光の道 | ナノ
エレンと迷子ちゃん 03 [ 123/167 ]

強引とも言える手口で調査兵団の公舎までエレンに案内をさせたエルダは、なんの迷いもなく長い廊下の上、少女の手を引いて歩みを進めて行く。


…勿論、制服も着用していない彼女と少女の組み合わせは公舎の中で大いに目立っていた。

何度も訝しそうに呼び止められたのだが、その度にエルダは「お気遣いなく」と例の有無を言わせぬ微笑を浮かべて立ち止まる気配はない。



………そして、ついに彼女の確固たる足取りは執務室の前へと及ぶ。


一方で手を引かれた少女は非常に不安げにしていたのだが、エルダは彼女に「大丈夫よ」と優しく声をかけてはエレンの制止も間に合わず、固く握った拳で重厚な木の扉をノックした。


一体なにが大丈夫なのだろうか。エレンは最早考えるのをやめた。







「駄目だ。帰れ。」


そして、冒頭に戻るのである。


エルダは執務室に入るなり、「この部屋で今、一番偉い人に取り次いで下さいませんか。」と近くで仕事に励んでいた兵士に何も臆すことなく声をかけた。


―――――運が良いのか悪いのか、それに応じて出て来たのがリヴァイだったのだ。



「何故です?」

エルダの質問に、リヴァイはうんざりしたように溜め息を吐く。



「………ここにまではるばる来て頂いたのはご苦労なことだが……生憎こちらも都合というものがある。
やるべきことが終るまで誰も彼もが帰る訳にはいかねえんだよ。」


リヴァイはちら、とエルダの身体の影に隠れるようにしている少女のことを見下ろす。

エレンの眼光も大分鋭いものだったが、それとは比べ物にならないほどの凶悪な視線に少女の緊張は最高潮に達していた。



「………もう一度言う。帰れ。」


「嫌です。」



リヴァイが話は終わりだ、と切り上げようと発した言葉に対して、間髪入れずにエルダが発言する。


…………リヴァイは、近くにあった机を無性に殴りつけたくなった。……なんと話の分からない女だろうか。



「…………俺は見るからにアホそうなお前らにも分かりやすいように且つ理知的に説明したつもりだが…それが理解できないとはお前、相当の馬鹿だろ。」


「アホじゃありませんし馬鹿でもありませんよ。
私がそれを理解できないのは、むしろ兵長さんの説明がちょっと下手なだけじゃないでしょうか…。」



………リヴァイは今度こそ何も躊躇わずに近くにあった机を拳で殴った。


そば耳を立てていた兵士たちの内心にはひやりとしたものが下りてくる。

…何者かは分からないがこの女性、温厚そうに見えて言葉の端々にあからさまな刺が潜んでいるのだ。



「………一応聞くが、お前の兄貴の名前はなんだ。」


気を取り直すようにひとつ咳払いをして、リヴァイはエルダ相手では話にならないと踏んだのか、少女の方に質問した。

思わず彼女はその華奢な肩をびくりと震せる。


…………しかし、ここで自分が黙ってしまってはどうしようもないことに気付いたのか、意を決したようにその口を開いた。



「オルオ……。オルオ・ボザド。」


可憐な少女の唇から漏れ出だ言葉に、兵士たちは盛大に吹き出す。


…………なんとまあ。似てない兄妹もいたものである。



リヴァイは……小さく溜め息を吐いて、少女を再び見下ろした。


「………尚更会わせる訳にはいかねえな。オルオは今重要な仕事を任されている。」


そして眉間の皺を深く刻んでは、説く様にゆっくりと声を発する。


「奴の年にしては大き過ぎるほどの仕事だ。
……これは、お前の兄貴が兵団内からの信用が非常に厚いことを表しているし、奴もそれに応えようと必死だ。」


彼の声に攻撃的な要素が少なくなったのを感じ取ったのだろうか。少女は恐る恐る顔を上げて、リヴァイの真っ黒い瞳を眺めた。

彼は言葉を続ける。


「ガキには分からねえだろうが、俺達にも事情というものがある。……今はこらえてもらえると……ありがたい。」


リヴァイの言葉に、少女はそっと地面に視線を落として頷こうとした。


……そして、我が儘を言ってここまで来てしまったことを少々後悔する。

幼い自分の与り知らないところで、今…兄は必死で仕事と格闘しているのだろう……



「そんなことは理由になりません。」


リヴァイの言葉によって締めに差し掛かっていた場に、エルダの穏やかな声が響いた。


……………事態は収束に向かっていると思っていた周囲の兵士及びエレンは…また、その隣にいた少女は驚いてエルダの方を見つめる。

リヴァイは微かに目を細め、思わず舌打ちをした。



「オルオさんでも誰オさんでも構いませんが…彼の仕事が忙しいことも、過酷な環境に置かれていることも…そんなことは会えない理由になりません。」

エルダはあくまで穏やかに笑いながらリヴァイの傍まで一歩踏み出しては隣に立って話しかける。

彼は視線だけでエルダの薄緑の瞳を追った。


「何故ならそちらに事情があるように、こちらにだって事情があるからです。
10才にも満たない少女が一人で家を離れ、遠くここにまでやってくるだけの事情が。」


そこまで言ってエルダは少女を手招きして傍まで呼び寄せると軽々と抱き上げると、リヴァイと少女の視線を同じ高さにする。


…………二人は、何とも言えない心持ちで互いを見つめ合った。



「…………そういえば、今くらいはちょうど疲れが出始める時刻ですよね…。
オレオさんさえよろしければ…お茶の時間にして、少し休息しては如何でしょうか。…妹さんと二人で。」

「オルオ、な。」


間髪入れずに訂正しながらリヴァイは少女のハシバミ色の瞳から視線を離せずにいた。


………顔立ちは似ても似つかないが、それは確かに年若の部下と同じ色をしている。



…………………。



少しの、間。



辺りには重たい沈黙が漂う。


…………リヴァイは目を伏せて盛大に溜め息を吐いた。



いや……答えはもう決まっていたのだが、どうにもこの胡散臭い女の言う通りになるのは癪だったのだ。



だが………いや。しかし。



………………。



もう一度溜め息を吐いて、「良いだろう。」と彼は低く言う。


そうすれば、ずっと青白かった眼前の少女の頬には微かに朱が差した。


そしてエルダは殊更嬉しそうに唇に弧を描き、「良かったわあ、どうやらオリオお兄さんに会えるようねえ」と少女の耳元に囁きかける。


「あ、オルオです。」

それを少女はすかさず訂正した。


…………エルダは、どうやらオルオという顔も知らぬ兵士に対して少々腹を立てているのか…名前を覚える気はさらさら無いらしい。


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