骨の在処は海の底 | ナノ
 虹の彼方へ

 私。

 ヨゼファ・チェンヴァレンという少女は、発育の悪い、痩せこけた子どもでした。

 そうして引っ込み思案で、泣き虫。


 でも、いつから泣かなくなったのかしら。

 学校ホグワーツに入学した頃には、もうあまり泣くことがなくなっていた。


 そうね…私が泣くと、周りのみんなが困ってしまうと気が付いた時かしら?

 おおよそ私と私の母とはいつもうまくいかなかったから、苛立った母が私に背を向けて立ち去ったあと、よく泣いたものだわ。

 使用人、メイドたち面々がその様を認めて、どうすればいいのか分かり兼ねてはそっと足音を忍ばせて遠ざかっていく。

 事情を知らない、入りたての若い子なんかは声をかけようとしてくれた。でも事情を預かり知っている誰かしらに止められて、結局私は床に座り込んでひとりで泣いてばかり。日常茶飯事だったから。いちいち構っていたら仕様がないものね。


 天井が高い家だった。

 とても広くて、立派な家だった。


 だからこそ、ひとりでいることを深々と骨身に感じたの。

 屋敷にはこんなに大勢の人が働いているのに。


 誰にも慰めてもらえないことを知ったからかしら、いいえ、それよりもみんなの空気が私のせいでまずくなるのが嫌だったの。

 だから泣くのをやめて、なるべく笑っていることにした。

 どうしても泣きたくなったら、自分の部屋で、膝を抱えてベッドの上へ。

 そうしていると、ドアは締め切っていたはずなのに、いつの間にか真っ白いむく毛の犬が傍にやってくる。


 彼はルブランさん。フランスの言葉で白色を表す名前を持つ、大きな犬。

 父と一緒にこの家にやって来て、私が生まれた時から傍にいてくれた。

 きっと父にとっても、私にとってもこの大人しくて賢い犬だけがこの家での友達だった。


 彼はいつもただ傍で座っているだけだった。時々身体を寄せたり、尻尾で触れてきたりするくらいで。

 でも、私はその大きくて暖かい存在に随分救われていたんだと思う。


 けれどもその時はもう随分とお年寄りの犬だったから、本当に短い間だったわね。一緒に過ごせたのは。

 貴方は泣き虫の私のことを心配して、死の間際も傍を離れようとしなかった。

 一晩一緒にいて、貴方の魂が空へと還っていくのを肌で感じたわ。


 ねえルブランさん、貴方がいなくなってからよ。きっと。

 上手く歩けなくなっても、私が泣いていないかを気にして足を引きずりながら様子を伺いに来てくれたわね。

 大きな、ふわふわで真っ白い、私の友達。

 私は大丈夫だから…どうか気にしないで、ゆっくりと休んでね。

 

『私ね、ヨゼファ様って苦手なのよ。』

『だってなに考えているか分からないじゃない。』

『意思疎通がうまくできないから。どこかがズレていて。』

『奥さまにお叱りを受けても、ニヤニヤして、意味が理解できないわけじゃないわよね。』

『いいえ、それはどうかしら。前から少し、知恵が遅れていらっしゃるのかも、って私……。』

『父親の得体が知れないから……、』

『よそ者の、』

『あの人も、ヨゼファ様に似てよく分からない人だった。』

『同じように、どんな扱いに対しても、笑うだけだった。』




 私は、無理に人に好かれようとしては空回りする子どもだったんでしょう。

 へんに明るく振舞って、そのせいでとても草臥れていたのを覚えている。

 でも、それも徒労だったわね。皆、どう接したらいいのか分かりかねては……私が傍にいると、居住まい悪そうに笑い方を苦くするの。

 それが分かった時、悲しいよりも恥ずかしかった。

 無駄なことばかりして、馬鹿みたい。


(馬鹿みたい。馬鹿、馬鹿、馬鹿。)


