雨が降る日は屋根の下で 03 [ 119/167 ]
(………………………。)
ぱっちりと目を開けた瞬間、感覚で寝過ぎた事を察知したエルダは、二拍程置いて…慌ててその身を起こす。
(あれ……?)
そして、その身からするりと滑り落ちた薄手の毛布の端を摘んでは、不思議そうに首を傾げた。
………おかしい。こんなものは眠りに落ちた時には無かった筈………と、言うか…
「ア、アニ……!?」
腕の中にいた筈の少女の姿を探しては周りを見回すエルダ。
それに応える様に、すぐ近くで「アニ達ならもう帰ったよ。」と静かな声が。
まさかこんなにも傍に人がいると思わなかったエルダは、その場で数センチ程飛び上がってしまった。
「…………ベ、ベルトルト。」
気を取り直しては、隣に体育座りをしてこちらをじっと見つめていた少年の名を呼ぶ。
もう……辺りは暗くなっていた。その為廊下も薄暗く、彼の表情はよく伺えなかった。
「やだ……、と言う事は、あの子達のお母さんやお父さんに挨拶もする事なく…私、ずっと寝てたって事……?」
恐る恐るベルトルトに尋ねれば、彼はこっくりと首を上下に振る。
エルダは恥ずかしさのあまり穴あったら入りたい気分だった。
「エルダ。」
しかし、混乱するエルダに構う事なく、暗がりでじっとしたままのベルトルトが声をかけてくる。
心ここにあらずの彼女は、「はひ……?」と間抜けな声で返事をした。
「なんでアニと寝てたの……」
ベルトルトの声はいつもより少々暗い。
しかしエルダはそれに気が付く事ができず…考え込んだ後、「成り行きかしら。」とありのままを答えた。
「そっか……。成り行き。」
そこでようやく、エルダはベルトルトが不機嫌である事に彼の低い声色から思い当たる。
なんとなく、機嫌の悪さの理由が分かったエルダは…ゆっくりと手を伸ばしてその真っ黒い頭髪を撫でてから、「……今夜は一緒に寝ましょうか」と提案した。
ベルトルトは少しの間何も応えずにじっと廊下の暗がりを見つめていたが、やがてゆっくりと…再び首を、縦に振る。
「……………おいで。」
静かに言えば、彼がそろりと動く気配がして…昼間に抱いた少女たちよりは少々重たい身体が胸へと収まってくる。
よしよしと背中を擦ってはしっかりと身体を抱き締めた。……自身の身体にも腕が回る。
…………、もう何回…無言のうちに、または静かな会話の内に、この行為を繰り返しただろうか。
そしてあと何回、彼はこれを許してくれるのだろう。
きっと、あっという間だ。
(………でも。それで良いんだわ。)
時間は流れ、いつかはこの家の様にどんどんと色褪せて古くなり、
それでも…一緒に過ごした時間の尊さだけは無くならない。
私には、それで充分だ。………それだけで、充分なのだ。
「ねえベルトルト。今晩は餃子にしましょうか」
彼が何も応えないので、エルダは「作るの、手伝ってね。」と明るい声で続ける。
………外では、雨がいつの間にか上がっていた。
餃子となるとひき肉が無かったわね…と思い当たったエルダは彼をよっこいしょ、と床に下ろしてから立ち上がる。
「………買い物に行きましょうか。」
そう言って彼へと手を差し伸べれば、日焼けした掌が遠慮がちに重ねられる。
エルダは優しくそれを握り、ゆっくりと廊下を歩き出す。湿った木の板を裸足で踏みしめれば、ぺたりという足音が鳴った。
「宿題は終った?」
「…………あんまり。」
「寝ちゃったものねえ。仕様が無いわ。」
「うん……。ご飯が終ったら、やるよ。」
「偉いわあ。何か分からない所があったら聞きに来てね。」
「………うん。あ、でも………」
「うん………?」
「今日は……エルダの部屋で、しても、良い……?」
「良いわよ……。それならちょっと片付けないとね」
「エルダはもうちょっと片付けを習慣化した方が良いと思う…。」
「あらあら。」
手を繋いだまま、階段を下る。
その際に電気を点ければ、家の中にオレンジ色の光が灯った。
「気をつけてね…雨の日は滑るから………」
「うん………。」
慎重に階段を下るベルトルトを眺めながら、エルダは和らいだ幸せを表情に浮かべる。
…………本当に彼が来て、この家は明るくなった。
彼が私を、今夜に似た暗闇の中で照らしてくれた様に…貴方にもまたいつか、寄り添って歩かせてくれる人が現れますように。
「エルダ。そっちは居間だよ。」
「あらいけない……。」
「まだ寝ぼけてる?」
「そうみたいね。」
「エルダは仕様が無いね……。僕がいないと駄目なんだから。」
「‥‥‥そうかもね。」
……………幸せに、なってくれますように。
「エルダ、お財布は持った?」
「流石にそれは忘れないわよ。」
「どうかなあ。エルダはしっかりしているフリしてとんでもないドジだから…」
「ひどいわねえ。」
私の事を忘れても、共に過ごすこの時間が…いつかは支えになってくれますように。
「あ、雨上がってる。」
「涼しいわね。……もう秋だわ。」
優しい貴方にとって、世界がいつまでも、優しくあってくれますように。
「アイスも買って帰りましょうか。」
「………いいの?」
「そろそろ食べおさめでしょう?」
「いや…冬になっても、食べるよ。」
「あらあら、お腹壊すわよ。」
…………手を繋ぐには、丁度良い季節になった。
二人はゆったりとした足取りで、街へ向かって歩を進めて行く。
巨人まん様のリクエストより
アニ、アルミン、クリスタが子供になる。甘え方が分からないアニを甘やかす話で書かせて頂きました
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