光の道 | ナノ
アニと三日月と眼鏡 01 [ 23/167 ]

夕食が終わってしばらくすると食堂は大分人が捌ける。


今日も人が少なくなった食堂では、ぽつぽつと数人で話をしていたり、座学の復習をしたりと皆思い思いの時間を過ごしていた。

エルダは人が疎らに居るこの雰囲気が嫌いではなく、次の日が休みの時は本を持ち込んでランプの一番近くの席で長い時間を過ごすのが通例となっていた。



「.......。」



静かに本が捲られる音だけがエルダの周りに響く。
辺りの静かな話し声がまた彼女の集中力を上げる心地の良い材料となっていた。


(ん.....。)


ふと視界の端に金色に光るものがあったのでちらりとそちらを向く。


(おや.....)


視線の先ではクリスタがいつの間にかエルダの隣に腰掛けて何やら恥ずかしそうに机にできているコップの跡の染みを見つめていた。

何だかその仕草がとても可愛らしく感じられて、エルダは「おいで」と一言言うとその細い肩を抱いて自分の方へゆっくりと寄せた。


彼女は何か言いたげだったが、最終的にはその白い頬を少し色付かせながら口を噤んだ。


「.......。」


再びエルダの周辺は静寂に包まれて行く。
クリスタもエルダに軽く体を預けながら本に集中する彼女を眺めて静かに時を過ごしていた。


「眼鏡.....」

ふとクリスタが一言単語を呟く。

「ん....?」

エルダが本から視線を下ろしてクリスタの方を見る。

「ううん....、エルダ....眼鏡かけてるから....珍しいなって....」

クリスタもエルダの薄緑の目をじっと見つめ返した。

「あぁ....これ....夜になるとこういう小さい活字が見えにくくてね....鳥目っていうのかな....」
おばあさんみたいだよねぇと少し眉根を寄せてエルダは笑う。

「...なんだか違う人みたい....」
クリスタが少し首を傾げながら言う。

「変かな?」
エルダは自分の眼鏡の弦に触れて少しそれを掛け直した。

「ううん....そんな事ないのただちょっと....」


(.......。)


何も言わなくなってしまったクリスタにエルダは優しい視線を向けて微笑んだ。

「明日の朝にはまた元通りの私に戻るよ...それまでちょっと我慢してね...」

「うん....」

クリスタはそう言ってそっとエルダの体に頭を預けながら目を閉じた。



「あ、エルダにクリスタじゃないですかー。」

嬉しそうな声が聞こえたのでその方向へ振り向くとサシャがにこにこしながら近寄って来る最中だった。

「サシャ、こんな時間に食堂に来るなんて珍しいわね」
クリスタが少し意外そうに言う。

「本当だね。この時間ならサシャはいつも夢の中なのに....」
エルダも驚いた様にサシャを見つめた。

「へへ、休日前のこの時間、エルダは食堂にいるって聞いたんでちょっと来てみたら....予想通り会えて嬉しいです....!」
きゃー、と言いながらサシャは座っているエルダに勢い良く抱きついた。

「ちょっとサシャ.....ランプが倒れちゃう....」
クリスタが少し諌める様に言う。その手はエルダの片手をしっかりと握っていた。

「ん....あれエルダ.....。眼鏡かけてますね」
サシャが体を起こしてエルダの顔をまじまじと見つめる。

「うん....貴方なら昔から眼鏡を掛けた私の姿は見慣れてるでしょう.....?」

「勿論。でもこっちに来てからは初めてです....」
なんだが新鮮です、と屈託の無い笑みを浮かべながら言う。

「......こんなので良ければいつでも見せるわよ」
エルダは苦笑しながらその愛しそうな視線を甘受した。

「駄目だよエルダ.....訓練中は眼鏡にバンド付けてなくちゃ危ないし.....絶対駄目....!」
しかしサシャとは反対方向の隣に居たクリスタが抗議の声を上げる。

「ん?クリスタ.....どうしたんですか?」
サシャが不思議そうにエルダの体越しのクリスタを見つめる。

「だって....眼鏡掛けた時のエルダって何だがとっても......」
クリスタの主張は徐々に尻すぼみになっていき、語尾は小さく消えて行ってしまった。

サシャとエルダは頭上に疑問符を浮かべながらその続きを待つ。

二人の視線を受けてクリスタの頬はみるみる色付いていった。


「つまり、だ」


その時、クリスタの頭上に腕をのっしと乗せてどこからか突然現れたユミルが発言した。

「私の可愛いクリスタはこう言いたい訳なんだ。
眼鏡を掛けて妙に色っぽいエルダの姿は私たちだけが知っていれば良い――と。なー、クリスタ。」
そしてそのまま頭上に乗せた腕をすとんと落としてクリスタを抱き締める。

クリスタはユミルの言葉に更に顔を赤くしてしまった。

「違....そんなんじゃ....!」

ユミルの腕の中でクリスタは必死に反論をしようとするが、思考に言葉が追いつかないのかその発言は続かない。

「あーぁ、妬けるねぇエルダ。モテモテで羨ましいよ」
ユミルがエルダの方に手を伸ばしてこつんとその額を小突いた。

「ん....?そう言うユミルは何故ここにいるんですか?」
まだ状況がよく読み込めないサシャがユミルに問う。

「あぁ...クリスタが居ないのが気になったから探していたのと....木偶の坊の良からぬ思念波をキャッチしてな....」

「でくのぼう.....?」
サシャが首を傾げた。

「いや、こっちの話だ.....それよりエルダ....お前眼鏡掛けるとめっちゃ老けるのな!本当に十代かよ....!」
ユミルがエルダを指差してげらげらと笑う。

「.....良く言われるわよ。でもね、私はれっきとした十代です。」
エルダは呆れた様に溜め息を吐いた。

「じゃあちょっと眼鏡外して見ろよ.....んん?取ってもやっぱ老け顔だなぁ」
ユミルが一段と愉快そうにエルダの顔を覗き込んだ。

「あぁもう....何とでも言って頂戴。.....それより眼鏡返してよ....見えない....」

エルダは読書を諦めて本に栞を挟むともう一度深い溜め息を吐いた。







「あ〜、エルダ眼鏡取っちゃったよ....まだよく見てなかったのに....」

「近くに行って見てくればいいじゃないか.....
というか192cmの男が柱の影から覗いているって相当不審だぞ....」

「ライナー、じゃあ君ならあの姦しい女子の集団に混ざることができるのかい....?」

「.....まぁ....難しいだろうな....」

「はぁ....エルダは本当に女子に好かれるんだから....僕もう女の子になった方がいいのかな....」
その方がエルダの傍にいられるし....とベルトルトは溜め息を吐いた。

「.....不気味な想像をさせるのはやめてくれ....というかそれは本末転倒だと思うぞ....」

「あ....!ユミルがエルダの頬にキスした.....」

「しかも思いっきりお前の事見てたな.....確実に見せつけられてるぞ....」

「はーあ、やっぱり僕女に生まれ変わって来るよ、うん。」

「....あー、俺はもう何も言わん....精々頑張れ....」



それぞれの思いを乗せて夜は更けていく.....


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