光の道 | ナノ
エレンと勝負の行方 01 [ 143/167 ]

エレンは……目の前で微笑んでいる人間に対して、ひたすらげんなりとした視線を投げ掛けていた。


「………なんで。オレがお前と。」


呟けば、エルダは「くじ引きの結果よ、それとも運命かしら」と答える。

エレンはそれに反応するのが馬鹿らしくなって無視をした。

そうしてとりあえずさっさと終らせてしまおうと、彼女が持っている木で造形された安っぽい刀を渡すように促す。


「とりあえず……まずはオレがならず者になってお前に仕掛けるから、きちんと相手しろよ」

「はいはい。お手柔らかにね」

「………襲ってくるような奴が手加減なんかする訳ねえだろ」

「それもそうねえ……。分かったわ、いつでもいらっしゃい。」


エルダは対人格闘の訓練中だとは思えないほど緊張感の無い笑顔を彼へと向けた。

どこからどう見ても隙だらけな姿勢である。

(なにがいつでもいらっしゃいだ)とエレンは心の中で軽く毒吐いた。


………少し距離を取ってから、彼女の方へ木刀を構えて踏み出す。

相変わらずの微笑でそれを見守っていたエルダだったが、彼が自身の元に至る直前に動線上から外れて一歩後ろに退く。

なので…一度目の斬撃は避けられた。気を取り直しての二度目…も避けられた。三度目もまた同じように。

毎度毎度、際どいところでへなりと交わしてくる。想像以上にエルダ相手に骨を折ることになって、エレンの苛立ちは徐々に募っていった。


「おい……!避けんなよ」

「襲われたら誰だって避けるわよ…」

「そういうんじゃなくて、これはお前がオレから木刀を奪わなくちゃ終らねえんだよ」

「あら…そういえばそうだったわねえ」


……目一杯彼女を追いかけている所為で体力も削られていく。

それとは対照的にエルダは最低限しか動いていないので未だに涼しい顔をしていた。

そうしていつまで経っても反撃されないことにエレンは遂に業を煮やしてくる。


「この……良い加減に……!!」


そう呟いて、大きく一歩踏み込んだ。かなり早い速度でエルダの懐に飛び込んだので今度こそ避けきれないだろう。


(……………あれ。)


しかし、その先には何の反応も無い。すっかりお馴染みとなってしまった木刀が空を切る感覚がするだけである。

そればかりでない。先程まで冬眠から覚めたばかりの蛇のようにのらりくらりと攻撃をかわしていた女……エルダの姿までもが見当たらなくなっていた。


「どっ、どこにいった……」


思わず声を上げると、後頭部が軽く小突かれる。

驚いて「わ」と声を上げ……後ろを向くと、案の定エルダが穏やかな表情をしてこちらを覗き込んでいた。


「ここにいるわよ」


そうして優しく言われるので、腕を振り払って一思いに突きをしてみる。

今までは無意識ながら加減をしていた節があったが、その時のエレンは本気だった。

良い加減に決着を付けてしまおうと考えたのか、本能的に闘争精神がむき出しになってしまったのか、はたまた単純に悔しかったのかは定かでは無いが。


「えっ」


しかし……なんとなく、デジャヴな感覚がしたかと思うとエレンは仰向けになって青い空を見上げていた。

その拍子に木刀は手の内から数メートル先の土の上へと転がっていく。

回収するため体勢を立て直すが、それよりも先にエルダが拾い上げてはにっこりとした。


「はい、落とし物。」


木刀をエレンへと返しながら、彼女はごめんなさい痛かったかしらと手を差し伸べてくる。

それを呆然と眺めながら…「お前、なにしたんだ」と尋ねれば、「ちょっと危なかったから足を引っ掛けただけよ。どこか強く打ったりはしてない」と心配そうにした。


周囲の人間は、モヤシっ子の代表としてよく話題に登るエルダが格闘術が得意なエレンを転したことに少々驚いたようである。

視線が自分たちに集まってくることを理解したエレンは、途端に屈辱的な気持ちになった。


「……いらねえよ」


差し伸べられた手を払って、愛想無く言いながら立ち上がる。

エルダは「あらそう?」ととくに気にした様子では無かった。


…………その後役割を交代して雪辱を晴らそうとしたエレンだったが、それは適わなかった。

何故なら彼が転んだと聞きつけたミカサが数秒ほどで二人の元に駆けつけ、有無を言わさずに彼を医務室へと運んだからだ。

エルダへの敗北、ミカサによる拉致……その日はエレンにとって踏んだり蹴ったりである。

それを笑顔で見送るエルダ。「お大事にね」と気遣う言葉をかけられるが、当然それは無視した。







「ここ、良いかしら。」

その晩の夕食時、エレンとミカサそしてアルミンが平素通り一緒に食事をしていると……そのテーブルでひとつ空いていた席を示して、エルダが尋ねてくる。


「うん良いよ。」


空席の隣に座っていたアルミンは快く了承した。ミカサもそれに倣って頷く。

一方エレンは何故よりによって今日、ここに来る。と苦虫を噛み潰した気分にならざるを得なかった。


彼女は「ごめんなさいね、お邪魔しちゃって…」と謝りながら着席する。


「全然邪魔なんかじゃないよ。」

などと朗らかに応えるアルミンを尻目に、エレンは無言で席を立った。

正直に言うと昼間のショックから未だに立ち直れずにいる所為で、なるべくエルダを視界に入れたくなかったのである。


それに気が付いたミカサが「エレン、どこへ」と端的に尋ねる。


「オレがどこへ行こうとどうでも良いだろ……」

すげなく返答しながら使用していた食器を持ち、別のテーブルに移ろうとする彼の背中に「あら」と今度はエルダが声をかけた。


「今はどこのテーブルもいっぱいよ。」


……………言われた通りに。周囲の椅子は全て埋まっていた。

恐らく彼女がエレンたちのところにやってきたのもこれが理由だろう。


無言で……。エレンは元の席に戻った。

向かいではエルダが楽しそうに「何だか貴方たちと食べるのは新鮮だわ」とアルミンに話かけている。

彼も応えて笑っては、「そうだね、時々おいでよ。僕らも楽しいし」と言った。


「勘弁してくれ、お前の顔見てると飯がまずくなる」


げんなりしながらエレンがそれに口を挟むと、エルダは「まあ…」と溜め息を吐く。


「私、嫌われちゃったのかしら」

そうして少し首を傾げてアルミンに尋ねる。彼は苦笑しつつ「はは…どうだろう…」と曖昧な返事をした。


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