光の道 | ナノ
アニと結婚(仮)する 01 [ 102/167 ]

ベルトルトと結婚(仮)する続き?)



現像された写真を見た時、胸の内で何かが焦げ付くのを感じた。


白と黒…、そして灰色。それだけで描かれた只の図像であるのに関わらず、その時二人の幸せそうな空気だとか、少し照れた様に交わした会話だとかが伝わり聞こえそうで………


何より、それが二人の未来の姿に思えて仕様が無かった。一瞬でもそんな事を考えてしまった自分を心底呪った。



だから私はエルダに向かって言ったんだ。もしも次、があるのなら……相手は私じゃないと嫌だって………。







……………アニは式場の控え室にて、大きな鏡に映る自分の姿を眉間に皺を寄せて眺めていた。



(………………。)



似合わない。



………………非常に似合わない。



繰り返して胸の内で唱えると、それが余計に確固たるものとして自覚される。



アニは………顔の造りはかなり整っている方に分類される少女であった。よって、大抵の洋服を着こなす事は可能である。


だが、それは女性用に作られたものに限定されるのであって、こうしていざ本来男性用のものを着てみると……

自分の外見上ほぼ唯一の弱点である身長の低さが際立ってしまい、何とも言えない滑稽な雰囲気が漂ってしまうのだ。



(…………やっぱり。)



来なければ良かった。



これじゃあ、まるで前回エルダと共に写真を撮ったベルトルトを引き立てに来た様なものじゃないか。



あの男………虚弱な性質の癖して身長だけは人並み以上だ。おまけに非常に悔しい事だが顔もそこまでひどくはない。


あいつに清潔そうな黒い礼服はそこそこ似合っていたのだ。嫌々ながらも認めざるを得ない程には。



…………それに対して今の自分の姿はどうだろう。



アニは今一度自分の姿を鏡に映す。やはりどう見ても仮装の域を脱してはいない様に思える。



(脱ごう。)



