光の道 | ナノ
酔い候う 02 [ 126/167 ]

「やめな。」



隣で、自らの頬を撫でてくるエルダに対してアニは冷たく言い放つ。



「あらやだ。アニったらつれない。」


エルダは少し残念そうにしながら姿勢を元に戻した。



「あんたの呆れたキス魔ぶりは訓練兵時代からの名物でしょ。」



アニのうんざりしたような発言に、エルダはまあ懐かしい、と声を漏らしてはまたグラスに口をつけた。



「良いじゃないの。キスくらい、いつもさせてくれるじゃない。」


そして少しだけ拗ねたような口調で抗議する。


アニは酔いも手伝ってか少しだけ頬を赤くした。色々と思い出してしまったらしい。



「…………私。酔ってる時のあんた、きらい。」


そして赤くなった頬を隠すように掌で触れながら小さく言う。



エルダは…悲しいわ、と妙に演技がかって傷付いた素振りを見せた。

それがアニの癇に障ったらしく、彼女は机の下で足を蹴飛ばされてしまう。



「だって……あんた、酔うと誰にでもキスするじゃない。」



少ししてから発せられたアニのかぼそい言葉に、エルダはゆっくりと目を細めた。



「…………今は、あなたとしかしないわよ。」



しかし、アニはじっとりとした眼差しをエルダへと向けた。相当恨みがましい視線である。


エルダは責めるような彼女の青い瞳をものともせずに、「睨まない、睨まない。」と小さな子供をなだめるように声をかけた。



「……………あっち行ってよ。きらいだから。」



どうも対応が間違っていたようで……アニの機嫌は悪くなるばかりである。


だが、エルダは長い付き合いからアニの本心がよく分かっていた。だからただ笑って傍にいた。



「きらいなのに私のお酒にいつも付き合ってくれるアニは優しいのねえ。」


短い沈黙の後呟かれたエルダの言葉に、アニは「うるさい」と低く返した。


「ねえアニ、あなたが私をきらいでも私はあなたを好きよ。酔っていても素面のときもそれは変わらないわ。」


だがエルダは全く動じず、先程と同じようにアニとの距離をそっと詰める。



アニはそれを横目で眺めながらも、今度は拒否しなかった。



「だからきらいだなんて言わないでちょうだい。」



ねえ、とエルダはアルコールによってすっかり熱くなってしまったアニの頬をまた撫でた。



「………………………。」



少しの間、二人は黙って互いを見つめていた。


薄暗い部屋をぼんやりと照らすランプの周りを、羽虫がよろめきながらようやく一周し終えた頃…エルダがゆっくりと口を開く。



「アニ、私はあなたとキスがしたいわ。」



柔らかな彼女の言葉に、アニは何も応えなかった。

少しだけ、目を伏せる。



エルダもまた何も言わなかった。

アニの頬に手を沿えて、触れるだけのキスをする。



「大好きよ。」



離れて行くときにエルダは小さく言葉を漏らした。



アニもまた、心から『私も』と言ってしまいたかったが、それはどうしても言葉にはなってくれなかった。


けれど、エルダは分かっているらしい。微笑んでは「あなたが一番に。」と付け加えた。


やはりそれに応える為の声が出ない。代わりにアニは机に置かれたエルダの掌に、そろりと自分の手を重ねた。



そうして………もう少しだけ素直になれたなら、なっていけたなら……とぼんやりと考える。




(…………大丈夫。時間は沢山ある………。)




そう考えて、アニはグラスの中の酒を一口にあおった。


脳幹がじんとして、目眩が軽くする。けれど、繋がった掌を離すことはしなかった。



今夜は満月である。


ここ……自分たちの故郷では、星も綺麗だけれど何より黄色く円い月が美しいとアニは思う。


窓の外に視線を移し、それを眺めてみた。誰もいない空の中にぽっかりと浮かんでいる。



穏やかな景色だった。


ひどく安心した心持ちの中、彼女はゆっくりと瞳を閉じていく。



アニアニ様のリクエストより
アニとクリスタがお酒に酔った主人公にからまれてたじたじ。で書かせて頂きました。


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