骨の在処は海の底 | ナノ
 記憶列車

コンパーメントの壁面から、唐突に巨大な白い鯨が顔を出す。

ルーピンはぎょっとして思わず声を上げた。………だが、すぐに気配で誰かの守護霊であることを察知する。

それにしても規格外の巨体だった。鯨の守護霊は部屋…いや列車全体を眩しい光で覆い尽くし、真っ直ぐに通り過ぎて隣の車両へと移動していく。そちらからも生徒たちの驚きの声が上がるのが分かった。


強い音を立ててコンパーメントの扉が開かれる。


肩を怒らせた女性が一人、めつけるように室内を見渡してから溜め息を吐き、表情を柔らかくした。


「大丈夫だった?」


女性が尋ねると、室内にいた少年少女たちは緊張の糸を解いて口々に彼女へと今の状況を話し出した。

そうだろうと思ってはいたが、やはり彼女は教員のうち一人らしかった。生徒たちの言葉に耳を傾け、事情を伺ってはまた怒りの色を表情に淡く滲ませている。


「まったく…本当に有り得ない話だわ。学校に吸魂鬼を配置するっていうだけでもとんでもないのに。列車の中にまで入ってくるなんて聞いてないわ。怒りの大清掃よ、校内にだって勿論立ち入らせるものですか。」


ふん、と鼻を鳴らしてから、彼女はハリーを気遣うように軽く頭を撫でた。「かわいそうに、気分が悪かったら今夜は寮で休んでて良いのよ。」と語りかけては。


「そして…ミスター?生徒たちを助けてくださってどうもありがとう。話は校長先生から伺っていますよ、よろしくお願いしますルーピン先生。」


にっこりと笑い、彼女はこちらへと掌を差し出した。

握手に応えて弱く笑いながら、「こちらこそよろしくお願いします。」と返す。


「私の名前はヨゼファですよ。」

「ヨゼファ?」

「ええ、聞き覚えありますか?」

「…………………………。…………。…………えっっ!!!!?????」


暫しの沈黙と思考の末、ルーピンは再び驚きの声を上げる。彼の反応に、室内にいた三人の生徒たちが視線を一斉にこちらへと集めた。


「え………、だって。ヨゼファ………ってあの……、あれ、すまない。ファミリーネームは……」

「思い出せなくて当然ですよ、私のファミリーネームは随分昔に台風に乗ってやってきた鮫の大群に囓られちゃって。」

「いや、君何言ってるの。」

「今ね…貴方が想像していらっしゃることは大体正解ですよ。覚えててくれて嬉しいわ、改めましてお久しぶり。貴方たちの同級生のヨゼファよ。」


更に笑みを濃くして、握られたままだった掌を上下に振られる。

ハーマイオニーが些か興奮して、「うそ、二人は同級生だったんですか!?」と今の彼女の発言を繰り返す。

吸魂鬼によって薄暗くなった室内が一変して賑わいだのは良かったが、リーマスは胸の内でなんとも言えない気持ちを噛み締めた。


人生というのは、長く生きるほどに妙なところで過去との繋がりをみせる。だから面白いと言えるし、恐ろしいとも言える。

はるか昔…今の今まで忘れていた出来事が、突然に姿を変えてのしかかってくるなんて。


立ったままで生徒たちと朗らかに談笑に応じるヨゼファはどこからどう見ても立派で善い教師である。

しかし思い出されるのは…壁際に追い詰められて、肩で息をしながらじっと見つめ返してくる痩せ細った少女の姿だった。

長い髪を無造作に引っ張られていた。声が伴わない、本当に微かな唇の動きだけでこちらに訴えてくる。



『助けて、』

『お願い…。』








(き…………、気まずい!!!)


