サシャの誕生日 [ 114/167 ]
(サシャと秘密の時間続き?)
「サシャ。良い加減機嫌直して頂戴よ」
夏祭り当日………エルダはむくれつつたこ焼きを頬張るサシャへと、少しだけ困った様な声をかける。
「別に…機嫌悪くなんかありませんったら。」
………と、言いつつも明らかに不機嫌そうなサシャを眺めては、エルダはどうしたものかと溜め息を吐いた。
「そう?…………でも、ちょっと食べ過ぎよ。お腹壊すわよ?」
彼女の口の端についたソースをハンカチで拭ってやりながら言うと、サシャは「誰の所為でこんなに食べてると思ってるんですか!!!これはヤケ食いなんです!!」と猛然と抗議してくる。
「やっぱり機嫌悪いんじゃないの…」
と、エルダは再び溜め息を吐いた。
…まあ。サシャの事だ。恐らく気の澄むまで食べさせれば機嫌は自然と治るだろう。…それまで付き合うとしようかな…。
「第一…!エルダもエルダですよ。あんなに軽そうな男にちょっと可愛いって言われた位でニコニコしちゃって…」
「別にニコニコしてないわよ。…いきなり怒っても変でしょう?」
「可愛いとか美人なら私がいくらでも言ってあげるのに!!この浮気者お!」
「こおらこら。噛まないの。私の手はご飯じゃありあません。」
がぶりとサシャの白い歯の攻撃を受けそうになって急いで掌を引っ込めるエルダ。
「もう…エルダ。今日は試験が終って念願の…更に私の誕生日記念のデートなんですから。
もうちょっと、その自覚も持ってですねえ、って何笑ってるんですかあ!!」
サシャが大真面目に人差し指を立てて説教をし出そうとするので、エルダは思わず吹き出してしまう。
その行為はサシャを偉く傷付けたらしく、更に彼女をむくれさせる結果となってしまった。
「サシャごめんなさいったら。私はいつだって可愛い貴方しか見えてないのよ。」
よしよし、と頭を撫でて宥める様にエルダは言うが、一向にサシャは眉間に刻んだ皺を無くしてくれようとしない。
「それに…。今日はなんで普通の服なんですか。一緒に浴衣で歩きたかったのに…」
先程の勢いはどこへやら、今度はいじけた様にエルダの長いスカートを摘み上げるサシャ。
エルダは眉を下げて少しだけ苦笑すると、「今日の貴方がとっても可愛いから、それで良いのよ。」ともう一度サシャの頭を撫でてやった。
(………………………。)
サシャは、エルダの様子がいつもと何だか違う事に、その時ようやく気が付いた。
(少し、寂しそう………なのかな。)
それは、生まれてからずっと傍で生きて来たサシャだけが分かる程の微かな感情の揺らめきで…
だからこそ、エルダのそれを唯一感じ取れる人間である事に、彼女は誇りを感じていた。
「あの!………エルダ!!」
そこでサシャは今まさに食べていたたこ焼きの中で一番大きなものをひとつ楊枝に刺して、エルダへと差し出す。
不思議そうな顔をしてそれを眺めるエルダに、サシャは「これ、食べて下さい…!」と薦めた。
「あと…あの。焼きそばもあります。甘いのが良ければチョコバナナもさっき買いました…!何でも、食べたいもの言って下さい……」
言っていてサシャは、自分はエルダの感情を読み取る事は出来ても、慰める事に関してはひどく不器用な事実に思い当たる。
…………何でだろう。口ばっかり動いちゃって、そのやり方が全く分かりません。
エルダなら……いつも。こういう時、上手に優しく元気づけてくれるのに……
しばらく………。エルダは差し出されたたこ焼きを見つめていたが、やがてそれをぱくりと口に含む。
小さく「あついわね…」と言いつつも、美味しそうに口元を抑えて食べる姿は何だか年相応に見えて可愛らしかった。
無事に嚥下し終えたエルダは、ご馳走様、と言ってサシャの頬にキスをひとつする。
(……………………!?!?!?)
