骨の在処は海の底 | ナノ
 砂の旅人

(ああ………。)


 ベッドの中で、ヨゼファは薄く開けていた目を再び閉じた。

 部屋の中は暖かいが外は凍てつくように寒さが深まっているのが感覚で分かる。

 世界中から、音が跡形もなくなってしまったような静けさ。


(雪が降ってる。)


 頭重感に耐えきれず、再びゆるゆると眠りへと落ちていこうとする。

 ここ数日ほど、そんな具合で彼女は臥せっていた。

 風邪などほとんど引いたことがないのでよくは分からないが、そういった体調不良ではないらしく…薬は効かず、緩やかに体力を消耗しては懇々と眠り続ける。

 マクゴナガルに心配をかけさせていることだけが気がかりだった。このままの状態では、また病院に戻ることになるのかもしれない。

 それは嫌だった。どうにかしなくては……と考えながらも、肉体は重く思考も鈍りきっている。


 ドアがノックされるので、這々の体で半身を起き上げては扉の向こうの同居人へと返事をした。入ってくるように促せば扉が開く。


「………ミネルバ。」


 ヨゼファは溜息をしては眉を下げてその名前を呼ぶ。マクゴナガルもまたそれに応えて肩をすくめた。


「私が連絡したんじゃありませんよ。」


 彼女はそのままチラ、と隣の人物へと横目で視線を向ける。スネイプは二人の女性の戸惑いをさして気にせず、「道理で雪が降ったわけだ。」と呟いた。


「雪……。やっぱり降ってるのね。」

「左様。どこかの丈夫だけが取り柄の馬鹿が体調を崩した所為で」

「あら、どこの丈夫だけが取り柄の馬鹿の仕業かしら。」


 ヨゼファがぼやくように応えると、彼はむっつりとして目を細めた。
 
 断りもせずに室内へと踏み入ってはベッドの上に起き上がっていたヨゼファを元のように毛布の中に沈める。その手が冷たかったので、フウと息を吐いてその感想を伝えた。


「………。痕の熱が上がっている。」


 ヨゼファの不自由な右の頬に掌を添えて彼は零した。


「もっと早くに薬を届けてやるべきだった、すまない。」

「え?」

「この前の夜に力になれると言っただろう。呪いの芽が未だ肉体に残っているのは明確だったから……」


 スネイプに謝罪されたことなどほとんど無いヨゼファは返す言葉を見つけられず、ただ黙って彼の発言を聞いていた。

 部屋の扉が閉じる気配を覚えてその方へ視線を移す。マクゴナガルの姿が影も形も消えているのを認め(逃げたわね)ヨゼファは気が抜けて思わず笑ってしまう。何を笑っているんだと睨みを効かされるので、首を横に振ってなんでもないと返す。


「嫌だわ…、こんな顔見ないでちょうだい。恥ずかしいわ。」


 弱く笑ったままでヨゼファは彼から顔を背けた。


「この前会ったばかりだ。」

「あの時は暗かったでしょう。」

「関係ない。充分よく見えていた。」

「そうなの?困ったわね」


 顔を元の向きに戻す。ベッドサイドの椅子に腰掛けたスネイプは、いつものように硬い表情を違えることなくヨゼファを見下ろしていた。

 そしてヨゼファはその手元を認めて「え、」と声を上げる。スネイプはガラスの瓶からウォッカグラス程度の小さなコップへと不穏な色の液体を注ぎつつ、声に反応して片眉を上げた。


「薬は…飲み薬なの。」

「何か問題が?」

「あるわよ、貴方人を嫌がらせたい為だけにわざと苦く作るじゃない」

「根拠のない誹謗中傷は止してもらいたいものですな。」

「根拠なくないわよ。前科者」

「おや、本物の前科者に言われてしまうとは」

「相変わらず揚げ足を取るのが好きなのねえ。」


 ジリジリと掌中のコップを口元へと近付けてくるスネイプの腕をヨゼファは中空で留めては抵抗を試みる。

 元々スネイプより余程力の強い彼女だったが、呪いの影響か単純に肉体が弱っているのか押し負け…観念の姿勢を取った。


「これで体調が良くならなかったら恨むわよ。」

「保証はできかねるが。」

「ああ…。貴方を信じているわよ、セブルス。」


 ぼやいては受け取った液体を一口に飲み干す。予想通り…否それ以上の苦みと不味さに吐き出しそうになるが堪えてどうにか嚥下する。

 生理的に浮かんでいた涙を指で拭っては「ひどい目にあったわ」とげんなりと呟いた。


「これを朝と夜、1日2回飲むように。」

「2日に1回くらいで良いと思うわ。」

「ダメだ、1日3回だ。」

「飲む回数増えてるわよ。」


 口の中の苦みを消すために水を一口に煽ったヨゼファは眉をひそめては再びベッドへと横になった。

 スネイプは口を閉ざし、消耗しているヨゼファをジッと見下ろす。そのままで少しの時間が経過した。


 自分の掌へと視線を移していたスネイプが、それをぬっと伸ばしてヨゼファの顔の前へと持ってくる。何かと思い身構えれば髪をほとんど鷲掴みのような状態で乱暴に撫で付けられた。


