ミカサとお風呂に入る 03 [ 132/167 ]
しばらく……二人でぼんやりと冬の星空に見蕩れていた。
空気は澄んでいて、その所為か透き通った星のまた裏の星の光まで見えるようだった。
「ねえ、ミカサ。」
ふと、エルダが窓の縁に軽く肘をついて身体をもたらせながらこちらを見る。
ミカサもまたそれを見つめ返した。
エルダは相変わらず笑っている。………そう、この笑顔なのだ。胸がぎゅうぎゅうする原因は。
嫌じゃ無いのにどこか切ないみたいな。何故なのだろう。
「私、ちょっと分かっちゃったわ。……ミカサはね、きっと私に甘えたいのよ。」
そう言ったエルダは身体をそっと起こしてミカサに近付き、少し背伸びをして髪をゆっくり撫でてきた。
………撫でられながら、彼女の言葉の意味がよく分からずに「そんなことはない。」とまた愛想なく応える。
「良いのよ無理しなくて。私はあなたよりもちょっとだけれどお姉さんなんだから……頼ってくれて、全然構わないのよ。
そうしてくれれば私も嬉しいわ。」
髪を撫でていた掌がそっと下りて来て、やがて両頬を包む。
…………そのときに、ミカサはこの気持ちの正体が少しだけ…分かったような気がした。
懐かしかったのだ。
エルダが他の女子よりもずっと大人びているからだとか、物腰が穏やかだからだとか……きっかけはよく分からないけれど、その性質に強い懐かしさを感じてしまっているのだろう。
かつて、沢山愛されて大切にされた記憶と結びついて。
エルダの傍に居れば居るほどにそれを思い出して。
「…………そうなのかもしれない、けれど…よく分からない。」
やがてそう呟いて俯く。
………また身体の中心に熱が集中していく気がして、ミカサは膝を折って湯船に沈んでいってしまった。
エルダも一緒に浴槽に再び浸かっていく。
「駄目………。こんな情けないことじゃエレンに顔向けなんて出来ない……。
私は彼の為に強くあらねばならないのに………。」
ぶつぶつと口の中で呟いて、自分を戒めるようにする。
それはエルダにしっかりと聞き届けられていたらしく、彼女はあらあらと眉を少し下げて笑った。
「………それじゃあ、エレンがいない……こういう二人きりのときなら甘えたって良いじゃないの。エレンには絶対に内緒にするわ……。
………これも、二人だけの秘密ね。」
エルダが優しく囁く声が聞こえる。
でも……ミカサはやはりどうすれば良いのか、自分の取るべき行動がよく分からなかった。
だから喋らず、動かずにいるとやがて身体がゆるりと白い両腕に抱かれるのを感覚する。
目を閉じて、それを甘受した。
ミカサが身体の力を抜いたので、エルダは受け入れてはよしよし、と軽く頭をぽんぽんと撫でる。
恐る恐る、自分からも彼女の身体に腕を回してみた。
………柔らかかった。女の人の肌触りがする。
そしてそれに感じ入る最中……自分の中にことりとなにかが収まって、満たされたような気分がした。
*
少々のぼせてしまったらしいミカサを先に湯から上がらせたあと、エルダは一人でもう少し浴室からの冬の夜空を堪能することにした。
まるで百万の蛍のような星が或は消え或は現われて美しい現象を呈している。
対照的に近くに生える無花果の木の枝は黒く重たそうに垂れて、風が吹くと時々溜め息を吐くように微かに身動きをした。
「……………こんな夜更けに何してるの。」
しかし、その静寂は呆れたような声によって破られる。
エルダは少し驚きはしたが、それがよく知った声だったので……安らかな心持ちでその方を向く。
「嫌だわ、アニ。お風呂は服を着て入るところじゃないのよ。」
そう言って笑いながら浴槽の中から立ち上がり縁の傍まで歩くと……着衣のままで洗い場からこちらを見下ろしているアニの近くでまた彼女は湯船の中に身体を落とした。
「どうしたの。」
優しく声をかけると、アニはその場でしゃがんでエルダに視線を合わせてくる。
………少し、不機嫌らしい。
元より表情の変化が少ないアニではあるが、エルダは短くない付き合いから彼女の心の動きを充分に理解出来るようになっていた。
「………あんたがミカサといなくなって……それから、あれだけが帰って来て……居場所を尋ねたらここにいるって聞いたからね。」
まったくこんな時間に入浴するなんて何考えてるんだい、と彼女は少々呆れたようにする。
「気持ち良いわよ。折角ここまで来たんだからアニも服を脱いで入ったら良いわ。」
エルダはそれに対して楽しそうに返した。
だがアニは未だ不機嫌そうに、真っ青な瞳を鋭い形にしてエルダのことを見つめていた。
そして………ゆっくりと腕を伸ばして浴槽の中のエルダの首に回し、捕まえるように強く…ぎゅうと抱き締めてくる。
エルダはびっくりして数回瞬きをした後、「服が濡れちゃうわ、アニ」と焦った声を出した。
「……………何してたの。」
アニは囁くようにエルダに尋ねる。
しかしエルダは彼女の衣服が水を吸ってしまうことを気にかけているらしく、その腕から逃れる為にやんわりと離すように促した。
だがアニは抱き締める力を弱めなかった。
湯に浸かっていたエルダはその方に引き寄せられ、湿った身体がアニのことをしとどに濡らしていく。
「アニ………。」
いつも冷静で余裕のある彼女の行為とは思えないくらいに切羽詰まった何かを感じ、エルダはその名を呼んだ。
「何をして……何を話していたの。」
だが、アニは同じ質問を繰り返すだけだった。
エルダはそっと息を吐いて、彼女の身体に自分も腕を回す。
もう……その服が濡れてしまうのは仕様が無いということにして………。
ゆっくりと、先程ミカサにしたように金色の髪を撫でる。
いつも纏められているそれは夜の為下ろされて、さらさらとして指通りが良かった。
「なんで………誰にだってそういうことを。」
アニの発言は響かずに温い湯に沈んでいくような重たさを持っている。
エルダはただアニの身体を抱き締め、その髪を撫で続けていた。
彼女の気が済むまで何度でも、ずっと。
アニアニ様のリクエストより
ミカサとの絡み。アニも乱入で書かせて頂きました。
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