突然のエルダの積極的な行為に口付けされた頬を抑えて慌てるサシャ。
「………エルダ!こんな人通りが多い所でやっちゃ駄目ですよ…!!」
上機嫌で歩き出してしまうエルダを追いかけながらサシャが言う。
「良いのよ。周りもカップルだらけだし誰も私たちの事なんて見てないわ。」
人に揉まれながらも自分の元まで辿り着いたサシャの手を握ってやりながらエルダは微笑んだ。
「ありがとう。」
そして耳元でそっと囁いては、掌を握る力を強くする。
「今日、サシャと一緒にお祭りに来れて良かったわ。」
心からの思いらしい言葉を口にして、エルダはしっかりとサシャの手を繋ぎ直して歩き出した。
…………下駄を履いている為に、歩きにくい思いをしていたサシャに合わせる様な、ゆっくりゆっくりとした足取りである。
学校で会うのとは違い、華奢なヒールのあるミュールを履いていたエルダの頭の高さは、今のサシャより少し高い。
何だかそれが新鮮で、じっとエルダの顔を見つめれば、彼女は照れた様に「何か面白いものでもついてるの」、とはにかんだ。
暗青くなって行く大気の中で、沢山のオレンジ色の提灯の灯りに照らされたエルダの表情はやはり何処か寂しそうなので…それを眺めるサシャの胸の内もまた、きゅっと切ない音を立てた。
*
「まだ…七時なのに薄明るいですねえ。」
河川敷に腰を下ろして遠くの空を眺めながらサシャが呟く。
彼女の長い食べ歩きもようやく終盤に差し掛かったらしく、山の様に買い込んだ食料は今手の中にあるりんご飴を残すだけとなった。
「うん…。花火まであと10分か…。」
そう言いながらエルダは腕時計を確認する。茶色いベルトの、落ち着いたデザインのものだった。
……確かこれは、高校の受験の時にお父さんに買ってもらったって言ってましたね…。
二人は肩が触れ合う位の距離で、膝を抱えて遠くを見上げた。
徐々に空は昏紺としてきて、辺りの影の色も濃くなって行く。どこかで虫が清涼な音を奏でていた。
「サシャは…お誕生日のプレゼント、ほんとにこんなので良かったの。」
エルダがぽつりと零してサシャの空いている方の手を握ってくる。
「一緒に花火を見る位、頼まれなくたって喜んで行くのに……」
静かなエルダの声に応える様に、サシャは掌を強く握り返した。
「良いんです…。今日、私が生まれた特別な日に、一番大好きな人と過ごせたら嬉しいなって…それが、私にとって一番のプレゼントですから…!」
自分の気持ちを精一杯伝える様にしっかりと目を見据えて言えば、エルダは少し驚いた表情をした後、穏やかに微笑む。
「うん………。ありがとう。」
エルダはそっとサシャの肩に頭をもたらせながら呟いた。
……………彼女は常よりとても大人らしい人だけれど、時々こうして甘えたがる時もある。
その時のエルダは本当に可愛いと……サシャは、いつも堪らない気持ちになるのだった。
「サシャが私の幼馴染で良かったわあ…。」
体が触れ合う面積が増えたので、エルダが話す度に言葉のひとつひとつが皮膚に沁みてくる気がする。
「……幼馴染だけですか?」
りんご飴の最後の一口を食べつつ拗ねた口調で尋ねると、彼女が少し笑う気配がした。
「そうね……。それだけじゃないわよね。」
エルダがそっとサシャの耳元に口を運ぶ。その際に、彼女の体や髪から石鹸の匂いが香るのがとても官能的だった。
「……………………。」
だが、エルダの声はサシャの鼓膜には届かなかった。
背景の空で、大きな音を立てて花火が燃え上がったからである。
…………エルダは、近付く時と同じ様にそっとした動作で元の位置に戻って空を仰いだ。
ただ、握り合っていた掌は変わらずに、固く互いを繋いだままになっている。
耳を聾する炸裂の音と共に、火の粉になって儚く散って行く花火の事を、サシャはしばらく惚けて眺めていた。
しかし…合間にちら…とエルダの事を盗み見ると、先程と変わらずに寂しげな表情をしているのが気に掛かる。
花火が上がる度に陰影の濃くなる彼女の横顔を不思議そうに眺めていると、エルダもまた視線に気付いたのか横目でこちらを見つめてきた。
