同郷トリオと一緒(逆) 04 [ 101/167 ]
「ただいまあ。」
木の枠にくもり硝子が嵌った引き戸をがらがらと開けると、屋内に電気はひとつも灯っていなかった。
もう日も落ちている為辺りは完全に真っ暗である。エルダは少々驚きつつも玄関脇の柱に据えられたスイッチをぱちんとオンにした。
「…………ベルトルト?」
帰ったわよ、と言いながらエルダは彼の姿を探す。…………おかしい。私が帰宅すると必ずと言って良い程迎えにきてくれるのに………。
とりあえず買って来た食材を冷蔵庫に入れよう、とエルダは台所へと向かって歩を進める。
みしりと言う古い木の板でできた廊下が軋む音が、いやに大きく感じた。
(…………静かね。)
物音がこんなにも空虚に大きく感じるなんて、久しぶりの感覚だった。
忘れていた感覚。誰もいない、大き過ぎるこの家で、一人きり…………
「……………ベルトルト?」
急に、不安になって彼の名前を呼ぶ。小さな声だったのに関わらず、それは残響するかの様に耳に残った。
家の中は相変わらずしんとして、呼びかけに対する反応はまるで無い。
エルダの胸の内では不安が色濃く渦巻き始める。
手に持っていた買い物袋を廊下の脇に置いてから、少しだけ震える声で彼の名をもう一度呼んだ。
当たり前の様に、返事はない。
*
……………目を覚ますと、毛布を持って今まさに僕にかけてやろうとしていたエルダと目が合う。
僕らはしばらくの間、目をぱちくりと数回瞬かせて互いを見つめ合っていた。
やがてエルダがほう、と息を吐いてから、穏やかに笑って「おはよう」と声をかけてくる。
「…………おはよう。」
少しの間を置いて、僕も挨拶を返した。エルダは何処だかほっとした様に目を細める。
「こんな所にいるんだもの。いなくなったのかと思ってびっくりしたわ。」
必要の無くなった毛布を畳んで脇に置くエルダ。未だに寝ぼけ眼だった僕はその様子をぼんやりと観察していた。
「あの………、アニは………」
未だに呂律の回らない口調で尋ねると、エルダは「んー、」と言いながら僕の傍に積まれていた本の山の一部に腰掛ける。崩れないかハラハラしたけれど、随分と重たい本らしく、その心配は希有に終った。
「ちょっとお父さんと喧嘩しちゃってたみたいね。それで今朝はお弁当も持たずに飛び出して来ちゃって……」
僕はエルダがよく腰掛ける回転椅子に座っていた為、現在の彼女の視線は僕よりも下である。何だかそれが新鮮だった。
「…………それでお昼ご飯時、お腹が減ってどうしようもなくなって学校を抜け出して、そのまま午後の授業もサボってしまった様よ。」
反抗期かしら、可愛らしいわね、と言いながらエルダはくすりと笑う。
「ベルトルトはどうしてこんな所にいたの?」
そう言いながらエルダは自分の書斎を見回した。
………常日頃、ここを訪れる機会は多々あるが、彼女がいない時に入り込むのは初めてだった。
無断で入り、尚かつそこで眠りこんでしまうという、実にばつの悪い行為を発見された事を自覚すると、僕の顔にはあっという間に熱が集中していった。
しかしそんなこちらの事情はおかまい無しにエルダは「ん?」と興味深々と言った体で僕の答えを待っている。
…………単純に言えば、寂しかったから、かな………。
エルダの書斎は、いつだって彼女の匂いが薄く漂っていて、そこにいれば少しは安心できる気がして………
でも、駄目だった。エルダの気配を感じれば感じる程寂しさは深くなっていく気がしてどうしようもない。
彼女の椅子に座って、僕は少しだけ泣いた。
そこからの事はあまり覚えていない。
で、目を開けたら、エルダがいてくれた事に………何だか情けない程にほっとして…………
「あら」
椅子から立ち上がり、エルダの首に腕を回して身を寄せると、彼女は小さく声を上げた後に抱き返してくれた。
温かい、この二本の腕が僕は大好きだった。ただ、「よしよし」と言われながら後頭部を撫でられるのはあまり好きではない。どうにも子供扱いされ過ぎている気がするからだ。
「…………ねえ、エルダ。」
そっと体を離しながら名前を呼ぶと、エルダはなに、と目を細めながら返してくる。
「あ、あの…………、」
まただ、上手い事言葉がまとまってくれない。開きかけた口を噤んでは懸命に言うべき事を探す。
…………エルダは僕の掌を握りながら辛抱強くその続きを待っていてくれた。
「…………僕は、エルダにとって、特別…………?」
やっとの思いで言葉を口にする。心臓が凄まじい鼓動で波打つのを強く感じた。
対してエルダは至っていつも通りの表情で、少し考える様に天井を見つめる。
そして、ぽそりと「………他と、はっきり区別されるさま。物事の状態・性質などの度合いが群を抜いているさま。格別。とりわけ。特に。」と一息に呟いた後、首を力強く上下に動かして、「ええ、特別よ。」とはっきり言ってのけた。
「…………何があったのかは分からないけれど」
エルダは僕の頭をもう一度だけ撫でると、腰を下ろしていた本の山の中から立ち上がる。彼女の低かった目線が同じ高さになり、そしていつもと変わらない、僕よりも高い位置に収まった。
「ベルトルトが思っている以上に、私は貴方が大好きなのよ」
エルダはこの上なく幸せそうに笑っていた。それをぽかん、と見蕩れる様に眺めていると、額に柔らかくキスが降ってくる。
「…………夕ご飯にしましょう。」
彼女の囁く様な言葉に、僕はこくりとひとつ頷き、手を引かれて書斎を後にした。
その時に掌を握ってくる力が随分と強くて、少しだけ驚く。
…………エルダにも、僕みたいに不安になって少しだけ泣く時があるのかもしれない。
この時、僕はそんな当たり前の事に初めて思い当たった。
でも………だからといって、何かかけるべき上手い言葉が思い付く訳でも無く…………
ただただ、同じ位掌を強く握り返すしかできなかった。
白餅様のリクエストより
小学生くらいの山奥3人がお姉さん主人公を取り合うで書かせて頂きました。
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