骨の在処は海の底 | ナノ
 サナギ

 if学生時代



 ヨゼファはスネイプの腕に身体を支えられた状態で、その胸の内から彼へと笑いかけた。

 ちょうどスピーカーから流されていた音楽が止んだところである。


「すごい…。」


 彼女は嬉しそうに言っては繋がっていた掌を解き、スネイプの両肩へと手を置いた。


「すごいよセブルス…!ダンスの才能あるんじゃないの、今からダンサーに進路変更するのはどう?」

「いや、しない。」

「だって練習始めてからひと月経ってないよね?上手くなるの早すぎるよ。最初は足がいくつあっても足りないくらい踏まれっぱなしで痛い!!」


 若干苛立ち気味のスネイプに向こう脛を蹴られ、ヨゼファはそのままの感想を漏らす。


「まあ…そうね。レッスンの先生が優秀だったからかな。」


 しかし大した痛みではなかったようで、彼女はすぐに笑顔を取り戻しては自分の胸元を掌で指し示す。


「確かに、流石、お嬢さま・・・・でいらっしゃる?」

「もう…。」


 スネイプの皮肉に苦笑で応え、彼女は軽くその胸元をポンと叩いた。


「それで…ダンスパーティーにもどうやら間に合いそうだし。セブルス、どうか私と「断る」


 芝居がかって恭しく手を差し出したヨゼファの言葉を遮り、スネイプはぴしゃりと言う。

 彼女は眉を下げ、軽く肩をすくめてみせた。


「だから………。その、僕の方から誘うって何度も言ってるじゃないか!」

「でもダンスパーティまで1週間を切ってるよ?お互い早いところパートナーを見つけなきゃ」

「わ、分かってる。それくらい…」

「私の方から誘うんじゃダメなの」

「ダメ。」


 強情に言い切るスネイプのことをヨゼファは目を細めて眺めた。

 心なしか、優しげな表情をしてる。


「早く誘ってくれないと…私、別の方からのお誘いを受けちゃうかもよ?」

「…………ぇ…。いや。嘘を吐くなよ、」

「まあ嘘だけれど。」

「嘘かよ!!」

「痛い!!」


 手刀を彼女の額に打ち込んではスネイプは声を大きくする。

 ヨゼファは愉快そうに声をあげて笑った。


 二発目を繰り出してやろうかとスネイプは思案するが、ふと前回のダンスパーティーのことを思い出しては…彼女に尋ねる。


「そうだ……ヨゼファ、今年は。その…ドレスは」


 前回のパーティは…まだ、ヨゼファが声を取り戻す前だった。家との仲が険悪だった彼女は母親にドレスローブを強請ることができず、結局、二人してパーティには出席しなかった。それはそれで良い夜となったが。

 だが今回出席するとなると、やはりドレスローブ無しでは色々と難しいだろう。

 彼女とその家の仲が回復していないのはスネイプもよく知るところだった。それどころか悪くなっている。夏休み中、ヨゼファを家に帰すのがスネイプはいつも心配でならなかった。


「やっぱり…。お母さんに頼むのは難しかったかな、ちょっと。あの女性ひとは恥をかくのが嫌いだから、きっと言えばチェンヴァレンの名前に相応しいものをくれるんだろうけれど。どうも私はお母さんの前に立つと緊張しちゃってね…言い出せなかった。」


 ヨゼファは音楽が止んだ蓄音機のラッパ型のスピーカー部分を軽く指で撫でながら彼の質問に答える。

 その青白い指を握り、握り直して手を繋いだ。……何も言わずに続きを促す。


「でも大丈夫。今年は貸してくれる人がいるの。」

「貸す?誰が。」

「マクゴナガル先生。」

「え?」


 予想外の人物の名を耳にして、スネイプは労わるように掌中で彼女の手を撫でてやっていた動きを止める。


「同じ年の子のサイズだと私にはちょっと小さくて。でも先生のならきっと平気だね。」

「僕は年寄り臭いドレスは嫌だ。」

「もう…。そう言うこと言わないの。それにマクゴナガル先生は私たちのお母さんお父さんくらいの歳だよ。」

「なんだってマクゴナガルに。奴はグリフィンドールの寮監だぞ?」

「確かに。でも先生は優しいからね。」

「優しい?僕は廊下を走ってるのを見られただけで20も点を引かれたけどな。」

「あはは、うん、そう言うところあるよねマクゴナガル先生。」


 いつの間にか逆に手を取られて撫でられる方になっていた自分の掌を見下ろし、スネイプは溜め息した。


 …………声が出ない時、ホグワーツでの彼女の世界はほとんど通訳代わりのスネイプを介してのみのものだった。

 そして今。声を…言葉を取り戻したヨゼファは、スネイプが与り知らない交友関係を色々なところで築きつつあるらしい。それは彼を不安な気持ちにさせた。心なしか二人の世界が失われつつあるように思えて仕様がない。


