光の道 | ナノ
アニと結婚(仮)する 02 [ 103/167 ]

撮影が無事に終了し、早々に着替えを済ましたアニはエルダが使用している控え室を尋ねた。

ノックもそこそこに扉を開けると、部屋の奥には撮影時と変わらない格好のまま、開け放した窓から身を乗り出して外を眺めるエルダの姿が。


………アニは未だドレス姿のエルダの様子を少々呆れながら眺めた。撮影が終ってから今まで一体何をしていたんだ。


「………エルダ。帰るよ。」


近付きながら声をかけると、エルダは返事の代わりにアニの方を振り向いて手招きをする。


何かと思ってアニも窓の外へ視線を向けると、そこにはやや薄曇りの空の下……皆に祝福される新郎新婦の姿が。



………本物の結婚式である。



じっと真剣に見つめるエルダに倣ってアニもしばらくそれを黙って眺めていた。


賓客の往来から、塔のついた暗い別棟の式場の中では一つ大きいシャンデリアが吊るされているのが見える。


そのシャンデリアの重く光る切子硝子の室内へ、婚礼の白いヴェールを裾長くひいた女性と影の様に寄り添った男性が幸せそうに笑いながら消えていった。


そこそこ裕福な家の式らしく、飾られた装飾、花は見事なものである。幾千の白い花弁が舞い上がり、まるで異世界の様な雰囲気を醸していた。


…………アニは花で目眩するという感覚をその時初めて味わった。



「綺麗ねえ、花嫁さん。」

やっぱり本物には適わないわあ、と冗談めかしながらエルダが口を効く。

そして未だにぼんやりとした様子のアニを眺めて、ほんの少しだけ目を細めた。


「ね。アニも着てみない?」


アニの肩にそっと手を乗せながらエルダが囁く。

彼女の言葉に、アニはようやく顔を上げてエルダの方を見た。その表情には当然の如く疑問が浮かんでいる。



「折角式場まで来たんだもの。アニもドレスを着てみましょうよ。」



エルダは先程の発言を補う様にしながら何処か楽しそうにした。



「え……でも。」


「大丈夫よ。この部屋にはこんなに一杯ドレスがあるんだもの。一着くらい着てもバレないわ。」


………エルダは真面目に見えて時々大胆な事を言い出すからハラハラさせられる。


いや、違う。そういう事じゃない。問題はそこじゃない。



「アニは自分の結婚式の時、どんなのが着たい?」


しかしエルダは既に何かのスイッチが入っているのか、意気揚々と多くのドレスが保管されている巨大なクロゼットの中を覗いていた。


「いや……私は別に」


エルダの勢いを止めようとアニは声をかける。しかし至極生き生きとした表情を描く彼女の耳にその言葉はまるで届いていない様だ。



…………仕方が無い。別に減るものでは無いし、付き合っても……良いか。



やがてアニの眼前には数種類の純白のドレスが差し出される。………どれも女性らしい甘いデザインで、とても自分に似合うとは思えなかった。


それを口に出して伝えると、エルダは柔和な笑みを浮かべたままでゆっくりと首を横に振る。



「アニは普段は格好良いけれど本当は凄く可愛いんだから、絶対似合うわ。」



あまりにも自信たっぷりに言われてしまったので、アニはただ黙ってその内のひとつを手に取るしか無かった。


…………どうしてだろう。ドレスなんて興味無いし、冷たく突き放して断る事だって出来るのに、それはできなかった。



やはり、私にもこういうものに憧れる気持ちが………少しはあるのだろうか。







白い衣装は肌触りが良く、体に吸い付く様だった。重ねられた薄い白いレースは百合の花弁に似ている。どうやら絹らしい。


生まれてから今まで着て来た衣装全てを合算したものよりも高価であろう美しいこの着物に、アニは柄にも無くただ見蕩れてしまった。



「凄い……綺麗よ、アニ。」



エルダは、それはもううっとりとした声でドレス姿のアニを眺める。心底着せて良かったという表情だ。


そして「ほら、」と言って大きな姿見を示す。

鏡の前には花嫁が二人。初めて目にする光景だった。


「何だか珍しい図ねえ。」


エルダもアニと同じ事を思ったらしい。それを言葉にする。



…………しばらく、アニは自分とエルダの姿を鏡の中で交互に見つめていた。



そうすると何だか溜まらないものが胸の内からこみ上げてくるのを感じる。


苦しい様な、嬉しい様な。…………この光景を、もう一度未来に眺める事ができたら、どんなに幸せだろうか、とか…………



「ほら、やっぱり女の子っぽいものの方がアニには似合うでしょう?」


すっきりとしたAラインのドレスを着たエルダがアニの折り重なったフリルの端に触れる。


「…………そうかな。」


「そうよ。この姿、きっとアニのお父さんが見たら号泣しちゃうわ。あんまりに可愛くて。」


「そんな事ない」


「そんな事あるわよ。お父さんが娘の花嫁姿で泣くのは定石だもの。増して大事なひとり娘なら尚更ね。」



エルダは終始上機嫌でアニの掌を握る。絹の手袋の質感が心地良かった。



「………あんたの、お父さんも泣くんじゃない。」


それを握り返しながら言えば、エルダはきっとそうね、と微笑んだ。


「私……式って、結婚においてそんなに重要じゃないと思っていたけれど、やっぱり素敵なものよねえ。」

エルダは窓の外、今まさに誓いを立てているであろう夫婦を内包した塔のある式場を眺める。その視線は珍しく年頃の少女らしくきらきらとしていた。