「…………。なにかしら。」

「別に…。………、白髪がまた増えているなと思っただけだ。」

「そう。そんなに?」

「そんなにだ。」


 頭に大きな掌をのせられたまま、ヨゼファは再びスネイプと視線を合わせてはどうすれば良いか分からず曖昧に笑った。

 そして(もしかして労われているのかしら)との可能性を考えてはおかしくなり、笑みを深くする。


「そう言う貴方も、少し増えたんじゃない。白髪。」


 やや乱れてしまった髪を整えつつ言えば、スネイプは不機嫌に陥ったことを分かりやすく表情で伝えてくる。


「………。言われたくない。」

「貴方は髪の色が深いから白髪が分かりやすいのよね。これを機に染めてみたら?水色とかピンクに。」

「白髪くらい生える。幾つになったと思っている。」

「お互い歳をとったわね。」


 ふう、と溜息をして笑いかける。


「貴方は幾つになっても素敵だわ…。」


 小さな声で伝えると、スネイプは三度閉口し、ただただヨゼファのことを見つめた。その視線になぜか居た堪れなさを覚えて顔を背ける。

 だが控えめに袖を引かれるので再び元の方を向くことになった。二人の視線は交わるが、彼はやはり何も言わず、しかし視線を逸らすことはなくこちらを見ている。

 無言の時間が続いた。

 窓の向こうで降り積もる雪が世界中の音を吸い取ってしまったかのような、静寂の時が重なっていく。


* * *


「ま………、待って、、、、」


 ヨゼファは焦りのあまり上擦った声を出してはスネイプから包丁を取り上げた。


「なにか?」

「な、なにかって。みすみす貴方の指がちょん切れるところを見過ごすわけには」

「別にそんなことはない」

「そんなことあったわよ…。貴方ってかなり器用な方なのに、どうして包丁を持つ手は危なくなるのかしら。」


 ぼやきながら、ヨゼファはベッド脇で彩りよく山を作っている果物籠……マクゴナガルが細々とした手回品とともに揃えてくれたものである…からスネイプの掌中へと渡っていた林檎を受け取ってはスルスルと皮を剥いていく。


「もう……セブルス、今まで一人の時に林檎はどうやって皮を剥いていたの?家事の魔法はいくつか使えたかしら。」

「知らないのか。林檎は皮ごと食べたほうが栄養がある。」

「あはは、そうね。確かに……」


 そこで、また会話が途切れる。

 元よりスネイプの口数が少ないが故に、二人は沈黙を共有することがそれなりにあった。しかし今のような気まずさは初めて覚えるものである。


(セブルス……)


 彼がなにを考えているのかヨゼファには分かりかねた。

 何をするでもなく、口を閉ざしたままで真剣な眼差しを向けてくる。なにか言いたいことや望みがあるのかと思い尋ねるが、特になにもないとにべもない返事がなされる。

 当分に切り分けられた林檎を皿にのせて薦めると、彼は黙ったままでそれを受け取った。


「…………。そうだ、セブルス。貴方はこれからもホグワーツに留まるのかしら。」


 ヨゼファは気まずさを払拭するために新しく会話を切り出しす。スネイプは首を横に振って応えた。


「え?」

「ホグワーツに戻るつもりはない。」

「そうなの…。でも、ミネルバは教員不足に悩まされているし。貴方みたいな確かな知識を持った指導者が子供たちには必要だと…私、思うわ。」

「留まってほしいのか。」

「もちろん。」

「君は……。戻るのか。」

「………………。ええ。」


 スネイプはヨゼファの返答の真意を考えているらしい。


「フランスから帰ったらね。ミネルバと約束したのよ…。」


 ヨゼファが自分の言葉に補足するために続けると、彼はゆっくりと頷いた。「そうか。」と呟く。


「では、私も…いずれ。」


 スネイプがヨゼファの頬へと添えた手は冷たかった。……否、ヨゼファの体温が高いのである。いつもとは温度差が逆のために奇妙な感覚を覚える。


「今はヨゼファの傍にいる。」


 溜め息混じりの囁き声が頬を掠めた。唇同士が触れ合いそうな距離ながら触れることはしない。スネイプの瞼が微かに震える様を、ヨゼファはぼんやりと見つめていた。


「明日も来る。」

「大丈夫よ、薬も充分にもらったわ…。」

「そう言うことではない。」

「………、本当に大丈夫よ。どうかそんなこと言わないでセブルス、貴方だって身体が完全に回復したわけではないでしょう。もっと療養のために…自分のために時間を使わなくては。私は平気よ、丈夫さだけが取り柄なの。」

