山奥組と傷の話 [ 14/167 ]
「ライナー、包帯変えようか。おいで。」
エルダがライナーに声をかけた。
彼は先日窓に手を突っ込んで大怪我をしてしまい、それをエルダに応急処置されたばかりだ。
一応医者にもかかったらしいが特に問題は無く、現在は引き続きエルダが診ている。
エルダは毎日几帳面にライナーの包帯を変えていて、夕食前の自由時間に食堂で彼が声をかけられるのはもう馴染んだ光景となった。
「.....そろそろ包帯はいいかもね。大分楽になって来たでしょう?」
「......いや、まだ痛みがひかなくてな.....」
「そう.....?おかしいな.....」
慣れた手つきで傷を診るエルダの目元に睫毛の影が落ちている。
エルダはとても面倒見が良い。本当に10代前半かと疑ってしまう位だ。
皆より少し年上で周りから頼られているライナーにとっては、彼女の優しさに甘える事が日頃の苦労を癒す囁かな楽しみとなっていた。
(もう少し....世話になっても構わないよな.....)
「まぁ傷口がちゃんと塞がるまでは一応診るよ。化膿したら大変だしね。」
そう言ってエルダは救急箱に手を伸ばそうとした......が、あるべき場所にそれがない。
「ベルトルト.....返してよ.....」
座っていたエルダとライナーの頭上高くにそれはあった。
「ライナー、君もう何ともないんだろ?みっともないからやめなよ、そういうの。」
ベルトルトが二人を冷ややかに見下ろしながら言う。
「......?ベルトルト?」
......おかしい。彼はこんな人だったろうか......。
「いや、それはだな.....」ライナーが若干狼狽えた。
「はぁ、ベルトルト、一応ライナーの傷は私が責任持って最後まで診る事にしているのよ.....
取り合えず救急箱を返して頂戴.....。」
エルダが救急箱に手を伸ばすとそれは更に上の方へ行く。
......高さでは彼に敵わないな.....。
ふと、ベルトルトは何か思いついた様に固まった。
そしてそのまま食堂を出て調理場の方へ向かってしまった。
「ちょっとどっか行くんなら救急箱置いて行きなさい.....ってもう聞いてない....」
ライナーとエルダは最高に意味が分からなかった。
「ライナー....貴方彼の親友でしょう?一体どうしたの」
「あいつは時々予想外の事をしでかすからな.....オレにも行動が理解できない事がある。」
「取り合えず救急箱が無いとお手上げよ.....医務室に寄って予備のものでも「エルダ」
唐突に名前を呼ばれてエルダが振り向く。
背後には至極嬉しそうな顔で切り傷が入った指先を見せて来るベルトルトがいた。
エルダは全く理解できない、という顔で彼の顔と傷口を見比べた。
「ちょっと怪我しちゃってさ、僕も責任持って最後まで診てくれないかなぁ」
だからなんでそんなに嬉しそうなんだ.....?ライナーは軽くひいていた。
.....だってこいつ絶対に自分で......
エルダはまじまじと彼の指先を見た後、無言でベルトルトの手から救急箱を取り返した。
そしておもむろに何かを取り出し彼の掌の上に置いた。
「はい絆創膏。これ貼っておけば明日には治るよ。....さ、ライナー手出して。」
そう言ってさっさとライナーの方に向き直る。
エルダの背後ではベルトルトが物凄く哀しそうな顔をしていた。
......やめろ、オレを睨むな。
「違うよエルダ、こんなんじゃ治らないよ.....ちゃんと診てよ.....僕死んじゃうよ?」
ベルトルトが泣きそうになりながらエルダの背中に縋る。
「その位じゃ死にません。どれだけひ弱なの。」
「いや、エルダが分かってないだけでこの傷すっごい深いんだよ。あ、今傷が心臓まで達したね。これ絶対僕死ぬよ。」
「どんな体の構造してるの貴方。」
エルダが歯牙にもかけずに言う。
その目は既にライナーの手にしっかり固定されていてベルトルトの方へはちらりとも向けられない。
「ひどいよエルダの人でなし.....死んだら呪ってやる....」
「何とでも言いなさい。全く貴方は何がしたいの」
はーと溜め息を吐いたエルダは既にライナーの包帯を巻き終えていた。相変わらず鮮やかな手つきだ。
「すまんな、エルダ。」
「いいよ。それよりこの大きなお友達をなんとかして頂戴。」
ふとエルダの背後に視線をよこすとベルトルトはそこにしがみついてすんすん泣いていた。
......本当にエルダが背後霊に呪われている様に見える.....
「おい.....ベルトルト、離れてやれ」
「.......。」
「ベルトルト!」
「........。」
完全に拗ねてしまっている。
こうなった彼の面倒臭さをライナーは熟知している。
.......厄介な事になった。
「はぁ.....ベルトルト.....こっち向いてごらん....」
エルダが諦めた様に再び溜め息を吐いて彼の方へ向き直った。
そして彼を近くにあった椅子に座らせる。
エルダはベルトルトの傷がある指先を優しく手に取ると、救急箱から消毒液を含んだ脱脂綿を取り出して軽く傷口を押さえた。
そして先ほどの絆創膏をペタンと貼付ける。
ベルトルトは貼られた絆創膏をまじまじと見つめた。
しばらくそうした後、にっこりと目尻が細められる。どうやら満足したらしい。
「ベルトルト」
しかし収束しかけた場にエルダの声が響いた。その指はベルトルトの鼻先に突きつけられている。
ライナーはデジャヴを感じた。
「貴方、これ自分で付けた傷でしょう?
何の理由があったのかは知らないけれど、そういうのは絶対にしちゃ駄目よ。」
そう言うエルダの目付きは鋭い。
(もしかして.....ちょっと怒ってる?)
「そりゃ怒ってるよ!当たり前でしょう!」
(うわ心読まれた)
「こんな事は二度としないって誓いなさい!」
「え.....?」
「早く!!」
「ち、誓います!!」
エルダの剣幕に押されて出したベルトルトの声が予想外に大きなものだったので、食堂にいた全員がこちらを振り向いた。
後ろを通りすがったジャンがなんだ結婚式かー?と囃し立てていく。
ベルトルトとエルダの顔はみるみる朱に染まっていった。
更に面白がった男子達が結婚、結婚?と口々に煽るのでエルダは居ても立ってもいられなくなってしまう。
「で、誰と誰が結婚するって?」
その場に凛とした女性の声が響いた。
「アニ.....」
美しい金髪の女性が3人の背後に立っていた。
「あんたか....それともあんたか?」
ライナーとベルトルトを交互に指差す。
二人の脳裏にとてつもなく嫌な予感がよぎった。
「まぁどっちにしろ無理だね。あんたらなんかに渡す位なら今、ここでぶちのめしてやる」
二人の予感は現実の物に変わりつつある。かなりヤバい。
「......で、どっちなんだ?答えないなら両方ぶちのめすよ」
そう言ってアニはゆっくりと二人に近づいて行った。
二つの巨体が食堂の天井近くまで舞い上がったこの事件から、エルダにはアニの許可なく近寄らないという暗黙のルールが104期生の間でできたという。
空魚様のリクエストより
山奥組の軽い口喧嘩→アニ落ち!で書かせて頂きました。
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