。

「やめてよ....僕がドレスとか....笑い話にもならない....それならエルダの方が似合うよ....」

「おや、ありがとう。そんな事を言ってもらったのは父さん以外で初めてだわ」
エルダは優しく目を細めた。

「ねぇエルダ....僕は...本当はちゃんとドレスを着た君と結婚式を「あら、今度はスープが吹き零れてしまっているわ」

ベルトルトのなけなしの勇気を振り絞ったアプローチは汁が吹き零れたスープ鍋によって一瞬にして台無しになった。


.....汁.....僕の気持ちは今度は汁に負けたのか.....。



「うん、なかなか上手にできてるわね」

エルダは小皿に取ったスープを味見して満足そうに頷いた。

「ほら、ベルトルトもどうぞ」

そう言って項垂れて固まってしまっているベルトルトにも同じ様にスープを少量よそった小皿を差し出す。

「え.....」

いいのだろうか.....これは....所謂間接.....

「どうしたの。折角作ったんだから味見位しても罰は当たらないわよ」
何の屈託も無いその優しい微笑みには逆らえない。

意を決してそれを受け取るベルトルトをエルダは可笑しそうに眺めた。

「今日のベルトルトは本当にどうしちゃったの.....。顔が赤くなったり青くなったり忙しいわね....」


それは全部、全部君の所為です。


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