同郷トリオと一緒(逆) 03 [ 100/167 ]
「…………エルダはさ、野良の猫とか、巣から落ちた雛とか……そういうの、放っておかないんだよ。」
二人で畳の上に据えられた大きめの机に向かってせっせと宿題をこなしていた時、ふいにベルトルトがぽつりと零す。
縁側に通じる障子戸を開けているので、庭からは夕刻の涼しい空気が吹き込んでくる。それにあわせて風鈴がりんと透き通った音を奏でた。
「………?まあ、良い事なんじゃないのか。」
そう言うライナーの背中には太めの虎猫がよじ上っている。「重いぞ」と言いながら彼はそれを畳の上に放る様に下ろした。
この虎猫もまた庭先に痩せた状態で迷い込んでいた所をエルダに保護された体である。
「うん………。別に、そりゃあ、……うん。分かってるけど………」
ベルトルトは何かを主張したいらしいが、それは上手く言葉になっていかなかった。仕方無く口を噤んでしまった彼を眺めながら、ライナーはひとつ溜め息を吐く。
…………それなりの付き合いから、彼が何を言わんとしているのか何となく分かってしまったのだ。
「………心配する必要、無いだろ。」
そしてライナーはゆっくりと口を開く。ベルトルトは何の事だと顔を上げた。
「家に何匹猫が増えようと、お前はエルダにとって大事な存在だと思うぞ……」
「……………………。」
ライナーは言っていてなんとなく恥ずかしくなったらしく、少々頬を染めながらそれを誤摩化す様に膝の上に乗って来た虎猫の首の辺りを執拗に揉んだ。
ベルトルトは………勿論、それは分かっていた。ライナーがそうやって元気づけてくれるのも凄く嬉しい。
けれど………僕は、ただ大事に思われるだけじゃ嫌なんだ。
一番に、一番に好きだと思って……言って欲しい。
…………これは、……我が儘なのだろうか。
「二人共」
居間に聞き覚えのある声が響く。その方を向くと、襖の隙間からエルダとアニが覗いていた。
「私、ちょっとアニを家まで送って行くからお留守番よろしくね。」
「う……うん。」
ベルトルトがそう応えると、エルダは「冷蔵庫の中にゼリーが入ってるから好きにして頂戴」と言いながら微笑む。
……………彼女の掌は、アニとしっかり繋がれている。それに気付くと、ベルトルトは胸の内に鉛が降って来たかの様に重たい気持ちになった。
「ライナーは、今晩ご飯がどうするの?また食べて行く?」
エルダがライナーへと尋ねる。彼女の姿を発見した虎猫はいそいそとライナーの膝の上からエルダの元へと移動する。そしてしきりに餌をねだる様に足下にまとわりついた。
「いや、今日は親が帰ってくるから家で食べる。」
「あらそう?分かったわ。」
「……だが、明後日から金曜日までまた一人なんだ。」
「ええ、分かったわ。泊まるんだったら準備を忘れない様にね。」
エルダはそれだけ述べると、「行きましょうか」と言ってアニの手を引いた。
それに大人しく従うアニ。去り際にちら、と見えたその目元が僅かに赤かった事は、恐らく見間違いでは無いだろう。
(あ……………)
遠ざかって行く二人の背中を襖の隙間から眺めながら、ベルトルトの脳内にはいつかの景色が蘇る。
…………確か、ここに来てばかりの頃、僕も色んな事が不安で……沢山泣いて……エルダにも、随分と冷たい態度を取ってしまっていた気がする。
それでもエルダはいっつも優しかったから………、てっきり、僕は彼女の中で特別なんだって……愛されているから、こんなにも大事にされているんだって………
でも、本当は違ったのかもしれない。
ツバメの雛や、痩せた猫と僕はおんなじで、ただ、可哀想だから、放っておけないから………それだけの理由で、傍に置いてくれた…………
もしかしたら、それだけなの………かも、しれない。
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