自室にて、ルーピンは思わず頭を抱えた。


新しい職場にやってきて、早数週間である。

特殊な体質、一月に一度必ず崩れる脆弱な体調の所為でひとつの職場に留まることは難しかった。

転々と仕事を変え、ようやく見つけた新しい職場である。生徒たちは可愛いし、教えることも楽しい。教師は自分に向いている職だとルーピンは思っていた。

だが、年の近しい同僚が大問題だった。


(よりによってあの二人か…………。)


そう考えては、度々胸が支える気持ちになる。

自分の体質について知っているダンブルドアからは、ホグワーツには信頼できる人物がいるから心配ない、遠慮なく彼らに頼ると良い、必ず力になってくれるだろう…と聞かされていた。

その発言を疑ってかかっていたが、ダンブルドア教授がそう言うなら…と少しの希望を抱いてこの学校に再び戻ってきたのだ。


で、その・・人物があれ・・だったのだ。あれら・・・だったのだ。


スネイプは全く変わっていなかった。相変わらず神経質だし、こちらへと向かう態度も棘の一言に尽きる。

ヨゼファは…………。逆に、すごく変わっていた。名前さえ聞かなければ当の本人だと分からなかったくらいに。


(そう言えばヨゼファが喋ってるの……初めて見たな。)


何はともあれ、スネイプは自分たちに多大なる怨恨を抱いているが…それと同時にたったひとつだけの恩を持ち合わせている。

ひどく義理堅いのか意地が張っているのか。どちらにせよ、とりあえずのところルーピンを裏切ることはしないでいてくれるらしい。

脱狼薬の調合もふたつ返事で引き受けてくれた。恐らく自分よりも余程確かな腕前だろう。彼の知識と能力は信頼に値する。


そしてヨゼファだが……

彼女のことは本当に分からなかった。

学生時代のともすれば空気と同化しそうな希薄な姿と、今のヨゼファがどうしても結びつかない。


態度だって、まるでかつてのことを忘れているように友好的で朗らかだ。

これが彼女の本質だったら、何故学生時代はああも萎縮していたのだろうか。それとも本質はまた別の顔立ちで、今は愛想良く付き合うふりをして復讐の機会でも狙っているのか。

後者は考え辛かった。ルーピンは経験上、人の悪意に敏感である。どれだけ隠していても、自分に対する軽蔑や嫌忌はすぐに感じ取ることができた。ヨゼファは自分を嫌ってはいない。だからこそ困った。


(いっそセブルスみたいに分かりやすく…冷たく接してくれたら、まだ楽だったのかもしれない。)


かつての…ヨゼファの曖昧な微笑が思い出される。


『       』


…………学生時代、ジェームズが彼女につけていたあだ名…あれはなんだっただろうか。ひどく可哀想な揶揄だったことだけを覚えている。

どれだけ酷いこと…最もかつての友人たちは全く自覚が無かったのだろうが…を言われても、彼女はヘラヘラと笑っていた。

弱々しい見た目に反して、泣いた顔を一度も見せたことがない。それがまた友人たちの加虐心を誘ってしまったのだとも思う。


ヨゼファはジェームズの息子で、彼に生き写しのハリーに優しい。

ハリーを初め、多くの生徒に慕われていた。ユーモアを供えた彼女の性質は子供達にとって接しやすいものなのだろう。

今のヨゼファもよく笑う。彼女が笑うと、ふっと空気が軽くなるのを肌で感じた。


(私は…僕は、彼女のこともセブルスのことも…直接傷付けることはしなかったけれども。)


ただ見ていた。友達の隣で。

興味は特になかった。何も感じなかった、また馬鹿なことをやっているなあ、と思うだけで。


それを思い出すと、子供が純真だなんて嘘だなと考える。

今はそれがどれだけ残酷だったのかよく分かる。守ってくれる友人たちがいなくなってしまい、丸裸の状態で社会に放り出された苦すぎる経験を経て。


「…………君たちも、色んなことを経験したんだろうね…。」


セブルスも、ヨゼファも。

自分と同じく、年齢より幾分も草臥れた顔立ちをしている。そこに澱のように重なった積年を思い描くことができて、ルーピンは度々堪らない気持ちになるのだった。







そして、今晩が満月だった。

スネイプに調合してもらった脱狼薬を昨日服用した。今朝は起きた時から身体がひどく怠く、休みをもらっているのでこれ幸いとベッドの上から動かずにいた。

毛布を耳まで引っ張り上げ、寝返りを打つ。

……………どうも調子が悪い・・・・・ようだった。

身体のコンディションによって毎月の症状は様々だ。今回は、どうも重い。月の重力に引き摺られるように、身体がきゅうきゅうとした。熱っぽくて、でも手足の先だけが冷たい。恐らく発熱しているのだろう。

