骨の在処は海の底 | ナノ
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早朝も早朝…幸いにもスネイプは起きていた…時間に扉がノックされる。何かと思うが一度は無視をする。しかし二度三度繰り返され、四度目でようやく彼は重い腰を上げて鍵を下ろした。

と、同時に待ち切れなかったとばかりに扉が向こうから勢いよく開く。

そしてそこに立っていた彼女の姿を認めて、スネイプはどうしても堪えることが出来ず盛大に吹き出した。


「……向かい風がひどかったんです。おまけに渡り鳥の群れに突き回されて。まあ禿げなかっただけ良かったわ…」


ヨゼファはげんなりとした表情で鳥の巣のようにボサボサになってしまった髪をワシワシとかいた。

そして力無く笑っては、「おはようございます、スネイプ先生。」と朝の挨拶をする。


…………スネイプは二回三回瞬きをしてから、「私は…お前に言いたいことがひとつかふたつ、みっつかよっつ、あるいは無限にある。」と低い声で返した。


「そりゃあそうでしょう……。…………ですが私今まっこと疲れてて…」


ヨゼファはスネイプの言葉に応えながらもフラフラとした足取りで室内へと侵入してくる。

それを留める為にヨゼファの腕を掴むが、スネイプが虚弱なのか彼女の力が強いのか…恐らくその両方…留めることは叶わずに、逆に掌を引っ張られて共に部屋の中へと進む羽目になった。

ヨゼファは余程疲れているらしく、そのまま彼のローブが引っ掛けてあったソファへとなだれ込むように身体を崩していく。


「ほんとごめんなさい……ですが久々の箒飛行の上に夜通し飛びっぱなしは流石に…ああ誠に申しわけ………一時間だけ…寝かせてください………。」


最早呂律が回ってない口で釈明と弁明と謝罪を行い、遂にヨゼファは気絶するように眠りへと落ちて行ってしまった。

そして室内に再び沈黙が訪れる。


(こ、こ………こいつマジで何しに来た!!??嫌がらせか!!!???わざわざフランスから?????)


ヨゼファのあまりの自由さに思考がついていかないスネイプは半ばパニックになった。

そろそろこの女をボコボコに殴っておいたほうが良いのではないかとすら思えてくる。……殴るなら寝ている今がチャンスだろう。


拳を構えようとしてふと自分の右手を見下ろす。……ヨゼファが彼の手を握ったままだった。流石に熟睡している今はその馬鹿力は鳴りを潜めているらしく、容易にその掌中から引き抜くことが出来そうである。


(しかしここまで消耗するまで一体何を……。いや…どうもボーバトンから箒で一晩かけてここまで来たような口ぶりをする。)


それが真実として一体何が目的なのだろうか。ダンブルドアから緊急の召還でも得たのか。それならばどうしていつもの様に瞬時に移動出来る魔法陣を使用しない。

そもそも…今まさに戻って来たばかりなのだろう。何故校長のところには行かず自分の元へやって来るのか。


(校長に呼ばれたのでは、ない?)


瞼が下りたヨゼファの顔を見下ろし…ゆっくりと片膝を床へと付け、間近で今一度眺める。

ひとつ推測出来ることはあったが。だがその可能性を思うと混乱した。


眠りの淵へと深々と沈んでいくヨゼファの手からは完全に力が失われ、スネイプの掌中からずるりと落ち離れて行こうとする。

咄嗟にそこを握り直してしまう。繋ぎ留めてしまった時に、ハッとした。


スネイプは眉根を寄せ、彼女の掌を今度は自分から強く握る。……恐らく起きていたら痛みを感じるほどに。


(……………………。)


ゆっくりと、空いている方の手で杖を構えた。


(確かめなければ…)


躊躇して、中々呪文を唱えられずにいた。しかし意を決して、使い慣れた呪いをヨゼファへと向かって放つ。


Legilimens開心せよ


(っ…………!!!)


杖先が光った瞬間、バチンと何かが折れるような音がしてそれを取り落とした。

斜めに組まれた床板の上で、黒い杖は軽い音を立てて転がっていく。


息が………上がっていた。


弾かれた。眠りの中、最も人間の心が隙を生むこの瞬間に。

そんなことを出来る人間は自分くらい・・・・・だと思っていた。


……………これで、全く分からなくなった。

ヨゼファが笑顔の下でいつも何を考えているのか。自分に対してどういう思惑があって必要以上に干渉…相当入れ込んでいるような行為をするのか。


(やはり信じるべきではない。)


心をここまで頑なに閉ざして読み込ませない人間のことなど。自分と同じ禄でも無いものに違いがない。


ヨゼファの顔を今一度見下ろす。疲れからか蒼白で、未だ充分若者と呼ばれる年なのに草臥れ果てて十歳以上老け込んで見える。


(何故…こんなにもなって)



「私に会いに来た…?」


ぽつりと尋ねた質問には勿論答えが返ってくることは無い。

与えられたものを疑いたくない気持ちもまた事実だった。

握った手を離すことは出来ずにいる。







一時間弱でヨゼファは目を覚ました。

辺りを見回し、自分はどこに居るのだろうかと一瞬混乱する。


(ああ……)


やがて昨晩から今朝にかけての自分の行動を思い出し、ホッと息をつく。

そして身体を横にしたまま…軽い重さを感じて腿の上へと視線を落とした。


ヨゼファが図々しくも占領していたソファの脇、何故かスネイプが床にほとんど座り込み、彼女の腿に頭を乗せて死んでいる。


(うぉっ…ちょ、なんだ、一体何があった!!???)


