骨の在処は海の底 | ナノ
 パラノイア

 重たい木の扉がその建材に見合った大きな音を立てて開かれるので、ハリーは少し驚いてその方を見た。

 天井の高い巨大な法廷へと入って来た魔女を認め、彼は小さく息を呑む。

 それは彼女がひどく整った顔立ちをしていたから…という理由のみではない。有名人の彼女が誰なのか、マグル育ちのハリーにもよくよく分かっていた。

 折に触れてこの魔女の存在は耳に入ってくるのだ。馴染み深い教師の悪い噂と共に。


「マリア・チェンヴァレン!!!」


 アンブリッジが目を見張ってその名前を呼ぶ。マリアはその方をチラと見てはいかにも迷惑そうに顔をしかめ、遠慮しない足取りで内部へと更に歩を進めていく。

 その筋の通ったシルエットの背後で、彼女が入って来た時と同様に鈍く大きな音を立てて扉が閉ざされた。室内…法廷内の空間には再び緑色の薄闇が充満し始めて行く。その中、真っ白いローブを纏った彼女の姿は夜の湖面を進む白鳥に似て、存在感があった。


「………遅刻ですよ、マリア・チェンヴァレン。」


 気を取り直したらしいアンブリッジが、ひとつ咳払いをしてマリアへと声をかけた。しかし当の彼女は相変わらず鬱陶しそうな顔をして「遅刻?遅刻・・ですって?」と心外だとばかりにその言葉を繰り返す。


「一方的に呼び出しておいてよくもそんな口がきけるものね。第一、なあに?子供が野良犬に石を投げたような下らない事件に、こんな大きな法廷、大勢の陪審員、魔法省の重役のお三方…そしてこの私・・・を召し出すなんて。時間と空間と人の無駄、最たるものね。今日はね…娘たちと買い物に行く予定だったのだけれど。私と私の可愛い娘たちとの時間よりも意義深いものがここにあるのかしら?ないわよね、違う?」


 斜めにアンブリッジを見上げ、マリアは強い語調で言葉を並べた。そしてハリーの方へ「お前、」と声をかけてくる。伴って、切れ長の美しい形をした瞳がこちらを真っ直ぐに捉えた。


「こんな掃き溜めのような場所にご足労願って悪かったわね。でももう良いわ、さっさとお帰りなさい。アルバス、貴方もこんな茶番に学生を付き合わせるなんて恥ずかしいとは思わないの?帰りに傍のスタンドでアイス・クリームでも買ってやりなさい、ちゃんと謝るのよ。」

「マリア…!!」


 その言葉が終わらないうちにマリアの名前を呼んだアンブリッジを制するように、彼女は長い腕を素早く挙げた。


「………お前の発言は今、許していないわ。」

許していない・・・・・・ですって…!?一体何様のつもりかしら、マリア・チェンヴァレン?」

「気安く名前を呼ばないで頂けるかしら、そしてそのお言葉をそのままお返しするわ…。随分と偉くなったつもり・・・でいらっしゃるのね、たかが上級次官が。まあそれはどうでも良い、今は一刻も早くこの馬鹿げた尋問を終わらせなければ。ミセス、お話を遮って悪かったわね。さあどうぞ続けて!」


 マリアは何人も間に言葉を挟めないよう立て板に水の如く喋ってから、挙げていた手をフィッグへと勢いよく向ける。突然のことに老婆は驚いたらしく、小さな悲鳴を上げた。


「いえ……その。私は確かに……」

「見たのですね?この少年が本来魔術の使用を禁止されているサリー州リトルウィンジング、プリベット通りで魔法を使うところを?どうして彼は使用したのですか、状況の説明を今一度お願いしますわ。」

「ええっと……はい、ですから。吸魂鬼がマグルの少年に襲いかかろうとして。彼はそれを助けようと」

「吸魂鬼が?なんということでしょう、まさ吸魂鬼がハリー・ポッターを除いた魔女魔法使いの立ち入りすらも禁止されているサリー州リトルウィンジング、プリベット通りで!?とんでもないことね、あの化け物の監視を怠るなんて魔法省は一体なにをしていたのかしら?」