 それだったらむしろ、誰からも気にされず、道に転がる石ころのようにつまらない存在でありたい。

 背が高いことが、いやだったのよ。

 なるべくなるべく目立たずにいたいのに、普通にしていると回りの子から頭ひとつ浮き上がってしまう。

 だから背を丸めて、伏し目がちに、誰の注意も引かないように。


 そんな私が、貴方にだけは気が付いて欲しいと思ってしまったの。

 でも私、貴方を呼び留めるための声も、お礼を伝えるための言葉も、その時失くしてしまっていたわ。


 声が欲しかったの。

 たった一瞬でいいから、貴方の注意を私に引き寄せたかった。


 だから…必死で、必死で……………、


 声を取り戻した代償は重かったわね。大きかった。

 そしてそれは、私のあさましさや欲深さの代償でもあった。


 やり直すきっかけを、ダンブルドア先生に与えてもらったわ。

 けれどもそれはやはり難しいことに違いない。償えない罪ばかりよ。



 私は、先生みたいな顔をして、無垢なことに私を信じ切っていた生徒たちに教えていた。

 
『人生には、なにひとつ無意味なことはないの。』


 どこかの本に書いてあった受け売りよ。さも自分の言葉みたいに嘯いていたけれども。その言葉は、私にとっての救いでもあったから。

 でも、もしその考えが間違えではないのなら、私の人生には、このおこないには何の意味があり、どこに連れて行くのだろう。霧の中をうろついているようで、行くべき場所も帰るべき道すじも今はさっぱり分からない。


 私はいつもうまく生きられない。

 人や自分が望んでいることを取り違えて進んで、戻れない場所で間違えに気が付く。そんなことばっかり。善い魔女にも、とうとうなれなかった。


 そうしてこれからも同じようにして進むのだろうか。歩いていけるだろうか。終末へ、破滅にしか向かわない私の人生みちを。


 それでも私にとって彼は、彼を愛することは、希望なのだと思う。

 だから、私は誓ったのだ。

 ………、…。








(これは…。なんとまあ………。)


 ヨゼファは半壊の憂き目に合った校長室の惨状を見回し、片頬へと指を添えては軽く嘆息した。

 ゆっくりと瞬きをして三度みたび目を開けば、こちらを認めていた彼と瞳が合う。

 強張った表情をした青年と、ヨゼファは少しの間黙って見つめ合っていた。

 こちらに向けられた緑色の瞳の中には、明確な警戒と不信とを認めることができる。だが彼はそれ以上に訴えたいことを胸の内に抱いているのを、ヨゼファは承知していた。


 表情を和らげ、ヨゼファは「久しぶり…」と小さな声で挨拶をする。


「少し、落ち着いた?」


 そうして語調と同じように緩慢な速度で、ハリーの元へと再び歩を進めた。

 彼の肩が…つい最近まで少女のようにほっそりとしていたのに、もう男性的な厚みを帯び始めていた肩が…震えるのが分かる。

 ハリーは一歩後ろに退くけれども、それでも留まってヨゼファから目を離さずにいた。睨みつけていたのかもしれない。けれども青年の優しさに由来する迷いが、それを完全には行わせなかった。


 ハリーへとすぐ触れらるほどの距離に立ち、ヨゼファは彼のことを見下ろした。こういった時、やはり自分の身体の大きさがいやになる。へんに威圧的なのだ。警戒を強められたのがよく分かった。

 目線を合わせるために少し腰を下ろす。そうして、痛々しい涙の痕が一筋残るハリーの白い頬に触れようとした。


「触らないで。」


 しかしそれは硬い声に阻まれて、なされなかった。

 ヨゼファは中空に掌を留め、「ごめんなさい。」と一言謝ってそれを下ろす。少し、悲しい気持ちになりながら。


(でも、この子の方がもっとずっと悲しいわ。)


 一度目を伏せてから、再び緑色の瞳に向き合う。そこには先ほどよりもはっきりと懐疑の心理が現れていた。

 目を細め、ヨゼファは弱く笑う。そうしてシリウスのことを考えた。


 この…ハリー・ポッター。ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターのひとり息子、忘れ形見。

 シリウスは彼のことを誰よりも愛していたのだと思う。

 なにしろその身を案じるがあまり、長い歴史の中で不可能と言われ続けた脱獄までやってのけたのだ。良い思い出が全くない実家にこもりきりでストレスを募らせていても、ハリーの顔を見れば途端にそれはなりを潜め、その後数日は上機嫌のままだった。


