骨の在処は海の底 | ナノ
 ラピスラズリ

『私のことを、覚えていますか?』 


 ほとんど、囁き声だった。

 窓から差し込む弱い月光が、その寄せこけた頬を照らしている。


 二人以外誰もいないアズカバンの名ばかりの病室で、シリウスはベッドとも言えないような板に藁が敷かれただけの場所に横たわっていた。

 膝をついて自分の顔を覗き込んでいる女に彼はもちろんのこと覚えがあった。だから、弱々しく頷いて答える。ヨゼファは『そう、』とだけ言って微笑んだ。


 彼女は女性でありながら、普通より幾分も丈夫な体躯を持っていた。それ故不幸なことに、労働のいくつかを男性のものと同じくしている。だからこの広い監獄の中で、性別が異なりながら二人の再会は早かった。

 もっとも最初、シリウスは彼女が彼女・・だと分からなかったのだが。記憶の中の姿からそれは幾分か成長して…性質も、変化していた。


 労働に従事する際は長く伸びた灰色の髪をひとつにまとめているが、夜のヨゼファは髪を下ろしていた。そうして見ると、余計に学生時代の面影が呼び起こされてしまう。


 手を伸ばし、横になっている自分に向かって真っ直ぐに下りてくる淡色の髪に触れた。ここを掴み、無造作に引っ張っていたことをぼんやりと思い出す。もう…何年前になるのだろうか。よく、思い出せない。


『貴方の身体の具合が良くないと…私は聞きましたよ。』

『体調が良い人間の方が珍しい、ここでは。』

『本当に……。労働のせいか吸魂鬼のせいかは分かりませんが。私も、悲しいことを沢山思い出します。』


 ヨゼファは冷たい石の床についていた膝を崩し、近くに腰を下ろした。ああ…とシリウスは考える。今更ながら、彼女と初めて会話したことに思い当たったのだ。ゆっくりとした、聞き取りやすい声をしている。

 彼女は、自分の髪に触れているシリウスの掌を取っては少しの間握った。冷たい手である、衰弱している自分より余程体調が悪いのではと思うが、彼女はいつものように落ち着いた様子だった。

 手の中に、パンをひとつ握らされる。何事かと訝しく思って、固く粗末な小麦の塊とヨゼファのことを見比べた。


『受け取ってください。貴方は衰弱しきっているのに、重い労働をしなければならない。貴方はお腹が空いています。』


 そうしてヨゼファはシリウスの額に冷たい手を置いて鈍い火照りを沈めてから、何も言わずに立ち去っていった。








 ガバ、とシリウスは勢いよく身体をソファから起き上げた。眠りすぎたのだと感覚で理解して、焦りながら時計を確認する。そうして舌打ちをしては大股の一足で部屋の扉から外へと至った。

 階段を二段飛ばしで降りながら、彼は心中で悪態をつく。


(くそ、なんでよりによって今夜…!!)


 広い屋敷の応接室へとバタバタと走って至るが、そこに人影はいなかった。

 ………古い柱時計を見る。ここで待ち合わせた時刻から、三十分強が過ぎようとしていた。


 (……………………。)


