光の道 | ナノ
ベルトルトと休日 [ 17/167 ]

「ベルトルト.....楽しい...?」

エルダが半ば呆れながら尋ねる。

「うん、とっても。」

ベルトルトはすこぶる幸せそうに答えた。



本日、訓練は休みである。
エルダは詰んであった本を消化する為、その内数冊を持ち出して日当りの良いベンチに腰掛けて読書を楽しんでいた。

鳥が好きなエルダは外で鳥の声を聞きながら本を読むのが好きだった。


しばらく辺りには本のページを捲る音と鳥のさえずる優しい声だけが木霊していた。



どの位そうしていただろうか。ふと自分の隣に陰りができたので顔を上げてそちらを見た。



「.......こんにちは。」


「こ、こんにちは。」



陰りができるはずである。
そこには192cmの長身が自分の隣に腰を下ろして、何だか照れくさそうに笑っていたのだ。


一言挨拶を交わした後、エルダは再び本に目を落とした。

ベルトルトは本を読むエルダを隣からじっと見つめている。




しばらく二人は隣に座り合いながらも無言だった。


ベンチの傍らに生える年老いたケヤキの上に、薄曇の空から日光が少し漏れて二人の上に柔らかい影を作りだしている。

その上を雀が2、3羽鳴きながら飛び交わしていった。


とても穏やかな時間が流れている。エルダは小さな幸せを感じていた。



「う、わ」
突如、エルダの口からおかしな声が漏れ出た。


「あ、ごめん」
ベルトルトが謝る。彼の手がそっとエルダの髪に触れたのだ。

本に集中していたエルダは驚いて声を上げてしまった。


「ううん、大丈夫よ....少し驚いただけ.....」
エルダは申し訳なさそうにしているベルトルトを安心させる様に微笑んだ。


「....本当?.....じゃあ.....もう少し、触っていてもいいかな...」

「それ位全然いいわよ。」

そう言うとベルトルトはとても嬉しそうに微笑んだ。


(かわいい....)

思わずエルダはそう思った。



そしてベルトルトは本を読むエルダの髪をしばらくそっと撫でていたが、やがて指を絡めてくる様になり、しまいには器用に三つ編みを結い始めた。

エルダの左側の髪はベルトルトによって見事な三つ編みが何束も編み上がっていった。



.......そして冒頭に戻るのである。



(まぁ減るものでもないしいいかしら.....)

エルダは再び読書を再開した。



(......それに、しても....少し眠くなって来たかもしれない....)

暖かい日差しの中で髪を優しく触られていると、その気持ちよさから目蓋が重くなってくる。


(あ、これは.....もう駄目、ね.....)

眠たいと自覚した途端、あっという間にエルダの意識は微睡みの中へ溶けて行った。







(寝ちゃった....)


ベルトルトはエルダの手からずり落ちた本をすんでの所で受け止めた。
そうして気持ち良さそうに眠っている彼女の顔をまじまじと覗き込んだ。


(やっぱり睫毛長いなぁ.....)

いつも優しい光をたたえている薄緑の瞳は今は閉じられている。
長い睫毛が濡れたように目蓋にかぶさって美しい陰りを作り出していた。


先ほどもじっくりとエルダの顔を観察していたのだが、眠っている無防備な姿はまた更にベルトルトの関心を引いた。



(..........。)



起きている時は悪いと思って髪にしか触れなかったが、今なら肌に触れても良いかもしれない。


エルダの頬をそっと撫でる。しっとりとしていて柔らかい。


しばらくきめ細かい頬の感触を堪能していたが、そのまま手をずらして首筋へと手をなぞらせる。

こつんと鎖骨に指が触れて、皮膚の下に流れる血液の鼓動を感じた。


くすぐったいのかエルダは少し顔をしかめる。



エルダの白い首筋に触れているという事実はベルトルトの心を妙にざわつかせた。

そして手を再び首から顔へ移動させ、今度は唇を指先でそっとなぞった。


(柔らかい....)

自分の唇と全然違う質感だった。


(............。)



そのままエルダの顔に自分の顔をそっと近付ける。........今しか無いと頭の内で誰かが囁いていた。


しかし、触れる寸前でこれは違う.....と思った。


これは、いつかこの綺麗な薄緑の瞳が開いている時にやりたい事だ.....今ではない......。



ベルトルトはエルダの唇からそっと指を離した。

しかし心の中でどうしても名残惜しさが拭い切れず、行き場を失っていた自分の唇を彼女の頬にゆっくりと落とした。



(う、わ.......)

どうしよう......。やってしまった.......。



顔に熱がすごい勢いで集中するのが分かった。

きっと今自分は情けない顔をしているに違いない。

彼女が起きるまでに元の顔に戻っていないと......。







「ん......」

ようやくエルダは目を覚ました。

少し眠った所為か体は軽く、心も何故か今日の天気の様に晴れやかだった。


「ごめんベルトルト.....寄っかかっちゃってたね.....」

エルダがベルトルトに預けていた体を起こす。


「いや......大丈夫......」

「そう?どうしたの.....何だか様子が変よ....」

「そ、そんな事ないよ.....」

そうは言ってもベルトルトはエルダの事を見ようともしてくれない。



しばらくエルダはベルトルトを、ベルトルトはどこかの中空を眺めて黙っていた。


薄い黄色の混ざった白い日光がベルトルトを染めている。見ているエルダもゆっくりと同じ色に染まっていくのが分かった。



「ベルトルト」

エルダが彼の名を呼ぶ。


「な、なに?」

ベルトルトの声は上擦っていた。


「私....読書もちょっと飽きちゃったんだけれど...散歩にでも付き合ってもらえないかしら....」
エルダがまだ少し眠たそうに言う。


「う、うん.....僕でよければ.....」

「じゃあ行きましょう」
エルダはベンチから立ち上がるとそのままベルトルトの手を握った。

ベルトルトは驚いてエルダを見上げる。


「あぁ、やっとこっちを見てくれた」

エルダは目を合わせて穏やかに微笑んだ。


その優しい笑顔にベルトルトは顔に再び熱が集まって行くのを感じた。



「さて、どこまで行こうかしら.....」

そうしてエルダはベルトルトの手を引いてのんびりと歩き出した。




二人がいなくなったベンチの上には、数冊の本が鎮まった柔かな日差しをそよりともせずに浴びていた。

夕方頃になってエルダが大慌てでこれ等を取りにくるのは、また別の話.....




ベルトルトと一緒にゆったりと休日を過ごす話というリクエストより。


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