光の道 | ナノ
クリスタが風邪を引く01 [ 15/167 ]

「お前.....クリスタがもし死んだらただじゃおかねぇからな....」

「ユミル.....痛いよ.....肩が千切れちゃうから離しなさい....」

エルダは凄まじい剣幕のユミルに肩を掴まれて迫られていた。顔が近い。

「何度も言うけどただの風邪よ。安静にしてれば数日で治るから大丈夫だから....」
エルダがユミルをなだめる様に言う。

「嘘付け!こんなに体温が高くてエロ....苦しそうで食欲もなくて、エロ....汗もかいてるんだぞ!風邪なわけないだろ!」
欲望が口から漏れ出ている。

「それを風邪と言うの。あとユミル、貴方なんだか危険だから今日一日は医務室に入っちゃ駄目よ。」

「はぁぁあ!?」

「さもないとクリスタが死ぬわよ?」

「おい、さらりと恐ろしい事言うな!.....クソ、絶対にちゃんと治せよ.....!」

「まかせて。心配しなくても大丈夫だから...」
ようやく手を離したユミルの肩を優しく叩きながらエルダが笑った。

ユミルは名残惜しそうにしていたが、やがてゆっくりと立ち去って行く。

彼女は本当にクリスタの事を大事に思っているのだ。

「はぁ....ベルトルトといいあの子といい、何で体の大きな人はこう大袈裟なのかな....」
エルダはユミルの後ろ姿を見送りながら溜め息を吐いた。





「クリスタ、入るわよ?」
軽くノックをする音が二回して医務室のドアが開いた。

「エルダ.....」

「あ、体起こさないで....そのままで大丈夫.....」

ベットの上に起き上がろうとしたクリスタをエルダが止めた。

「どれ、あぁ...さっきより熱上がってるね。苦しいでしょう.....」
クリスタの額にエルダが手を当てた。その細い指はしっとりと冷たくて心地良い。

「苦しいというか....良く分からない感じ....ぼーっとしちゃう.....」
クリスタが息切れしながら言う。その大きな青い目の目尻には涙が溜まっていた。

(これは.....確かに色っぽいわね......)
ユミルではないがエルダもふとそんな事を考えてしまった。

「汗を随分かいてるね。濡れタオル持って来たけれど....自分で拭けるかな?」
エルダがタオルを差し出す。それを受け取ろうとクリスタは体を起こすが、その瞬間眼前がぐらりと歪んだ。

「.....っ」

「......これは駄目かもしれないわね....」

迫り来る体の衝撃に身を備えていたが、クリスタの体を包み込んだのは固い床の感触ではなく柔らかい抱擁だった。

地面に落ちる直前にエルダが抱き止めてくれたのだ。

「ご、ごめん.....」

「全然大丈夫よ....軽いわねえ。ちゃんと食べなきゃ駄目よ?
もう少しでクリスタのファーストキスをフローリングに奪われる所だったわ.....危ない、危ない。」
エルダは少し戯けながら笑った。

(柔らかい.....良い匂いがする.....)
同じ石けんを使っている筈なのに、何故かエルダの体からは優しい香りがする。
今の自分より低い彼女の体温が心地よかった。

「それにしてもこれじゃあ体は自分で拭けそうにないわね.......
.....クリスタ、ごめんね。」

「え?」

一言謝るとエルダはクリスタの寝間着のボタンに手をかけた。

「え!?」

「大丈夫、見ないから。」

「いや、そういう問題じゃなくて...!!」

「というかお風呂で散々見てるし.....」

「だから....そうじゃないの!!!」

クリスタにとって人に服を脱がされる行為等もう何年もされた事がない。当然焦った。

そして何故かエルダに直接肌を触れられると思うと奇妙に心がざわつくのだった。


「大丈夫.....大丈夫だから!!自分で脱ぐよ....!!」

「分かった分かった.....興奮しちゃ駄目よ.....」

(興奮させたのはエルダじゃない......!)


クリスタが服を脱いでいる間、エルダは窓の外へ目を向けていた。一応彼女なりの気遣いらしい。


「じゃあ...流石に前は自分でやってもらうけれど背中は私がやるわ。」
服を脱ぎ終わって前をシーツで隠しているクリスタに向かってエルダが言った。その手は洗面器の上でタオルを固く絞っている。

(......エルダは....私の肌に直接触れる事なんて何とも思ってない.....
きっとサシャでも....ユミルでも....同じ様に対応するんだろうな......)

クリスタの胸を風邪からくるものとはまた別の息苦しさが淡く蝕んだ。

(私だけが.....こんなに切ない......)


「クリスタ、拭くわよ。」

「わっ」

思ったより近くでエルダの声がした。
高熱でまともな思考ができない上にぼんやりしていたので、彼女が自分のすぐ後ろにまで近寄っていた事に気付かなかったのだ。

「大丈夫?まぁ...これだけ熱があればぼーっとしてしまうのも仕方無いわ....可哀想に...」

耳元でエルダが囁く。
その声は脳に直接呼びかける様な甘い響きを含んでいて、正常な思考回路をどんどんと塞いで行った。

「.......っ」

エルダの手がクリスタの背中に直接触れる。
さっき額に触れられた時の様なしっとりとした冷たさを感じた。

続いて更に冷たいものが触れた。これは濡れたタオルだろう。
クリスタは心地よさに肩を震わせた。

「クリスタの肌はとても綺麗ね。真っ白で.....すごく上品な色をしている....」

エルダが囁いた。彼女が耳元で囁く度にクリスタの胸の内に甘い痺れに似た感覚が湧き起こる。

「そ.....そんな事ないよ.....皆と同じだよ.....」

動揺を隠してなんとか声を絞り出す。

「いや.....今まで父さんの診療で色んな人の裸体を見て来たけれど....クリスタは格段に綺麗よ。」
声色からエルダが笑っているのが分かった。

「そう....なのかな.....」

「そうだよ......クリスタを綺麗に生んでくれたお母さんに感謝しないとね.....」

「........っ!」
『母』という単語にクリスタの肩がびくりとはねた。

「クリスタ......?」
エルダが訝しげに尋ねる。彼女の様子がおかしい事を感じ取った様だ。

「ごめんエルダ.....なんでもないの.......
あとは、自分でできるからタオルもらってもいいかな......」
クリスタは努めて冷静に言った。

エルダは不思議そうにしながらも「そう......?」と言ってタオルを渡した。





「これで大分落ち着いたと思うからちょっと寝ると良いわ。」

体が拭き終わり、エルダがクリスタの額に絞り直したタオルを置きながら言った。

「.......うん」

「また少ししたら様子見に来るから.....大丈夫だよね?」
そう言って優しくクリスタの髪を撫でる。

「大丈夫.....エルダ、ありがとう....」

「どういたしまして」
エルダは柔らかく微笑んで部屋から出て行った。


とたんにクリスタの瞳から涙が流れ落ちる。


―――本当は大丈夫なんかじゃない。傍にいて欲しかった。

―――色々な事を思い出して、心細くて仕方が無い......。


(そうだ....風邪を引くと.....いつだって哀しい夢を見る......)

(きっと今回も.....)

(眠りたく.....ない.......)


しかしクリスタの思惑とは反対に、その目蓋は段々と閉じられていく。

最後に漆喰が所々剥げた天井が視界を霞めた後、そのまま眠りへと真っ直ぐに落ちていった。


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