 シリウスは額のあたりに手を持っていき、そこを抑えて溜め息をした。

 そうして、打って変わってゆっくりとした足取りで無人の薄暗い客間から遠ざかる。


 灰色の廊下へと、扉の隙間から光を僅かに漏れさせる部屋の前を通りすがった。

 黒い扉を押して開く。古い建材は老人の悲鳴のような音を立てて軋んだ。

 ヨゼファはそこで、顎のあたりに手を持ってきては首を傾げ、ブラック家の家系図の大樹を壁面に眺めている。

 傍の中空には小さな橙色の炎がひとつ浮かび、小鳥のように彼女に付き従っていた。


 そろりと傍に至り、その肩へと手を置いた。ヨゼファは掌を重ねては、「遅刻、」と悪戯っぽく笑ってこちらを斜めに見た。


「良かった…、」


 彼はそのままヨゼファの手を両掌で取り、心からの安堵を口にする。


「……帰ってしまったのかと。」

「そんな風に歓迎してくれるなんて、待った甲斐があったわ。」


 ありがとうと彼女は笑い、「……本当にしばらくぶり。」と言って目を細めた。


「うん?つい最近会ったばかりだ。」

「二人で会うのが久しぶり、ということよ。それからごめんなさい…こんな夜遅い時間に。」

「全然、何も気にしなくて良い。先生は忙しいから。」

「あはは、同級生に先生って呼ばれるのはなかなかの違和感ね。」


 ヨゼファは明るい声で笑ってから、今一度深緑色の壁面に枝を茂らせる家系図の大木を眺めた。

 小さく息を吐き、「貴方の顔を探していたのだけれど、」とそのまま呟く。彼女は指先で黒く焦げた壁面に触れ、「ここね……」と穏やかに続けた。彼は無言で頷き返す。


「家を出る時、丁寧にしっかりと焼いて頂いたよ。」

「良いのよ、合わない血統に繋がれるよりもずっとね。今の貴方はとても素敵だわ。」


 彼女は目を伏せては笑みを静かなものにした。


「私が生まれた家もご存知の通り古い歴史があってね……。ご先祖の魔女から延々と今まで続く長ぁいタペストリーの家系図が応接室にあるの。『善い魔女であれ』、この言葉が一番上に金糸で掲げられていて。工芸品として美事だったわ…」


 ヨゼファは少し屈んでシリウスの顔があった痕跡に触れていたが、やがて身体を起こして彼の隣に並んだ。

 シリウスはそんなヨゼファのことを見守り、続きに耳を傾ける。珍しいことだと思った。彼女は獄中でも、自分のことをほとんど語らなかったから。

 そうして、今更ながら自分たちの境遇が随分と似通っていることに思い当たる。……感慨と親しみを覚えて、彼は隣のヨゼファを眺める瞳を細めた。


「私もね、自分の顔がないのよ。でも母の仕事はもっと丁寧で。私の顔の部分の織糸を解いた上に妹の顔を新しく施したから、もう…本当に綺麗さっぱりだわ。」


 距離が近いので、お互いの肩口が触れ合っていた。シリウスはヨゼファの背中に手を回し、いたわるように撫でる。彼女の光沢がある黒い衣服が指先に滑って心地良い。ヨゼファは穏やかな声で、ありがとうとまた礼を言った。些細なことにも感謝を言葉にしてくれる彼女の性質が、シリウスは好きだった。


 ヨゼファは場を仕切り直すように「さて、」と声を一段明るくしてから、顔を上げてシリウスのことを今一度見る。そうして「お腹減ってる?」と尋ねた。彼は「空いていないはずがない。」と笑顔を返しては言う。


「お茶にしましょうよ、ケーキを持ってきたから。話したいことが本当にたくさんあるのよ。」

「それはこちらの台詞だ。」

「沢山笑わせてちょうだいね。貴方は楽しい話をいっぱい知っているから、」

「…………。そうかな、多分…、アズカバンで大体話してしまったと思うけれど。」

「あら、」

「でもヨゼファを笑わせるのは簡単だ、君はひどい笑い上戸だから。」


 その言葉に最早笑ってしまっているヨゼファの手を引いて、血統図の樹木が枝を巡らせる部屋をシリウスは後にする。その二人の後ろに、橙色の小さな炎がチロチロと燃えながら、追いつこうと懸命についてくるようだった。







「いや…貴方が笑ってどうするの。それに笑いごとじゃないのよ、それなりに困ってるんだから…!」


 ヨゼファは眉間によってしまった皺を揉んではソファの隣に腰掛けていたシリウスを横目に見、溜め息をする。

 彼はその間も身体を折り曲げ、どうにか大爆笑するのを防ごうと懸命になっていた。しかしどうしても笑いは唇の端から漏れるし、肩はブルブルと震えた。

 彼女はそんなシリウスの肩を軽く叩いては「もう、」と零してカップの中の紅茶を一口飲む。


「………っ、本当に申し訳…ない、笑っていないんだ、全然笑って、なんか、、、っ、…ない。」

「良いのよ、無理しないでちょうだい。なんだか身体に悪そうだわ…。」


 彼女の言葉に甘えて、シリウスはひとしきり体内に溜め込んだ笑いを解放しては目元に浮かんでしまった涙を拭った。「いやスッキリした、こんなに声を上げて笑ったのは久しぶりだ。」とぼやきながら。


