ユミルとの距離 02 [ 93/167 ]
「ユーミル、起きなさあい。」
間の抜けた声がしてユミルの事を包み込んでいた毛布がぺらりと剥がされる。
…………一度眉根に皺を寄せ、うっすらと開いたユミルの瞳に飛び込んで来たのは、先程まで自分の腕の中にいた筈の存在で…………
状況がよく理解できず、首を捻って腰に手を当てたエルダの事を見上げるユミル。
二人は少しの間無言で見つめ合っていた。……………やがて、夢と現実の区別がようやくついてきたユミルの顔に凄まじい熱が集中していく。
え。
え。
…………いくら夢の中でも、私は何を想い、何をしようとした………!?
クリスタという最愛の存在がいるのに関わらず、何だってこんなクソ女と………!?
イヤマテ。これはただの夢だ。気の迷いだ。少し疲れていただけだ。じゃなかったら私ともあろう者がこんなにもいけ好かないむしろ大嫌いな「ユミル。目が開いたのなら起き上がりなさい。じゃないと朝ご飯食べそびれちゃうわ。」
ユミルの思考を遮って、エルダはユミルの背中に腕を回してその身体を起こそうとする。
その際に胸の柔らかな部分が密着するやら夢の中で抱き締められた感覚が蘇るやらでユミルは軽いパニックに陥った。
しかしエルダは必死で腕の中から抜け出そうとするユミルの抵抗を物ともしない。
………くそったれが。何処にこんな馬鹿力眠っていやがった。
「あらユミル。随分と顔が赤いのね。風邪かしら?」
ふと、ユミルの顔をじっと見据えながらエルダが尋ねてくる。
「か、風邪じゃねえよ……!!」
その瞳があまりに真っ直ぐだったので、自分の邪な気持ちがバレやしないかとユミルは本気で焦った。
そしてぷい、と別の方向を向いて彼女の視線から目を逸らす。だが……、顔を横に倒した為に露になった首筋までも赤く、それがエルダの心配を更に煽った。
「んー……。やっぱりおでこも熱いわよ。」
エルダはひとつ溜め息を吐いてユミルの額にそっと触れる。
…………反射的にそれを払いのけてしまうが、エルダは怒りもせずに困った様に笑った。
「無理に起こそうとしちゃってごめんなさいね。具合が悪いなら寝てないと」
「だ、だからどっこも悪くねえって言って「はいはい、大人しく寝るのよ。教官には私から伝えておくから。」
起き上がるユミルをエルダは今度は逆にぎゅうぎゅうとベッドへと戻す。…………またしても、何処にこんな力が眠っていやがったんだこいつ………!?
一通り擦った揉んだした後、ようやく観念して大人しくなったユミルを見下ろしてエルダは満足そうにした。
「………やだ、本当に熱いわ。氷嚢が必要ね。」
ユミルの顔にかかる髪を除けてやりながらエルダが少々心配そうに呟く。
髪を梳いてくる感触が心地よくて、ユミルは思わず目を細めた。
「朝食を持ってくるわ。少し、待っていてね。」
エルダはそっと彼女の黒い頭髪から指を離して去ろうとするが…………ユミルは反射的にその掌を握って、引き止めてしまった。
「「…………………?」」
お互いにそれは大層意外な事だったらしく、目をぱちくりと瞬かせて見つめ合う二人。
やがてエルダは穏やかに笑ってユミルが横になるベッドに腰を下ろした。そして「どうしたの」と優しい声で尋ねてくる。
「……………………。」
ユミルはしばらく黙っていた。………いや、正確には黙るしか無かった。何を言っていいのか、求めていいのか全く分からなかったのだ。
エルダはそんなユミルの言葉を辛抱強く待っている。相も変わらず、その瞳を穏やかに細めながら。
「なあ…………。」
やがて、微かな声がユミルの唇から零れ出る。エルダは首を少しだけ傾げてそれに応えた。
「お前、今日見た夢とかって………覚えてるか?」
…………私は一体何を聞いてるんだ。
ユミルは頭を抱えたくなった。
案の定、エルダは不思議そうな顔をしてユミルの事を見下ろす。ユミルは穴があったら入りたい気分になった。
「……………夢ねえ。」
ひびの入った漆喰の天井を見上げてエルダが考える様に零す。