のろのろとベッドから起き上がり、窓の鎧戸がしっかりと閉じられていることを改めて確認する。更に部屋の内側にはカーテンを。まだ昼の時間帯なのに、室内はすっかりと真っ暗だった。

皮膚は感じる。今晩昇るであろう、月光がっこうの気配をひしひしとと。


ベッドの中でじっとしていると、いやに聴覚が冴えて部屋の外の音が良く聞こえる。

生徒たちがパタパタと走る足音。賑やかに会話を交わしていた。


(懐かしいなあ…)


瞼を下ろして思い出すと、ホグワーツで生徒として過ごした出来事はまるで昨日のことのように感じられた。

この学校に入学して本当に良かったと思う。生涯叶わないと思っていた望みが叶った。友達ができた。………それで、毎日がすごく楽しかった。


(今はみんな、どこかに行ってしまったけれども。)


シリウスのことを考えると胸が塞ぐような気持ちになった。

アズカバンから脱獄したなら、一目自分のところに現れて詫びを入れるなり理由を話すなり殺すなり、何かをすべきだと思う。


(君は…本当に…………)


「本当に……ジェームズと、リリーを殺したのか?」


ポツリと呟いて、瞳を開く。思考は現実に戻った。

ふと、扉の外で誰かが会話を交わしているのが耳に入る。先ほど遠くから聞こえた生徒たちの談笑とは異なる。すぐ傍だ。

かち、と金属同士が触れ合う音がする。………扉だ、ここの。


誰かが、この部屋に入ってこようとしている。


* * *


「やっぱりよ、顔色がすごく悪いわ。様子を見にきて良かった……。」


ルーピンの姿を認めるなり、ヨゼファは心底憐れむように言葉をかけた。

その背後に控えていたスネイプは片眉を軽く上げるに留まっていたが。なにやらひどく…いつも以上に不機嫌な様子である。


「大したことはない筈だ。………人狼となっても意思は保てるように薬を調合した。」

「それは分かってるわよ。貴方ですもの、効果に間違いがある筈ないわ。でも…まあ、ちょっと意地が悪いわよ。子供みたいね。」


その言葉が相当気に障ったようで、スネイプは殊更不快そうにヨゼファを睨めつけた。彼女はそれを無視して、状況が掴めていないルーピンへと向き直ってはこちらへと近付いてくる。

指先でそろりと額に触れられた。あまりの冷たさに、ルーピンは思わず声を上げる。


「うん、発熱してるわね。………スネイプ先生、人間が人狼へと変化する事前の症状は?」

「倦怠感と軽い嘔吐感、頭痛。37度から39度にかけての体温の上昇、喉の渇き、手足の痙攣。稀に引きつけ。」

「Excellent, 合ってるわよね、リーマス。」


話を振られ、ルーピンはとりあえず首を上下に振る。

ヨゼファは人が良さそうな笑顔を浮かべて、今一度彼の汗が浮いた額へと触れてくる。どうやらこの指が冷たいのではなく、自分の体温が高すぎるらしい。


「ねえリーマス、でも最近の脱狼薬はそれらを随分と…ほとんど緩和できるのよね。そうでしょう?」

「いや………。知らない…。」


言葉少なに応えて首を横に振った。ヨゼファは「あら…」と返す。


「意外と当の本人が知らないのねえ。私も貴方のことを聞いてから調べて知ったのだけれど。魔法薬学が専門のセブルスは勿論知っていたわ、ただ今回故意的に最低限の材料で脱狼薬を作ったのよこの人。」