 ヨゼファと二人で話すとき、彼はしきりにハリーの話を聞きたがったし、いつか一緒に住む時についての稀有を、実に真剣な表情で相談してくるのである。

 もうハリーは子供じゃないから、今更自分と住むのは嫌がるかな。とか。中年と一緒に住んでいるのは、彼のガールフレンドに嫌がられたりしないかな。とか。

 それを微笑ましく思いながら耳を傾けていた日が懐かしい。それがもう過去のことになってしまうなんて。運命と現実の残酷さを、ヨゼファはつくづく思い知っていた。


(貴方たち、愛し合っていたのに。)


 引き裂かれた魂のことを考えると、ヨゼファの胸はいつでも強く痛んだ。

 けれども今は自分のことよりも目の前の、精神のバランスを崩しかけている青年のことの方が余程重要だった。

 少し前だったら、抱き寄せては彼が泣く胸を貸すこともできたのだが。シリウスが言うようにハリーはもう子供ではなかったし…ヨゼファもまた、彼にとっての良い先生だとは言い切れなくなっていた。


「聞いたわ…シリウスのこと。」


 触れることを拒否されたので、言葉だけを投げかける。

 ハリーは……、何かを言いかけては口を閉じる。唇を噛み締めていた。目元に涙の気配を感じる。それを懸命に堪えている。その様が痛々しくて、やはり今すぐに抱きしめてしまいたくて仕様がなかった。 


(神さま…。貴方の創られたこの世界は、あまりにも悲しみが多すぎる。) 


 弱く息を吐き、懐から小さな聖書バイブルを取り出す。

 もちろんそれは形だけのものだ。ヨゼファは聖書を持ち歩くような熱心なキリスト者ではない。

 彼女は神について、十字架クルスに象徴される存在ただひとつではないと考えていた。どうあっても人間が贖えないその大きな流れを、人によっては『運命』などと呼んだりするのだろう。


「これはね、双子の匣なの。」


 書籍の表面、銀に箔押しされた自身の魔法陣をなぞりながら、ヨゼファは再び口を開く。


「知っています……。」


 静かに言葉を返して、ハリーはそのまま言葉を続ける。


「シリウスおじさんが教えて…、見せてくれたから。」

「そう。そうだったのね。」


 ヨゼファは穏やかに相槌して、小さな聖書を模した匣をハリーへと差し出す。

 彼は少し惑ったようにそれを見下ろした。


「この片割れは、シリウスが持っていってしまったわね。もう見つけられないでしょう。でも、双子の匣は惹かれあうから。もしかしたらどこかで繋がるかもしれない。」


 受け取られずにいる深い青色の革貼りの匣を中空に留めたまま、ヨゼファはじっとハリーの応えを待つ。彼はこちらを見ていた。その瞳が、『どうして』と訴えている。いろいろな『どうして』を。それに応える言葉を持たないが故に、ヨゼファはただ目を逸らさずにいることしかできなかった。

 やがて、やや表情を崩して小さく笑う。


「嘘だって思っている。私が言ってること、信じてないでしょう。」


 そうして悪戯っぽく言った。ハリーは反応に窮しているようである。


「私は昔から貴方に…そうして多くの生徒に言っているわ。大切なのは信じること、卑屈にならないこと、そうして愛しいものを想うハートの在り方だって…。でも、そうね。今の私の言葉に説得力はない。」


 ヨゼファはハリーの手を取って、その上に小さな聖書をのせて持たせる。しかし彼がまだそれを手に取ろうとする意思を持たないので、落ちないように支えながら。


「これは確かに、ただの虚ろの空間を抱えただけの匣かもしれない。なんの意味も成さなくなってしまったのかも。けれどもそれは私の元にある場合の話よ。貴方の持ちものになれば、なにかの理由を持つでしょう……。ハリーはまだ若くて、これからの人だから。人生がまだまだ長く続くでしょう?それは思いがけないところで過去との繋がりを見せる、とても計り知れないものなのよ。」