 マリアはほとんど解説じみた口調で大仰にフィッグの話に応対する。法廷は今やほとんどこの美しい魔女の独断場だった。


「それで…ミセスの証言の真偽のほどは如何なのかしら。」


 マリアは魔法法執行部部長のアメリア・ボーンズへと声をかける。そうやって言葉に合わせて腕を上げ下ろしする度に、金糸で刺繍が施された彼女の白い袖がキラキラと光った。

「はい、ミセス・チェンヴァレン…こちらで「ロードと仰い。」

「も、申し訳ございません…チェンヴァレン卿、こちらで調査したところ、吸魂鬼が出現したという徹底的な証拠は得られず…」

「はあ、まあそうでしょうね。我々はミセス・フィッグの証言とハリー・ポッターの言葉から真実を推し量るしかない。ハリー・ポッターお前は真実を話しているのかしら?本当に?」

「はい…本当です。」


 話を振られるので、ハリーはとりあえずのことを正直に答える。マリアはふん、と鼻を鳴らしてその回答を満足そうに受け取った。


「確認された魔術は守護霊の召喚のみ…。マグルにとってはほとんど意味のない術だわ、使用の意図も限られている。増して危険や脅威とは程遠い従順な魔法じゃないの。だから馬鹿みたいと繰り返しているのよ。普通なら書面での注意勧告と少しのペナルティで済む程度の出来事でしょう、それとも何か別の理由が…余程、ハリー・ポッターとそれを強く庇護しているホグワーツ、そしてアルバスの揚げ足を掬いたい理由でもあるのかしらね…?……コーネリウス?」


 マリアは今までの朗々とした声とは調子を変えて、ゆったりとした語調でファッジへと言葉を促した。

 唐突に水を向けられた魔法大臣は言葉に窮して口を閉ざす。

 暫し辺りは沈黙する。周囲の色濃い緑色の闇の薄暗さが一段深まったような心地がした。


「貴方……、」


 そうしてマリアの言葉に応えたのはファッジではなくアンブリッジだった。一度目を伏せ再度マリアを眺めながら、僅かに震える唇で言葉を紡いだ。


「一体なにが目的でいらっしゃるの…。大臣に対してあまりにも不躾だわ。」

「なにが目的?それは私からお前たちへの問いかけよ、何故私をここに?……理由は分かっているわ、まあそれは良いでしょう。けれどもお前たちの下らない政治のために大勢の人々…そして何より事情を与り知らない少年を利用しようとした。それは善くないことよ、卑劣だわ。」

「…………。貴方は変わってしまわれたのね、マリア。正しいものを律しようとする且つての苛烈さはどこへ?その変化にはやはり件の事件が関係しているようね、あの…貴方の出来損ないの穢れた娘「ドローレス!!!!!!!!!!」


 割れるようなマリアの怒声が響き渡り、ハリーは思わず肩を跳ねさせた。法廷内の全ての人も彼と同じ気持ちらしい。皆固唾を飲んで壮年の女二人のやり取りを眺めていた。


「私はお前たちの踏み台として利用されるつもりは無いわ……。さあ…この馬鹿馬鹿しい茶番を終わらせましょう。アメリア、ドローレス、そうしてファッジ大臣…ご足労頂いた陪審員の皆さまにハリー・ポッターの咎の是非をお伺いしましょう…?」


 打って変わって優しい口調で話しながら、マリアは首を巡らして再びハリーのことを見据えた。

 今更ながら…、ハリーは彼女が相当の美貌の持ち主なのだと実感する。深い青色の瞳が自分の姿を捉えていることを考えると、皮膚が粟立つように思えた。


 そうしてハリーは自衛のために魔法を使用したと認められ、咎められることなく尋問は終了した。

 閉廷した場から人々と共に足早に退出していくダンブルドアの背中へと、ハリーは声をかけて留めようとする。しかしそれは聞こえているのか聞こえていないのか…とにかく彼の足は留まることなく、薄暗い室内にハリーはただ一人取り残されてしまった。


「………なに?あの態度。相変わらず失礼な老人ね。」


 しかしどうやら一人ではなかったらしい。すぐ傍で零された言葉に驚き、ハリーは顔を上げる。その声から想像した通りの人物、マリア・チェンヴァレンがそこにはいた。


「アイス・クリームを買ってあげるように言ったのに。お前も哀れね、面倒なことに巻き込まれた上に夏休みの貴重な時間を浪費して。」


 声を出せず、ただ彼女の白い顔を眺めるに留まっていたハリーに構わずマリアは言葉を続ける。


「さっきは碌な挨拶もせずに悪かったわね。……私はマリア・チェンヴァレンです。現行闇払いの責任を一括に担っている。お前の名前は…知っているけれども…是非、私に聞かせてちょうだい。」


