君がいない場所 05 [ 113/167 ]
………………………びしゃり。
次に二人を襲ったのはデジャヴを感じる冷たい感覚だった。
頭から水をかけられた二人はいよいよ濡れ鼠になり、こうなった原因の人間にやや恨めしそうな視線を送る。
…………だが、ユミルは二人の抗議の視線等どこ吹く風で「やっべえ手が滑った」等とのたまった。
エルダはひとつ溜め息を吐き………先程より多くの水を吸って体に張り付く長いスカートを再び絞りながらユミルの方へと歩を進める。
「ユミル」
そして彼女の正面に立つと、満面の笑みでその名を呼ぶ。
何かと思ってエルダの事を見下ろしたユミルの顔面には、突如として冷たい感触が。
「仕返しよ。」
語尾に星でもつきそうな楽しげな響きでそう言ったエルダの手の中では、ユミルが手にしていたホースの先がぐにゃりと方向を変えて彼女の方を向いていた。
「……………てめえ。やりやがったな。」
濡らされた髪をかきあげながら額に青筋を浮かべてユミルが言う。
「やるわよ。先にやったのは貴方だわ。」
当然、と言った様にエルダは澄ました顔で応える。その物言いは完全に往来のエルダの調子を取り戻していた。
………そして……ユミルは噛み付きそうな鋭い表情で、エルダは柔和な菩薩の如き笑みのままで、見つめ合って動かなくなる二人。
ある意味一触即発の雰囲気に、傍観していたベルトルトはおろおろとするしか無い。
「「エルダー!!」」
しかし、その空気を一変する様に可愛らしい少女の声が辺りに響き、濡れそぼってしまっていたエルダの体は二人分の強い抱擁を受ける。
「まあ。」
と言いつつ、タックル紛いのそれを見事に受け止めてみせるエルダは流石エルダと言った所か。
「………サシャにクリスタ。久しぶり。元気だった?」
優しく二人を抱き返しながらエルダはこそばゆそうに目を細めて久々の挨拶をする。
……………だが、お約束の様にそんなエルダの背中に再び冷たい感触が。
エルダは思わず、「ひっ」と小さく声を漏らしてしまう。
水の出所……勿論ひとつしかない……の方を思わず振り向くと、得意げな表情のユミルが「仕返しだ。」と実に悪どい笑みを浮かべながら楽しそうに言った。
「おい………お前等。なんつー格好してるんだ……」
遅れてやって来たライナーが心底呆れた様にその惨状を見ながら零す。
だが……彼の声に反応してその方に向き直ったエルダの姿を見て、ライナーは一瞬失神しそうな目眩を覚えてしまった。
……………次にベルトルトがその異常事態に気が付き、あんぐりと口を開く。
男性二人の謎の表情を訝しく思ったクリスタがその視線の先を辿ると…………彼女自身も、血の気が失せる様な気分を味わった。
「エルダ!これ着て!!」
そう言って自分が着ていたジャケットをエルダへと差し出すクリスタ。
エルダは首を傾けながら「貴方の服は私にはちょっと小さいわよ?」と不思議そうにする。
「良いから!!!ほら、早く!!!」
「きっと入らないわよ。もしくは破いちゃうわ。」
「そんな呑気な事言ってる場合じゃないの!!………〜〜、じゃあサシャので良いから!ほらサシャ、脱いで!!」
「な、何ですかあ!?クリスタが急にケダモノに!!」
やにわに騒がしくなった自身の周りを見渡して、エルダはどうしたのだろうかと首をひねる。
そしてふと、自分の胸元に視線を落とした時…………全てを理解した。
(…………………………!?!?!?!?)
