アニと金髪と××× 02 [ 116/167 ]
次の日の朝………アニが目を覚ますと、実に複雑そうな表情をした自分がこちらを覗き込んでいた。
(………………?)
まだ夢の中にいるのかと思ったアニは目を擦ってから再び毛布の中に潜り込んだ。
そうすると、その自分…らしき人物は、何処かの誰かの様に「あらあらあら」と言いながら焦った様に肩を揺すって起こしにかかってくる。
(…………………??)
ここまで現実感を伴う夢は珍しい思い、もう一度瞳を開けると、相変わらずこちらを心配そうな表情で覗き込む見慣れた自分の顔が。
おかしい。ここに鏡は無い筈なのに………。
「あの………ちょっと、尋ねるけれど……貴方、もしかして……アニ?」
恐る恐る尋ねられた言葉に、アニはいよいよ眉をしかめながら「そうだけど……そういうあんたは誰。勝手に人と同じ顔してるんじゃないよ。」と言って眼前の人物の頬を思いっきり抓ってやる。
彼女は涙目になりながら「痛い痛い…」と訴えた後、盛大に溜め息を吐いた。
「私は……エルダよ………。」
そして驚きの発言。勿論その言葉を鵜呑みに出来る訳の無いアニはますます頬を抓る力を強くする。
「あんたが………エルダだって………?嘘吐くなら顔と、名前くらい、統一したら、どうだい………!!!」
「痛い痛い痛い痛い、嘘じゃないの、本当よお!!!!」
偽エルダは悲痛に満ちた声を上げると、傍にあった手鏡をさっと手に取ってアニの方へと差し出す。
何を思っての行動かよく分からなかったが………アニは、手鏡に映った自分の……らしい姿を見て……何となくの事情を察知した。
しかし……察知したからと言ってその状況を理解できる筈はなく……頭の中はひたすら混乱で埋め尽くされる。
「は…………。」
間抜けな声を上げて、自分の…らしい頬をぴたぴたと触った。温かい。本物だ。
偽……いや、奴が言う様に本当に中身はエルダなのだろう……を見上げれば、彼女も困った様にこちらを見下ろす。
「…………入れ替わっちゃったみたいね。」
苦笑いしながらのエルダの発言に、アニは思わず頭を抱え込んだ。
…………………………確かに。
確かに……!確かに……!!エルダの体の一部を非常に羨ましくは思ったけれど……!!こうも簡単に非常識がまかり通っていいのだろうか!!??
いや、人間が巨人になる世の中だ、この位は……って納得できるかあああ!!!!
思わず、エルダの顔をして青ざめた自分を映す鏡を殴りつけてしまうが、エルダがひらりとその拳を避けて手鏡を避難させたので大事は免れた。
(………という事は、私の所為なの……)
エルダになってみたいと、一瞬でも思ってしまったのは自分だ。原因があるとしたらそれしか無い。
ちら、とエルダの事を見つめると、彼女も困惑した様に自分の顔を手鏡に映していた。
(…………………。)
……………エルダを、困らせてしまっている。
当たり前だ。誰も好き好んで自分以外の人間に……それも、私みたいな奴になりたいとは思わないだろう…………。
「あの、エルダ……「アニ……ごめんなさい。」
内心申し訳なくなって来たアニが口を開くと、それを遮る様にエルダが声を被せてくる。それも、謝罪の言葉を。
「え…………?」
驚いてエルダの事を見つめれば、彼女はばつが悪そうに手鏡の柄をきゅっと握り直し、「ごめんなさい…私の所為なの……。」ともう一度、謝罪を繰り返した。
「あのね……。私が……アニの事を羨ましいって……貴方みたいになってみたいって思っちゃったから……きっとこんな事に………」
尚も理解不能だと顔に描いて目の前の見慣れた顔面を見つめ続けると、エルダはくすりと笑って……現在は自らのものになっている……金色の髪をくいと引っ張った。
「金色の髪に青い瞳って……何だか憧れちゃって……凄く良いなあって……、………。」
言っていて照れてしまったのか、エルダは頬を染めて俯いてしまう。
