骨の在処は海の底 | ナノ
 夢の花

校長室にてマリアは、自分の向かいに腰掛けていたヨゼファ…の隣のスネイプに一瞥をくれてはゆっくりと脚を組み直した。


「………………。家族のプライベートな話なのですが…セブルス・スネイプ先生?」


そして彼女は緩慢に小首を傾げ、如何にも気怠い様子で黒衣の魔法使いへと声をかける。

スネイプはそれを無視した。


「まあ…良いわ。私にもあまり時間が無い。ヨゼファ、久々の再会なのにゆっくり話が出来なくて申し訳ないわね。」

「構いませんよ。私としても早くに要件を伺わせて頂いた方が…何かと。気持ちが楽で。」


母娘は顔を向け合っては小さな笑みを零した。笑い方の所作はほとんど同じである。

なんだ、とスネイプは思った。こちらばかりが緊張して、当の本人たちの雰囲気はまるで和やかである。このまま世間話が始まりそうな空気の緩さだった。

何か事情を説明しろとスネイプはマリアの隣に腰掛けているダンブルドアへと目配せするが、それが功を成すことはなく、老齢の魔法使いは目を伏せたままだった。


「さて……ヨゼファ、改めヨゼファ・チェンヴァレン。私は今日、お前を逮捕しに来ました。」


その穏やかな空気の延長線に、マリアはなんでもないように言葉を置いた。

少しの間室内は沈黙する。

ヨゼファは肘掛けにゆっくりと頬杖をついてはひとつ溜め息をするらしい。それから「へえ……」と他人事のように声を漏らした。


「最も邪悪な闇の魔法使いが失脚した際、多くの死喰い人が公式な裁判を経てアズカバンに投獄されました。罪には罰が必ず必要です。ヨゼファ、お前も自分がしたことが分かっているのならばやるべきことも理解出来るでしょう?子供ではないのだから。」


マリアは細く長い指をひらりと動かしながら、演説をするように娘へと語りかける。

彼女が腕を上下させる度に白いブラウスの袖に刺繍された金糸がランプの灯りを受け止め、細かく光った。


「失礼ですがマダム…何故今更?ヨゼファは彼が力を失う幾年か前、既に死喰い人から足を洗っておりました。その証拠に私は、彼女のことをあちら側・・・・で見たことが無い。」


スネイプが口を挟むと、マリアは鬱陶しさを隠さずに切れ長の青い瞳を彼へと向ける。

そして「そう、貴重なご意見頂戴し…誠に感謝申し上げますわ…。」と低い声で一応の礼を述べた。しかし特に質問に答える訳では無いらしい。


「ヨゼファ、私は何故お前が闇の陣営から逃走したのか…また出来たのかに興味は無いわ。恐怖から?それとも心を入れ替えた?若しくは向こうでも結局お前は中途半端なだけだったのかしら、まあいずれにせよどうでも良い。どんな理由も贖罪としては不十分だわ。」

「どうでも良いところを申し訳ないですが、答えは全てNOですね。そして…お母様、あまり虐めないでくれますか。私も少しは傷付きます。」

「それはごめんなさい、ヨゼファ。」

「いいえ、こちらこそ。貴方を一度でも本気で殺そうと思ったことを…お詫びしますわ。」


…………マリアはゆっくりと椅子から立ち上がった。ヨゼファもまたそれに応じて緩慢に身体を起こす。

低い卓を挟み、二人の魔女は同じ色をした互いの瞳の中を覗き込んだ。

マリアは艶がある飴色の杖を静かに抜き、娘の首筋に充てがう。それに反応してスネイプもまた咄嗟に立ち上がった。


「…………私が、お前に?」


ヨゼファは既に母親の身長を超えて久しかった。だからマリアは娘の顔を見上げるようにしながらもまるで威厳を失わず、囁くように声を漏らした。


「やれるものならやってご覧なさい……!」


そして娘の首筋に殊更強く杖先を押し付けてから自らの懐に収め直し、些か乱暴に元の場所へと腰を下ろしていく。

ヨゼファもまたスネイプの肩に軽く手を置き、共に着席を促した。しかし身体に触れるだけで彼の顔を…瞳を見ようとはしない。


「マリア。ヨゼファは現在アズカバンに投獄されている死喰い人に比べて大した罪は犯していないと何度も言っている。………人を殺していなければ、拷問を行ったこともない。」

