骨の在処は海の底 | ナノ
 枝

(学生時代/If)



「はあ!?」


 スネイプはヨゼファからの応答に思わず大きな声を上げる。

 彼の手の中へと指で言葉を綴っていたヨゼファは、瞬きを数回してから申し訳なさそうに目を泳がせた。


「いや、良い。別に……。ヨゼファが悪い訳じゃない。僕はただお前の高飛車で顔だけの頭が悪い母親が…あ、ごめん。言いすぎた。」


 呪詛のように呟かれた母親の悪口に戸惑っているらしいヨゼファに気が付き、スネイプは舌打ちをして言葉を切る。

 それから「じゃあ僕も出ない。」と言っては腕を組んで廊下の天井を斜めに見上げた。


「………いやだから気にしなくて良いんだよ。別に僕は元からあんな浮ついた行事に興味ない。でもヨゼファのドレスは見たかったし一緒に踊りたかったから誘っただけだ。着るものが無いんなら仕様が無いだろう、僕はヨゼファに恥をかかせるのは嫌だ。」


 複雑に入り組んだ石造りの天井を眺めながらスネイプはヨゼファへと言葉をかける。

 だが、それにしても彼女の母親には腹が立った。あんな…ヨゼファの良いところをひとつも理解できない家からは、一刻も早く連れ出してやりたいといつも思う。

 だから…早く大人になりたかった。

 
「………ヨゼファ。」


 複数人の声がこちらへと近付いてくるので、彼女の手を引いて移動しながらスネイプはその名前を呼んだ。

 二人はいつも人の気配を避けがちだった。半純血のスネイプと代々のグリフィンドールの家系だったヨゼファはスリザリン寮生の中でもどこか浮いて、集団の中で落ち着くことが出来なかった。

 だからいつも二人だった。それでも、一人よりはきっとマシだったと思う。少なくともスネイプはヨゼファと一緒にいてそう感じた。人には人に優しくすることと、優しくされることがどうしても必要だから。


「ヨゼファ、僕は金持ちになる。」


 歩きながら再びその名前を呼んで、言葉を続けた。ヨゼファは不思議そうな視線をこちらへと向ける。


「なんだよその顔。だから金持ちになるんだ、大体僕は成績はかなり良い…お前と違って。ショックを受けるな、事実だ。悔しかったらその空っぽの脳みそをもう少し有効活用しろ、と…それはどうでも良い話なんだ。とにかく稼げる仕事について…そう、金持ちになる。ヨゼファの母親よりずっと。」


 立ち止まり、最後の言葉を強調して彼女に言った。

 ヨゼファは先ほどと変わらないきょとりとした間抜け面でとりあえずの相槌を打って頷く。


「だから今は何も気にしなくて良いんだ、ドレスだろうと服だろうと…僕が何十着でも買ってやるんだから…!」


 ………………しばしの沈黙である。

 とは言っても、ヨゼファは声を扱えないのでそれは珍しいことではないのだが。しかし今のスネイプにこの静寂は堪えるものだった。羞恥を紛らわすため、ヨゼファの胸元を指差して「おい、なんとか言え!!」と無茶振りをしてしまう。


「……………………。」


 ヨゼファはぱち、と瞬きをして自らの薄い胸元を指差すスネイプの指とその顔を順番に眺めた。

 そして呆けた顔から一転して表情を大きく柔わげると、その長い腕で彼の身体を力一杯抱いた。……なんとも悔しいことに彼女より少しばかり身長の低いスネイプは、その胸の中にすっぽりと収まる形になる。


(なんか…あれだ、あれを思い出す。)


 しかしヨゼファに抱かれるのが嫌いではないスネイプはそのまま彼女の腕の中に甘んじながら考えた。


(でっかくて細い長毛犬…ボルゾイだ、本当にまんま大型犬みたいだ。)


 スリスリとその頬で頭を撫でられる感覚を覚えながら、彼はヨゼファの背中に腕を回してやりつつ溜め息を吐く。

 彼女がそっとスネイプの黒い髪を耳へとかけてやって、頬へと軽く口付けた。そこに唇が弱く触れたまま、彼女は『ありがとう。』と声なく言った。


 スネイプを解放してやったヨゼファは、それでも機嫌良くしまりない笑顔のままである。

 ヨゼファは、『優しいね、』と言葉を続けた。……短い単語であれば、スネイプはその唇の動きを読むことが出来た。「そんなことない、」とぶっきらぼうに返す。彼女がそれを否定してくれることを見越して。

 想像した通り、ヨゼファはニコニコと笑いながら首を横に振ってスネイプの鼻先を軽くつついた。

 彼は再度溜め息をしてはわざと不機嫌そうに振る舞う。…どうも、素直に好意を返すことも表現することも苦手だった。けれどもヨゼファは意に介さないらしい。この鈍感さと言うか呑気さにはある意味救われていた。


