光の道 | ナノ
酔い候う 01 [ 125/167 ]

(02のみアニとif恋人)




「まあ。」

エルダは周りの惨状を前に小さく声を漏らした。



「みんなもう寝ちゃったのね。」

まだまだお喋りしたかったのに…と彼女は残念そうにする。


「どこかのバカが酒を持ち込んだからね。」


アニはバカ、の部分を強調しながらそれに応えた。

その際に気持ち良さそうに眠りこけるサシャを一瞥しつつ。




――――――その日の夜は、皆浮き足立っていた。


何故なら明日は待ちに待った休み……そう…つまり今夜は、翌日の体調を気遣わずに夜更かしできるわけである。


女子というのはいつの時代、どの場所でもお喋りが大好きなものだ。


104期の女の子たちもほとんどがその例に漏れなかったため、今夜は朝まで女子寮にて語り明かす運びになっていたのだが………


サシャがどこからか持ち込んだ安物のワインにより、アルコールを飲み慣れている筈もない少女たちは撃沈。



残っているのはエルダ、アニ、そして匂いが得意ではなかった為に飲まずにいたクリスタの三人となってしまったのである。



「…………水みたいに飲んでた割には顔色ひとつ変えないのは流石あんたと言うか……。」


ベッドに足を組んで腰掛けていたアニは呆れたようにとなりの白い顔をしたエルダを眺めた。


「そうかしら。」


うふふ、と穏やかに笑って彼女はその視線に応える。


「だって美味しかったんだもの。」

そう言いながらエルダはすっかり眠りこんでしまっている面々に毛布をかけてやる為に立ち上がった。




「……………お酒ってすごいね。さっきまでみんなあんなに騒いでたのに………。」


クリスタも呟きながらエルダを手伝うために立とうとするが……良いから座ってなさい、と彼女が言うので言葉に甘えてまたベッドに腰掛け直す。



「大人はお酒は楽しいって言うけど、これじゃ駄目だね。まだまだ話したかったのに、みんなすぐに寝ちゃうんだもの。」



まるで母親のように丁寧に毛布をかけてまわるエルダを眺めつつ、クリスタは不満げに漏らした。


その言葉に、エルダは思わずくすりと笑う。

それから、「もう少し経てば長い事起きていられるようになるわ。」と優しい声で応えた。



「アニとエルダは酔わないんだね。」


クリスタは少し感心したように二人を眺める。


足を組み直して彼女を見つめ返したアニは、「私はあまり飲まなかったからね。」と愛想なく言った。



「エルダは………」


クリスタが用事を済ませては自らの隣に腰掛けたエルダに対して、何か聞きたげに名を呼ぶ。


エルダは相も変わらない笑顔をにっこりと浮かべ、「実は私もちょっとは酔っぱらっているのよ。」と、そうは思えないはっきりとした口調で応えた。



「だって、どっちがクリスタでどっちがアニだかよく分からないのよ、今。」



「「……………へ?」」



しかし、次にエルダの口から飛び出した言葉にアニとクリスタは思わず頓狂な声をあげる。


エルダはゆっくりとクリスタの方へ体を向けると、彼女の頬を両掌で包み込んでは「あなたはクリスタ?それともアニ?どっちかしらねえ。」と面白そうに呟いた。

本当に二人はそっくりだわ、と付け加えて。



……………エルダはクリスタの顔を覗き込むようにしながら、ずいと自らに近付ける。


その瞳は真剣だった。どうやら冗談ではなく、本気でどちらがアニでどちらがクリスタだか分かっていないらしい。



「エルダ……、よ、酔ってる?」


顔があんまりに至近距離にあることにどぎまぎしつつクリスタが尋ねる。


エルダはそうかもねえ、とふんわり返事をした。



一方、非常に距離の近いふたりの現状にアニは大変不快な思いをしていた。


「…………エルダ。悪い酔い方をしている。もう寝な。」


少し強い口調でそう言っては立ち上がる。勿論彼女たちを引き剥がす為に。




「まあ………でも、あなたがアニでもクリスタでも、どちらでも良いわ。」



「「……………は?」」




だが、またしてもエルダの口から漏れた言葉に、アニとクリスタは間抜けな反応をせざるを得なかった。



「だって私、どっちも大好きだもの。」


そんな二人におかまい無しにエルダは幸せそうに一言そう言うと、まったく自然な動作でクリスタの柔らかな頬に口付けた。






ぴしっ






部屋の空気に、そんな音がしそうなほどに亀裂が走った。


アニとクリスタは、それぞれ別の意味で固まってしまっている。



「好きよ。」



エルダはそう零しながら本当に愛しそうにクリスタの青い瞳を真っ直ぐに見つめた。


そんな目で見られたクリスタはたまったものではない。

体中の血液が逆流しつつ顔を目指してくるような感覚に見舞われて、声を発することも適わなくなっていた。



「…………ちょっと、待って。」



ようやく我に返ったアニは、凄まじい力で未だにクリスタを見つめていたエルダの肩を掴んだ。


エルダは、彼女から発せられる不穏なオーラもなんのその、「なにかしら。」といつもの楽しげな声で応える。



「…………今のは、クリスタ・レンズに対して行った行為なのか、それともアニ・レオンハートに対して行った行為なのか………。
いくら酔っているとはいえ軽々しく及ぶには許されないことだと思うけれど。」


そんな彼女に対してアニの声色は冷たく固かった。


肩を掴む力は一層強くなるようで、ついにはぎちぎちという鈍い音が鳴り始める。



しかしエルダはそんなことは気にならないようで……それどころか、「この力強さ……!アニはあなたね!」と言っては嬉しそうに振り向いた。


何だか異様に無邪気で…まるで子供のようにはしゃいで自分の方へと向くエルダにアニはすっかり毒気を抜かれてしまい、目を瞬かせるしかない。



「アニも好きよ。大好き。」



そう言ってエルダは晴れやかに笑った。


そして、アニの顔をじっくりと観察した後、何の迷いもなく彼女の淡く色付いた唇に自らのものを重ねる。





「「!!??」」





…………エルダ以外の二人は、またしても動きを封じられてしまったかのように固まった。


それを良いことに、エルダは「好き」の言葉を繰り返してはもう一度アニに口付ける。



エルダは本当に幸せそうだった。

恐らくアニとクリスタがどれだけパニックに陥っているか全く持って気付いていない。



「あなたがアニと言うことは……そう、こっちがクリスタなのね…!」



エルダは世紀の大発見とでもいうような歓喜の声をあげて、今度はクリスタへと向き直る。


何をされるか予感したクリスタは思わず身を引こうとするが、何故か体は微動だにしてくれず…ただそのままの姿勢で固まるしかない。



「はい、あなたもね。」



エルダはクリスタの顔にかかる金色の髪を手で軽く避けてから、まるで母から娘に送るような柔らかいキスをゆっくりとした。



初めて……おまけに女性から、という未知の体験にクリスタは身を固くするが、想像以上にその行為が優しかった為に、少しだけ安心したように体の力を弱めた。



しかし、距離が零だった顔がそろりと離れていき、再びエルダの顔を見てしまうと…

やはり嬉しさとか恥ずかしさとか、色々なものがない交ぜになった感情が激しく胸の内でせり上がり、顔をあげていられなくなる。



エルダはすっかり俯いてしまったクリスタを見て「かわいいわね。」と漏らしつつ頭を撫でた。



「寝ましょうか。」



どうやら彼女は満足したらしく、息を細く吐いてから立ち上がる。



あまりのことに呆然としてしまっていた二人は、彼女の眩しいばかりの笑顔を前にただ首をこっくりと縦に振るしかできなかった。


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