光の道 | ナノ
ベルトルトとお出かけする 03 [ 164/167 ]

(結局エルダ………。自分のもの、買ってなかったな。)


本屋を後にすると、もうすでに太陽は西の空へと移行しつつあった。

購入した本を持ってやると言う持ちかけをやんわり断られたのを残念に思いつつ、ベルトルトは引き続きエルダの後へと従って歩いた。


(買った本は…今日エレンやミカサに付き合って街に来れないアルミンの為のものがほとんどだったし…)


背が高い建物の中へとエルダは進んでいく。

上へと昇るらしい。階段は狭く、段数が多かった。

本を抱えながらも平気そうに石で出来たそれらを乗り越えていく彼女に感心しながら、ベルトルトはぼんやりと考える。


(後は、皆で回し読みできるような大衆小説…だよね。)


ずっと階段が続くので、やや息が切れてくる。それを悟られないように小さく深呼吸をしてから、ベルトルトはエルダへと声をかけた。


「ねえ…エルダ。」

「なあに?」

「こ、この階段はいつまで続くの?」

「もうすぐ終わりよ。大丈夫かしら、疲れてない?」

「つ…かれてはないけど、ちょっと休憩しない?」

「疲れてないなら大丈夫ね。もう少し頑張りましょう。」

「…………、……。うん。」


有無を言わさない雰囲気に飲まれ、思わずベルトルトは頷いてしまう。

………エルダが、振り返った。ベルトルトよりも数段上の段にいるので、視線がいつもより随分と近い位置で交わる。

彼女は笑って、空いてる方の手でまたベルトルトの掌を引いた。



「お疲れ様。終点よ。」


そう言って、エルダが眼前に現れた扉のノブを捻っては押した。

錆びついているらしく、女の悲鳴のような音を立ててそれは開かれる。


「ええっ……」


驚いたベルトルトは声をあげ、思わず両手でエルダの掌をしっかりと握った。

エルダはそれを握り返してやりながら、「ここに来ると皆そう言う反応するのよね。」と言って可笑しそうにした。



「足元を見るから怖いのよ。ほら、遠くの方を見て。」

「って、ねえ……エルダ!扉の外行くの!?正気??」

「大丈夫よ、柵があるもの。」

「そっ……そんな錆びまくりの柵、僕は信用できない!!」

「私は今まで100回くらいここに来てるけれど一回も落ちたことないわ。だから大丈夫よ。」

「ひ、101回目の今日が記念すべき第一回目の落下になるかもしれないじゃないか!!」

「あらベルトルト、貴方随分大きな声で喋れるようになったのねえ。」


普段からそれくらいでお話しましょうよ、と言いながらエルダは微笑んだ。

そして嫌がるベルトルトを夕日で赤く染まったカリヨン棟のてっぺんへと誘おうとする。


昇って来た段数から察するに今いる場所が相当の高さであることは想像できたのだが、まさか扉の向こうがダイレクトに外に直結しているとは思わなかった。

普通に生活している上では絶対に訪れない高度に対する危機感で、ベルトルトは先ほどから額からの冷や汗が止まらずにいる。

生身の現在、巨人化した時とは訳が違うのだ。本能的な恐怖としか言いようがない。


「ねえベルトルト…。私が行きたいところに付き合ってくれるんじゃなかったのかしら…?」


そしてエルダからのこの笑顔の圧である。ベルトルトはひえっと叫びたいのを我慢して、涙目になりながら頷いてそれを一応は肯定する。


「さっきも言ったけれど…足元を見ないで、遠くを見るのよ。ほら、ちゃんと手も繋いでいるもの。怖くなんかないわ。」


ベルトルトは言われた通りに小さく震える自身の足から、潤んだガラス玉のように赤い太陽が沈む方角へと視線を移した。

呼吸を整えて、エルダに導かれるままに一歩ずつ外へと足を踏み出す。

そして、赤錆で汚れた鉄の手すりへと掌をかける。一陣の風が遠くから吹いて来て、彼の黒く短い頭髪を揺らした。


「ね、怖くなくなったでしょう。」


風になびく自身の髪を抑えながら、エルダが隣に並んでくる。

ベルトルトは「うん…。」と小さく相槌を打つに留まった。

白い鳥が数羽、橙色に身を浸しながらゆっくりと傍を飛んでいく。下に広がる景色も、無数の土色の屋根も青い草木も、全てが蜜柑色になって光っていた。


「この場所はね、街で一番背の高い建物なのよ。ここが怖くなくなったらもうこの街では怖いものなし、ね。」


エルダはしみじみとした表情でそう言った。

辺りに広がる景色に見惚れて目を細めながら、ベルトルトは「ねえ…」と彼女へと話しかける。


「エルダ……。なんで、こんなところに来たの」

「ふふ、元気がない子を良く連れてくる場所なのよ、ここ。ショック療法みたいなものね。」


それに、ここからなら貴方たちの故郷だって見えるかもしれないわ。

エルダは呟いてから、「貴方たちの故郷はどの方向?」と訪ねてくる。

ベルトルトは黙って、ただ弱々しく首を振った。



(そうか……。)