「まあ…それならば良かったわ?そうねえ、確かに笑ってもらったほうが私も気が楽だし。」


 彼女はカップをゆらゆらと揺らしては、紅茶に映り込むシャンデリアの透明色の灯りを眺める。

 そうしてそれをテーブルに戻し、ソファの背もたれに身体を預けては「あーあ…」と草臥れた溜め息をした。


 ………………シリウスがヨゼファから聞かされた事の顛末はこうである。

 現在彼女が教師として務めるホグワーツには、魔法省のアンブリッジ上級次官が闇の魔術に対する防衛術の教授として派遣されている。

 ホグワーツ高等尋問官となった彼女は学校環境を詳しく調査する上で、各講義にも顔を出しては、教授たちへ授業内容を始めとした様々質問を繰り返していた。

 もちろんのことヨゼファの魔法図象学もその対象だが、その際彼女はアンブリッジ女史から年齢を聞かれ、素直に『三十五歳です…』と返したらしい。

『あら…そう。意外にもお若くていらっしゃるのね?私よりもずっと年上だと思っていたわ。あまり…ヤングではないお顔立ちだから。』

 これが女史からヨゼファへの返答である。恐らくそれを聞いていた多くの生徒もまたシリウスと同様に笑いを噛み殺すのに必死になったに違いない。


 だが……、噛み殺すべきものはどうやら笑いだけではないようだ。

 他の教師の多くも、アンブリッジ女史の遠慮しない態度に辟易としているであろうことは予測がついたが、どうもヨゼファは格別に女史に粘着されているらしい。時には別の…笑い以外のものを噛み殺しながら過ごす毎日はそれなりのストレスだろうと、シリウスは些か心配になる。

 体躯も、恐らくその精神も…普通より幾分も丈夫なヨゼファだからこそ、自分の痛みに鈍感なことをシリウスは知っていた。無理だけはしないで欲しいと、思う。


「今週末も講義にアンブリッジ先生がいらっしゃるんだわ……。彼女の質問が多すぎて授業が進まないのよね、困ったものだわ。」

「年齢に関すること以外にはどんな質問を?」

「その質問の仕方だと私が歳のことばっか聞かれてるみたいじゃない…!ヤングじゃない顔立ちでも貴方と同じ歳ですからね、覚えておいてくださいな。」

「もちろん、よく知っている。いつの間にか…それなりに、長い付き合いだ。」

「確かに…。学生時代の時も含めれば更に長いことね。」


 ヨゼファはソファに凭れながら身体をシリウスの方へと向け、リラックスした表情で会話を続ける。

 反して、シリウスは少しばかり緊張した。彼女と会話する際、意識的に学生の頃の話は避けてきたからだ。


 自分の手を…ヨゼファに気が付かれないようにそっと握っては開き、また握る。その内側に、彼女の灰色の長い髪を掴んだ感触がぼんやりと蘇った。


 ………ヨゼファは、とても逃げ足が早い少女だった。それを友人たちと一緒に追いかけるのは、どこか兎狩りや鹿狩りに似た娯楽の感覚だったのだ。そうして彼女は拒否を示す言葉を持っていなかったし、いつでもニコニコと笑って泣いたり怒ることをしなかったから。こちらも後味悪くなく、気軽に…からかうくらいの気持ちでやっていたのかもしれない。

 壁際に追い詰められたヨゼファはいつも弱々しく笑っていた。けれど胸の辺りで握っている掌だけはひどく緊張させていたことに、その後幾年も経った後…ようやく気が付いた。

 何を言っても、少し首を傾げて目を細めるだけだった。どうすれば泣くのだろうか、といつもの友人たちと冗談を交えて話し合っては、これはと思うものをひとつずつ試してみたりした。その全ては失敗に終わり、一度として成功しなかったが。