「ええそうねアルバス。……ヨゼファ、お前の刑期については私が口添えをすることも可能だし…校長先生・・・・は、それについてはとても良く手助けをしてくれるんじゃないかしら。あまり長くはならないわよ、安心しなさい。」

「それは話が違う。ヨゼファのアズカバンへの服役…及び君の告発と裁判の是非は彼女自身と話し合って決めると言っていたではないか。これではあまりに一方的だ。」

「一方的?犯罪者の分際でよくもそんな甘えたことを!!許されるとでも思ったのか!!?」


ダンブルドアとの会話の最中、唐突に激したマリアが杖で空を切るとヨゼファが持ち上げていたカップが派手な音を立てて砕けた。彼女の掌には緩い曲線の持ち手だけが残り、中に入っていた紅茶がパシャリとその衣服を汚す。勢い余ったのか、ヨゼファの黒色のローブが裂けてその下の白いシャツが細く覗いた。


「……………失礼、つい冷静になれず。ごめんなさい。」


マリアは細く息を吐き、元のように優雅な笑みを湛えて娘へと向き直った。

スネイプは本能的にヨゼファを母親から隠すように腕で庇う。マリアは舌打ちをして彼への不快を表現するが、すぐにその鳴りを潜ませてやはり笑顔に戻った。


「スネイプ先生、ありがとうございます。………大丈夫ですよ。」


ヨゼファはそっと彼の腕へと掌を置き、それをそろりと元の場所へと戻していく。視線は母親に向けたままで。

スネイプは良い加減に苛立ってきた。(何故こちらを見ない)とヨゼファの横顔を睨めつけた。まるでいない人間のように扱われている気分だった。今彼女の眼前にいる母親より、確実に自分の方がヨゼファのことを案じていると言うのに。


(何故母親だけを見る)

(何故)


「ヨゼファ、何も私はお前のことをまったく諦めている訳ではないの。きちんと贖罪をして今一度まともな人間に戻るだけよ。今度こそ、善い魔女として。」


マリアは娘の掌を淑やかに両手で包み込む。その際、淡い灰色の髪からふわりと清潔な匂いが香った。


美しい顔をして信じられないことを言っているとスネイプは思った。今一度まともに、今度こそ善い魔女として?まるで自分の娘は正反対の存在であると平気で口にする。

だが、これでヨゼファの母親への盲目的な憧憬も失せるだろうと彼はどこか安心していた。マリアがスネイプを鬱陶しく思うのと同様に、彼もまたヨゼファの心の片隅深くに巣食うこの美貌の魔女が疎ましかった。


「だからヨゼファ…。アズカバンでの務めを終えたら、うちへ帰っていらっしゃいね。」


そして優しい微笑みを伴ったマリアの言葉に、スネイプはついに我慢がならなかった。彼女の掌中からヨゼファの手を引き抜いては自分の方へと寄せる。

美しい魔女はこれが大層気に障ったようで、面の色を一層冷たくして口を開き掛ける。だが最初の一音が彼女の薔薇色の唇から紡がれる前に、「必要ない!!」と声を荒げてスネイプは母親マリアの声を打ち消した。


「自分の娘を投獄するだけではなく、一生家で飼い殺しにするおつもりか。高貴な家柄の恥であるから?とても善い魔女の行いとは思えませんな。」

「家族のプライベートな話だと私は言いましたよね…スネイプ先生?これは母と娘の問題です。」

「ヨゼファは貴方の娘である前にこの学校の教師だ。生徒を指導する義務がある。」

「魔法陣学がホグワーツに必須だとは思えないわ。それにまず、お前は一体うちの娘ヨゼファのなに?何の権利があって差し出がましい真似を。恋人とか言わないでよ、死喰い人同士なんて笑い過ぎて涙が出るわ。」