 マリアはにこりと笑って彼へと促した。

 彼女へと向き直り、ハリーは些か緊張しながらそれに返す。「僕はハリーです、」「ハリー・ポッターです。」と。そうして差し出されていた掌に応えて握手をした。


「そう……。」

 マリアはひとつ頷いてみせた。灰色の淡い色をした長い髪が揺れて、そこから女性らしい香水の匂いが漂ってくる。


「何回も耳にした名前で、顔だけなら勿論のこと知っていたけれども…実際に会ってみると印象が少し違うのね。悪くいえば普通、でもそれは決して悪くないわ…謙虚で純朴な佇まいはお前にとっての財産よ、大切になさい。」


 そう言う口ぶりは不遜も良いところだったが、彼女が纏う雰囲気が幾分か穏やかな所為で、然程感じは悪くないようにハリーには思われた。


(この人が………?)


 そしてハリーは…初めてマリアが自分の目の前に姿を現した時から考えていた。ヨゼファのことである。彼女は今現在自分が相対しているこの女性の実の娘である…否、だったらしい。

 その複雑な家庭環境についてはほとんどが知るところではない。だがヨゼファは最早家族とは完全に縁を切られていた。姓を名乗れず、ただヨゼファとして生きている。


 顔は似ていない、と思う。それははまるで別の造りをしていた。背も、マリアはヨゼファのように大きくはない。他の共通点を考えると…やはりそれは髪と瞳の色だろうか。だが決定的に同じなのは声だった。ヨゼファの唇から発せられるものは眠気を誘うようなゆったりとした調子で、この女性のようなはっきりとした語彙ではなかったが。


 そうして…やはりマリアは写真で見るよりも余程美しい女性だった。彼女がヨゼファの母親だと考えるのであれば、少なくとも五十路は過ぎている筈である。しかしながら年齢を全く感じさせない。ヨゼファの方が余程年上に思えるくらいである。


「ねえお前……、」

「ハリーです。」

「そう…失礼したわ、ハリー。ホグワーツではどこの寮に組み分けられているの?」

「…グリフィンドールです。」

「それは素晴らしいことね、私も同じ寮出身よ。私の娘たちも全員揃ってグリフィンドールだった。」


 マリアは彼の返答に機嫌を良くしたらしく、朗らかな表情で腕を組む。しかしハリーはどこか胸が痛むのを感じて、表情を強張らせたままだった。


(ヨゼファ先生は……?)


 と思ったからだ。彼女はスリザリン出身である。

 なんでもないように続けられた発言だからこそ、ヨゼファの積年の寂寞をほんの少し感覚したような気持ちになって、ハリーには辛かった。


「グリフィンドールの生徒なら尚更だわ。ハリー、闇祓いの職に興味はない?素質があると私は思うのよ。」


 無人の法廷の証人台に腕をつきながらマリアは言った。その深い青色の瞳の中に、自分の所在なさげな姿が写り込んでいる。

 同じ色なのに、受ける印象は母娘で異なるのだなと感じた。今、ハリーは無性にヨゼファに会いたかった。


「僕が、闇祓いにですか?」

「ええそうよ。お前、プリペット通りで魔法を使う瞬間こうして咎められることを想像しないわけではなかったでしょう?それにも関わらず、行使してマグルの少年と自分自身を守った。その魔法勇気、尊重に値しますわ。」


 彼女はハリーの顔を覗き込み、しっかりと視線を合わせながら言葉を紡ぐ。表情は艶のある笑顔だった。


「アルバスは結局貴方にアイスを奢ってくれなさそうね?可哀想だから…貴方が再び私の元に現れた時、代わりになにかご馳走して差し上げましょう。正義を行使する我々の職に少しでも惹かれるものがあるならいらっしゃい。私は優秀な若者が好きよ。」