 ハリー、


 ヨゼファは優しい気持ちで、友達シリウスが愛した少年の名前を呼ぶ。

 やはりヨゼファは、ハリーのことを力一杯に抱きしめたかった。何度として行ってきたように、黒いくせ毛を撫でたくて仕様がなかった。

 けれども自分がその資格を失ったことを十二分に弁えていた。もうかつてに戻ることは出来ない。今の彼に昔と同じように優しくする行為は無責任そのものに他ならない。


 そろりと、青年の掌から手を退けていく。

 双子匣の片割れは、弱い力ながらハリーの指先で握られている。それを認めて、ヨゼファは安心して笑みを漏らした。そうして今一度、彼の名前を呼ぶ。


「とても良い名前ね。」


 呟き、彼女はハリーに背を向けて部屋を後にした。

 外で心配そうな表情をして待っていたマクゴナガルに笑いかけ、一言伝える。


「ハリーはもう、大丈夫ですよ。」


 きっとね。







 ----------私はこれからも同じようにして進むのだろうか。

 歩いていけるだろうか。

 終末へ、破滅にしか向かわない私の人生みちを。




 廊下を…ホグワーツの廊下を、歩き慣れて馴染み深い長い廊下を、ヨゼファは歩いていた。久方ぶりとなる自分の部屋に向かって。

 途中、無数の楔によって打ち付けられた『べからず』の規則を高い梯子を利用し取り外しているフィルチ氏に遭遇した。


「お疲れさまです。」


 声をかけると、彼は梯子の上からヨゼファのことを面食らった表情で見下ろす。

 暫しの沈黙の後、いつものように素っ気なく「どうも、先生。」と応えられた。

 フィルチはどうにも生徒たちへの甘やかしが過ぎる彼女を好きになれないらしく、その態度は如何なる時も変わらずにつんけんとしていた。


「お手伝いしましょうか。一人では大変でしょう。」

「いいえ結構です。」

「………そう?」


 なんだかヨゼファは可笑しくて、ひとりで小さく笑ってから短い別れを告げ、彼の元から離れる。

 フィルチは彼女の背中を視線で追うらしかった。



 アンブリッジ女史が魔法省に連れ戻されたことを受けて、校内に漂っていた威圧的な雰囲気はすっかりと払拭されていた。

 初夏の空気が漂う中を、生徒たちは近付く夏休みに胸を弾ませてはいつもより更に落ち着きなく過ごすのだ。それは毎年変わらない、同じこと。


 回廊の向こう側、装飾的なアーチから差し込む薄い色の光の中、走っていく複数の少年少女の姿がある。ヨゼファはそれを、懐かしい気持ちを抱いては眺めた。


 闇の魔術を巡る動きの活発化により、世間には薄暗い空気が立ち込め始めている。しかし子供たちにとって、このホグワーツはいつでも安心できる、安全な場所なのだ。これからもずっと…そうでなくてはならない。


 回廊をまわって、彼らはヨゼファが佇んでいた場所にまで至る。久々となる教師の姿を認めて、複数の少年少女は驚いたらしく足を止めた。


「元気が良いわね。でも回廊を走ると、危ないわよ。」


 ヨゼファはいつもと変わらない口ぶりで声をかけるが、彼らは互いの顔を見合わせて表情をぎこちなくさせる。

 それから言葉なく…もしくは口の中で挨拶を呟き…よそよそしく会釈をして、来た道を引き返していく。


 その中の一人、小柄な女生徒が振り返って何かを言おうと口を開きかけた。だが別の少年に強く手を引かれ、あえなくそれは阻止される。回廊を折れた先、早足でヨゼファから遠ざかりながら、彼は小柄な少女に何かを注意するらしかった。


 ヨゼファは再び白い光に包まれた緑豊かな中庭へと視線を戻し、小さく苦笑をする。


(まったく、)


 そうしてまた、歩を進めた。

 ひときわ生徒たちの通りが多い廊下に至れば、彼らの視線が一様に自分を捉えるのを肌で感じた。

 皆、楽しげに交わしていた会話を中断してはこちらを伺い、目を逸らして、視線を落として黙ってしまう。

 かつて…夏休み前の解放感漂うこんな日和の校内を歩けば、次から次へと子供たちに言葉をかけられるものだから、目的地にたどり着くのに随分と時間がかかってしまったものだが。慕われて、可愛がって、幸せな時間だった。とても懐かしい。