そして、ひとりで合点する。

繋がっていたエルダの手を引いて、自分の近くに寄せた。不思議そうな表情をする彼女に、「落ちると、危ないから………」と呟いてはまた黙る。



「………。ねえエルダ…。君ってさ、いつも人の為…ばかりだよね。」

彼女の腕の中にある書籍を眺めながら、ベルトルトはぼそりと言う。よく聞き取れなかったらしいエルダが、「どうしたの?」と聞き返してくる。


「今日もずっと、僕や女の子たちや皆のことだけで……なんて言うか、なんか、君は……それで良いの?」


赤い夕日と対照的に、エルダの瞳の色はあくまで薄い緑色をしていた。

………ベルトルトの言葉をよくよく理解するようにゆっくりと瞬きをした後、彼女はちょっと困ったように眉を下げる。

そして、「違うのよ。」と言って曖昧に笑った。


「これは私の性分みたいなものだから仕方がないのよ。どうしようもない阿呆の血筋だわ。」

「あ、あほ…」

「そうよ。好きな人の力にはなりたいと思うし、元気がなかったら笑わせてあげたくなるの。だから大人しく私に世話を焼かれてちょうだい。」

「えっ、ちょ、ちょっと待って。す、好き……?」

「私だけじゃないわ、皆貴方のことが大好きなのよ。」


あら、知らなかったの?と言ってエルダはベルトルトのことを見上げた。

対してベルトルトはなんとも言えない気恥ずかしさを覚えて、その視線を避けるように遠くの方を眺める。

また、白い鳥がゆったりとした動作で目の前を横切って行った。


(いや………。分かってる、分かってるよ。好きって言ってもそう言う意味じゃないことくらい……。)


気を取り直し、ベルトルトはひとつ息を吐く。

それから一言だけ、「ありがとう……」と小さく零した。


「うふふ、ちょっと元気出たかしら。」


エルダは繋いでいた手を離し、そっとした仕草でベルトルトの頬に触った。

手袋をはめているので、ぽすん、と気の抜けたような感触が伝わってくる。


「………うん。」


ベルトルトの答えを聞いて、エルダは満足そうに頷いた。


(本当に………君ってお人好し。仕様がないくらい……。)


その表情を見下ろして、どう言うわけかベルトルトは胸中にやりきれない気持ちが広がっていく。

思わず、自分の頬に触っていた彼女の手を掴んだ。

しかし、衝動的に掴んでみたものも次に何をして良いか分からない。こう言う自分の決まり切らないところを残念に思いながら、ベルトルトは心の中で(あーあ…)と呟いた。


「…………。今日、僕は……楽しかったよ。」


しかし、自分の正直な気持ちの場所は伝えてあげたい。その気持ちから、辿々しくはあるが言葉を紡ぐ。


「手袋を買ってもらえて……、あれ…本当に大事に使うから……。それに本屋だって普段行かないから、色々新鮮だったし。そ、そうだ。ココアだって美味しかったよ。えっと…それから。」


エルダは黙って耳を傾けている。

言いながら、ベルトルトは自身の顔にどんどんと熱が集まっていくのを感じていた。


「それに……何より、エルダと一日一緒にいれて……すごく、あの。」


どんどんと小さくなっていく声と比例するように背中が丸くなる。

エルダは可笑しそうにあらあら、と呟いてはベルトルトの掌に両手を添えた。



「嬉しかったよ、すごく……!」


言えた、とベルトルトは思った。

半端ではなく恥ずかしかったが、ひとまずのことをエルダに伝えることはできた。


………彼女は、少し照れたようにしている。

しかしとても嬉しかったようである。こそばゆそうにしながらも、ベルトルトが背を丸めたことによって近くなった彼の耳元に唇を寄せ「また一緒に遊びましょうね。」と、そっと囁いてくる。


全精力を使い果たしたベルトルトは力なく頷くしかできない。

エルダが少しだけこちらに体重を預けてくる。また風が吹くので、彼女の髪から少しの甘い香りが漂ってきた。







「…………あのさ。」


女の悲鳴のようにやかましい音を立てて開閉する例の扉を閉めるエルダへと、ベルトルトは声をかけた。応えて、彼女はこちらを見上げてきた。


「帰りは荷物持つよ。ほら…、それ。」


そう言ってエルダの腕の中にある書籍の束を視線で示す。

予想した通りに「大丈夫よ。」と返してくる彼女の言葉にかぶせるように、「……持つからね。」と念を押す。


…………少しの間、二人はその場で互いを見つめ合った。

エルダはきょとりとした表情をしていたが、やがてちょっとだけ首を傾げながら「………そう?」と言った。


「それじゃあ、悪いけれど…よろしくね。」


そうして、重たい本の束がベルトルトの手へと渡される。


…………もっと早くにこうしていれば良かった、とベルトルトは後悔する。


(エルダは絶対に自分から人に頼らない。それ位、知っていた筈なのに……)


階段を下りながら、ベルトルトはぼんやりと思考を巡らす。巡らしながら、腕の中の荷物を持ち直した。


(それでも…この重みは大事なものなんだろうな……きっと。)


自分の足音とエルダの足音が、重なったりバラバラになったり、また重なり合ったりするのを聞きながら、ベルトルトはふうと息を吐いた。

きっと外ではもう夕焼けは終わり、青い夜空が広がり始めているに違いがない。

故郷の夜空の色をなんとなく思い出そうとしながら、ベルトルトは階段を一段ずつゆっくりと踏みしめて下って行った。


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