骨の在処は海の底 | ナノ
 惑星メランコリー

 滑り落ちていく砂を、針が時を刻んでいくことを、誰も留めることは出来ない。

 どこか遠くで、日付が変わったことを告げる鐘の音が響いていた。


 肉体を背後からしっとりと二本の腕で絡め取られ、ハリーは驚いて声をあげそうになった。

 彼を抱きしめていた掌、色の悪い指が一本その唇へと動き、静かに、と言ったように触れてくる。


 ハリーはそろそろと、自分を抱きしめている背後の人物の方へと首を回した。

 彼女がよく見知った人物であることを認めてハリーはひと時安堵するが…すぐに奇妙な違和感と不安を覚え、身体を緊張させる。

 痩せていたのだ。

 いつの間にか…このほんの短い期間で、ヨゼファの肢体はまるで病人のようにやせ細っていた。


 ハリーが身を潜める螺旋階段の上、このホグワーツで一番に夜空に近しい天文台ではダンブルドアとマルフォイが対峙していた。

 この学校の長である老人の静かな声と、自分と年を同じくした魔法使いの青年の烈した声が会話を重ねている。

 しかしそれはハリーの耳を滑っていくばかりである。彼の鮮やかな緑色の瞳は、ヨゼファの深い青色と鈍い紅色の虹彩…左右で色が異なった瞳へと釘付けられていた。思えば、彼女の右目を見たのはいつぶりだろうか。そこはいつからか伸びた前髪で常に隠されていたのだ。


(先生、右目の色。)

(どうしたの。)


 唇に冷たい指をそっと添えられたまま、声を発することも出来ずに胸の内で尋ねる。

 だがもちろんのこと彼女はなにも応えず、視線をハリーからふいと移していく。

 ハリーもまたその方を見やり、音もなく近くへと至っていた魔法薬学教授…否今は防衛術教授…の黒いシルエットを認めた。

 スネイプは声無く薄い唇だけを動かして何かを伝えてくるらしい。ハリーにではなく、彼を抱きしめたままのヨゼファへと。彼女の唇からは小さな息遣いが漏れた。


 ハリーは沈黙のうちでそろりそろりと手を動かし、服の下、自分の杖を掌中に収めようとした。

 それはスネイプに見透かされ、黒い杖の先を向けられ牽制される。彼もまた自らの薄い唇に人差し指を動かし、首を左右に緩く振ってはハリーに沈黙を促した。


 身体に回っていたヨゼファの腕の力が刹那、痛いほどの強さになった。そうしてハリーの胸元に添えた掌をずるりと離し、教え子の肉体を自らのかいなから解放する。

 しかしハリーが最早自立することが不可能なのだと察して今一度その肩に手を添え、階段の幅が広くなっているところにゆっくりと彼の肉体を横たえてやった。

 ハリーの身体は目玉だけが動く状態だった。先ほど彼女に掌を添えられた胸元には、銀色の線で描かれた魔法陣が服の上にキラキラと光って浮かび上がっている。それが全身を細い糸で括り締めているかのように、身体の自由を奪い続けていた。


 ヨゼファはハリーを一瞥することなく、先立ったスネイプの後を追って螺旋階段を昇り始めた。

 二人とも足音が無かった。微かな衣擦れの音をさざめかせるだけである。影かゴーストのように、黒ずくめの魔女魔法使いが階段を昇り切っては渦中のダンブルドア、マルフォイに相対する。