「マクゴナガル先生とダンスするのも楽しそうだね。誘ってみようかな?」

「……勝手にすれば良い。」


 スネイプは不機嫌を隠さず言葉少なに答える。

 彼の機嫌の悪さをヨゼファはあまり意に介さないようで、笑みを絶やさないままで軽く首を傾げた。


「それはセブルスに誘われなかったらの話。私のこと、誘ってくれるんでしょう?」


 ヨゼファは手を伸ばして、スネイプの黒い髪をそっと撫でてから耳にかけさせてやる。

 露わになった彼の血色の悪い頬に、ヨゼファは軽く唇をつける。背の高い彼女は難なくそれを行えた。

 近い距離の青い瞳を、スネイプはじっと斜めに見つめた。睨もうと思っていたが、ヨゼファの表情から察するにそれは成功していないらしい。

 目を逸らし、唇を軽く噛む。

 静かだった。

 ヨゼファはびっくりするほどよく喋るようになったが、それでも変わらない静寂を持ち合わせたままでもあった。

 目を閉じて、そのまま彼女の肩に頭をのせる。ヨゼファはゆっくりゆっくりと髪を撫で続けていた。抱いて、と小さな声で言うと、望み通りに身体に腕が回ってくる。


(いつもこうだ、)


 素直になろうとすると言葉がうまく出てこない。ヨゼファよりもよほど伝えることに苦労していたのは、昔から自分の方だった。

 一歩身体を後ろに引き、今一度彼女と向かい合う。少しの沈黙が続いた後、「ヨゼファ」その名前を呼ぶ。


「……マクゴナガルなんか誘うなよ。」

「うん…。誘わない。」

「ヨゼファは僕と踊るんだから、」


 もちろん、と言ってヨゼファは目を細めた。


「好きだ」

「え?」

「僕が一番ヨゼファのことを好きなんだから…!」


 無意識にヨゼファの手を強く握り、声を一段上げて続ける。

 彼女は表情をきょとりとさせては瞬きを数回ゆっくりと行った。


「だから君は僕と、僕だけと踊るんだ。」


 信じられないくらい大きく脈打っている心臓を肉体の内側に感じながら、スネイプはどうにか言葉を絞り出した。


「だから一緒に踊って」


 しかし小さな声だった。声になったかどうかも分からない、呼吸のような音だったのかもしれない。


 ヨゼファは軽く目を伏せてから、心弱く笑った。


「………セブルス…。貴方って、昔から奥手なようで全然そうじゃないわよね。」


 彼女は空いている手の方を軽く口元に持っていってはゆるゆると頭を横に振る。


「まさか愛の告白までされちゃうなんて。」

「仕方がない…。好きだから……。」

「何度聞いても慣れないわ。胸があんまりにドキドキしちゃって。」


 今度はスネイプが、ヨゼファの髪を耳の後ろへと流してやった。予想通りに信じられないくらい赤くなった耳殻が表れる。伴って、目尻もほんのりと色付いている。


「私たちがパーティー会場にいて、場違いじゃないかな。」

「誰も見ちゃいない。皆それぞれに夢中だ。」

「そう…。」

「急にしおらしくなったな。君は一応・・お嬢さまなんだからダンスはうまいんだ。気にする必要はない。」

「身体が動かせるだけだわ、……どうしよう、いざ出るってなると緊張して…。」


 スネイプは少し笑って、素直な親しみを持ってヨゼファを抱き寄せた。ヨゼファはそっと彼の衣服の胸元を握っては身体を寄せてくる。


「……最初の数曲だけだ。そうしたら場内がバカ騒ぎになる前に早いところ抜け出そう。」


 ヨゼファはスネイプの腕の中で身じろぎ、顔を上げてはごく近い距離で視線を合わせてくる。


「それで前回と…同じ場所に行くんだ。」

「それは素敵だね。ちょっとだけケーキを失敬していこうよ。」

「君の場合…果てしてちょっと≠ナ済むのか?」

「大丈夫よ、全部食べるんだから。」


 何が大丈夫なんだ、と呆れながらもスネイプは今一度少しの笑みを漏らしてはヨゼファの身体を強く抱き寄せる。

 その首元に顔を埋めて弱く嘆息してから、まだ赤いままの耳に軽く唇をつけた。


「愛している」


 幾度となく繰り返しても足りない言葉を口にすると、ヨゼファは小さく頷き返した。君はどうなんだと促すと、ヨゼファは顔を上げる。

 両掌でスネイプの頬を包み込んだ彼女は、愛してる、もちろん、と同じ言葉を口にした。真っ直ぐにこちらを見つめながら。


「でも…。そんな言葉じゃ足りないくらいよ。」


 私の素敵な人。


 スネイプは頷き……、瞼を下ろす。

 その声をいつまでも聞いていたいと思った。女性にしては少し低く、落ち着いて、もう若くはない………



『セブルス』


『愛しているわ』



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