光の道 | ナノ
アニの誕生日 01 [ 147/167 ]

……………夜。



憲兵団の宿舎に帰って来て、アニは自分のベッドに身を投げる。

今日は、疲れた。

体を人とは異なる形に変えたときはいつもこうだ。怠く、気持ちも塞いで良いことは何もない。



(……………、エルダ。)



そうして今回。見て、見られた。彼女に自分の姿を。

向こうはきっと私が誰なのか分かっていない。当たり前だ。それで良かった。けれどこの胸の昏さは一体なんなのだろう。


(………でも、私はすぐに分かったよ。)


湿って心地悪い毛布に額を擦らせてから、あの時に……非常に驚いた様子でこちらを見上げていたエルダを思い出した。

………正直、自分も驚いた。本当に壁外まで行ってしまったんだね、あの子。馬鹿なことを。


とてつもなく堪らない気持ちになって、ぎゅうと瞼を閉じる。

あの大好きな瞳の色に……自分の姿はどう映っていたのだろう。

自然と自嘲的に笑った。多くの人間と同じように、恐ろしいほど醜悪な貌だったに違いない。

そうやって、何かを期待しそうになった愚かな自身を叱った。


(……………………。)


まどろみかけた時、目の端に何かが映り込む。

先程まで全く気にもかけていなかったが、白い封筒が……枕の傍に置かれていたらしい。


アニに宛てられた手紙なのだろう。机の上などでなく、乱雑にベッドに放られていたことを考えると届けたのはヒッチか。

………彼女の性格上、手紙を託されても屑篭に直行させそうなものだが……一応宛名の人物に渡そうとする辺りから察するに根から嫌な奴でも無いのかもしれない。

だがそんなことはどうでも良いし、自分には関係の無いことだ。


ライナーか……ベルトルトからか。疲れ切った身体を何とか動かして、白い封筒まで手を伸ばした。

差出人名を確認して、思わず半身をがばりと起こす。……息を呑んだ。急激に心拍数が上昇する。


「…………な、」


思わず声を上げて、もう一度懐かしい名前を視線でなぞった。


なんで、今。このタイミングで。

色々な気持ちが湧き起こって、目頭が熱くなった。


……………。


本当に微かな声で彼女の名前を呼ぶ。しなければ良かったと直後に後悔した。

なんという響きを持っているのだろう。


………暗がりの中で不自然に真っ白く見える封筒に押された鑞をぱり、と開いた。

少しの躊躇いの後で中身を取り出す。……たった一枚の書簡に記された短い文章だった。

ひどく苦しく息詰まりな気分で、中身を読んだ。



親愛なるアニ・レオンハート様


新生活は慣れましたか。そうして元気にしていますか。

私は結構元気です。調査兵団の先輩も新しい同期も良い人ばかりで毎日とても助けられています。


さて、このお手紙を貴方が読む頃には私にとって初めての壁外調査が終っている時期と思います。

果たして私は生きているのでしょうか。不思議と自信はあります。慢心はいけないとは思うのですが、変ですね。


ただやはり疲れている筈なので、久々にアニに会いたくなっているとは思うんです。貴方といると元気になれるから。

会って、遊びにいきませんか。アニが好きなところに。

お返事待っています。身体には気をつけて過ごして下さいね。


追伸、もうすぐお誕生日ですね。貴方にとって良い一年になりますように。

会ったときに何か強請ってくれると嬉しいです。


エルダ




数回読み直して元の通りに手紙を畳んで、封筒に戻した。

唇からは淡い溜め息が漏れるばかりである。

半身を起こしたままで、膝を抱えて自身ごと抱きかかえた。


……………会いたい。でも、会える訳が無いと思った。


この姿を見られてしまった。人を殺すところを真っ直ぐに見つめられてしまった。

そのときの表情が忘れられない。子供みたいに綺麗な瞳で、ただ。


ベッドへと再びアニは身体を沈める。

………明日は、有り難いことに非番だ。昼まで、寝て。一言だけ返事を書こう。


今は会えない。でも然るべき時に、必ず。と。







「でね、でね。ちょっと信じらんないでしょ!?」


翌朝、予測通り昼過ぎに目を覚めしたアニは未だぼんやりとした意識のまま憲兵団の宿舎を歩いていた。

あんな大事を起こした後でも腹は減る。ひとまず何か食べようと思ったのだ。


「なんの断りも無しにいきなりよ?こっちだってちょっとした心の準備があるし……」


そうして聞こえて来た覚えのある高い声。……何やら興奮している。

関わりたくないと本能的に思い、その場を避けようと方向転換するが……ふと、それが言葉を交わす相手の声が気掛かりになった。


「まあ……きっとそれは貴方がとても魅力的だったからじゃないの。」

「それは知ってるけれどさ、ああいうのはどうかと思うのよ。」

「でも満更じゃ無かったんでしょう。」

「………。分かる?」

「分からない人なんていないわよ。こんな嬉々として語られちゃ。」

「うるさいよ、処女のくせに」

「あら、女の子なんだからもう少しオブラートに包んで言いなさいな」


「……………なんのはなししてるの。」


そこで遂に耐えきれなくなって、アニは睦まじく会話を交わす人物たちへと声をかけた。

着席していた二人は同時に振り向く。……一人はうげえと非常に嫌そうな声を上げ、もう片方は心から嬉しそうにした。


「アニ、おそようね。」


