ユミルとお風呂に入る [ 18/167 ]
「......でよぉ....あのゴリラ男ぜってークリスタに気があるぜ....
まじで許せねぇ....」
「まぁ.....別に好きになる位良いじゃないの....」
「お前っ.....!それが友達として言う事かっ......!!
考えても見やがれ!!あのゴリラとクリスタだぞっ!!?普通に犯罪だろ!!」
「いやいや、あの二人別にそこまで年が離れてる訳じゃ....」
「気持ちの問題だ!!というかあんのゴリラ....もう存在が犯罪なんだよ!クソが!!」
「.......ライナーが聞いたら泣いちゃうわね、きっと.....」
現在時刻は深夜1時、宿舎は静まりかえっている。
ユミルとエルダは二人以外無人の大きな共同浴場の中で語らっていた。
深夜のテンションも手伝って話はどんどんと続いていく。
何故浴場にいるのかと言うと、蒸し暑い気候から寝付けずに部屋の外をうろついていた二人がばったり遭遇、
そのままさっぱりしに行こうぜ、と風呂へ行く運びになったのである。
(しかし.....)
ユミルはエルダの体へちらりと視線を寄越した。
薄く筋肉のついた白い肢体が水を弾いてしっとりとしている。
胸の膨らみは思った以上に大きく、緩やかなカーブを描いていた。
濡れた髪を掻き上げる仕草が妙に色っぽく、何だか妙な気持ちにさせられる。
「ライナーは良い人だと思うのだけれど....」
エルダはほうと溜め息を吐いて天井を見上げた。
「はぁ?お前騙されんなよ?
私はなぁ、あの図体がでかい二人はどうにも信用できねぇんだ。」
ユミルはエルダの体から何とか視線を引きはがして答えた。
「何でまたベルトルトまで」
でかい図体の二人と言えば彼等しかいない。エルダは心底意外そう聞いた。
彼女の中のベルトルトのイメージは身長こそ高いが実に人畜無害な人物である。
「はぁお前.....あの木偶の坊にいっつも見られてる事気付いてねぇのか.....?」
「別に見る位良いでしょう....それ位誰でもするじゃない....」
「違げーよ!なんていうかあいつの視線はなぁ.....」
......すごく熱いのだ。
前からそうだった。
ベルトルトがエルダにじっと視線を向ける時、その瞳が静かに、しかし物凄い熱を含んでいる事にユミルは気付いていた。
あんなよこしまな瞳をエルダに向けて欲しく無かった。
あのまま見つめられ続けたら、エルダもいつかそれに気付いて彼の気持ちに応えてしまう様な気がしたのだ。
それだけの力を、あの視線は持っているに違いない.....
「そんなに見ているかしら.....?まあ...見られるだけなら減るものじゃないし、私は構わないわよ」
穴が空いちゃったら困るけど、とエルダは朗らかに笑った。
「馬鹿っ!だからあいつはお前の事をなぁ.....!」
そこまで言ってユミルははっと口をつぐんだ。
何で自分はベルトルトがエルダに好意を持つ事にこんなにも苛立っているんだ.....?
突然黙ってしまったユミルをエルダは不思議そうに覗き込む。
「い....いや何でも無い....」
ユミルはようやくそう言うと再び口をつぐんだ。
エルダはそんな彼女の様子に困った様に笑う。
そしてそっとユミルへの距離をつめるとその肩に自分の頭を預けた。
「何があったのか分からないけれど私たちはこれから一緒に戦う仲間じゃない....
