◎ 水芭蕉
Q:浮気されたらどうしますか?
(※if学生時代)「浮気…?」
その単語を一度繰り返し、スネイプは眼前のヨゼファのことを睨みつけた。
「…………。してるのか?」
「してないけど…。」
「じゃあしたことがあるのか?」
「したことはないけれど。」
「それじゃあこれからするのか!?」
「し、しません…!」
「いっぺんでもやってみろ、殺してやるからな!!」
「わ、私を?相手を?」
「どっちもに決まってる、ふざけるな!!!!」
「痛い!!!!!」
苛立ちを隠さずにスネイプはヨゼファの腕を叩く。彼女の口からは情けない悲鳴が漏れた。
ヨゼファは殴られた場所をさすりつつスネイプの方に向き直る。非常に機嫌が悪そうなその様子に、思わず苦笑してしまった。
「ねえ、そんなに怒らないでよ。浮気してないのに。」
「当たり前だ」
「そう当たり前。こんなに素敵なパートナーがいるのに、どうして浮気する必要が?」
「…………………。」
おもむろに彼の手を握ってみても拒否をしないことから、その機嫌が少々良くなったのを理解してヨゼファも笑みを穏やかにした。対照的にスネイプの表情はまだ険しいままだったが。
両手を取って、視線を合わせるために少し首を傾ける。
膝を折らなくてもそれが叶うようになったことに思い至り、ヨゼファは微笑ましかった。(もうすぐ私より大きくなるかな)思わず、目を細める。
「それに私のことを好きになるなんて物好きは貴方くらいよ」
額、それから鼻を軽く合わせて愛情を示してから、ヨゼファは彼から身体を離した。
そうして「夕ご飯の時間まで散歩に行こうよ、天気が良いし…」と話を切り替えるように声色を一段明るくして誘う。
だが彼は未だ不機嫌そう…というよりも訝しそうにしてこちらを伺っている。回廊の窓から差し込む透明色の光が、そのよく通った鼻筋を明るく照らしていた。初夏の心地が良い昼下がりである。
「どうしたの、…何か不安がある?」
一度歩み出そうとした脚を元の位置に戻し、ヨゼファはスネイプに尋ねた。
口数が少ない人である。それはヨゼファの声が出ない時、そして自由に喋ることの出来る今もずっと変わらない。少ないその言葉に含まれた心の内を探ることがヨゼファは好きだった。
「そうね…。じゃあ、逆を聞いちゃおうかな。セブルス、貴方は浮気するの?」
「は?」
ヨゼファの質問にスネイプは意味が分からないと言った表情で眉根を寄せる。人差し指を立て、彼女はどこか教師めいた口調で言葉を続けた。
「もしもの話よ、大丈夫…。本当のことを言っても怒らないでいてあげましょう。」
「な、んだよ。何か言いたい」
「飛び切り美人…あるいは可愛い子に告白されてしまったら?」
「興味ない、」
「そう?それじゃあ「もう良い」
スネイプは顔を背けて会話を切り上げる。ヨゼファは心弱く笑った。
「別に怒られるのが嫌だから浮気しないわけじゃない」
少しの沈黙の後、彼は小さな声で言う。
「ヨゼファが悲しむことはしないよ…、」
僕は、と続けてスネイプは口を噤む。
ヨゼファはゆっくりと数回瞬きをした。それから深々と溜め息をする。なんて人なんだろう、としみじみと改めて思いながら。
「……うん。」
心弱い笑顔のままで、ヨゼファはスネイプと同じくらい小さな声で応えた。
「悲しいから、浮気しないでね」
言いながらひどく恥ずかしくなった。大層なお喋りになった今でさえ、心の奥にある気持ちを口にすることには慣れないでいる。
(………よく見てる、)
不意に核心をついてしまうスネイプの鋭さには驚かされてばかりだった。
「ヨゼファ、」
改めて並んで歩き、夕暮れ時の散歩へと繰り出した時だった。
名前を呼ばれるのでヨゼファは緩く笑って応える。だが、特に会話が続くことは無かった。
珍しいことではないのであまり気には止めず、「滑りやすくなってるから気をつけて」と、濡れた草の上を歩む彼の手を引く。その際、もう一度名前を呼ばれた。
「何かしら、マイハニー?」
「…………………。」
「ごめんごめん、今度からハンサムって呼ぶよ」
「呼んでみろ、一日中無視してやる」
「それは困るね」
晴れやかな気持ちでヨゼファは笑う。普段ほぼほぼ難しい表情をしているスネイプも表情を柔らかくさせているのが分かって、ヨゼファは一層幸せだった。
「ヨゼファ」
「うん、なぁに?」
「僕は物好きだけれど、良い趣味をしていると思わないか。」
「…………。」
「ヨゼファ、」
「あ、うん。そ…うだね…………、」
なにを応えて良いか分からなくて、ヨゼファは曖昧に返事をした。言葉に詰まって気の利いたことも言えずにいる彼女の手をスネイプが握り返す。
しばらくそのままで、じっと瞳の中を見つめられた。この瞬間はいつも緊張する。幸せな筈なのに、全身が強張ってうまく動けない。
抱きしめることも…愛の告白だって、自分からは容易く行えるのに、逆の立場になるといつでも難しかった。
それでも頷いて彼の気持ちに応える。キスはいつも触れるだけなのだ、周りのカップルに比べると相当子供じみた付き合いだと言って良いだろう。
「ありがとう…。」
礼を言い、もう分かったよ、大丈夫だから、もう、本当に……、と散漫な言葉で、耳元で繰り返される真摯な気持ちの伝言を留めようとする。
だが身体を抱かれているので離れるのは難しかった。勿論、本気を出せば突き放してしまえる程度の力ではあるが。しかし
「好き、」
幾度目かの告白と共に、頬を寄せられる。私も…、大好き、とようやく返して目を閉じる。
「本当にありがとう…。」
ぎゅっと強い力で抱き返しながら、ヨゼファは小さな声で呟いた。
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