ユミルはこの質問をした事を心底後悔していた。一体全体何を期待してこんな事を零してしまったのやら。
「うーん、そういえばユミルが出て来た様な気がするわ。」
「………はあっ!?」
頓狂な声がユミルの口を吐いて漏れたので、エルダは驚いた様に視線を元の位置に戻す。
「ち、ちなみに内容とかは………」
やめろやめろ、何聞いてるんだ私。変態か。変態なのか。
「内容……………。」
エルダはまたしても考え込む様な姿勢をとる。ユミルの心音は今や部屋中に木霊しているのでは無いかと言う位激しく脈打っていた。
「……………忘れちゃったわ。」
そしてエルダのとても良い笑顔での返答に、ユミルはベッドの上からずり落ちそうになった。
「あらあら」と小さな声を上げながらそれを支えるエルダを眺めては、ユミルはひとつ、深い深い溜め息を吐く。
「ほらほら、ちゃんとベッドに入らないと治るものも治らないわ。」
そう言いながらエルダはユミルの身体に毛布をかけ直し、ぽんぽん、と軽くその上を叩いた。
もう抵抗する気力の無かったユミルはそれに大人しく従って横になる。………エルダが笑う気配を少しだけ感じて、何だか癪だった。
「……………でもねえ、ユミル。」
ふと、エルダがユミルの名を呼ぶ。またしても彼女の黒髪を柔らかな手付きで梳きながら。
「私、きっと幸せな夢を見ていたと思うわ。」
朝独特の、少し冷えた風が寝室へと吹き込む。それがそっと頬を撫でていくので、ユミルは気持ち良さから目を半分閉じた。
「だって、貴方の夢だもの。」
そう言って、エルダはゆっくりとユミルの頬に口付ける。ユミルは閉じていた瞳を思わず限界まで開いてしまった。
「てめっ、何すんだ!!??」
「あらら、どうしたのユミル。」
そしてエルダの胸ぐらに掴みかかろうとするユミル。エルダはそれを慣れっこと言わんばかりに器用に躱していく。
「…………っこの、出てけ、今すぐ出て行け!!私の半径5m以内から消え失せろ!!!」
「はいはい。言われなくても朝食を取りに行かなくちゃいけないから出て行くわよ」
エルダは自分の胸元を締め上げようとするユミルの掌から逃れる為にベッドの傍から2、3歩後退し、入口の扉の方へと向かって行く。
「じゃあユミル。大人しくしてるのよ。貴方一応病人なんだから。」
「あー分かったよ。うるせえな、はよ行け。」
扉を開けて外に出る直前、エルダが振り返って念を押す様に言うので、ユミルはうんざりしながらそれに返答した。
「…………ユミル。」
「あんだよ。」
しかしエルダはまだ何か言いたいことがあるらしく、含み笑いをしてこちらを見つめてくる。
「貴方って相当な照れ屋さん「てめえ出てけって言ってんだろおおおお!!!!」
ユミルが力一杯投げた蕎麦殻の枕はズシャリという重い音を立ててぴたりと閉められた扉に衝突した。
そして外の廊下へと遠ざかって行く足音。ユミルはかつて無い苛立ちのあまり盛大な舌打ちをする。
それからベッドのマットを拳で2、3回殴るがどうにも気持ちが収まらない。
ごしごしと口付けられた自分の頬をこする。それでも、あの時に香ったふわりとした匂いは消えてくれない。
(くそっ…………)
一体全体、何なんだ。
私はあんな奴の事、大嫌いなのに。
毛布をもう一度頭から被り、目を固く閉じてエルダの笑顔を脳内から追い出そうとする。だが勿論、それは無理だった。
(くそっ………!)
ベッドの中で、もう一度マットの事を殴りつける。
…………もう少しで、またエルダが私の食事を持ってここに戻ってきてしまう。
それまでにいつも通りに戻らねえと…………。
私はあいつの事が大嫌い。今までも、これからも。
それでも、何でだろう。
触れられて、こんなにも嬉しく思えたのは、何でだろう……………。
晨様のリクエストより
主人公とのやらしい夢を見て動揺しまくりのユミル。で書かせて頂きました。
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