「………次はアニみたいのも着てみたいわ。」

次があるのなら、と言いながらエルダはアニの方へと視線を戻す。化粧の所為か、いつもよりも瞳が大きく見えた。………私が、ずっと大好きな薄緑の瞳が。



「じゃあ私はエルダのを着るよ。」


アニが呟けば、エルダは「あら」と楽しそうにする。


「じゃあ交換ね。」

エルダはもう片方の手も添えてアニの掌を握った。


「うん。………交換しよう。」

アニも同じ様に両手でエルダの掌を握る。二人は指を柔く絡めて互いの瞳の中を覗き込み合う。自然と表情には笑みが描かれていた。


「お互いのお父さんに、この人が私の結婚相手です、なんてこのまま言いに行ったらどうなるかしら。」


「………まず間違いなく腰は抜かすだろうね………。」


その言葉にエルダが思わず吹き出してしまうので、アニも一緒になって小さく声を出して笑った。


「私のお父さんも驚くと思うけれど、きっとそれ以上に喜んでくれるわ」


「ふうん。良い父親で羨ましいよ。うちは中々認めてもらえないと思うよ。」

無理矢理認めさせるけれどね、とアニは不適に言ってみせる。


……心の何処かではこれはたわいもない、例えばの話なんだ、と自分に良い聞かせながら。


でも……そうと分かっていても、エルダの口からそんな例え話を聞けたのが凄く嬉しかった。



「ねえエルダ。」


掌を握り合ったままアニがエルダを見上げると、エルダもまたアニを見下ろした。



「もしも………また、次があるのなら、相手はやっぱり私じゃないと嫌だよ。」


エルダは少しだけ驚いた様にしてから、いいわよ、と快く了承の意を見せる。


やっぱり………エルダにアニの言葉の真意は伝わっていない様だ。でも、それでも良いと思った。



「その次の機会も、そのまた次も………私じゃないと、嫌だよ。」


「そんなに沢山は頼まれないわよ。」


「ずっと………私じゃないと、嫌だから……。」


エルダは自分の言葉を無視して一際強く握られた掌に視線を落とし、息を細く吐いた。



「ええ。分かったわ。ずっと……私の相手はアニよ。」


アニは少しだけ震え始めた唇で、「………誓って?」と声を零す。


エルダはアニの言葉の趣旨を理解したらしい。とびきりの良い笑顔で「勿論。誓います。」と言ってのけた。



……………その時、アニの心の何処かで小さな堰が切られた実感があった。



よろよろと力なく掌をエルダの両手から離して、その胸に先程と同じく胸を埋める。


………今度は胸元が開いていた衣装の為に肌に直に触る事ができた。やはり温かい。



エルダは何も言わないでアニの体に腕を回した。絹の布が触れ合う上品な音がする。


アニは微かに「エルダ………、好き、」と心情を漏らした。


ひどく小さな声だったがエルダの耳には届いていたらしく、彼女は「私もよ。」と応えてくれた。


「…………大好き。」


繰り返して言って、エルダのドレスの胸の辺りを握りしめる。


「うん………。」


優しい相槌と共に頭を優しく撫でられた。もう一度繰り返せばやはり同じ行為が。



何回か同じやり取りをすると、エルダはアニの耳元で「ありがとう。」と囁く。



そして「見て」と言って窓の外を眺める様にアニを促した。


…………丁度、先程の新郎新婦が無事に式を終えて式場から晴れやかな空気を纏って出て来た所だった。



客も一様にして皆嬉しそうであり、さっきの倍以上の色とりどりの花吹雪が乱れ飛んでいる。



そして…………塔の上の鐘が、ひとつ、ふたつ清らかな音を奏でた。


アニは目を閉じてそれに耳を澄ます。………とても安らかな気持ちで、今、エルダの胸の内で息絶えても悔いは無いとまで思った。



勿論……果たすまで死ぬ事は許されない使命があるのは分かっている。



でも、今この瞬間だけはそういうものとは無関係に、ただ一人の女の子として幸せな将来を夢見る事をしていたかった。



「…………私はやっぱりあんたが好きだよ。」


呟く様に言えば、エルダは「……そんなに言われると照れちゃうわ」と至極嬉しそうにする。


そして、抱き締める力を少し強くしてきた。



………好き、ではなく。愛してる。



これを言葉に出すのは今はやめよう。



いつか私が戦士で無くなった時に、心の底からの全てをエルダに吐露する時まで、待とう。



それまでは………今日の、幸せな記憶さえあれば生きていける気がする。頑張れると思う。



抱き締められる力が弱まり、徐々にエルダの体が離れていった。



彼女は朗らかな表情で「そろそろ帰らないと、夕飯に間に合わなくなっちゃうわね」と言う。



アニは小さく頷いてからもう一度窓の外の幸せな二人を眺めた。…………本当に、幸せそうだった。



お父さん………あんたは、やっぱり腰を抜かすだろうね。


でも大丈夫。きっとエルダなら上手い事抜けた腰を治してくれるだろうよ。時々忘れかけるけれどあれでも一応医者の娘だからね。



だから安心して待っていて。



あんたの娘は、ちゃんと幸せを見つける事ができたから。



ぷち様のリクエストより
ベルトルトと(仮)結婚するのアニバージョン。アニが男役するけど背が低いこと気にする。最後はアニも一緒にウエディングドレスを着て2人でラブラブな感じで書かせて頂きました。



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