 ヨゼファに、掌を取られた。その中に彼女はゆっくりと指で文字を記していく。


『でもね、私…ドレスは一着で良いの。』


 そう言って(書いて)、ヨゼファはスネイプへと視線を合わせては目尻を細くする。

 不思議に思って、彼は少し首を傾げて見つめ返した。しかしそれ以上彼女は語らず、笑みを意味深にしては……そのままスネイプの手を引いて歩き出した。


「おい、ちゃんと最後まで言え…!」


 引っ張られながらスネイプは彼女へと訴える。ヨゼファは振り返って楽しそうにするだけでもう何も話そうとしない。

 彼女は時々、自分が声が出ないのを良いことにこう言う狡いことをする。それがスネイプには非常に癪だった。


(馬鹿、この馬鹿)


 心の中で罵倒し、一歩前に出て隣に並ぶ。……やはり少しばかりヨゼファの背丈の方が大きいのがまた癪だった。(馬鹿、)と繰り返して胸中で呟く。


「…ちゃんと言え。言ってもらえないと、僕だって不安だ……。」


 小さな声で漏らした。ヨゼファがこちらを見下ろし、少し焦ったように『ごめん…』と謝った。

 そして改めて、彼の青白い手を取って掌中に言葉を記し始める。


『私はね、ドレスは一着で良いの。』

『セブルスと結婚する時に着る一着があれば、それで良いの。』


 記し終えた彼女は、非常にくすぐったそうな笑みを浮かべて口元を軽く抑えた。

 スネイプは…少しの間ヨゼファの顔を見、それから自分の掌中へと視線を落とす。

 そうして(あ……、)と思ってはヨゼファへとガバと視線を上げて睨みつける。彼女は驚いたようで少しその肩が跳ねた。


「お……ヨゼファ、お前……なんてことをしてくれる…!ふざけるなっ………!!」


 その額へグリグリと指をめり込ませながらスネイプは唸るように言った。ヨゼファが痛みに耐えながらワタワタと腕を中空に彷徨わせる。


「そう言う大事なことは僕にちゃんと言わせろ!!!!馬鹿じゃないのかっっっ!!!!????」


 ヨゼファが何か反駁しようとするのを察するが、させない為にさっと自らの手を彼女から遠ざける。

 どうにも出来なくなったヨゼファはとりあえず唇の動きだけで『ごめん、』と弱い謝罪を繰り返す。それを取り合わず、スネイプは不機嫌を顕に彼女から顔を背けた。


 そっと、身体を後ろから包むように抱かれる。ヨゼファが顎をスネイプの肩に乗せ、『怒らないで』と頬に唇を寄せながらその動きで言葉を伝えた。


「別に…怒って、ない。」


 それでもむくれながら応対すると、小さく笑われるのを気配で覚える。これでは手がかかるのはどちらか分からないと…スネイプはなんとも言えない気持ちになった。

 けれど、ヨゼファに抱かれるのはやはり好きだったのでそのままにさせる。この時ばかりは彼女の大きめの背丈が有難い。自分のことを包むように抱いてもらうには、このサイズでないと難しいだろう。


(ヨゼファ、)


 抱かれたままで、スネイプはヨゼファの名前を心の中で呼んだ。彼女は頬をこちらに合わせ、愛おしそうに抱く腕の力を少し強くする。


(ヨゼファ……)


 やはり、スネイプは早く大人になりたかった。

 背丈もヨゼファよりずっと大きくなりたい。そうしてその母親よりも立派な魔法使いになって…彼女の家族を見返してやりたかった。ヨゼファにもっと頼って欲しい。けれどそれに至るには、彼は未だ若くて力不足だった。それを改めて考え、考えてはなんとも言えない気持ちになる。


「ヨゼファ、」


 その身体に全部を預けながらスネイプは口に出して名前を呼んだ。返事は無いが、それは些細なことである。


「僕は……幸せになりたい。」


 一緒に、とほとんど囁くように付け加えて彼は顔を伏せる。自分の首に回っている彼女の腕に触れ、そこを握った。

 ヨゼファが今一度スネイプの頬に唇を寄せて愛の言葉を囁く。それを聞くと、感じると…いつでも堪らない気持ちになった。心から、と彼は思う。心から、


 絞り出すように短い単語を言って、口を噤んだ。まだ恐ろしいのだ、愛情を表現することが。それに応えてもらえない恐怖を思い返して。

 その不安を拭うためか、ヨゼファはスネイプの気が済むまで同じ愛の言葉を弱い口付けと共に繰り返した。



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