ベルトルトとご飯を作る 01 [ 20/167 ]
その日の訓練中、ベルトルトはずっとそわそわとしていた。
「ベルトルト....頬がさっきからずっと緩みっぱなしだ....気持ち悪いぞ...」
「ライナー、君の顔程じゃないよ....あぁ、早く夕方にならないかな....」
「.......。」
今の彼の瞳は完全に恋をする乙女である。
と、言うのも本日の夕飯の調理係がベルトルトとエルダなのである。
一緒に係となると、訓練後から夕飯までの割と長い時間を共に過ごせるし、もしかしたら一緒に夕食を食べれるかもしれない.....
普段のエルダには、それはもう女子の鉄壁のガードによって守られている。食事を共にするなんて論外である。
特にユミル....あれは確実に僕の気持ちに気付いてわざと二人を近付けない様にしている....
何なんだ....エルダが好きなのは分かるが彼女は女性だぞ?君と結ばれる訳は無いじゃないか.....
.....いや、だがユミルのクリスタに対する態度を見ているとあっちの世界の人間の可能性が....
......!それなら何故クリスタだけで飽き足らずエルダまで.....!彼女の貞操が危ない!
しかし....正直に言うとあの鋭い視線に正面から立ち向かう勇気は....
「ベルトルト」
背後から急に声をかけられて肩がびくりとはねる。
「な、なに.....」
振り向くとそこにはサシャが立っていた。にっこりと屈託の無い笑みを浮かべている。
.....なんだか物凄く良く無い予感がする.....。
「今日の夕飯の当番、変わって下さい!」
ほら来た!悪い予感は当たるんだ!
「え....それは.....」
「駄目だよ、サシャ」
突然の事に逡巡していると、可愛らしい声がその場に響いた。
クリスタ.....助けてくれるのか.....?ライナーの言う通り彼女は女神かもしれない....!
「サシャじゃなくて私が今日の夕飯の当番になるんだから。ね、ベルトルト」
にっこりと美しい微笑みを向けられた。
.....女神じゃなかった.....。小悪魔入ってるよこの微笑み.....完全にダークサイドだよ....
「こら、ベルトルトを困らせないの」
そこに呆れた様な表情のエルダが登場。その声を聞くだけでベルトルトの胸はどくりとざわめいた。
「で.....どうしたの?」
エルダは腕を組んで不思議そうにその涼しげな薄緑の瞳を向けてきた。
「い、いや、サシャとクリスタが....し、食事当番を変わる様に...と」
ついつい吃ってしまった。
エルダはひとつ頷くと、にこにこと彼女の出現に嬉しそうにしているサシャの額を軽く小突いた。
「サシャ....私は前回一緒に係をした時みたいに貴方が割った皿を延々と処理し続けるのは嫌だよ....」
「う、それは....」
「クリスタは今日洗濯の係でしょう....これから取り込みに行かないと明日までに間に合わないよ...」
「えっと....」
「二人とも自分の役目をまずしっかりやらないと駄目よ.....ほら、解散解散。」
流石エルダ、その言葉で硬直していた場の空気がようやく動きだし、サシャとクリスタは渋々と立ち去っていった。
エルダは彼女達の後ろ姿を見送り、ひとつ溜め息を吐くとベルトルトへゆっくりと向き直った。
互いの双眸がぱちりとぶつかる。
「さてベルトルト、私たちはそろそろ調理場へ向かいましょうか」
エルダは柔らかく微笑むと、おもむろにベルトルトの手を取ってそのまま宿舎へと歩き出した。
.....彼女はよく手を繋ぎたがる。女性に対しても、男性に対しても。
エルダにとっては何て事の無い動作なのだろうが、二人の肌が触れ合っているだけで僕は緊張して気が気ではない。
......手汗をかきすぎて彼女に不快な思いをさせてないだろうか....やはり僕と手を繋ぐのが嫌になって離されてしまったりしないだろうか....
些細な事でこんなに弱気になってしまうことを考えると、先日の休みの日はよくあんな大胆な行為に及べたものだ....と思い出して赤面せずにいられない。
(そうか....この頬に....)
思い出すまいとしてはいたが思い出してしまった。
あの日以来、ことあるごとに唇に触れた感触を思い出しては自室のベットでのたうち回っていたのを、ライナーに哀れな視線で見つめられていたことは絶対に目の前の女性に言う事はできない。
僕だけの秘密だ。墓まで持って行く。
.....でも、もしも思いが通じ合う時が来るのなら.....その時は笑い話にでもできたらいいな....
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