ヨゼファは普通にパニックになって勢いよく半身を起き上げる。

……が、スネイプは死んでいる訳ではないらしい。微かに規則正しく息遣いが聞こえてくるところから、どうも眠っているようだ。

ホッとし過ぎて脱力したヨゼファは深々と溜め息を吐き、繋がったままだった掌に力を込める。

その時にようやく、自分はスネイプの手を掴んだまま惰眠を貪ってしまっていたことに気が付いた。


(あらー……。)


参った、と思い頬をかく。……抜き取れないほどに強く握ってしまっていたのだろうか。

申し訳ないことをした、とヨゼファは自分の腿の上に乗っている彼の頭を数回ほど軽くポンポンと撫でた。


(……………。)


髪の触り心地が意外と柔らかである。黒く長い髪は縺れて彼女のローブの上に広がっていた。

ヨゼファは優しい気持ちになって小さく笑う。


「素敵な人。」


そうしてポツリと呟いた。

少女の自分に今出会ったら、貴方は中々人を見る目があるわよと褒めてあげたいと思う。


やがてスネイプが目を覚ますらしい。

ヨゼファは名残惜しく思いながら繋がった掌を離した。そして「おはようございます、スネイプ先生。」と今一度穏やかに朝の挨拶をする。


「ご機嫌麗しいですか?」

「…………どこかの老け顔の所為で麗しくない…」

「あら誰ですその老け顔。悪い人ですね。」


スネイプは今まで自分が頭を乗せていた場所へチラと視線を落とすが、やがて無言でヨゼファの頭を平手する。中々力を込めて振りかぶられたので普通に痛かった。

ヨゼファは心弱く笑い、身体をソファの端へと寄せて彼を隣へ促す。スネイプは床の上から身体を起こし、深い溜め息と共にそこへと着席した。


「…………。何をしに来た。」

そして当然とも言える問いをされる。ヨゼファは彼へと身体を向け、深い緑色のソファの背に腕を回した。


「スネイプ先生に会いに来たんですよ。」

「下らん冗談を言うな。いや…貴様は下らん冗談しか言わない人間だったな。もう良い、喋るな。」

「はい…分かりました。」


ヨゼファは笑いを噛み殺しながらそれに応対した。

言われた通りに口を噤んだままでただ彼のことをじっと眺めてみる。………若干気まずそうにされるのがひどくおかしかった。


「………何故移動に魔法陣を使用しなかった。」

「私は今喋れないので質問には答えられませんね。」


少し意地悪をしてみると今度は肩を拳で殴られる。………どうにも彼は手加減をしない人間である、これもまた普通に痛い。


「なんだか通話してた時に声がしょんぼりしてたから、ちょっと心配だったんですよ。」


叩かれた肩を摩りながら呟くと、非常に訝しそうな表情でこちらを窺われる。

そしてその表情のままで「………ふざけてるのか?」と聞かれた。


(私は今までふざけたことなんて一回も無いのにな。)


そう思って肩を竦めてから、「ごめんなさい、気の所為でしたね。」と言葉を訂正する。


「でも…まあ。セブルスさんの元気そうな顔を見れて安心しました。………良かったです。」


ピクリと反応した彼が奇異なものを見るような視線をこちらへと向けてくる。

傍の机上では、自分が贈ったガラスの花瓶にスノーフレークが白い花を鈴なりに実らせていた。花びらが薄いので恐らくイタリアのものだ。一度はあの国にも行ってみたいものだと思う。


「授業まで少し時間ありますね……。良かったら外に朝食に行きませんか。私は今校内で姿を見られるとちょっとマズいので。」


視線をスネイプへと戻して誘う。彼もまたこちらを見ていたが…眉間に深い皺を寄せて…返ってくる言葉は無い。

ヨゼファは立ち上がり、「さ、」と言って彼へと掌を差し出す。


少しの間スネイプの黒い瞳が自分の手の内へとじっと注がれる。……ダメかなあと思うが、それでも少しの間待つ。ゆっくりと彼の青白い指が自分の掌へと落ちてくる。そこを握って軽く引き寄せた。


「胡桃のスコーンが美味しいお店があるんです。後はバターも美味しかったなあ…。」


しみじみと呟きながら、ヨゼファはポケットから折れた白いチョークを取り出し床に空で魔法陣を描いていく。「一回使ったら痕跡無く消えるので汚れにはなりませんよ。」と如何にも神経質な彼を安心させる為の注釈をしながら。


「私の手を離しては駄目ですよ、途中ではぐれたら大変!」


サークルを閉じると成功の印に魔法陣が白く光り始める。今一度手を繋ぎ直すと弱く握り返される。それを少しばかり切なく思いながら、ヨゼファは彼と共に自分の魔法の中へと足を踏み入れた。



(私には分かるのよ。例え声だけでもね。貴方がどう言う気持ちでいるのかくらいは。)


(だってずっと見てきたもの。)


(貴方がリリーだけを見ていたのと同じようにね。)




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