そしてアニは思い立って首を縦にひとつ、こくりと振る。


今の自分の格好をエルダに見せたくは無かった。………そして適当な言い訳をつけて帰ってしまおう。



アニは羽織っていた上着を脱いで溜め息をひとつ吐いた。



…………随分と自分勝手な事をしている自覚はあったし、大勢の人間に迷惑がかかる事も重々承知はしている。



けれど………どうしても、エルダの前にみっともない姿を晒すのは嫌だった。ましてベルトルトと比較されるなど願い下げも良い所である。


好きで、大切な人間の前なんだ。完璧でいたいし、見栄も張りたくなる。



「アニ、大丈夫?準備できた?」



そこで狙った様なタイミングでエルダがやってくる。ウェディングドレスの方は前回と同じく準備に手間取っているらしく、彼女は未だ元の服のままだった。


アニはもう一度深い溜め息を吐くと彼女の方へ向き直る。



「あらごめんなさい。着ている最中だったのね、」

中程まで外された真っ白な釦のシャツに目を留めてエルダが少々照れた様に謝罪する。


………何だ。この位の露出なら日常茶飯事で目にしているものなのに。



「いや、脱ぐ所だった」「何で!?」


アニが釦を更に外しながらありのままを零すと、流石のエルダも驚いたのか思わず突っ込んできた。



「………もー、アニ。何があったのか知らないけれど、撮影が終る前に脱いだら駄目よ。着るの。」



エルダは少々呆れた様にしながらアニへと近付き、次々と外された釦を留め直していく。


…………アニは、大人しくその様を見守っていた。やがて釦は再び首もとまできっちりと留められる。



「タイも付けちゃって良いかしら?」



椅子の背にかけられていた艶やかに黒いベルベットのタイを取り上げながらエルダが尋ねた。


アニは特に逆らうでもなく首を縦に振る。正直、もうどうにでもなれば良いと思っていた。



……………エルダの腕が軽く首に回った。何故か慣れた手付きでタイは結ばれていく。



「アニは綺麗だし格好良いからきっと素敵になるわ。今度はどんな写真になるのかしらね。」


軽く目を伏せながらエルダが話しかけてきた。とても穏やかな声だ。


「………そんな事ない。」

対してそれに応えたアニの声は少々不満げである。


勿論エルダは彼女の声色がいつもより低めな事を感じ取っていた。

小さく笑みを漏らすと、「そんな事あるわ。自信を持って。」と励ます様に言う。


「それにしてもいつも余裕なアニが不安げだなんて珍しいわね。」


「………別に不安じゃない。」


「そう?まあ、こんな場所普段来ないもの、仕様が無いわよね………」

でもアニが相手役を名乗り出てくれて凄く助かったのよ、と上機嫌にしながらエルダは最後の仕上げとばかりにタイを整えて顔を上げた。


「あら、やっぱり素敵。」


はた、と少しの間見つめ合った後、エルダは微笑みながら心かららしい言葉を口にする。


しかし……アニの方はと言うと、未だ何処か憂いた様な表情をしていた。


エルダはそんな彼女の白い手を引いては、大きな鏡の前に並んで立ってみせる。



「ほら、こんなに格好良い。」


ねえ、とにこやかにエルダは鏡の中のアニへと笑いかけた。


………確かに、似合わなくは無いのだ。けれどやはり、並ぶとエルダとの高低差が目立って………何だか、凄く嫌だった。



エルダは一向に険しい表情を解こうとしないアニを眺めながらどうしたものかと首を傾げる。



「そう言えば……ベルトルトの時もすごく自信無さげだったのよね……。二人共とても似合ってるのにどうしてかしら。」


「あいつが自信無さげなのはいつもの事じゃない……」


「ま、まあそれもそうかしら。」


あらあら、とエルダは困った様に眉を少し下げて苦笑した。


「でもね、ベルトルトも最後には随分と堂々としていたわ。だからアニもきっと慣れるわよ。」


「へえ……あれが堂々ね………。」


「そうなのよ。何だかいつもと違った雰囲気で……ああ、衣装が違った事もあると思うけれど」



エルダはその時を思い出す様に少し遠くを見つめながら、頬を僅かに緩ませる。



「それで、何だか男の人みたいで……あらら、みたいじゃなくて男の人なのよね。」



随分と明るい声で語り出した彼女の様子から、ベルトルトと共に過ごしたその一日が如何に楽しかったかが伝わって来た。アニは下唇を軽く噛む。



「凄く格好良かったわ。アニも写真で見たでしょう?彼、とてもスタイルが良いから「エルダ」



溜まらなくなってアニはエルダの言葉を遮って名前を呼ぶ。彼女は不思議そうにアニの方を見た。


鏡の中では無く……実像の方のアニの方を。



「その話、聞きたく無いからやめて」



真っ直ぐと薄緑の視線を捕えながらアニがはっきりと言う。


エルダは驚いたのか目を数回瞬かせると、「………ごめんなさいね。」と謝罪の言葉を口にした。


……だが、アニの不機嫌の理由までには思い当たらないのだろう。その表情からは疑問が読んで取れた。


アニはエルダとの間合いを一歩詰める。思わずエルダが後退しようとするので、それを阻止する為に彼女の掌を強く握った。



「今日……あんたと一緒にいるのは、私だよ。」



アニが呟いた言葉の真意はきっと、エルダには伝わってはいないだろう。ただ……エルダはゆっくりと首を縦に振るのみである。


あと少しで言ってしまいそうな事実がもどかしくて、アニは掌を握る力を更に強くした。



「………私、なんだよ。」



もう一度同じ事を繰り返すと、アニの手もまた少しだけ握り返される。



「知ってるわよ、アニ。」



エルダの小さな声が体の奥に反響する心地だった。

アニはそっと目を閉じてエルダの胸元に頭を凭らせる。柔らかい皮膚の感触を服越しに感じた。



…………私は何をやってるんだろう。



アニはふいにとても情けない気持ちになった。


男の真似をして……エルダの隣に立っても、気持ちが満たされる訳なんか無かったんだ。何故そんな簡単な事に思い当たらなかったのだろう。


だって私は女だ。それで……女として、女のエルダの事が好きだから……


こんな事には、何の意味も無かったんだ。



いつになったら。



いつになったら、女として、唯一人のアニ・レオンハートとしてエルダの傍にいる事ができるのだろう。



それを思うとひどく不安になる。


けれど…………いつかは。



きっと。いつかは。


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