 マリアはハリーの肩にぽんと片手を置き、今一度華やかな相貌に笑みを彩る。

 そうして立ち去っていく彼女が残した香水の匂いを鼻孔に覚えながら、ハリーはその後ろ姿を見送った。







「ああハリー、無事で本当に良かった…!ひどいことはされていない?痛いことはされなかった?」


 ブラック邸に戻ると、ハリーのことをいたく心配していた面々によって彼は手厚く迎えられた。その中にはヨゼファの姿もあり、彼女はしきりにハリーの身体や精神の様子を心配しては眉を下げて悲しげな表情をした。

 その腕に寄せられてぎゅっと強く抱かれるので、いつものように身体を預けてしまいそうになる…が、ここには他に大勢の人がいた。ハリーは些か気恥ずかしくなって、彼女を軽く抱き返した後にそっと身体を離す。……自分はもう子どもではないとハリーは考えていた。勿論大人でもない、との自覚はあったけれども。


「ひどい話だわ…。いくら無許可でも、守護霊の利用くらいで大法廷を使うなんて。緊張したでしょう?」

「それにしても……昔に比べて随分魔法省も厳しくなったものだな。私が学生の時分はいくつか彼らの目を盗んで魔法を使用する方法が「貴方の学生時代のことは悪いお手本にしかならないから、あまり子供たちの前で話さないでくださいな。」


 隣にいたシリウスの腕を軽く叩き、ヨゼファは呆れたと軽く溜め息をする。反して彼は殊更機嫌良さそうに笑みを漏らした。


「まあ…なんにせよ、ハリーが咎められる理由などひとつもないわけだから、こうして何事もなく帰ってきたのは当然だ。」

「シリウスの言う通りよ、ハリー。魔法を使用したことにはちゃんとした理由があるのだから。むしろ褒められて然るべきだわ、とても偉いことよ。」


 身体を離されたのにも関わらず、ヨゼファは今一度ハリーを引き寄せてよしよしと労わる。

 その様を見たハーマイオニーが、「ヨゼファ先生、貴方のお母さんみたいね…」とぼやいた。


「シリウスとまとめて両親みたいだわ。良かったわねハリー、家族ができて。」


 彼女が少し可笑しそうにしながら言った言葉に、シリウスは少々面食らったようだった。しかしヨゼファはハリーをしっかりと抱いたまま(離してくれる気配がほとんど無い)頷き、「それは当然でしょう。」と至極真面目に応えた。


「ホグワーツの生徒は皆私にとって子どものようなものだわ。それにシリウスはハリーの名付け親だもの、父性が現れるのは当然よ。」


 ようやく…良い加減にハリーの身体を解放してやり、ヨゼファは柔らかく笑う。そうしてシリウスへと「そうでしょう、パパ?」と尋ねながら少し肩をすくめてみせた。

 …彼がそれに何かを返そうと口を開きかけた刹那、一同が会していた部屋に供えられた暖炉から緑色の炎が吹き上がる。皆なにごとかとその方へ視線を向けた。蠢く炎の中から、一羽の黒い鳥が勢いよく飛び出して来る。


「鳥が移動にフルパウダーを使うのか!!物臭だなあ!!!」


 それを認めたロンが感嘆とも呆れともつかない声で感想を述べた。

 暖炉から飛び出した小さな黒い鳥はそのまま勢いを失わず、一直線にヨゼファの元へと至ってはその胸に正面衝突する。ヨゼファの口から小さく呻き声が漏れた。

 彼女の豊かな胸部に弾かれた鳥は空中で方向転換してから今一度ヨゼファの近くに至り、肩に留まっては彼女の顔を見た。暫し一人と一羽は見つめ合うが、やがて鳥は背伸びしてヨゼファの頬に頭突きを食らわす。彼女の唇から再び痛そうな声が漏れた。

 ハリーは…種類もサイズも全く異なるが鳥を飼っていたので分かったが、胸の中に飛び込んで来るのも頭を顔に擦り付けてくるのも、一応は彼らなりの愛情表現だ。しかしこの若い鳥は力の制御があまり得意ではないのか、毎度元気一杯に主人であるヨゼファへの好意を示しては些か困らせているようだった。

 彼女は自らの右肩と左肩を交互にせわしなく行き来する鳥の足に結わえつけられた、小さな紙巻に気が付いたらしい。落ち着きないその動きに翻弄されながらも解いては中を確認した。

