光の道 | ナノ
ベルトルトの心配 02 [ 141/167 ]

「作ってもらっちゃって悪いわ…」


エルダは目の前に用意された湯気を立てているスープを眺めながら言う。


「そんなの…エルダは怪我人だし……というか代わり映えないものしか作れなくて、ごめん」

「嫌だわ、なんで謝るの」


すごく感謝してるのよと彼女は楽しそうにした。

そうして「ベルトルトは本当に謙虚なんだから…」と呟く。



「ここで……二人きりなのはなんだか不思議ね」


広い食堂の中、一番隅のテーブルに向かい合って二人は食事をした。

………エルダが言う二人きりという単語に今更ながらベルトルトは狼狽える。


そうだ……怪我をさせてしまったパニックから忘れていたが…今、この状況は……


「何だか貴方とゆっくり話すのも久しぶりな気がする……」


彼女は少し目を伏せて、色の薄いスープに宿るランプの灯りをじっと見つめた。

それからベルトルトの方へそっと視線を映すと、「悪いけれど、パンを千切ってもらえるかしら」と遠慮がちに言う。


「…………。いいよ、お安い御用…」

「何だか恥ずかしいわ、ごめんなさい」

「エルダも謝ってばかりだ。」

「そうね…きっと私たち似たもの同士だわ。」


ベルトルトはエルダが食べやすいくらいの大きさにパンを分けてやった。

彼女はその掌の動きを眺める。「長い指ね」と零されるのが何だか気恥ずかしくて、「普通…だよ」と弁明のようなことをした。


「それに、君に不便をかけてるのは僕の所為だから……」

「だから違うのよ、気に病まないで欲しいわ。ほら…私だって『僕の所為で人が傷付くのは嫌』なのよ」

「………………。」

「それに貴方は私に気を使ってここにいてくれるわ。それが嬉しいのよ」

「それなら……良かったよ。迷惑にならなくて」

「もっと自信を持って欲しいわ。貴方は貴方が思う以上に皆から好かれているのよ」


……………君には?

と一瞬思ったが口にはしなかった。


食事は静かな会話と共に滞り無く進む。穏やかで幸せな時間だった。

心地良いそれが長く続いて欲しいとどちらともなく願い、二人はなるべくものを食べる速度をゆっくりとした。







ふ、とベルトルトは目を覚ました。

しばらくぼんやりとする。

……今がどういう状況なのか、脳がうまく働いてくれない所為かいまいち把握出来ない。



(………………目の前にあるこれは、テーブルか。)


固い感触を掌で確かめた。そうして……のっそりと身体を起こすと、ぱちりと明るい色の瞳と目が合った。


…………………。


ちょっとした静寂、後小さく悲鳴。


「あらあら、驚かせちゃったかしら」

さっきとまるきり逆ね。とエルダは苦笑した。


「えっと………」


周りの風景から、眠り込んでしまう前のことを徐々に思い出す。


………相変わらず、雨は降り続けているらしい。

先程まで二人で食事をしていたテーブルはきちんと片付けられ、拭き清められた後だった。


え……、片付けられ………?



「えっ……エルダ、君……片付けちゃったの?」


先程と変わらずベルトルトの正面に座って読書していた彼女の方へと、詰め寄るように尋ねる。

エルダはきょとりとした表情で「ええ……食べ終わっていたし。何か問題あったかしら」と尋ね返した。


「問題……というか、そんなこと……起こしてよ」

「何だか気持ち良さそうだったんだもの。」

「そういうんじゃなくてさ、エルダは怪我人なんだから……」


彼の表情は心配そう且つ真剣だった。

しかしエルダは構わずに「二人分の片付けくらい大丈夫よ。」と宥める口調で言う。


「でも………」

「それに、もう大分良くなっているんだもの」


エルダは手元の本に視線を落としてぱら、とページを捲った。

………細かい字に小難しそうな文体。ベルトルトにはその内容をよく理解することはできなかった。



「……………………。」


………その時に、ようやく彼は自身の肩に毛布がかけられていたことに気が付く。

本当に先程とまるきり逆だ。


静かな……夜である。二人きりの。

雨の音ばかりが印象深い。



「…………エルダは、頭が良いよね。」


ぽつりと呟かれた言葉に、エルダは「どうしたの急に」と少し照れた反応をする。


「いや……いつも難しい本読んでるし」

「好きなだけよ。それに賢さならアルミンのほうが秀でているわ」

「う…ん。
だからそういう、知識とかをもっと生かせる仕事…先生とか、学者…なんなら看護師とかでも良い……
それのほうが君には向いてるって、思うんだけど。………。」


ベルトルトの言葉は歯切れが悪かった。

エルダは本から顔を上げて彼のことを見つめる。そうして続きを待った。


非常に言いにくそうにしつつも、ベルトルトはまた口を開く。

その不安そうな表情に、エルダまでも胸の内がきゅっとした気分になった。


「……………僕は、エルダが怪我したり…ひどい目に合っちゃうのは嫌なんだ。」


薄暗いランプの灯りが、彼の表情に浮かんだもの悲しい影をより濃くしている。

気が付かないうちに、エルダの左掌が握られていた。少し強く握り返す。


「兵士……増してや調査兵団なんてやめたほうが良い……。エルダ、分かるだろ?」


しかしそれよりももっと強い力で掴まれて、じっと見つめられた。

……彼からこんなにも烈に訴えられるのは初めてのことだったので、エルダは少し驚く。

「そうかしら」とどちらともつかない返事を小さくした。


「……………ごめん、急に。」


ゆっくりと、ベルトルトは手を離した。どういう訳か泣きそうな顔色をしている。


「大丈夫よ……。」


エルダもやはり胸の内が切なかったが、不思議と温かい気持ちにもなった。

………心配してもらえている。人から大事にしてもらえることはとても幸せなのだと、改めて思った。



「でもそういう貴方も……能力はとても高いのに、優しい性質が兵士にはちょっと不向きね。」


エルダの発言に、ベルトルトは途端に申し訳無さそうにする。

「ごめん、偉そうなこと言ったね」との囁き声には、「そんなつもりじゃないの、やっぱり私たちって似てるのね」とこれもまた小さく返された。


「少し雨脚が弱くなったみたいね」


エルダは本へと再び視線を落として零す。

言われてみればそんな心地がした。


「…………お風呂に行きましょう。きっと……上がる頃には止んでいる筈よ」


そう言ってエルダは息をひとつ吐き、本を閉じる。

………無傷のほう、白い手をそっと差し出されるので……握って一緒に立った。

途端に二人の視線の高さは大きく異なっていく。

見上げたエルダはおかしそうに笑いながら、「大きい」と今更なことを呟いた。


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