同郷トリオと一緒(逆) 02 [ 99/167 ]
「エルダ、ただいま。」
そして夕刻、ベルトルトが友人のライナーを連れて帰宅すると二階のエルダの書斎から「おかえりなさあい」という穏やかな声が聞こえる。
「…………………?」
が、いつもと様子が少し違う。
(おかしいな………)
そう思ってベルトルトは首をひねったまま立ち尽くした。隣にいたライナーが不思議そうに「どうした」と尋ねる。
「うーん…いつもエルダ、家にいる時は僕が帰って来たら迎えに出てくれる筈なのに、来ない……。」
ベルトルトは少々不安げに言葉を零した。
「忙しいんじゃないのか?」
脱いだ靴をきちんと揃えながらライナーが応える。が、ベルトルトは一層不安そうに眉をひそめるだけだった。
「でも……。僕、ちょっと様子を見てくるよ。」
「おいお前……仕事の邪魔したら悪いだろうが。」
ライナーが焦った様にベルトルトを引き止めるが、彼の足は古びた木の階段へと確固たる歩みを進めており、それを止める事は不可能だった。
*
部屋を軽くノックして階段と同じく古びた木の扉を開ける。
エルダは書斎も部屋も、鍵を掛ける事をしない。それが気を許してもらえている証拠だと思うと、いつもベルトルトの気持ちは自然と優しくなるのだった。
「あらベルトルトおかえりなさい。それにライナーもいらっしゃい。」
沢山の本に埋もれる様にしてパソコンに向かっていたエルダが首だけ動かしてこちらを向いた。いつもの如くモニタにはよく分からない文章が羅列されている。
(あれ………。)
必ず玄関まで自分を迎えに来てくれる習慣を無視せざるを得ない程の事情が、彼女の身に起こっているのかと心配していたベルトルトだったが、予想外にいつも通りなエルダを見て少々拍子抜けしてしまった。
「どうしたの?」
入口付近で固まるベルトルト、そしてその後ろから心配そうに顔を覗かせるライナー。それを眺めながら、エルダは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、お菓子なら後で持って行ってあげるわよ。」
そして思い当たった様に笑いながら言う。ベルトルトは食い意地を張っていると勘違いされたのが何だか恥ずかしくて、「………ち、ちがう」と慌ててそれを否定した。
「いや……、今日は、玄関まで、迎えに来て……くれなかったから……」
しかし、いざ口に出してみると本音の理由も中々に恥ずかしい事に気付き、その声はどんどん小さくなっていく。
エルダはベルトルトが何を言わんとしているのか理解すると、何とも嬉しそうに微笑んで「ごめんなさいね。」と一言謝った。
「でも今はちょっと………こういう状況なのよ。」
そう言って、エルダは腰掛けていた回転椅子をぐるりと回してこちらを向く。その膝の上には、何と言う事だろうか、良く見知った少女が我が物顔で腰掛けながら本を読んでいた。
「「ア、アニ…………!?」」
ライナーとベルトルトの口からは同時に素っ頓狂な声が飛び出る。
名前を呼ばれた少女……アニは鬱陶しそうにちら、と固まる二人に視線を向けるが、すぐにエルダの事を見上げながら「エルダ、あんたの持ってる本、全部つまんない」と言って手元の本を積まれた書籍の山の中に乱暴に返す。
「あらあら、ライナーとベルトルトと友達なの?」
エルダはそれを特に気にした様子は無く優しく笑うと、アニの細い金糸の髪を撫でながら尋ねた。
「違う。」
「即答か」
ライナーは呆れた様に呟いた後、ベルトルトを押しのけて一歩前に出る。彼の軽く睨みつける視線を躱してつんとしながらアニはそっぽを向いた。
「お前はなあ、勝手に授業を抜け出すから皆心配して探してたんだぞ?今頃連絡がいった筈の親父さんも血眼になっている筈だ。」
流石学級委員ライナー。注意する姿が中々様になっている。
「だって体育とか……面倒くさい。」
「それだけの理由でサボるな!」
「…………………。」
アニはこいつ最高に面倒くさい……という感情を言葉に出さずとも全身で表現しながらエルダの身体にその身をもたれさせた。
エルダは呑気に「まあ」と言いながら自然な動作でアニを抱き締める。
「第一……周りへの迷惑というもんを考えないのか。エルダだって迷い子に構う程暇な訳では「あら私は楽しかったわよ?」「エルダはちょっと黙ってろ」
ライナーに一喝されてしまい、エルダは「あらあら」と言ってから口を噤む。
「………とにかく。すぐに親父さんの所に戻ってやるんだ。それで明日の朝礼では皆に心配かけた事を謝って「嫌。」
ライナーがアニの腕を掴んで立たせようとするが、それは難なく振り払われてしまう。
「…………じゃあどうするんだ。このままここにいる訳にもいかないだろう。」
腕組みをしたライナーが溜め息を吐きながらアニを見下ろすが、彼女はそれを無視してエルダの胸の辺りの服をきゅっと掴む。
部屋の空気は膠着状態となり、四人は無言のまま固まらざるを得なかった。
「…………ねえ、ライナー。」
何かを考える様に宙を眺めていたエルダだったが、やがてゆっくりとライナーの茶色い瞳を見据えて言葉を発する。
「少し、私に任せてもらえるかしら。」
自分にしがみつく様にしているアニの背中をぽんぽん、と優しく叩きながら彼女は笑った。
エルダの様な甘過ぎの女性に、クラス一の問題児であるアニを扱えるのかどうも信用ならなかったライナーは意見を述べようと口を開きかける。
だが、「大丈夫よ」と何処か自身ありげに言う彼女と、決してエルダから離れようとしないアニの姿を見て……仕方無い、と小さく首を振って開きかけた口を噤んだ。
「ベルトルト、出るぞ。」
そう言ってライナーは自分の背後で未だに固まっていたベルトルトに声をかける。
「え、あ…うん。」
突然自分に話を振られた事に動揺したベルトルトはどもりながらもそれに返事をした。
「じゃあエルダ、よろしく頼む。」
ライナーは後ろを振り返りながら一言零す。それに応える様にエルダはひらひらと片手を振った。膝の上のアニは相も変わらず何も反応を返す事は無かった。
「…………?おい、どうした。早く進めよ」
ライナーは入口付近に立ち止まったまま動かないベルトルトに対して訝しげに声をかける。
「あっ……、う、うん。」
彼の声にベルトルトはハッとした様に歩を進めた。そして部屋を出る際、エルダの方を一瞬だけ振り返る。
エルダの注意はもうライナーとベルトルトの二人から膝の上の少女へと移っていた。
こちらに向けられる事の無い薄緑の瞳をじっと見据えた後、ベルトルトはエルダの書斎を緩慢な動作で立ち退いた。
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