 彼ら二人、そしてマルフォイによって導かれた死喰い人たちもまたスネイプとヨゼファのことを認めた。

 様々な人相人間模様を描く彼らだったが、その頭上には皆一様に、銀を炉にくべたような激しい光を放つ星明かりが降り注いでいる。

 二人、黒衣の魔女魔法使いの介入により、限界まで緊張が引き絞られていた場の空間がそのままで硬直した。

 ハリーはただ、自由が利く瞳のみを動かしてそれを見つめ続けることしか出来ない。


 風が……、今日今宵、ホグワーツの天文台の頂上に集められた魔女魔法使いたちの衣服を夜の中へとはためかせる。

 この学校の教鞭を執り続けて来た男の黒い杖が、青い闇を押し退けるようにして構えられた。


 誰一人として、声を発しなかった。

 世界中から人の言葉が失われたかのような静寂のひと時であった。



「頼む、」


 
 冷たい風にのせられて、ダンブルドアの小さな言の葉がハリーの耳にも届く。

 身体の下では、何かがザワザワと動いて背中へと触っていった。
 
 身体の上から、ポタリ、と雫が垂れてくる。

 黒い水が……壁、石床、天井から滲み出して、ズルリズルリと細い小さな蛇のように壁面を這い回っていた。

 なんの規則性も見出せず幾重にも滴り描かれる黒い水の線が、刹那、複数の小さな渦を作ってその中心に強く収束する。その時、



 石のように床に横たわったハリーの頭上、緑色の光が強く爆ぜる。



 なんのことはなかった。



 年老いた魔法使いダンブルドアの痩せた体躯は軽く、まるで樹から離された木の葉のようにヒラヒラと、鉄柵の向こう、無数の星が敷き詰められた夜空へときりもみに落とされて行く。



 リン、



 透き通っては高い、ガラスの鈴を転がすのに似た音が静寂の中で鳴った。



 強く収束していた黒い水の紋様が緩やかに解かれ、壁、床、そして天井に、無数の瞳が緩やかにまなこを開いた。



 ザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリ



 錆び付いた金属の鎖を引きずる音が一斉に鳴り渡り、空気を埋めていた沈黙を引き裂いて消失させる。

 半眼を描いていた無数の眼がそこを見開き、収縮し切った瞳孔を夜陰の中に剥いた。

 周囲の壁を埋めていた黒い紋様がその質量を増しては臓物に群がる蛆のように、ゾワゾワと身を捩る。

 とてつもなく重たい質量を持ったなにかが、この天文台を目掛け豪とした速度で地の底から這い上がってくる感覚をハリーの肌は振動として直に感じていた。

 これに覚えがあった、一年前、あの、彼女の教室で



 錆びた鎖が一際強く擦れ合う音と、布を引き裂くような悲鳴はほぼ同時だった。


 悲鳴ではない。これこそが彼女の声だった。



 周囲を渦巻いていた黒い水の中、混沌バラルの扉の向こうからその巨体が現れたのはほんのひと時だった。

 ぬらぬらとした漆黒の陰に覆われた姿形、真っ白な歯だけが銀色の星明かりの中で研ぎ澄まされた刃物のように光る。

 ダンブルドアの肢体を追って降っていこうとする不死鳥フォークスを一口で飲み込んだ異形の彼女は、自らを縛り付ける鎖に引きずられて再び黒い水溜りの中へと、烈しく叩きつけられて墜ちた。


 そして周囲の黒色の魔法陣は収束する。

 黒い異形がその身体と比例して巨大な尾鰭で巻き上げた水は見るまに天文台中にあふれ返った。

 星明かりを強く反射して銀色になったあぶくはまるで血液に似て四方に飛び散っていく。

 それらは夜に誘われるように天文台の柵を乗り越え、この建物の外壁を舐めた。


 天井から壁から滴り落ちていく黒い水によって、屋内にも関わらず人々は雨に降られたかのように強かに身体を濡らしていた。



「ヨゼファ!!!」



 歓喜を滲ませた声が彼女を呼ぶ。

 ハリーもまたしとどに身体を濡らしながら、ベラトリックスが駆け寄った彼女のことを見た。


 ヨゼファはいつものように背筋を正しくして立っていた。だがいつもとは違うのだ。黒々と伸びた長い髪を、同じように黒い夜風に弱く煽らせている。


 彼女は微笑み、長年の親友を迎えるかのように腕を広げてベラトリックスの抱擁を受け入れた。

 頬を寄せ合った二人の抱擁は長かった。


「おかえり、」


 眉根を寄せてベラトリックスは囁く。

 私の、と言葉を続けようとした彼女を遮って、別の人物が低くヨゼファを呼んだ。

 すっかりと姿を違えた彼女はゆっくりとベラトリックスとの抱擁を解いてスネイプへと向き合う。


「気分はどうだ。」

「悪くはないわよ。」


 彼らは短い言葉のみを交わし合い、その場から歩き出した。

 二人が消えていく先の階段…ハリーがいるところとは逆方向…へと、天文台にいた死喰い人たちは続いていく。

 しかしその中ふいとマルフォイが、ダンブルドアが墜ちていった場所を認めて少しの間立ち尽くす。

 だがやがて、階段を降っていった仲間たちの後を追ってその場を後にした。



 そうしてハリーは自らの身体に自由が戻っていることを認める。


(水だ、)