あまりの事に言葉を失うエルダ。その体も棒の様に直立不動になってしまう。
ユミルもまたその緊急事態に気が付いていた。
そして………透けた下着を隠す事もなく固まってしまうエルダを見て、うんざりとした舌打ちをひとつする。
「着てろ」
ホースの水を止めた後、そう言って自分のジャケットをエルダに投げつけて渡すユミル。
そしてエルダが我に返った様にハッとしてそれを受け取り、もたもたと着込むのを確認すると、今度はその様を呆然と見守ってしまっていた男二人へと蛇の様な鋭い眼光を向けた。
「おいお前等……何見てんだこのドスケベ野郎共」
「い、いや。見てない。断じて見てないぞ」
「う、うん。見てないよ。うん」
「黙れよ。見るもん見たんだから大人しく殴らせろ。若しくは見物料置いてけ」
「いや…何でお前に見物料を払わなくちゃいけないんだ。その理屈はおかしっ」
ライナーの右頬に謂れの無いグーパンが炸裂する。
「っていうか一連のこの事件の原因を作ったのは君じゃなっ」
そしてベルトルトの脚にもユミルとしてはそれなりに理由のある暴力がローキックとして炸裂した。
「言っておくがな。………いい気になるんじゃねえぞ。」
突然の向こう脛への攻撃に涙目になって踞るベルトルトに対して凄む様なユミルの声がかけられる。
「ちょっとスキンシップがとれたからって、色々と期待するのはまだ早えからな?」
耳元で悪そうな笑みを浮かべて忠告とも取れる発言をするユミルに対してベルトルトは「………なっ、」と言葉を失う。
「僕は…別に、そんなつもりは。」
「下心丸見え過ぎてモロ分かりなんだよ、このスケベ」
ユミルはベルトルトの耳を少し強く引っ張ってから姿勢を起こし、自分の先程の醜態を思い出してはひどく赤面しているエルダの方を向く。
「ほら、歩く犯罪者予備軍みたいな格好してないでとっとと着替えて来い。それ貸してやるから。」
「あ、う……うん。」
未だぼんやりとしていて口調が覚束ないエルダに対して、ユミルはしっかりしろと喝でも入れる様に背中を叩く。
「…………いたいよ、ユミル……。」
ようやく思考が現実に戻って来たエルダはひどい目にあった…と溜め息を吐いた。
「もう…。ユミルは私を虐めてそんなに楽しいのかしら。」
言いながらユミルのジャケットの前を合わせて透けて見えてしまっている薄い水色の下着を隠そうと試みるエルダ。
だが、明らかに胸囲が窮屈そうである。それが若干ユミルの癪に触ったらしく、彼女の背中は再び殴られる事になった。
「楽しかねえよ。虐めて楽しいのはクリスタだけだ。お前の言う事がいちいち私の癇に障るのが悪い」
「ユミルは私の事虐めて楽しいの!?」
ひどい!と涙目になるクリスタの頭を宥める様に撫でてやりながら、ユミルは「………でも。まあ……あれだ。」と何かを考える様に零した。
……そして、エルダの額を、空いてる方の手で軽く叩く。
「った」
思わず小さく声を上げてしまったエルダの瞳にはいつもの悪人面ながらも、楽しそうに笑うユミルの姿が映った。
「よく帰って来たな。」
…………彼女の言葉に、エルダは呆けた表情をした後、心から嬉しそうに返事をする。
「うん。ただいま、ユミル。」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥びしゃん。
だが、その顔には……もう、何回目になるのだろう。ざぶりと水がかけられる。
ユミルの手の中にはいつの間にか再び元気よく水を吐き出すホースが。
「騙されやがって。ちょおーっと優しくした位で隙だらけになりすぎなんだよ、お前は。」
心から面白そうに笑うユミルに対してエルダもまた額を伝う水を拭いながら不穏な笑みを濃くする。
「ユミルったら本当に素直じゃないのね。でも照れ隠しにしてはやりすぎよ」
「ばーかこれっぽちも照れてなんかねえっての。お前が騙されただけだっつーの。」
またしても一触即発の二人だったが、そこで我慢の限界が来たらしいベルトルトとライナーが、エルダに対して「お願いだから着替えて来てくれ!!!!」と訴えた事によりようやく事態は収束した。
そして……宿舎へと戻るエルダ、訓練に大遅刻して漏れなく頭突きを食らう5名、びしょ濡れのベルトルトと他者多様なそれぞれの1日の後半戦が始まる。
夏の白い日差しは一層はっきりした影を地面に描き、訓練場の樹々はそれを反射して奇麗な色に輝いて居た。
それを眺めながら、エルダはしみじみと…帰って来たのだな…と実感を抱くのだった。
クオ様のリクエストより
ユミル・ベルトルトと水遊びで書かせて頂きました。
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