サシャとデートする03 [ 12/167 ]
二人はひたすら塔内部の階段を登っていた。
「エルダ、まだ階段登るんですかぁ?」
「私たちは兵士でしょう、これくらいで音を上げちゃ駄目よ。」
「まだ訓練兵ですよー。」
「はいはい、あ、もう終点だよ。」
エルダは階段の最上階にあった鉄の扉を開けてサシャを手招きした。
「わ、えぇぇぇぇぇ!!!???」
扉の向こうの光景を見て、サシャは絶叫してしまった。
その場所は予想以上に地面から遠かった。
頼りない鉄の柵の向こうには夕焼けにそまった街が広がっている。
家々の白い壁に茜色の日の光が反射していて、とても美しかった。
「き、きれいですけど....いくらなんでも高過ぎですよ....
人間は地に足をつけて生きるものなんです!こんな所からは早く帰りましょうよ!」
眼下の家はまるでおもちゃの様で、人に至っては豆粒の様である。
まるで超大型巨人にでもなった気分だ。
固そうな地面を見ていると、落ちた時の事を考えてしまい、くらくらした。
「下ばかり見るからいけないんだよ、もっと遠くを見てごらん。」
エルダが柵にしがみついて震えるサシャに声をかけた。
(遠く....)
街の広場、それに連なる道、茜色に染まる屋根たち、その向こうには.....
「....壁が見えますね....」
この世界はどこに行っても壁が視界に入る。
山から降りて壁の近くの街に住んでいると、嫌でもその存在を感じてしまう。
「結局私たちは....どう生きてもせまい壁の中で飼い殺されているだけなんでしょうか....」
「そうかもしれないわね....
壁を超えられるのは鳥と調査兵団、ふたつの翼があるものだけだからね....」
そう言って壁を見つめるエルダの瞳には、淡い憧憬の色が宿っていた。
「エルダ....もしかして、調査兵団に、「そろそろ時間だよ」
エルダがポケットの懐中時計を取り出しながら言った。
次の瞬間、地面がまるで生きているかの様に震え出した。
塔の内部から高い音、低い音、様々な鐘の音が複雑にこだまし合い、清らかな音色を奏でていく。
それに合わせて、鐘のそばで寛いでいた白い鳩たちが一斉に外へ飛び出した。
その白い羽は真紅の夕焼けにひたされて、きらきらと輝いて見える。
茜色に染まる街の中で、その白さはひと際美しく見えた。
「うわ、すごいです....」
サシャは惚けてその光景を眺めた。鐘の音は未だ高く、低くその場に鳴り響いていた。
「もう怖くなくなった?」エルダが尋ねる。
「はい、不思議と....」
「このカリヨン塔はこの街で一番高いからね....ここが平気になれば、もうこの街では怖いもの無しよ。」
「そうなんですか....」
サシャの手を、エルダがそっと握ってきた。
「この街には、サシャの故郷みたいな森や山は無いけれど....
街には街なりの素敵な所があるんだよ。
どこに行ったって、楽しいと思えば楽しくなるんだよ....」
エルダは再び壁の向こうへ視線を向ける。
「私に故郷が無くても平気なのは、きっとそれを知っているからでしょうね....
それが分かっているから、旅の支度を始める度にいつもわくわくする....」
遠くを見つめていたエルダの瞳が、そう語りながら不気味な程透き通っていった。
鐘が鳴り響く―――高く、低く―――――
人々の影はみな、茜色の光の中へ伸びて行く――――
壁の向こうには、赤く熟れた太陽が沈んで行く――――――
『―――帰っておいで』
「エルダ!!!!!!!」
サシャの大きな声でエルダは我に返った。
自分の状況がよく理解できないが、どうやらサシャに抱きしめられているらしい。
「サシャ?」
エルダが訝しげに尋ねる。
サシャは無反応だ。
しかし、その体が小さく震えている事に気付いたエルダは、そっとその背中に手を回した。
しばらく二人は抱き合ったままじっとしていた。
震えがようやく落ち着いてきた頃、サシャはぽつりと言葉を発した。
「エルダは.....どこかに行ってしまいませんか...?」
「?どこにも行かないわよ。行く当ても無いもの....」
「エルダは昔から、すぐにどこかへ行ってしまいます.....
会えるのはずっと先です.......
この前なんかは二度と会えないかと思いました.....」
サシャの腕の力が強くなる。どうやら2年前の事を言っているらしい。
「今も、あの鳥と同じ様に飛んでいってしまいそうでした....」
「まさか。私は人間だもの、飛べるわけないじゃない。」
サシャってば意外とメルヘンね、とエルダがクスクスと笑った。
「エルダ、私は、エルダの事が....優しくて、好きです。」
サシャがエルダの肩に顔を埋めながら言った。
「だから、もし、どこかに行ってしまっても...
10年、20年先になっても良いから――私の所に、帰ってきてください.....」
そう言って、サシャは少しだけ泣いた。
エルダはサシャの背中を優しくさすりながら、茜色から藍色に変わりゆく空を眺めた。
―――鐘の音は、いつの間にか止んでいた。
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