 今の彼女も…獄中の彼女も、よく笑う女性だった。当然、シリウスはヨゼファが泣いたり怒ったりするところを見たことが無い。


「………、ホグワーツの…学生の時分から、ヨゼファは少し変わったようだ。リーマスも同じことを言っていた。」

「そんなに大きな変化じゃないわよ。でも、会話するだけで印象はきっと変わるものよね。それだけ言葉っていうのは大きな役割があるわ。」


 無意識に、そろりと掌が伸びて彼女へ触れてみようとするが、長い髪を掴んだ感触の記憶が抜けきらずハッとした。それを留め、自らの元に戻す。

 ヨゼファは不思議そうにシリウスの挙動不審を眺めた。顔をじっと見つめられるので思わず目を逸らす。彼女は小さく笑い、やがて表情を和らげては、よしよし、と彼の黒くもつれた髪を撫でてくる。


「……なんの真似だ。」

「なにかしらね。でも、撫でてほしそうだったから。」

「私は犬ではない。」

「ごめんなさい、癖みたいなものなのよ。」

「先生だから?」

「そう、先生だから。ホグワーツの生徒で私に頭を撫でられてない子はいないのよ。」


 あっはっは、とヨゼファは明るく笑ってシリウスの頭髪から手を離す。それに合わせて、彼もまた声を上げて笑った。

 その和やかな流れの中、彼女の両肩に掌を置く。未だ笑いの気配が抜けきらないヨゼファの青い瞳を真っ直ぐに捉えた。そのままで、唇を開く。


「………すまなかった。」


 暫し、辺りは沈黙する。

 遠くの客間から、柱時計が時刻を知らせる低い音を響かせているのが聞こえるくらいで、シンとした静かな夜だった。


「ヨゼファにしたことを…もちろん忘れた訳ではない。許して欲しいとは言わないが、できることなら今のまま友達でいて欲しい…。私は、君が好きだから。」


 彼女への謝罪は勇気がいる行為だったが、それでもしっかりと気持ちを伝えようと思った。

 ゆっくりとひとつずつ言葉を紡げば、やがてヨゼファは眉を下げて笑みを弱々しくする。


「そんな…。許すとか許さないとか、私の手には余ることよ。」


 そうして小さく呟き、自らの肩に乗っているシリウスの手の甲に掌を重ねた。
 

「確かに私は学生だった頃、貴方たちのことが怖かったわ…。でも、それと今の私たちはまた別のものでしょう。」


 握られていない方の手を伸ばし、自然と彼女の髪へと触れた。かつてより幾分もさっぱりとしてしまったそこは、もう掴んで引っ張るには短すぎる。


「人間は変わらないってよく言うけれど、生きてれば色んなことを経験して良くも悪くも変わるでしょう。……昔の貴方と今の貴方が全くの同一人物とは思わないわよ。私が今と昔で、違うようにね。」


 でも…、謝ってくれてありがとう。とヨゼファは少し照れたようにへらりと笑った。

 そのこそばゆそうな笑顔は彼女がよく見せるものだった。少しの間、彼女の柔らかい髪にゆっくりと触れる。


「優しいな、」


 と思ったことをそのまま口にした。「ヨゼファは本当に優しい。」と続けて。

 彼女はなぜか少し驚いたようだったが、やがて更に照れたように笑みを心弱くする。


「どうもありがとう…、そう言ってもらえてすごく嬉しいけれども。貴方が私をそう思ってくれるのは、貴方自身がとても優しいからよ。」

「いや、そういうわけでもないだろう。私は純粋にヨゼファが優しいと思ったから言っただけだ。…よく、覚えておいて。」

「……………。そう、なの。」

「病床の私にパンを持ってきてくれたことを覚えているか。その所為で君は夜に食べるものがなかった。一日二回の粗末な食事のうち、ひとつをどうして人のために凌げる?だから、私はとても驚いたんだ。」

「そんな…大したことじゃないわ。」

「本気でそれを言い切れるのか。あそこでの飢えに瀕した毎日は忘れられるものではないだろう…」

「…………もちろん。でも、私は…。そうね…きっと、昔の知り合いが死んでしまうところを見殺しにする自分が見たくなかっただけ。偽善者なのよ。貴方は私を買いかぶりすぎているわ。」