 ヨゼファが開いた混沌の狭間から噴き上がった水がハリーのこともまたしとどに濡らし、胸の上に描かれていた魔法陣をすっかりと滲ませ判読不能にしてしまっていた。

 ……ハリーは弾かれたように立ち上がり、彼らを追って走り出す。






 天文台でハリーの背後から忍び寄り、その身体を抱きしめた…つい先ほどと同じように、彼女は影の中から音もなく出現してはスネイプの後ろに立っていた。

 そうしてハリーと対峙していた彼の肩に添えるように置いた手を、黒い杖を構えていた掌の甲へとそっと滑らせていく。やんわりと手を握っては杖を収めさせようとする彼女を、スネイプは横目で一瞥した。

 ヨゼファはその黒々とした視線を受けては微笑んだ。

 目を細くした彼女の双眸は鮮やかに緋色である。残されていた左眼の青色も、最早失われてしまった。


(………………。)


 ひと時……。ハリー、それに相対するスネイプとヨゼファ、三人の間に沈黙が降りてくる。

 彼女の長い髪が、黒い森からほど近いこの場所へと運ばれてくる夜風に揺らされてユラユラと漂っていた。

 ハリーはそれを眺めながら、且つて図象学の教室の大きな窓から陽の光を暖かに受けてはフワフワと柔らかそうだった、ヨゼファの淡い灰色の髪を思い出していた。

 ほとんど白色に近いほどの淡色だった髪と深い青色の瞳が全く反対の色彩になってしまった今、眼前の女性が本当にヨゼファなのか別人なのか、ハリーには分からなかった。


「セブルス、乱暴しちゃ駄目よ。」


 しかしスネイプへとかけられた声は間違いなくヨゼファのものだった。女性にしては少し低い声色で、眠気を誘うほどにゆったりとした響きをしている。


 スネイプによって地面に手をつかされていたハリーは顔を上げ、今はこちらを見ていないヨゼファを眺めた。よろよろと起き上がり、逡巡に逡巡を重ねながらも、それでも真っ直ぐに彼女へと杖先を向けて構える。

 ハリーの杖先から迸った赤い閃光武装解除はヨゼファを捉えることはなく、重たい闇を切り裂き黒い空へと真っ直ぐに昇っていく。


 それなりに隔たっていた距離を一瞬で詰め、杖を握ったハリーの手首ごと上を向かせて魔法の進行方向を違えさせていたのはヨゼファだった。

 ごく近しくなった互いの瞳の中を二人は覗き合う。先ほどスネイプにしてみせたように、やはりヨゼファは目を細めては優しげに微笑んだ。


「貴方もよ、ハリー。」


 ハリーの手首から手の甲へと凍てつくように冷たい指先をそっと移動させながら、彼女は教え子へと言い聞かせるように言った。


「駄目じゃない、乱暴なことしちゃ…」


 囁いて、自らの掌中からごく自然な手つきで杖を抜き取ろうとしたその手を、ハリーは力の限りに振り払った。

 混乱と恐怖が臓腑の底を握りつぶした感覚はそのまま叫び声となり、思いの外強い力でヨゼファの身体を押し退けてしまったようである。

 彼女はよろめくこともなかったが、きょとりとした表情で半ばパニックを起こしているハリーを見下ろした。

 ヨゼファの傍へと至っていたスネイプが押し黙ったまま今一度ハリーへと杖先を向ける。彼女はそれをやんわりと諌めた。「大丈夫よ、」相変わらずいつものように、穏やかな仕草と表情で。