 見守っていたロンが「先生、なんの手紙?」と質問する。

 ヨゼファはひとつ頷くと、「うーん、ちょっと学校に戻らないといけないみたい。」と応えた。


「ということだから…私はちょっと行ってくるわね。もう少し皆と話をしてたかったけれども。」


 動き回る黒い鳥をどうにか肩に留まらせてから、ヨゼファはシリウスに「お宅の壁、ちょっと使って良い?」と尋ねる。

 魔法陣の構成に使用するのだと察した彼はすぐに頷いて快諾するが、「暖炉を使ったほうが楽じゃないのか。」と返した。


「あんまり相性良くないのよ、その魔法。前なんてアマゾンに飛ばされてね。鰐に食べられるか人食い族に食べられるかの瀬戸際で…。」

「アマゾンにも暖炉があるんだ!初めて知った…」

「ロン、ヨゼファ先生が言うことを真に受けちゃダメよ。」


 そうこうしてる間に、白いチョークで描かれた流線型の魔法陣が至極短時間で壁面に完成する。ヨゼファは今一度室内にいる一同へと手を振り、白く輝く陣の内側へと姿を消して行った。


 描かれた時と逆の順番に、魔法陣は光を失せて痕跡が消えていく。魔術が完結した証明を眺めながら、シリウスは口元へと手を持って行っては「いや…。」と小さく呟いた。


「鳥が…人間以外が単体で暖炉を使って移動することはあり得ないことだ。」


 なんのことかと、ハリー、ロン、そしてハーマイオニーの三人は壁から彼へと視線を向けた。


「何故なら言葉で行き先を思考することが必要だから。誰かが、向こう側から鳥を投げ入れて使わしたんだ。」

「誰が?なんでわざわざそんな面倒なことを。直接来た方が早いのに。」


 ハリーは名付け親の神妙な顔を眺めながら質問する。


「……分からない。だが前にも全く同じことが幾度かあった。変な質問をするがハリー、ヨゼファがホグワーツで特別親しい友人や恋人などはいるかな。」

「特別親しい恋人?生徒で?」

「はあ!?奴は生徒と付き合ってるのか???」

「そんなことは断じて無いわ!!!何考えてるのシリウス、」


 シリウスが妙なことを尋ねる所為で、場の空気は些か混乱した。


 ハリーは苦笑しながら、「ヨゼファ先生は…生徒と仲は良いけれど、多分僕たちをそういう対象としては見てないよ。」と彼女を擁護する。

 それは本当に思うことだった。先ほどヨゼファ自身が言っていたように、ほとんど親の気持ちで接せられているのを行動の随所で感じる。


「でも確かにヨゼファは結構良い歳だよなあ。かと言って他の先生みたいに枯れてる年齢でもないし。ヨゼファの浮いた噂、聞いたことある?」


 ロンがやや首を傾げながら、傍のテーブルでボードゲームに興じていた双子の兄たちへと言葉をかける。彼らは全く同じ所作で腕を組み斜めを見上げてから、「「あるよ。」」と同時に応えた。


「はぁっっっっっっ!!??????」


 いの一番に悲鳴に似た声を上げたのはハーマイオニーだった。

 ハリーもそれには驚いて、「え、誰と?」と率直に聞き返してしまう。


「正確には噂じゃない。僕らの推測さ。」

「じゃあ全くもって信用できないわね。はい…この話はもう終わりにしましょう。」

「そう言うなよグレンジャー、考えてみれば滅茶苦茶簡単なことだろう。」

「なに、言うなら早くしてよ。焦らさないで…!」

「まあそうだな…ヨゼファに少女愛少年愛の趣味がない限り、確かに生徒を相手に考えるには些か歳が離れている。教師生徒の恋愛は学校的にはご法度だし。なかなかリスキーだ。」

「それに聞けよ、我が学年一の美少女ダフネに告白されたにも関わらず全く靡かなかったらしいじゃないか。あんな美味そうな据え膳鼻先にぶら下げられたら、とりあえず一回くらい頂きますしておこうと普通思うだろう??」