親指でビッと自分のことを指されたスネイプはその指を掴んでは下ろさせる。……この人物は先ほどからずっとイライラとしているようだった。


「…………経費の削減のためだ。割り当てられた費用でやりくり出来るだけの材料で作成したに過ぎない。」

「言えば経費は上げてもらえるに決まってるでしょう。」

「そこまでの手間をかけて…見合うだけの見返りがあるのか些か疑問ですな……。」

「まあ本当に意地が悪い。高々ふたつかみっつ行程が増えるだけでしょう、人に関わることよ。毎月ここまでの高熱が出たら辛いに決まってるわ…」


はあ、と溜め息を吐いてヨゼファは寝ているルーピンの額を掌で軽くピタピタと触った。

そうして改めてこちらを見下ろしては、ポツリと「かわいそうに…」と呟く。いたく心配そうな表情で。


「リーマス、薬の経費についてもそこの黒い人についても私が話をつけておくわ。来月から随分楽になるはずよ、安心して。」


彼女はルーピンの額にかかっていた髪を耳へかけてやってから、さて、と切り替えるように呟いた。


「………どちらにせよ…。この部屋じゃ下がる熱も下がりそうにないわね。」


ひどく散らかった部屋をぐるりと見渡し、ヨゼファがやや呆れたように言葉をこぼす。

今更ながらリーマスは気恥ずかしくなって「ごめん…。」と謝罪した。


「まあ、謝らないで!私たちが強引に入ってきちゃったんだから…謝るのはこちらだわ、ごめんなさい。おせっかいなのは承知なんだけれど、薬のことも含めてどうしても心配になってしまって…。」


彼女は眉を下げて謝罪した。そうしてまた笑顔に戻る。部屋の空気がふっと軽くなった。いつものように。


「…………移動しましょうか。セブルス、リーマスが必要そうなもの…衣服とか洗面具を適当に見繕ってもらっても良い?ああ、何かリクエストがあったら言ってちょうだい。」

「え?移動?」

「そうよ、とりあえず私の部屋に行きましょうか。今夜はそこで休んでちょうだい。」


言いながらヨゼファは床に散乱する部屋の主の私物をどけ、白いチョークで魔法陣をスラスラと描いていく。

だが当のリーマスは「え?」と引きつった声を上げた。

ルーピンと同様にスネイプも面食らったらしく、いかにも面倒そうな倦怠をまとった態度が一変、魔法陣の構成のため身を屈めているヨゼファへとハッとしたように視線を落とす。

そうして何故かこちらに視線を戻された。………気の所為ではなく、睨まれていた。その眉間に刻まれている皺の数が数本ほど増えている。


「ヨゼファの部屋に?」

「安心してちょうだい…来客時に備えて、部屋を分けて泊まってもらえるようになってるわ。」

「いや…流石にそこまでは………、」


熱のためか覚束ない口どりでルーピンはヨゼファへと言葉を返す。

彼女は移動のための魔法陣を構成し終えたらしく、立ち上がっては「遠慮しないで、」と応えた。


「医務室に行くわけにもいかないでしょう。セブルスの部屋は「お断りだ。」


発言を冷え冷えと遮ったスネイプへと彼女は横目しては、困ったように笑った。そうしてまたこちらへと視線を向ける。


「………だそうなので。どちらにせよ、慣れない場所で初めての満月の夜でしょう。心配なのよ、何かがあった時にすぐに助けられるように傍にいたいわ。」

「ありがとうヨゼファ、でも大丈夫だよ…。本当に辛かったら、連絡するし………。」

「そうも言ってられないわよ、脱狼薬は本当に最低限の材料で作られてるわ。これから更に熱も上がるだろうし……。それに私は貴方の学生時代を知ってるからかな、どうも我慢しすぎるきらいがあるのが分かるのよ。」