 この人は不死鳥を殺した



 やはり、ハリーには分からなかった。



 この人たちは



 自分が泣きたいのか、怒りたいのか、憤りたいのか、思考を整理することすらままならない。


 やがて闇の中を泳ぐようにして再びこちらへと近づいてくる彼女の右掌を認め、ハリーの喉の奥から再び引きつった嫌な音が鳴る。



 掌の中にまで、隙間なくびっしりと・・・・・・・・・、黒い魔法陣が刻まれていた。



「うわああああああああああああ!!!!!!」


 ハリーは叫び、ヨゼファの手を叩き落としてはその胸元の服を両掌で掴む。


「どうして!!!!!!!」


 全ての思いをひとつの言葉に込めて、彼女へとぶつけた。

 ハリーの悲鳴に似た叫びが、夜の闇を渡って黒い森の方へと響いていく。


 ヨゼファはゆるゆると教え子の緑色の瞳を捉えては…杖を握る手を緊張させているらしい隣の黒い男へとほんの少しの視線を送っては唇の動きだけで何かを伝える。

 その表情に、ハリーの知っているヨゼファの面影を見出すことは出来なかった。女性的で、艶である。全く知らない魔女のようだった。いや、全く知らない魔女だったらどんなに良かっただろうか。



 裏切られた



 ハリーは確信して、掴んだままだったヨゼファの胸元の服を突発的に揺さぶる。

 且つて薄暗い地下室で目撃してはその行為を嗜めた、スネイプとまるで同じことを彼女へと行った。


 「どうして、、、っ!!」


 もう一度、同じ言葉をヨゼファへと幾分も弱々しく向ける。再びハリーのことを見つめていた彼女は何も応えなかった。こちらを見下ろしてくる彼女の腰ほどまで伸びた黒髪が、風に煽られハリーの頬に弱く触っていく。

 違う、頬に触っていくのは彼女の髪では無かったのかもしれない。ぼたぼたと溢れていく涙の感覚を熱く感じながら、ハリーはそれを留めようと功を為さない試みをする。


「なんで、それならどうして……優しくなんかしたの、、」


 指先が白くなるほどヨゼファの服を握りしめながら、ハリーは喘ぎながら言葉を紡ぎ出した。


「毎年、毎年、こっそりとクリスマスにプレゼントなんか……、っ」


 白い薄紙に青いリボンが一重かけられただけの簡素な飾りに包まれた焼き菓子を思い出して、ハリーは声を詰まらせた。

 手に乗せたときにどこか暖かくてふっくらとしていた、ほんのりと甘い焼き菓子のことを。


「一緒に暮らそうだなんて、そんな嘘を…!!ほんの少しも愛してなんかいなかった癖に!!!!」


 ハリーの言葉がまるで聞こえないようにヨゼファはただただ無言である。その姿とはかけ離れた且つての彼女・・の馴染み深い姿と少し抜けた笑顔がより鮮明に脳裏へと浮かび上がり、ハリーの胸は引き裂かれるような痛みを覚えた。


「嬉しかったのに、好きだって…僕を好きだと先生が言ってくれたから!!!!どれもこれもまやかしで嘘だったんだ…ひどい、本当にひどい……!!貴方は、本当にひど、い…、」


 ところどころ言葉にならないほどに嗚咽しながらハリーは言葉を積み重ねていく。

 悲しみと同時に、ひどい憎悪を覚えていた。与えられたものを、与えられた人物から悉くむしり取られることがこれほどに心抉られることだとは考えもしなかった。「許さない、」怒りのままに口走る。

 今まで、ヨゼファを疑う機会などいくらでもあったのだ。それにも関わらずこの六年間、信頼を保とうと努めていた相手だけに、ハリーの腹の底に生まれた怒りの質量は凄まじかった。


