「志摩子、起きてる?」
電気を落とした部屋の中で、ベッドに寝ている士郎ちゃんの声がぽつりと浮かび上がった。
床に敷いた布団の上で微睡んでいた私は「寝てるよー」と答える。
「いやそういうの良いから。」
いつものように冷めた反応が返ってくるのでクスクスと笑い、寝返りを打って彼の方を見た。士郎ちゃんもまた私の方を見ていたのが嬉しくて笑みを深くすると、「うざ…」と呆れたような一言が。
「どうしたの?一緒寝る?」
自分の隣のスペースの掛け布団を持ち上げながら話しかけると、彼は面倒臭そうに「嫌だよ、ベットから移動するのめんどくさい。」と返事した。
半分冗談のつもりだったが断られて少し残念に思う。しかし食い下がって「じゃあ私がそっちに行っても良い?」と尋ねてみる。士郎ちゃんは私からふいと目を逸らして薄暗い虚空を眺めてから、少しの時間を置いて「まあ、それなら。好きにすれば。」と返ってきた。
「あ、でも流石にもう狭いかなあ。小さい時よく一緒に寝てたからその感覚で言っちゃった。」
「志摩子は今でも小さいでしょ、おつむが」
「やだ、私成績そんなに悪くないのよ。」
「いやそういうことじゃなくて」
士郎ちゃんが辛口なのは昔からだった。自己表現が苦手だった幼い頃の私はその臆さない物言いが妙に格好良く思え、それからずっと彼は私の憧れなのである。昔のことを色々と思い出してつい口元が緩み、その緊張感のない表情のままで「ねえ士郎ちゃん」と呼びかける。訝しげな表情で彼がこちらを見ている。
「私の初恋は士郎ちゃんなの。」
ほら、そういう馬鹿なこと急に言い出すから志摩子はおつむが小さいんだ、なんて返されるかと思っていたけれども、意外なことに士郎ちゃんは驚いたように目を見張るばかりだった。
端正な顔に青い月の光が差し込んでいるのを目を細めて眺めながら、「忘れていいよ。」と付け加えて安心させたつもりになる。そのままおやすみと続けて寝返りを打ち、また微睡の中へと落ち込む。それも束の間、両肩を強い力で掴まれてはたと目を開けた。視界には士郎ちゃんの怖い顔が飛び込んでくる。…ただ、いつもの不機嫌だとか怒っている時の表情とは少し違うような気がした。もっと複雑なものだ。
私に覆いかぶさるようにして真っ直ぐに睨んでくる彼と少しの間見つめ合うが、どうして良いか分からずにひとまず声をかけてみようとする。だがそれは彼の言葉に遮られた。
「なに初恋って」
「え?」
「今はどうなの」
「い、今…は……」
矢継ぎ早に聞かれて言葉に詰まってしまう。今?今だってもちろん大好きだ。
「なんで……」
私の肩を掴む力が更に強くなる。私も士郎ちゃんにつられて悲しいのか苦しいのかよく分からない気持ちになって、眉を下げてしまった。
「なんでそう言うこと簡単に言うんだよ!!」
彼にしては珍しく大きな声を出されて反射的に体がびくりと震える。
「ぼ、僕が一体どんな、、気持ちで」
声がどんどん小さくなり、士郎ちゃんはがくりと項垂れて黙ってしまった。
「士郎ちゃん……、ごめんね。」
士郎ちゃんの体の下から抜け出して、蹲っている彼の肉付きが薄い肩を抱く。
「ごめんね。もう変なこと言わないから。」
違う、と小さな声が士郎ちゃんの唇から漏れる。その真意全ては分からなかったけれども、気持ちを汲み取って「士郎ちゃん、大好きだよ。」と伝えた。
いつの間にか昔と違って筋肉質になり始めた彼の体に腕を回し、「大好きだよ。」と繰り返す。そうして微かに頷き返されるのを見て、びっくりするほどの胸の痛みを覚えるのだった。
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