ちょっとの嫌な所くらい笑って許してあげましょうよ」
男の子のそういう所に目をつぶるのも女の子の甲斐性というものよ....そう言ってゆっくりとエルダは目を閉じる。
「一緒にって....あいつ等は私たちと違って優秀だから多分兵団は別れるぞ」
「ユミルだって優秀な癖に....」
ユミルの肩に頭をもたせたままエルダは静かに答えた。
「はぁ?何言ってんだ?」
ユミルが鋭く尋ねた。そうして自分のすぐ傍にあるエルダの顔を軽く睨みつける。
「そうね.....きっとユミルにも考えがあるのだろうから、私がとやかく言う事では無いのでしょうね....」
ユミルの視線をヒョイと交わしてエルダは穏やかに笑った。
「.........。」
エルダの呑気な反応に毒気を抜かれてしまい、ユミルは呆れた様にその顔を見つめた。
「はぁあ、お前といると調子が狂う.....」
盛大に溜め息を吐いてユミルは天井を仰ぎ見た。
数匹の蛾が頼りないオレンジ色の光の周りを震えながら飛行している。
「それはどうも....」
エルダは再び目を閉じた。
「なぁ....お前はどこの兵団にするんだ.....?」
ユミルが尋ねる。
ぽちゃんと天井から水滴が落ちて来て浴槽に波紋を広げた。
「そうね....最初からその気は無いけれど憲兵団は無理でしょう、
育った環境が環境だからひとつの所に留まる駐屯兵団も嫌よねえ.....まぁ、と言う訳で調査兵団かしら」
「そうか....」
ユミルが天井の隅を眺めたまま答えた。
「あら、てっきり驚かれると思ったのだけど....」
エルダも天井に視線を向ける。
「なんとなくそんな感じがしてただけだ....」
エルダはいつもどこだか掴みどころがない。少し目を離すとふっと消えてしまいそうな錯覚に陥る。
その事はユミルを何故か不安定にさせた。
しかし、それが彼女の魅力のひとつなのだろう。その背中には自由の翼が良く似合う筈だ。
「食われるかもしれないんだぞ....いいのか?」
ユミルが尋ねる。
いつの間にか二人の手は浴槽の中で重なっていた。
「私たちは兵士だからね....巨人に食べられちゃう事だってあるわよ」
それにまだ食べられると決まった訳じゃないわ、とエルダは苦笑する。
「巨人は怖くねぇのか....お前も父親が食われてんだろ」
「怖くないと言えば嘘になるけれど.....恐怖や怒りを行動の理由にするのは良くないわ。....これは父さんの受け売りでもあるのだけどね...
そしてあれも、またひとつの生き方なのでしょう。」
「なんだ、それ....」
「食べずには、殺さずにはいられないのでしょうね。....そうしなければ自分を保てない。きっと巨人も寂しい生き物なのよ。
....私は父さんが食べられる所を確かにこの目で見たけれど....何だか彼等はとても辛そうだった...」
エルダはひとつ溜め息を吐いた。吐息がユミルの首筋に微かに触れる。
「それが私の父さんが殺されてしまった理由にはなる訳ではないけれど....
.....私は知りたいのよ。壁の外で何が起こっているのか...じゃないと納得して死ぬ事もできないわ」
ユミルの肩から頭を起こして薄緑の視線をこちらに向けながらエルダは言う。
その瞳が驚く程澄んでいたのでユミルは思わずじっと見つめてしまった。
天井からはまた水滴が落ちて来て、いくつもいくつも複雑な模様を水面に作っていく。
「そうか....」
ユミルはなんだかホッとして笑った。
心のどこかが不思議に安らぐのを感じる。
......多分、自分がエルダに惹かれるのはこういう所があるからなのだろう。
怒りにも悲しみにも足を取られない強さが彼女の彼女たる所以なのだ.....
そこに自分は気付かない内に救われていたのかもしれない......
「私も調査兵団に入るかな....」
ユミルがにっと笑いながら言った。
「あら、どういう風の吹き回し?」
エルダが不思議そうに尋ねる。
「お前みたいなひ弱な奴が壁外に出たら一発でお陀仏だ....
仕方無えから付いて行ってやるよ....!」
すっかり上機嫌になったユミルはエルダの髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
エルダの口から情けない声が漏れ出るがあまり気にしない事にした。
*
風呂からあがって脱衣所で体を拭いているとエルダが何故かこちらを見て来る。
何だよ、と睨みつけると彼女は恥ずかしそうに笑って「ユミルはスタイルが良いわね」と言った。
その言葉にこっちまで恥ずかしくなってまた髪の毛を盛大に掻き回してやる。
エルダは悲鳴を上げながらも何故か楽しそうだった。
*
まだ話したい事は沢山あったが、そろそろ寝ないと明日に応えるので各自の部屋に戻る事にする。
別れ際にエルダは「ユミル、ありがとう」と言って微笑んできた。
やっぱり薄緑の瞳は痛い程澄んでいて、何だかいたたまれなくなる。
「あぁ.....」軽く右手をあげてそう答えるとエルダは嬉しそうに部屋へ消えて行った。
「.......ありがとうはこっちの台詞だ....馬鹿」
ユミルの呟きは深夜の廊下のしんとした空気の中に溶けて消えて行った。
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