「サシャは…夏って好き?」
そして、唐突な質問。サシャは目を瞬かせながらも、「はい…。夏休みもありますし…」と答えた。
エルダはひとつ溜め息を吐くと、サシャの手を握る力を強くしながら…「私、実を言うとあまり好きじゃないの」と力なく発言する。
「…………なんていうか。一ヶ月以上も学校がなくて、人と会う予定もなくて…独りぼっちに気付きやすくなっちゃうというか」
徐々に俯いて行くエルダの顔をサシャは覗き込む様にしていた。
…真剣に悩みを吐露している彼女には悪いが、不安げな姿が実に愛らしいと思えてしまう。
「それに…毎日、サシャにも会えなくなっちゃうじゃない…?」
………………最後の発言は反則だった。
色々と堪らなくなったサシャは浴衣が着崩れるのも構わずに飛びつく様にしてエルダの事を強く強く抱き締めた。
「毎日、会えば良いじゃないですか…!」
そして、この上なく嬉しそうにエルダの頬に自らのものを寄せる。その頬は汗で少ししっとりとしていた。
「これからの夏休みも、冬休みも、春休みも、毎日会えば良いんですよ……!!」
そう言って抱き締める力を更に強めれば、サシャの体にもそろそろとエルダの腕が回ってくる。
「それで来年の私の誕生日には、また一緒に花火を見て下さいね!!」
背景で、一際大きな花火が上がって言葉をかき消そうとするが、負けじとサシャは大きな声を張り上げた。
腕の中のエルダはただ一度だけ、けれどこっくりと深く深く頷く。
「うん……!来年も、再来年も、そのまた来年も…一緒に、花火を見に来ようね……。」
エルダの頬はじわりと上気して色付いていた。湿気を含んだ夏の空気がそれを冷やす様にそよりと吹いている。
「……エルダ。もう、寂しく無いですか?」
サシャが問い掛けると、エルダはぎゅっとサシャの背面、浴衣の生地を握って返事をした。
「来年は…ちゃんと浴衣を着て、ご機嫌な気持ちで私と花火を見て下さいね?」
「うん…。」
「なんだあ。機嫌が悪かったのはエルダの方だったんですね。ほんと寂しがり屋さんなんですから。」
「そんな事ないよ…。サシャにだけだよ……」
私よりお姉さんの癖に、とサシャが言えば、エルダはしょんぼりと罰が悪そうに体を離す。
………本当に可愛い。
手は繋いだままでもう一度空を仰いでみれば、よく晴れた濃藍の夜空を覆い尽くす様に、巨大な菊型の花火が炸裂した。手を伸ばせば届きそうなほどの近さだった。
「……最高に、楽しい夏休みにしましょうね!」
ほう…と溜め息を吐いてそれを眺めた後、サシャは笑顔で隣を向く。エルダも目を優しく細めて彼女の方を見つめていた。
「うん…!サシャが一緒にいてくれれば、私はいつだって楽しいよ…本当に。」
花火が赤や緑へと色彩を変えるたびに、菊や滝が空一面に広がるたびに、エルダの頬は様々な色に変化していく。
それを眺めては、サシャは周りを埋め尽くす花火の大きな音に負けない様に、先程囁かれたであろう言葉と同じものをエルダの耳元、大きな声で伝えた。
くすぐったそうにしてサシャの言葉を受け取ったエルダもまた、少し大きめの声で単語を繰り返して返事をしてくれる。
今度は、ちゃんと聞き取る頃ができた。
二人は何だか幸福でたまらず、遂に笑い出してしまう。
そして……大輪の花火を見上げながら、二人はお互いの掌を繋いだままで、この夏の予定を話して過ごした。
エルダは……話し合ううちに、サシャとやりたい事を全部するには一ヶ月と少しの期間では短過ぎる事に思い当たる。
それに気が付くと、夏休みを憂鬱に思う気持ちなんて何処かに消えてしまっていた。
気が付くと花火はもう終っていた。
それでも尚……女の子二人の話の種と笑顔は尽きず、続きはサシャの家にまで持ち越されては、朝までお喋りは続くのだった。
晨様のリクエストより
現パロ、ナンパされてる主人公を見て拗ねるサシャを撫で撫でしてあげる。で書かせて頂きました。
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