はっ、とマリアは吐き捨てて笑った。

反対にスネイプは息を呑んだ。勿論彼女の言葉に神経を逆撫でされたのはある、だがそれ以上に自分がヨゼファにとって何なのか、明確な答えが全く見つからない事実に今更戦慄したのだ。


「お母様。彼の名誉の為に明言させて頂きますが、スネイプ先生は私の恋人ではありませんよ。」


言葉に窮した彼の代わりにヨゼファが母親に応答した。彼女は空いている方の指先で自分の掌を捕まえていたスネイプの手の甲をそろりと撫で、離すようにと優しく促してくる。


「そして私が死喰い人となった原因もまた彼にはありません。私は自分の意思で、ヨゼファ・チェンヴァレンとして貴方を殺すように命じる男の元へと下りました……。」


スネイプの掌から解放され、ヨゼファは目を細めては母親へと向き合う。

こうすると、彼女は目尻に笑い皺が浮かぶのだ。そのクシャリとした表情はスネイプが好きなものだった。何かと自分の機嫌と様子を伺う為によくその笑顔を向けられた。それを何故か今、懐かしいと思う。


「お母様、私はこれ以上この学校と…何より恩師で恩人のダンブルドア先生に迷惑をかけられません。貴方は母親として私に執着するでしょう、そして闇祓いの筆頭として私を訴える。それならば、もう私の罪と罰が覆ることはありえない。」


ヨゼファは穏やかな表情のまま、同じく柔らかい口調で言葉を連ねる。

紡がれていくその言葉を聞きながら、スネイプはマズいと思った。彼女が何を言うのか、何を心に決めているのか理解したからだ。それと同時に内蔵の奥が絞られるような怒りが体内から吹き上がっていくのを感じる。


「校長先生もそれが理解っていらっしゃるから私と貴方を引き合わせた。だから、私の答えは最初から決まっているんですよ。」


言うな、言うなと最後の望みを賭して彼はヨゼファの白い横顔を凝視する。

そんなにも・・・・・母親が大事なのかと。それならば・・・・・何故自分を慈しんで愛情に似たものを行為した。


(ただ一人として)

(一番に)

(最も)



(僕が………)



「お母様、そのお話を謹んでお受けいたします。私は自らの贖罪に従事するでしょう。」


その回答最悪を聞き届け、スネイプは椅子を蹴って立ち上がる。派手な音が鳴り、着席していた三人は彼のことを見上げた。

スネイプはヨゼファのことを見つめ返す。色濃い青色の瞳を憎悪を込めて睨めつけ、一瞥して踵を返した。

そして彼は黒いローブをなびかせては部屋を後にする。胸の内側にどす黒いものを覚えた。苦い記憶と絡まり合うその感覚は懐かいほどに馴染み深く、忘れ難いものだった。


* * *


少しもせず、ヨゼファもまた立ち上がってスネイプの後へ続こうとする。

マリアは「ヨゼファ、」と娘の名を呼びそれを留めた。応えて振り返った彼女へと少し首を傾げ、母親は「まさかね……」と薄く笑いを浮かべて呟く。

ヨゼファはゆっくりと瞬きをし、「なにか、まだご用事が。」とマリアへと尋ねた。娘の質問に応えて、彼女は微笑したままで首を緩く左右に振る。


「私は嫌よ?黒い髪なんて陰気だわ。」

「お母様、私が誰を好きになろうと私の勝手です。」


ヨゼファは母親を見下ろしては淡白に言い放つ。

マリアは面の表情をゆっくりと冷たいものに変えては脚を組み直した。


「貴方の望み通り、私は与えられた期間アズカバンで刑に服します。けれど私の義務はそれだけです。家族がいない家に帰るつもりは決して無い。」

「何を言っているの、意味が分からないわ。」

「貴方の家には帰らないと言っている。私は本当の家族が欲しかっただけだから。………どうか校長先生。もう一度だけ、私を助けてくれませんか。」


抑揚のない声のままで言い、ヨゼファはダンブルドアへと視線を向けた。彼は若い魔女の言葉を聞き入れてはひとつ頷く。そして彼女の身体は銀色の砂のように崩れ、室内から細かい光を巻き上げ消え去った。