彼女は穏やかに言ってから、スネイプをせっついてルーピンの簡単な荷物をまとめさせる。

立てる?と伺われた。頷いて、観念したようにその青白い指を取る。冷たい、改めてそう思った。

肩に腕を回されると、ヨゼファは「あら…」と呟く。


「貴方随分痩せてるわね。……私より体重少ないんじゃないかしら。」


ちゃんと食べないと、と母親のようなことを言って、ヨゼファはルーピンの身体を支え直す。

花の匂いが弱く漂うな、とぼんやりと考えた。きっと彼女が使っている香水の匂いだろう。







「……………。機嫌が悪いわね。」

「……………………………。」


ヨゼファの教室と寝室に通じている…その中間に存在する作業部屋で、スネイプはテーブルに頬杖をついては彼女から顔を背けていた。

授業準備に勤しむヨゼファからかけられた言葉は無視する。彼女がおかしそうに小さく笑う気配がした。


「…………。ちょっと強く言いすぎたわよ、ごめんなさい。でも次からはちゃんとした薬を作ってあげてね。」

「ちゃんとした薬だと言っている。最低限の効果はある。」

「最低限じゃなくて最高の方が良いわよ。身体の負担を少しでも減らしてあげた方がね。貴方ならそれくらい簡単でしょう。薬にかかる費用なら大幅に上がったから…良いじゃないの。」


ヨゼファは粉状の顔料を慎重に秤へとかけながら続けていく。

だがそれでもスネイプは不機嫌だった。苛立っていると言って良い。


「………………。聞いていない。」

「え?なにが?」


作業に勤しみながら、ヨゼファは彼の言葉に応対した。


「あれを…自室に入れるなど。」


視線で寝室へと続く扉を示す。

今、いつも彼女が使用しているベッドには得体の定かでない獣臭い人間が寝かされていた。

今夜が終わればまたヨゼファはあそこで寝起きする。理由を具体的には説明できないが、正直に言うとひどく嫌だった。気分が悪くなる。


「さっきも言ったけれども…傍にいた方が何かと安心なのよ。来月からは彼も私たちも互いの要領を掴むだろうから今よりは心配ないでしょうけれど。ひどく苦しそうだったわ…。毎月があれじゃあ疲弊も相当でしょうね。………かわいそうに。」


ヨゼファは樫で作られた大きめの作業机の上にずらりと並ぶ瓶のうちから、深い青色の粉が収まったものを取り上げる。

中身をまた少量秤の上へと加えると、中空を漂う皿はゆらゆらと揺れた。


「だからと言って、」


机の上で組んだ自身の手の甲を見下ろし、スネイプはそれに返す。しかしそこから言葉が続かなかった。

ヨゼファもスネイプも、自身の手元に神経を集中させている。視線が交わることはなかった。


「…………心配なの?」

「は?」

「心配なんでしょう、リーマスのこと。」


顔を上げるとヨゼファもこちらを見ていた。瞳が合うと、笑みを悪戯っぽくされた。

違うわ、と突っ込みかけて口を噤む。


「貴方も泊まって行ったら?それなら。」

「…………。どこに。」

「ベッドは今彼が使ってるから。貴方はそこのソファーを使えば良いわ。」

「お前はどうするんだ。」

「私は…そうね。大丈夫よ、今夜中にやってしまいたいこと…授業の準備とかがあるから。」

「寝ないつもりか…?」


立ち上がり、彼女の傍へと赴く。どこか気持ちが逸っていた。

ヨゼファは少し驚いたようにしていたが、そのままでこちらの動向を見守るらしい。


「それは…駄目だ。………少しでも。」

眠らなければ…


と語尾を小さくしながら彼女の頬に触れた。

ヨゼファの睡眠がどれだけ希薄か知っている。床を同じくしても、夜中に一人でどこかへいなくなってしまう。大抵は、本を読むか仕事をしているのだが。それでもほとんど眠っていない。体質というには度が過ぎている。


頬へと触れていた手に、ヨゼファが掌を重ねた。

彼女は心弱く笑い、視線を逸らして斜め下を眺める。こちらを見ろ、と訴えて再び視線が交わった。


「良いか…。必ず眠るんだ。………。必ず。」


ごく近しい距離で囁く。必ず、と今一度念を押して。

ヨゼファは眉を下げて頷き、応えた。抱き締めたい衝動に駆られるがやめておく。すぐ隣の部屋には奴がいる。

代わりに額を合わせてから頬を寄せた。彼女の皮膚は、相も変わらず冷た過ぎる。



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