「貴方たちの常識を『普通』って言わないでくれる?」

「かと言って上は?ホグワーツの教員のほとんどは逆方向にこれまた歳が離れてる。しかも全員最早枯れてそうな爺さん婆さんだ。」

「じゃあ学校の外に相手がいる?違うよなフレッド。」

「その通りさジョージ。一年の大半を学校で過ごしてるんだ、外の人間との情熱を燃やし続けるのは難しいし」

「ヨゼファは学校にいなくても良いクリスマスやイースターのバカンスにも必ず学校に残ってるよな。外に恋人がいるなら帰るはずだ。」

「それじゃあもう一度ホグワーツの中を見てみよう。一人だけ、ヨゼファと歳が全く同じ人間がいるよな?」


 片眉を上げてフレッドに聞かれ、ハーマイオニーは「え、」と小さく声を上げた。


「ルーピン先生…?」

「ノー、彼は今はホグワーツの人間じゃない。」

「鈍いぞグレンジャー、その頭はテストで点数を取るだけにあるのか?」

「え?だって他に歳が同じ…え、待ってちょっと待って、、はあぁあ!!???嘘でしょ、あり得ない!!!!!!無理、本当に無理!!!」

「………別に君が付き合ってるわけじゃないんだから、そんなに嫌がらなくても。」


 ハーマイオニーの反応にジョージは小さな声でぼやき返した。

 ハリーもまた双子の会話から二人が言わんとしていることを察し、「いや…それはちょっと、」と口を挟んだ。


「確かにあの二人は歳が同じだったけれど、それだけで恋人って断定するのはどうなんだろう。早合点過ぎない?」

「僕もそう思うけれど。スネイプは「その名前を今出さないで!!!!!!」


 ハーマイオニーの叫び声によって言葉を打ち止められたロンは、驚いたように瞬きを数回して肩をすくめた。そうして発言を再開させる。


「ヨゼファはさ、ほら…ああいう性格だろ。あの・・スネイプにも友好的に接してるよ、でもスネイプはどうなのかなあ。僕はヨゼファのこと嫌ってると思うけれど。」

「……嫌ってる?」


 静観していたシリウスがその言葉を聞き返した。ロンは頷き、「だってさ…」と続ける。


「スネイプさ、よくヨゼファのこと滅茶苦茶に睨んでるじゃないか。睨まれてる本人は全然気付いてないみたいだけれど。いっつも仏頂面だから勘違いかなとも思ったんだけれど最近はひとしおだよ、よっぽど馴れ馴れしくされるのが嫌なのかな。」


 暖炉の陶製のマントルに腕を乗せて寄りかかりながら、ロンは言った。

 彼の指摘にはハリーも覚えがあった。スネイプのヨゼファに対するここ最近の態度は、棘の一言に尽きている。


「あの二人が付き合ってるって…やっぱり僕は無いと思うなあ。前も一瞬だけこんな会話したことあったけれども。スネイプとヨゼファがキスしてるとこ、想像できるか?」

「…………、確かに…」


 それには、シリウスが低く唸るようにして応対した。


「それを想像するのは難しいかもしれない………」

 彼は自らのこめかみを親指でトントンと叩きながら、なにやら草臥れた表情でロンの言葉に返す。


「と言うか考えたくないことよね。」

 ハーマイオニーがそれに続いた。表情はシリウスと同じように難しいものになってしまっている。


「だろ?と言うか、僕はヨゼファの恋愛対象は男じゃないと思うけれど。」

「「それは僕たちも思う。」」

「じゃあなんで引っ掻き回すような嘘言うの!!」 


 ハーマイオニーがフレッドとジョージに噛み付くと、二人はひどく可笑しそうに含み笑いをした。


「嫌だな、嘘じゃないさ。」

「僕らが嘘を言ったことが一度でもあるか?」

「その発言が既に大嘘ね、いっぺん地獄で舌を引っこ抜かれてくると良いわ。」

「「うわ怖い、」」


 彼らの会話に一同と同様に声を上げて笑いながらも、ハリーの脳裏には少しの気がかりが過っていた。

 ヨゼファとスネイプ、二人の間にまたがる最近の空気は急速に悪くなっている。今まではそれなりにうまくやっていたように見えたのだが、何か理由があるのだろうか。

 そうしてハリーは…隣のシリウスが皆と一緒になって笑っていないことにも気がかかった。神妙な面持ちでなにかを考えているらしい。一体彼はどんなことを思考しているのだろう。自分と同じことだろうか。



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