光の道 | ナノ
同郷トリオと一緒(逆) 01 [ 98/167 ]

ベルトルトと深夜の電話の続き)



―――――麗らかな日差しが窓から差し込む初夏のある日。



ベルトルトも学校に送り出してしまい、たった一人で自宅で仕事に打ち込んでいたエルダは、少々の疲労を感じて椅子に寄りかかり、壁にかかった時計を見上げた。


(…………二時、か。)


お昼ご飯時を少々過ぎてしまった時間である。それを自覚するとお腹がきゅうと鳴って空腹だという事を知らせてくる。



(ベルトルトがいないとどうも生活が疎かになってしまうのよね……)


エルダはかけていた眼鏡を机の上に置き、目を閉じながら、ほう、と息を吐いた。


瞼の裏に映るのは勿論、可愛らしい同居人の姿であって……



…………彼がここに来てから、毎日本を読むか仕事をするかだった私の生活は一変した。


誰かのために何かをするのがこんなに楽しい事だとは知らなかったし、家族と過ごす時間の尊さも、随分と久しぶりに理解した気がする。



(ベルトルトは将来どんな大人になるのかしらね………)



あの小さな少年も、やがては私の身長を追い越すのかしら。


そして、素敵な女性と結ばれて、また新しい家族を作り……………



そこで、エルダは閉じていた目を薄らと開いた。瞳の中には、いつもと変わらない乱雑に本が積み上げられた部屋が現れてくる。



(いやね………)


エルダは小さく笑って背もたれから身体を起こした。



(私ったら、ベルトルトの将来のお嫁さんにちょっとヤキモチ焼いちゃったわ。)



それから椅子からも立ち上がり、ひとつ伸びをして窓の外を眺める。よく晴れた空から垂れて来た日の光が、楠の葉を通して萌葱色となっていた。



(そうよね……いつか、ベルトルトはまた私の傍から離れていっちゃうんだわ)



そう思うと、どういう訳だか胸が支える。口からは溜め息が自然と漏れた。

何処からか鳥のさえずる声がする。あれは確か尾長だろうか。



エルダはそっと微笑んで目を伏せた。



(寂しいけれど、そういうものなのよ………)



そう自分に強く言い聞かせ、気分を切り替える様に深く呼吸をした後、エルダは昼食を摂る為に書斎を後にした。







「うーん…………」


冷蔵庫を覗きながらエルダは眉根を少々寄せる。何とも残念な事に、ここにある僅かな材料ではまともな昼食を作れそうに無い。


(まあ一人だし別に良いわよね……)


頬をかきながら、朝食の材料の余りを冷蔵庫から取り出すエルダ。


(これは……サンドイッチかしらね)


そしてハム、レタス、卵、食パンを眺めながら、うむ、と頷いた。







(中々に美味しそうにできたし、これは縁側まで持って行って外を眺めながら食べましょう)


三角に切って少し気取った形で盛りつけられたサンドイッチを眺めながらエルダは満足そうに微笑む。


そして鼻歌交じりでがらりと縁側へ通じる障子戸を開けた。庭の百日紅の花はもう蕾を作り、踏石に落ちる日の光も次第に強くなり始めている。


香ばしい外の空気を吸い込んだエルダは、ベルトルトと共に過ごす初めての夏を思い描いては、早く彼の夏休みは訪れないものだろうか、と待ち遠しい気分になった。



「ねえ」



遠くの青い空をぼんやりと眺めていたエルダに対して、突然声がかけられる。


驚いて声がした方向を縁側から見下ろすと、いつの間に傍に来たのか、細い金髪をぱさぱさと風に揺らし、碧く神経質そうな鋭い瞳をこちらに向けた少女の姿があった。


(…………えーっと………)



この子は一体何者なのか。どういう用事があってうちの庭にいるのか。何故私に声をかけたのか。



様々な疑問がエルダの頭の中を駆け巡る。少しの間、お互いぴくりとも動かずに見つめ合うが、こうしていても仕様が無いと思ったエルダが「……こんにちは」と恐る恐る挨拶をした。


少女は尚もエルダの瞳をじっと見つめるが、やがて挨拶は無視して「それ」と一言零しながら、エルダの手の内のサンドイッチの乗った皿を指差す。


「それ、いらないなら頂戴」


「へ…………。」


唐突なお願い。いや、その有無を言わせない声色は命令と言った方が良いのだろうか。


何故か逆らう事が出来ずにエルダはサンドイッチを皿ごと差し出す。


少女は何も言わずにそれを受け取ると、立ったままでもそもそ食べ始める。余程お腹がすいていたのだろうか、数分と経たないうちに皿の中身は空になってしまった。


そしてやはり無言の内に皿が返される。あまりに気持ちの良い食べっぷりを感心した様に眺めていたエルダは、ハッとした様にそれを受け取った。



「………………。」



視線を合わせる様に縁側にしゃがみ込んで少女の顔を覗き込む。………相当整った顔立ちをしていた。


幼いながらも桜桃色の唇は官能的であり、肌理の細かい白い皮膚の下から綺麗な血の色が透いて見えた。



「ゼリーもあるけど………食べる?」



ふと思い付いてそう尋ねると、少女は何かを探る様にエルダの瞳をじっと覗き込んだ後、こくりと首を縦に振った。



「待っててね」



エルダは柔らかく笑って立ち上がる。少女は相も変わらず何も言わなかったが、エルダが屈んでいた縁側の日陰に大人しく腰掛けて待つ体勢を取った。


(………野良の猫みたいね)


そう思いながらエルダはそっと柔らかそうな金糸の髪に手を伸ばすが、触れる直前に鋭く睨まれてしまったので慌てて腕をひっこめる。


「あらら、ごめんなさいね」


苦笑して一言謝った後、エルダはゼリーを取ってくる為に屋内へと足を向けた。


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