ミカサとお風呂に入る 01 [ 130/167 ]
その日はとみに冷えこむ夜だった。
今の今までようやく心地の良い季節になったと思っていたが、それはあっという間に過ぎ去って最早冬の気配が色濃くする。
一日一日と寒くなるのを肌で感じながら……けれど、今夜はそれがとくにひどかった。
その所為だろうか。一度眠りに落ちたのに関わらず、星明かりが部屋に差し込む深夜…まんじりともせずにミカサは目を覚ましてしまった。
彼女は手足の先が氷になってしまったかのような感覚を堪えながら、どうにかもう一度眠ろうと寝返りを打つ。
……………だが、一向に眠気は訪れない。
それどころか寒気は増す一方である。
遂に耐えきれなくなったミカサはベッドの上にゆっくりと起き上がり、自身を抱き込むようにした。
「………眠れないの?」
しばらくそうしていると、そっと囁く声が少し離れた場所……彼女のベッドの斜め右から聞こえてくる。
……………自分以外の人間がまさかこんな時間に起きていると思わなかったミカサは、少し驚いて肩を揺らした。
そして、その方を見る。
青い闇の中で薄い緑の瞳がこちらを捕えていた。
彼女もまたミカサと同じようにベッドの上に半身を起こして…いつもの微笑を柔らかく浮かべている。
輪郭に青白い光を受けたその姿をぼんやりとただ眺めてしまっていると、彼女がどうしたの、というように首を傾げた。
そこでミカサはようやくハッとして我に返り、「………いや、寒くて……。」とだけ零す。
エルダはそれを受けて「あら……。」と小さく呟いてはゆっくりと床に足をつけて、こちらにやってきた。
そして全く自然な動作でミカサの頬に触れてから彼女の長い前髪をそっと横に流して、自らの額を合わせる。
(え……………。)
突然のこと、そして近過ぎる顔と顔との距離にミカサはひどく動揺した。
だが、嫌な気持ちはしない。どちらかというとこの感じは………
………………………。
「寒気は風邪の始まりだからねえ……。でも熱は無いみたいで良かったわ。」
エルダは周りを起こさないように配慮しながら小さな声で言う。
それからミカサの掌にそっと触れて、「あらやだ。……本当に冷えているわね。」と驚いたようにした。
……………自分の手と対照的に温かなエルダの掌から、じんわりとした熱が移ってくる。
それが心地良くてそっと握ると、握り返された。
仕草のひとつひとつが優しいのが不思議だった。
「………………………。」
エルダはミカサと手を繋いだまま、そろりとして彼女のベッドの脇に腰を下ろす。
想像以上に凍てついてしまっているミカサの指先を、薄緑色の瞳は心配そうに眺めていた。
…………そして、なにかを考えるように窓へと視線を移した後……もう一度ミカサの方に向き直って、「……お風呂にでも、入りにいきましょうか。」と笑いかける。
「え…………?」
エルダの突然の提案に、ミカサは小さく声を上げる。
「こんなに冷えていたら辛いでしょう。こういうときはちょっとだけ温まるとすぐに眠れるようになれるわ。」
私も付き合うから……と言ってエルダはこれは名案だ、とでもいう風に頷いては立ち上がる。
「いや……でも。」
ミカサはなにかを言おうと口を開きかけるが、エルダはもうすっかりその気になってしまっているらしい。
自分のベッドの方へと戻っていそいそとタオルを準備している。
(……………風呂。)
確かに、悪く無いかもしれない。
体はまるきり冷えきっていたので、温かな湯船を思い浮かべるだけで心が休まる。
……………だが、少し問題なのはこの時間の入浴は許されていないことと…………
(ふたりきり…………?)
そんなことだった。
別に女同士であるし、何度も浴場で一緒になったことはあるが……たったふたりで、そしてこの深夜という静寂の時間帯が不思議な感覚をもたらしていた。
そして最近……どういう訳かエルダにどう接すれば良いのかよく分からないのだ。
嫌いな人間では、勿論ない。
けれど……好き?………確かに好きは好きだけれど、エレンやアルミンに対する感情と彼女に向き合う思いは何だか違うし、他の人間への気持ちと比べてもそれは尚更だった。
……………自分が自分でよく理解できないのだ。
私は彼女に何をして、何をされたいのだろう。
それが分からないからだろうか、彼女の傍にいると…胸のどこかがきゅっとした。
「行きましょうか?」
やがてエルダが再びこちらにやってきて、声をかけてくる。
ミカサは軽く頷き、自分もタオルを持って………そっと二人連れ立って、部屋を後にした。
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