エルダは立ち上がってから花を飛ばしそうな勢いで呆然としているアニの掌を握る。

…………彼女は混乱から何も反応を示せずにいたが、構わずにエルダはその身を抱いた。

それから少々心配そうに「貴方ちょっと痩せたんじゃないかしら」と呟く。


「ああ、ようやくご対面ってわけ。」


その様子を未だ着席したままのヒッチが呆れたように眺めていた。


「そうよ、ようやくご対面なわけ」

「あんたもさあ、頑張るよね。なに、処女なのはレズが原因なわけ」

「そうかもしれないわねえ」

「えっ」

「やだ冗談よ」

「このクソ眼鏡」

「眼鏡だけどクソじゃありません。」


エルダはアニをぎゅっと抱いたまま朗らかに言った。

……………何やら、ヒッチと相性が悪くないらしい。というかいつ知り合って仲良くなった。そうしてまずなんでここに。

考えることが多過ぎて、アニはしばし呆然としていた。



「なんで……いるの」


やっとのことで一番の疑問を尋ねる。「そりゃあもうアニに会うためよ」と淀みない回答が返ってきた。


「壁外調査前も結構通い詰めていたのよ。
貴方優秀だから引っ張りだこでしょ、全然会えなくて……でも今日は良かったわ。非番の日を教えてくれたヒッチのお陰ねえ」

「まさか本当に仲良いと思わなかったんだもの。てっきりアニのストーカーかと。
そんなら良い嫌がらせになるから面白かったんだけどね。」

「ストーカーじゃないのよ、純愛。」

「紙一重だけどねえ」


二人はからからと声を上げて笑った。


「いや……そうじゃなくて。どういう理由があってここに。」

未だアニは腑に落ちていなかったが、エルダの抱擁から非常に懐かしい気持ちになってぎこちなく抱き返した。

それに気が付いたヒッチがふん、と小さく声を漏らす。何故かつまらなさそうであった。


「手紙読まなかった?アニに会いたかったから来たのよ。」

「読んだけど……。私は」

「アニは私に会いたくなかったの」

「いや、そういうわけじゃ」

「なら問題無いわねえ。ああ、本当に久々で嬉しいわ」


エルダは更に抱く力を強くした。

………あれだけの凄惨なものを目の当たりにしたのに関わらず、その様子はまったく変わっていない。

安心していいのだろうか。……アニの気持ちは非常に複雑だった。


「あと、お誕生日おめでとう。今日言えてすごく良かったわ」

「………覚えてたんだ」

「当たり前でしょう、こんなおめでたい日。」

「…………………。」


あんた本当アニ好きだね、やっぱレズだわ。とヒッチが気の無い言葉で場に水をさした。

ええ好きよ。ヒッチのことも好きだからやきもち焼かないの、とエルダは言う。焼いてねー、自意識過剰と不機嫌そうな応えがなされた。


そうしてエルダはようやくアニの身体を離して今度はヒッチの方へと歩んだ。

よしよし、と艶があって柔らかい彼女の頭髪を撫でてやれば、やめてよと嫌そうにされる。しかし抵抗しないところを見ると心から言っている訳では無いのだろう。



やはり、そこそこ気が合っているいるらしい。真反対な性質同士奇妙に意気投合するところがあるのかもしれない。


それを眺めてアニはぽつりと「……エルダ。あんたは今日、私に会いにきたんじゃないの」と漏らした。


「勿論よ。……ところで今日のアニの予定は?」

「暇。」

「アニに予定なんてある訳ないじゃん、あいつ友達いないもん」

「ヒッチとアニは友達でしょう」

「……まさか」

「願い下げだけど」

「あらら」


エルダは弱く笑って、中々難しい関係なのね、と漏らした。


「まあ……アニが暇なら良かったわ。デートしましょうよ、久々話もしたいもの。」

「ねえエルダ、私も暇なんだけどさ。」

「あんたはオトモダチが多いから暇は無い筈でしょ」

「べっつにー。トモダチかどうだか。ま、私かわいいから。」

「哀れだね、あと十年後に同じ数だけそのトモダチがいるかどうか。」

「ああ、あんたは今も昔もこれからも友達ゼロだもんね。数が変わらなくって羨ましいわあ」

「だからヒッチとアニが友達でしょうよ。」

「「違う」」

「まあ」


息の合った反論に、エルダは思わず苦笑した。

アニは……ヒッチの傍にいた彼女の手を引いてその場から離そうとする。


「とにかく、行こう。ここじゃ茶々が入ってまともに話なんて出来ない」

「茶々なんて入れないよ?話の運びを潤滑にしてあげてるだけじゃん、コミュ障のあんたの為に」

「余計なお世話」


アニはヒッチを一瞥すると、そのままで歩み出す。

掌が繋がっていたエルダも自然とそれと一緒にそこから遠ざかった。

彼女は振り返ってヒッチに笑顔で手を振る。座ったままでひらひらと掌をさせて、やる気の無い応えが返ってきた。


「また来たときに話の続きを聞かせてね」

「いいよ、なんでも教えてあげる」

「エルダ。そいつと話すと脳みそ腐るからやめときな」

「大丈夫大丈夫。そのクソ眼鏡も中々脳みそ腐れてるから」

「まあひどい。私の灰色の脳細胞はいつだって新鮮よ」


エルダはもう一度ヒッチにまたねと挨拶してアニの隣に並ぶ。


遠ざかっていく二人の後ろ姿を眺めつつ、ヒッチは「………仲間に入れてくれたって、良いじゃん」とやや不服そうに呟いた。


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