東春秋 | ナノ  夜、もう寝ようとしていた時に突然訪れた望を家に招き入れた途端の出来事だった。しなやかな2本の腕が身体に回り、抱きしめられる。…最近こうして抱きつかれることが多いなあと思いながら、私は望のスラリとした身体を抱き返した。

「望、飲んできたでしょ。」

 と尋ねつつ、彼女から抱擁を受けることは別に珍しくはないので慣れた手つきで髪を撫でる。

「別に?少しよ。」
「その割には随分お酒臭いって…。もう今から帰るのも危ないから泊まっていきなよ。」
「やだ、晃優しい。」
「どういたしまして。」

 なんだか体よく利用された感が拭えないまま、玄関から部屋の中へ望を促す。彼女は勝手知ったる足取りで私に続いた。ボーダー本部からそこそこ近いこのアパートはかねがね彼女に入り浸られていたからだ。


 ソファの上に望の寝床をこさえるため毛布を運ぼうとすると、シャツを掴まれて阻止される。また酔っ払ってちょっかいをかけられてるなと思い「望…」と呆れながら声をかけた。

「離してもらえないと望が寝るところないよ。」
「今日は一緒にベッドで寝るのよ?」
「私らでかいからひとつのベッドじゃ狭いよ…。」
「良いじゃない、くっついて寝るのよ。」

 すっかり出来上がって上機嫌な彼女に反論するのも馬鹿らしくなり、とりあえず毛布を元の場所へと戻す。その間も後ろから抱きつかれては頸の辺りに頬を寄せられたり好き放題される。

「望、なにかあった?」
「どうしてそう思うの。」
「望がこういう風になるのって大抵何かあった時だから。」
「………………。」

 望は何も応えず、ただ意味深に微笑むだけだった。暫時私たちは無言で見つめ合う。


「ねえ晃、キスして。」


 突然の申し出に私は溜め息を吐いた。こういった要求は初めてではないのだが、同性から見ても整って綺麗な容姿の望にスキンシップをせがまれると緊張するのだ。

 望は言い出したら聞かないことは短くない付き合いで充分に分かっていたので、無言のままで額にキスを落とした。彼女は満足そうに笑い、今しがた私の唇が落ちたところに指先を触れる。その仕草が妙に艶っぽくてどきりとした。


「ふふ、私のおでこに易々キスできるのは貴方くらいよ。」
「望も相当背が高いからね。…そろそろ1時回るし寝よ。」
「そういうことじゃないの。」
「え?」

 望の小さな呟きが聞き取れずもう一度言うように促すが、彼女は笑みを深めるのみで応えてくれない。肩をすくめて「望、水飲む?」ととりあえず尋ねる。頷く彼女のために私はキッチンに向かった。





 電気を落とした部屋の中、私たちはひとつのベッドに収まった。予想通りに170cmを越える女二人には狭かったので、寝返りを打って壁側を向いて寝ることにする。…背中にそっと望が寄り添う気配がした。どこか落ち着かない気持ちになる。

 いつもはクールとも言える女性なのに、たまに人肌が恋しいのか多く触れ合いを求めてくる時がある。元より人とスキンシップを取ることに慣れていない私はその度に翻弄されてばかりいた。


「ねえ晃。なんで恋人作らないの?」


 耳元で望が囁いた。優しい吐息が皮膚をくすぐってこそばゆい。


「………。作らないんじゃなくて作れないの。望みたいにモテないからね。」


 少し眠くなっていた私は適当な返事をする。しかしそれはすぐに「嘘よ」と看破された。私が何も応えられなくなるので、沈黙が少しの間流れる。望は私の髪を指先で弄んでいるらしく、静かで不思議な雰囲気が辺りに漂った。

 再び寝返りを打って望に向き合う。…想像以上に顔が近かったので少し気恥ずかしくなり目を伏せた。体に望の白い腕が回ってくる。時計の秒針が遠くでいやに大きく聞こえた。そのまま私たちは互いの体温に少しの間感じ入る。


「それじゃあ私と付き合う?」


 望の発言に伏せていた目を開いてその方を見る。ぴたりと視線が合い、私たちはお互いを見つめ合った。


「ううん…。付き合わない。」


 相変わらずこの子は綺麗な顔をしてるなあと目を細めながら応える。


「………。私が女だから?」
「違うよ。そう言うんじゃなくて、、」


 言い淀んでいると、望の脚が私の脚へとゆっくり絡んでくるのが分かる。思わず壁側に体を退こうとするが、ふと彼女の切なげな表情に気がついてさせるままにした。


「なんだろう …私、友達とは特に付き合いたくないのかも。」
「どうして?」


 半身を起こした望に組み敷かれる形になりながら私たちは言葉を交わす。不思議と嫌悪や恐怖はなかった。いつも雑談するような落ち着いた気持ちで私は彼女に向き合う。


「好きだから…。」


 重なった掌を握り返しながら小さな声で言う。…望は何かを探るように私の瞳の中を覗き込むらしい。顔と顔が触れそうな距離で私たちは息を詰めて向かい合う。


「嘘よ。驚かせたかっただけ。」


 やがて望が私と同じように小さな声で囁いた。私は体の力がどっと抜けるような気がして目の当たりを掌で覆った。


「あんまり翻弄しないでよ…。」
「驚いた?」
「それはもう。」


 望はいつものように柔らかい笑みを浮かべて私の体から遠ざかり、先ほどのように寝床の隣に収まった。


「最近東さんにも似たようなこと言われて…驚かされっぱなしだよ。」
「ふうん、やっぱり。」

 彼女はあまり興味がなさそうに声を一段低くして返す。


「あの人同じ隊だった時から晃のことばかり見てたもの。」
「え、知らなかった。…そうなの?」
「可哀想に。あんなに一生懸命アプローチしていたのに気付いてもらえてなかったのね。」

 望は愉快そうな笑い声を上げた。私は思わず小さく唸ってしまう。自分の気配りの至らなさに恥ずかしくなった。

「どうするの?やっぱり付き合わないのかしら。」
「そのつもりだよ。」
「ふうん。」

 笑みをどこか意味深にして彼女は相槌を打った。良い加減疲れていた私は「そろそろ寝るよ…」と声をかける。

「ねえ晃。明日朝ごはん作ってあげる。」
「ありがとう。炒飯以外にしてね。」
「ええ、どうしてよ。」
「理由は色々あるけど朝から炒飯はちょっと重い…。」
「晃はわがままねえ。」
「…………。」

 いつも通りの望に戻ってることに安堵しながら瞼を下ろす。色々困ったところは多いけれども、私はこの隊長がつくづく好きなんだなあと実感する中、彼女の腕がまた私の体に回される。それに応えるように抱き返して眠りについた。

 



 自分の腕の中の晃がすやすやと寝息を立てていることを確認して、加古は体をゆっくりと起こす。無防備に眠る彼女を見下ろしながら、心が冷え冷えとしていくのを感じていた。

「馬鹿、」

 小さく呟き、身を屈めると自らの長い髪がバサバサと降りてくるのが分かる。それをかきあげては晃の唇にキスを落とした。

 今しがた自分が口付けたところを指先でなぞると、空虚だった心が少しは満たされる気持ちがする。…眠っている晃にキスをするのは初めてではなかった。初めてした時はそれなりに緊張したが、もう慣れるくらいの回数はこうして秘密の行為を重ねている。

「ふふ、私が貴方の初めてよ…。」

 囁くくらいの声を漏らして愉悦を味わう。再び晃の隣に身を横たえ、彼女もまたゆっくりと眠りに落ちていった。



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