「僕は知っている、貴方の…っお前の過去がどれほど惨めだったか……。母親から見放されて戦いもせずに逃げて落ちぶれたんだ、よくも…、そんなっ」


 今まで動かずにいたヨゼファの指先が、そっとハリーの唇へと触った。

 そうして、次に発言されようとした言葉をそれで留める。彼女は穏やかな表情のままで、首をゆっくりと左右に振った。


「汚い言葉を使ってはいけないわ…。それはね、貴方の心を貧しくするから。」


 ヨゼファは自らの胸元を掴んでいたハリーの手を両掌で緩やかに握り、視線を合わせるために軽く腰を落とした。

 二人が視線を交えると、ハリーの鋭い視線に呼応するように彼女の瞳の奥の緋色の炎が揺らめく。


「私はね、」


 一音ずつを確かめるように、ヨゼファは言った。



「私は、貴方が好きよ。」



「嘘なんかじゃないの」とヨゼファは目尻に皺を作ってくしゃりと笑う。


「ハリーはいつも、狭められた可能性や多くの困難の中で精一杯に頑張っていたでしょう?私は貴方のその姿を見て励まされたのよ。私も…頑張ってみようって、そう思えたの。」


 私は貴方を愛しているわ。


 先ほどよりもより表現を親密にしてヨゼファは言った。どれだけ貴方に憎まれても、と付け加える。


「私は貴方に出会えたこと、貴方に与えた全てのことを決して後悔しない…。」


 力が弱まっていたハリーの掌を自分の胸元から解きながら、ヨゼファは言葉を続けた。


「二度と、もう二度と……。貴方を抱き締めることも、キスを贈ることだって出来ないけれども。」


 膝を折るハリーの身体を支えてやりながら、ヨゼファは彼と共に地面に座り込んでいく。


「貴方だけじゃないわ…この学校の生徒全てを自分の子どものように愛している。誰一人、忘れることはない……。」


 幸せそうに言い放ったヨゼファから目を離さないまま、ハリーは彼女は気が触れているのだろうかと考えた。


(いや、)


 そうでは無かった。


 この人はきっと、最初から狂っていた・・・・・・・・・



「沢山泣かせてしまったわね…。ごめんなさい。」


 ヨゼファは微笑したままで、黒い魔法陣で埋められた右手をハリーへと近づける。良い子ね、と言って彼女はその頭を一度撫でた。


「ハリー…疲れたでしょう。今は少しだけ、おやすみなさい。」


 真っ赤な瞳に見守られるように視線を注がれる中、彼女の禍々しい右手によってハリーの両目は塞がれていく。

 目元を覆われ視力を奪われる中、熱い涙がまたひとつハリーの頬を伝った。

 そうして、彼の意識は遠のいていく。


* * *


「見て、セブルス。」


 意識を失ったハリーの目元から手を離し、地面に崩折れていく身体を抱き留めたヨゼファは、その顔を覗き込みながらスネイプに声をかける。

 彼は言われた通りに、青年の整った白い顔を見下ろした。


「泣いてるわ。」


 ヨゼファは小さく笑い、彼の身体をゆっくりと地面へと横たえていく。


「可愛い………。」


 彼女は淡く息を吐き、その傍らに膝をついて涙を掬ってやるため彼の白い頬を指先でなぞった。

 自然な動作でそこに唇を落とそうとする行為を制止するため、スネイプは彼女の口元を手で覆ってはハリーから遠ざけた。


 身体を起こしたヨゼファはスネイプの方を見やり、自らの口元から離れていく彼の手を捕まえては軽く握る。


「………………。子ども相手に、本気で嫉妬した。」


 言葉少なに言って、スネイプはその手を掴み返してヨゼファのことを立たせた。

 隣り合って並んだ二人の死喰い人の黒い輪郭を、冷たい夜風が撫でていく。

 彼は無言のうちで手を伸ばし、相方の魔女の肩を抱いてその痩せた身体を自らの元へと寄せた。


 珍しくヨゼファが彼の胸に頭を預ける形になる。

 彼女はそれを甘受して、心弱い笑みを漏らした。


 風に靡いていく自らの髪をチラと見、ヨゼファは「同じね」と小さく言った。


「髪の色が。…同じだわ。」


 言葉を付け足して、ヨゼファはほんの少しばかりの笑みを控えめに漏らす。

 スネイプは両腕を彼女の身体に回し、成れの果てとなった肉体を抱く力を強くした。

 頬を寄せればその体温は真冬の墓石のような冷たさだったが、構わずに。

 皮膚を擦らせてじっと瞳を瞑り、言葉にならないものを伝えようとしていた。



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