(あら、あら………)


 胸の内で呟きつつ、ヨゼファは歩みを止めないで前へと進み続けた。

 彼女の動きに合わせて、それを避けるために人の波が割れていく。まるで海を渡る預言者になった気分である。


 途中、すれ違う生徒に「久しぶりね」「元気だった?」と軽く挨拶をする。無論返事はなされなかったが。

 無視や憎悪されるより余程応えたのは、彼らから自分へと向けられた恐怖だった。年端のいかない子どもたちの中には、偶然合ってしまった視線に怯えて小さな悲鳴を上げるものもいた。


(どうか怖がらないで)


 しかし胸の内を口にすることはなく、一瞥するに留めて更に前進した。沢山の瞳が、ヨゼファの歩みを追って動く。それを払拭するように黒いローブをひとはらいで風に靡かせ、彼女は道の先へと折れた。


(そうね…そう言えば、ハリーも幾度か今の私と同じ気分を味わったはず。辛かったでしょうね。)


 だが彼はまったく挫けず、腐ることもなかった。それどころか、試練を必ず乗り越えてその度に大きく成長してみせた。


(まるで物語ロマンスの主人公のよう。)


 きっと、生まれついての強さと優しさを併せ持っている。ヨゼファはそれをよく知っていた。ずっと彼の成長を見守ってきた。

 今はもう青年となったハリーにとって、母と父から受け継いだそれらはふたつとない宝である。これからもずっと、彼の歩みを照らして支え続けていくのだろう。



(そうして私は)


(持たないことを僻んではいけないわ。)


(神を恨むことも。)


(人は皆、置かれた場所、与えられた条件で生きなくてはならない。)



 人気のない階段に至り、昇っていく。大理石で造られた重厚な手摺りは陽の光を受けてもヒヤリと冷たかった。そこに手を滑らせながら、ヨゼファは高い天井を見上げては小さく声を上げる。


(シリウス、もう、あの屋敷に行っても貴方、いないのね。)

(変な気分よ。いつものように私を喜んで迎えてくれるような気がしてならない。)


 ハリーの手前自分の悲しみは後回しにしていたが、急に静かになった空気が、それを深々と心の中に浮き彫りにしていく。


(痛かったかしら。一瞬だったと良いのだけれど。)


(ハリーのことを…貴方の大切なハリーのことを…私に、頼むと託してくれたわね。)


(信頼してくれてありがとう。)


(大丈夫よ、私は友達との約束を守るわ。)


(どうもありがとう。本当に……、)



 大理石の階段は、柔らかな初夏の光を内側へと溜め込んで半透明に光っている。ガラスの階段のようだった。

 一段ずつ昇るたび、自分の黒い靴のピンヒールがそこを固く鳴らす。


 踊り場に据えられた鏡の前、ヨゼファは反転した自分の姿に笑いかけた。窓からささやかに吹き込む風が右目を隠した前髪を揺らし、その下の赤い瞳を顕わにする。



(私。)


(ヨゼファという女)


(もうチェンヴァレンでなくなって久しいわ。)


『やるべきことが終わっても、君は…ホグワーツのヨゼファ先生でいてくれるかね。』


(今の私のほとんどは、ヨゼファ先生。)


『生きることを、諦めないでいられるかね。』


(望まれずとも、この学校の先生なんだわ。)



 正直な気持ちを言えば、ヨゼファがこの職に就いた理由は贖罪のためだった。ふり・・である。先生のふり・・をしていた。

 罪を清めて自分が救われたかったから。

 本当なら、辛いことばかりを思い出すこの学校などに戻ってきたくはなかった。


(でも、不思議ね。)


「私、今ではこの学校が好きよ。」


 呟き、ヨゼファは階段の続きを昇り切る。


「子どもたちにとって一番大切な時間のひとつを見守ることができたことを、誇りに思っている…。」


 足を進ませるのはこの学校の中でもひときわ歩み慣れた道だ。

 もうすぐ、建て付けが悪くて開けるのにひとしきりの苦労を要する扉が…それを隔てて、馴染み深い、私の



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