普段全く持って見る事のない自身の表情を繁々と眺めるアニ。
……エルダにも…年頃の娘らしく、他者の外見を羨ましがる感情があったのかと感じ入ると同時に、その対象が他でもない自分自身である事に恥ずかしくなってきてしまう。
頬が、じわりと熱を持つのが分かった。
「それを言うなら私も……エルダの事……」
そして口を吐いて出そうになった言葉にハッと唇を噤んだ。
いけない。あんたの胸が羨ましかっただなんて口が裂けても言える訳がない。
けれど……その言葉はもうエルダの耳にしっかりと届いてしまっていた様で、彼女は興味津々と言った体で瞳を輝かす。
「なあに?アニも私の事を羨ましく思ってくれたの?」
「いや……その。」
「アニみたいな美人さんにそんな風に思ってもらえるなんて。ねえねえ、何処にそう思ってくれたのか聞いても良いかしら?」
「あの……だから、そうとは一言も」
「良いじゃない、ちょっとだけ教えて頂戴よ、私……すごく嬉しいのよ…!」
「………………。」
言えない……。こんなにも邪気なく喜ぶエルダに対して、貴方の豊満な胸が羨ましいですだなんて……言える訳がない………!!
第一、エルダが自身のこれに対してあまり良い感情を抱いていない事をアニは知っていた。恐らく様々な苦労を強いられて来た筈だ。それ位、少し考えれば分かる。
だから……何か、上手い言い逃れを考えなくては……他に、他の箇所で何か羨ましい、好きと思っている所は………うん……全部?いや、今はそういう惚気を考える時では無い……もっと上手い事を………
「…………手。」
そこでようやく、アニは絞り出す様な声で一言、告げる。
「手…………?」
エルダは不思議そうにその言葉を繰り返した。
「手が……あんたの手が……好きだから……!」
言っていて、物凄く恥ずかしくなってきた。もっと上手い言葉を考えられなかったのかと自分の発想力の浅さを心底恨んだ。
半ばヤケクソになって終いにはエルダの事を睨みつけると、彼女は「いやだ、怖いわ」と可笑しそうに笑う。
そしてエルダはアニの手……元、自分の手でもあるのだが……をそっと掌でとって、じっくりと眺めた。
「アニは……不思議な事を言うわねえ………」
エルダはしみじみと言葉を零すと、今度は柔らかく笑って「本当にこんなのが好きなの?」と言って掌を絡めてくる。
そして「私もアニの手が大好きだわ。」と言っては嬉しそうにしてくれる彼女に、アニは……罪悪感を隠しきれないでいた。
だが……しかし…………
『金色の髪に青い瞳って……何だか憧れちゃって……凄く良いなあって……、………。』
(………………………。)
こんなものが、羨ましいの?
不思議に思って、どこか楽しげに自身の手を握ってくる元、自分の瞳と髪を眺めた。割とどこにでもいる普通の容姿をしていると思うのだが。
………それに、金髪に青い眼ならクリスタだってそうだ。それなのに、エルダは私に憧れてくれた。……他でもない……私に。
(そっか……。羨ましいんだ。)
そう思うと、胸の奥がきゅっとこそばゆい様な、むず痒い様な感覚に襲われる。
あながち嘘でも無かった、大好きなエルダの掌を握り返しては何とも言えない嬉しさがこみ上げてくるのが分かった。
「うん……好き。」
素直にそう言えば、掌を握り合う力はどちらともなく強くなる。
何だか、お互いに恥ずかしさの臨界点を突破してしまったらしい。二人は額を軽く合わせてはくすくすと頬を染めて照れ隠しに笑い合った。
そしてその日―――――やたらと攻撃的なエルダと不気味な程に愛想の良いアニに周囲はひどい混乱に陥る事になるのだが、それは、また別のお話。
カレン様のリクエストより
アニと身体が入れ替わるお話で書かせて頂きました。
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