「アルバス、貴方……!!」


マリアは彼の方へ鋭く切れ長の視線を向け、信じられないと言った様子で呼びかける。


「マリア、後一回紅茶を淹れかえよう。………それが無くなるまで、ゆっくりと老人同士で話をしようではないか…今一度。」


ダンブルドアは彼女の声色とは正反対にのんびりとした口調で噛み合わない返答をした。

それからチラ、と深い緑色の夜に染められた窓ガラスのことを眺める。


「なに……そう焦らずとも夜は長い。」


彼は呟き、薄い磁器のポットの中身を確かめては顔面を蒼白にした母親マリアへと向き直った。







地下室…自身の作業場の扉を強い力で締め、スネイプは荒く呼吸をした。

頭が変になりそうだった。

何年も忘れていた癖に、よりに言って今。学生時代にただ一度ヨゼファから触れられ掴まれた腕の感覚が生々しく蘇る。

それだけではない、再会してからは幾度身体に触れられたのだろうか。そして自分から彼女に触れたのか。

自らの薄い唇をなぞる指先は震えていた。瞳を閉じればより一層確かなものとしてそれが思い出される。ヨゼファから与えられた多くの言葉と共に。



『スネイプ先生は、私にとってはずっとヒーローみたいな存在だったんですよ。』


…………心ないことを言うな。


『こんばんは、良い子のセブルス君。』


よくも人の心に容易く入り込んでくれたな……!


『そんなことは無いです。ちゃんと意味はあります。』


意味などなかった!!


『私は貴方の味方ですよ。』


嘘吐き、


『一緒にいたいと思うわ。』



「この裏切り者!!!!」



思わず叫び、机を叩き割らんばかりに拳で殴り付けた。机上に置かれていたものが派手な音を立てて跳ね、床へと雪崩れ落ちる。

視界の端を刹那に強い光が掠めていく。何かと思ってその方を見た、しかしそれはもう机から中空へと放り出され、今まさに硬く黒い床に激突する瞬間だった。

花瓶の口から溢れた真っ白いマグノリアがその花弁を暗闇の中へと舞い上げる。スネイプは息を飲んだ。引きつった音が喉の奥で鳴る。


『私から歓迎のお祝いですよ。ようこそいらっしゃいませ……いえ、ホグワーツへおかえりなさい、スネイプ先生。』


透明色の花瓶を受け止める為に彼が手を伸ばすのと、それが無情にも砕け散るのは同時だった。細かい硝子片は黒い空気の中で炉に焚べた錫のように烈しく光り、床へと降り注ぐ。活けられていた花は姿もなく失せ、そして辺りは静寂した。


そうか、と彼はいやに冷静な気分でその残骸を見下ろして考える。

花瓶に活けられた花は、ここに最初から存在などしなかった・・・・・・・・・。全ては幻で、夢を見ていただけなのだ。

それでも床に片膝をついて、無残な姿になってしまった花瓶をどうにか寄せ集めて元に戻そうと試みる。必死になればなるほどに鋭利な硝子の破片は皮膚を破り、みるみる指先が赤い血液で染まっていく。


何故、と思った。


何故いつも自分は選ばれない、と心の底で絶叫すればいよいよ頭はおかしくなりそうだった。

誰かがすぐ傍でそんな無様な自分のことを見下ろしている。

見上げれば、黒い瞳と視線がぶつかった。


やめろ、見るな。


少年の姿をした自分へと掠れた声で訴える。

頼む、と心から。



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