「どうして?何故そんなことを言うんだ。私はとても嬉しかったのに。」


 シリウスが少し語調を強くしてヨゼファに訴えると、彼女は困ったように眉を下げる。

 それから、「参ったわね…、」と呟いて瞼を緩く閉じた。


「ハリーにも、似たようなことで怒られたことがあるの。貴方たちってつくづく似ているのね。すごく純粋で、正義感が強くて、人を思いやることができて…。そうして、黒髪の癖毛。」


 ヨゼファは表情を悪戯っぽくさせて、シリウスの黒い髪にクシャリと触れては穏やかに言葉を続ける。


「血は繋がっていなくても、やっぱり二人は親子なんだわ。それはとても素敵な絆よ。」


 シリウスは…自分の髪から離されていくヨゼファの青白い手を留めたくなるが、堪えて見送る。

 彼は溜め息混じりに、「そうか、」と相槌をした。


「ハリーは…学校でどんな風にしているんだ。良い生徒かな。」

「それはもう。貴方たちの学生時代のように良い生徒よ、何しろ規則を破ることが大好きで。」

「先生は大変だな。」

「そう、ちょっと大変なのよ…。良かったから貴方からそれとなく注意してくださらない?」

「そうだな…。アドバイスしておくよ、色々。ようは見つからなければ良いんだろう?」

「ああ、やっぱり余計なことを言わないでちょうだい。つくづく教育に良くないお父さんだわ。」


 ヨゼファは大きな嘆息と共に、呻くように彼の言葉に応対した。

 シリウスは微笑み、その気苦労の多さをいたわるように彼女の肩を抱く。


「私は……。この屋敷からは滅多に出ることができない。だから普段は君にハリーを任せるよ。学校で…外で…色々なものから守ってやってほしい。」

「もちろんよ、それに彼を守りたい人は私以外にも大勢いるわ。あの子はみんなに好かれてるから。強い意志だけじゃなく、優しい心を持っているもの。」

「リリーが母親だからな。」

「そうね……。その通りだわ。」


 ヨゼファは微笑んで、冷めた紅茶の残りを口へと運ぶ。それから、「そろそろ、戻るわ。」と呟いてはその笑みをこちらに向けた。シリウスは頷いて応える。


「また、いつでも来て。」

「ええ、話をさせてちょうだい。愚痴を言える友達は貴重だもの。」


 少しの間…シリウスは、ヨゼファの肩に回した手を離さないままで彼女のことをじっと見た。

 彼女は不思議そうに「どうしたの?」と尋ねてくる。


「……ヨゼファ。もちろん、私は君の愚痴をいくらでも聞くよ。なんでも相談して欲しい。」

「どうもありがとう、嬉しいわ。」

「だから、辛い時や苦しい時はなにも迷わずにここに来てくれ。もしくは双子匣で私のことを呼んで。君が呼んでくれるならどこにでも行くし、助けになるよう務めるよ。」


 ヨゼファは、ゆっくりと瞬きをして彼の言葉の意味を確かめるようだった。それから、小さな声で今夜何回目になるか分からない礼を述べる。「ありがとう。」と。


「本当にありがとう…。思いがけず、すごく嬉しいことを言ってもらえてびっくりしたわ。すごく元気付けられる。貴方が学生の時分…いいえ今も…ハリーと同じように、みんなから好かれている理由がよく分かるわ。」


 ヨゼファは目を伏せ、「でもこっちには来ちゃダメよ、危ないから。」と小さく微笑んで続ける。

 シリウスはそれには応えず、「どうか、無理をしないで。」とだけ彼女に言い聞かせた。


「………………。次は、いつ来る?」

「気が早いのね。それじゃあ来週の同じ頃にでも。」

「気が早くなんかないさ。本当なら毎日でも来て欲しいくらいだが…そうだな、また、来週。」

「……ありがとう。本当に…そう言うところ、」


 また来週、と挨拶をして、彼女は白いカップを左回しにソーサーの上で回す。

 使用した痕跡は清められ、彼女がいなくなった場所にはしばらくの間、白い魔法陣が霞のように弱く光って浮かんでいた。



clap



prevnext

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -