アニと金髪と××× 01 [ 115/167 ]
「アニ、起きて。」
朝……。起床時間も大分回った頃、エルダは未だにベッドの中で丸くなっているアニに声をかけた。
「もうそろそろ起きないと駄目よー。朝ご飯食べられなくなっちゃうわよ。」
そう言ってゆっさゆさとアニの体を揺するエルダ。
中々に容赦ない揺さぶりに、流石のアニも眉をしかめた後、薄らと瞳を開く。
「おはよう、アニ。」
ようやく開かれた真っ青な彼女の瞳を覗き込んで、エルダはホッとしながら笑って挨拶をした。
「……………………。」
「……………………。」
そのままでしばし見つめ合う二人。
……………だが、アニの瞳は徐々にまたとろりとして閉じられていってしまう。
「あらあらあら」
エルダは焦りを含んだ声を上げてアニを再び起こそうと彼女の肩に手をかけた。
……………しかし、その手首はがっしりと逆に掴まれて、ぐいと勢い良く引っ張られてしまう。
突然の事にバランスを崩したエルダの首には素早く腕が回っていく。
(…………………………!!??)
勿論そうして彼女が行き着く先はアニの胸の内であり…ベッドの中に引きずり込まれてしまったエルダは想定の範囲外の出来事に目を白黒させるしかない。
しっかりと抱き締められたまま固まるエルダの体を更に強く抱き締めたアニはそのまま再び、すう、と寝息を立ててしまう。
安心し切った様に眠りの旅路へとついてしまったアニの腕の中で…エルダは溜め息を吐かざるをえなかった。
「アニ。」
そして彼女の名前を呼びながら白い額をぺしりと叩く。
ぴくりと眉を動かし、自分の事を抱き直して寝返りを打とうとするアニの行為を阻止する様にエルダは再び名前を呼んだ。
「アニ。駄目よ。今日はもう起きるの。」
そう言った後、エルダは自分がされている様にアニの体をしっかりと両腕で抱えると、勢いをつけてベッドから引き剥がす。
流石のアニもこれには驚いたのか、終始とろんとしていた瞳を見開いては現在の状態を確認していた。
「おはよう。アニ。」
間髪入れずに爽やかな笑顔で朝の挨拶を再び行うエルダ。
横抱きにしていたアニの体をすとん、と地面に下ろすと、ぽんぽんとその頭を撫でてやった。
「――――エルダ。最近起こし方が雑………。」
撫でられた箇所を不満げに整えながらアニはぶつぶつと不満を零す。
「そうかしら。とっても丁寧且つ愛情こめて起こしたつもりだけれど。」
さあ顔洗ってらっしゃい、とエルダは上機嫌に応えた。
…………しかし、まだアニの脳みそは覚醒し切っていないらしく、ぼんやりとエルダの顔を見つめたまま固まってしまっている。
エルダは再び溜め息を吐くと、アニの手を引いて洗面所へと向かった。
(……………冷静でしっかりとした美人さんに見えて、実のところ朝だけはぼんやり大将なのよね、この子は………)
ふらふらと自分について歩き出すアニを眺めながらエルダは少しだけ可笑しそうにくすりと笑う。
(でも、そういう所も含めて素敵で可愛いのよね、アニは。)
「何笑ってるの」
「ううん。笑ってなんかないわ」
「………嘘。笑ってるじゃない。」
「そんな事ないわよ。」
増々笑みを濃くするエルダに対してアニは、寝起き独特の不機嫌さも相まってかひたすらに抗議する様な視線を送り続けた。
*
「アニ、今日の髪型はどうする?」
「……いつもと同じで良い。」
「巻き髪作ってみようかしら?」
「あんた人の話聞いてた?」
冗談よ、怒らないで、と笑いながらエルダはアニの髪をブラシで梳かしてやっていた。
(綺麗な金色………)
そして自分の手の内で流れて行く彼女の頭髪を眺めては、ぼんやりとそんな事を思うのだった。
アニは………本当に綺麗な少女だとエルダは思っていた。
豊かな金をさらりと顔の横に垂らしている様も、伏目につつましく控えている青い神経質な鋭い目も、官能的な桜桃色の唇も相当なものである。
肌理の細かい子供のような皮膚の下から綺麗な血の色が、薔薇色に透けて見えるのもまた美事だ。
……………対して。………今より随分前の時間に几帳面に結った自分の髪を見下ろす。
金色よりは渋い色をした髪だ。亜麻色に近いかもしれない。
………そして、瞳は薄緑。成長するにつれて父の面影を残さなくなって行く顔の中で、唯一変わらないで同じ色をしたこれが嫌いな訳では勿論無いが…………
(やっぱり………金髪に青い瞳っていうのは、昔から憧れちゃうのよねえ………)
ほう、と息を吐いてもう一度アニの後頭部を見下ろせば、「いつまで梳かしてるんだい」と呆れた様に言われてしまったので、急いで髪留めで結ってやる。
「…………私の髪に何かついてたの」
ありがとう、と軽く礼を述べつつアニが訝しげに尋ねてきた。
エルダは、「ううん、なんでもないわ。なんでも……」と少しだけ恥ずかしそうに答える。
「そう……?」
珍しく歯切れの悪いエルダの返答にアニは不思議そうにしながらも身支度を整えていく。
その様を眺めながら、エルダは…(やっぱり、昔読んだおとぎ話の影響かしら。)と、いった事を考える。
おとぎ話のお姫様と言えば…大抵は、金色の髪に真っ青な瞳、雪の様に白い肌。
エルダとて女の子である。そんな少女に憧れなかった訳ではない。
眼前で着替えをするアニも、黙ってじっとさえしていれば絵本の中から抜け出して来た様な容姿をしている訳で……
「…………だから。何。」
あんまりにエルダがじっと自分の事を見つめるので、遂に耐えきれなくなったアニはやや不機嫌そうに同じ質問をする。
自分があんまりに真剣にアニを眺めていた事にその時気付いたエルダは、肩をびくりと震わせると、「う、ううん。本当に何でも無いの…。ちょっとぼーっとしちゃっただけ……」と慌てて言葉を返した。
「わ、私……ちょっと先に食堂に行ってるね……!」
何だか照れ臭くなってしまったエルダはそう言って足早に部屋から立ち去ってしまう。
………扉の向こうに消えて行ったエルダの後ろ姿を、アニは訳が分からない、と行った様子で眺めていた。
――――――
(……………………ん。)
そこで、ふとアニの青い瞳に止まったもの。
身の回りの整理整頓が常にきちんとしているエルダにしては珍しい…………それは、ベッドの上に置き去りになった……何と言うか、胸部に付ける下着だった。
(…………………………。)
いつも目にする時は、エルダの体に身に付いているから自然の思えたが……いや、それでも相当サイズが大きい事は見て取れたが…………やはり、その存在感たるや凄い。
アニはゆっくり視線の先に近付くと、そっと白く清潔そうなそれを掌で拾い上げてみる。
………やはり、大きい。普段自分が使用しているものとはまるで別のものの様だ。
(…………………。)
何を思ったのか………アニは、恐る恐るそれを自分の胸元へとあてがってみる。
(…………………!?)
そして、戦慄し……へなり、とその場に膝を折った。……眼下で広がった光景を信じたく無かったのだ。
(……………………落ち着け、私。)
まだ。まだ成長する筈まだだって私ってば花も恥じらうティーンズまだ大丈夫オールオッケー。
とりあえず………アニは下着をエルダのベッドの毛布の下に隠しておいてやると、咳払いをして立ち上がった。
別に………私だって、胸が無い訳では無い。
ただ……エルダがちょっと規格外なだけであって……………
(でも………エルダの隣に並ぶと、どうしても………)
やはり、女として少しは羨ましいのだ。あのサイズは。
思わず、口の端からは溜め息が漏れる。
……………一方、エルダの方も食堂で似た様な事を考えては溜め息を吐いていた。
((一度でいいから、あの子みたいになってみたい…………))
これが、爽やかな光が零れ落ちる朝日の中………双方の胸に舞い降りた、ちょっとした願望であった。
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