「丈夫さ以外にも取り柄はある。違うか、」


 両の掌でヨゼファの顔を包んでいたスネイプは声を低くして言うが、やがて彼女を解放しては緩く首を横に振る。


「…………。お互い、時間が必要なようだ。」


 呟き、サイドテーブルに置いていた林檎の残りがのった皿を引き寄せる。食欲はあるか、と尋ねられるので、あまり、と応えた。


「なにも摂取しないのは良くない。少しだけでも食べなさい。」


 銀のフォークで刺した一切れの林檎を向けられるので、拒否もできずに口を緩く開けた。

 人からものを食べさせてもらう経験などいつぶりだろうかと考えながら、冷たい果実を受け入れる。


「眠気は?」

「そうね…少し。」

「では眠ると良い。」

「うん……。本当に…困ったわ。一週間後は魔法省の尋問があるのに。」

「大したことではない。日付を変えてもらえば良い。」

「そう言うわけにもいかないわよ。」

「とりあえず今は眠ると良い。なにも心配する必要はない………、」
 

 促されてヨゼファはそっと瞼を下ろした。すると、薬の副作用なのか急に眠気に襲われる。

 私がついている、

 そんな素敵な言葉を聞いた気がした。現実か妄想かどうかは夢心地の彼女には判別しかねる……







 母は不安定な人だった。

 傍から見れば然程は感じないことだったのかもしれないが……むしろいつでも自信に満ち溢れて落ち着いているように見えた……実子であるヨゼファには、母がいつ爆ぜるかも分からない不吉な箱のように思えていた。

 美しい箱で、中に収まっている宝石もとても綺麗に違いがないのに、不用意に覗き込むことは許されない。

 ヨゼファに対する態度は一貫して冷たいのに関わらず、時折それを詫びるためか或いは他の感慨を抱いてか……ひどく優しくなる。

 優しさに甘えると激昂し泣きながら叱責される時があった。当時のヨゼファには母がまるで分からず、しかし時折注がれる愛情のような別の何かに縋っては美しい彼女のことを慕っていた。


(たしかに、恋をしていたんだわ。)

(私は……)



 ヨゼファに差し出された白い花を見て、女中メイドのサラは戸惑ったように花と彼女を交互に見比べた。

 しかし言葉を持たないヨゼファは軟派な笑顔を浮かべて花を受け取るように促すだけである。


「………。ありがとう、ございます。」


 ひとまず受け取って礼を言うと、ヨゼファはより一層柔らかく笑った。

 そうして指先で空中に光る文字を書いた。お母さまは?≠ニの質問が記されている。


「ヨゼファ様は朝からそればっかりですね。奥様なら…今日は夕方にお帰りですよ。」

夜ご飯はうちで食べるのかしら

「確か外でのご予定はなかったはずですよ、珍しく。」

私、一緒に食べて良いかな。お母さまと夜ご飯をご一緒したいの。

「…………え。」


 サラは困ったような表情をヨゼファへと向けた。

 この家では母子で食卓を共にすることがほとんどない。マリアが多忙を極めているのが一因だが…その他にも理由があることは、この家の使用人は皆預かり知るところであった。


(それに………)


 マリアには交際している男性がいた。ヨゼファがホグワーツに行っている時期は長期で家に滞在することもあるほど…親密な関係である。

 マリアはそれをヨゼファへと隠していた。彼女が実家にいる際は、深夜を選んで逢瀬を重ねていることは使用人達の専らの噂である。


「奥様のお夕飯はとても遅いんですよ、ヨゼファ様。貴方のおやすみの時間が遅くなってしまいます。」


 言葉を選んでやんわりと伝えれば、青白い面の少女はやや寂しげな表情をした。

 寂しげな笑顔のままヨゼファは小さく会釈をした。真っ白なクリスマスローズの花束を腕に抱えて、サラの脇を小さく走って過っていく。足の速い彼女はすぐに長い廊下に突き当たり、右に折れて見えなくなった。


 サラはヨゼファの気持ちを分かっているつもりだった。

 今日はクリスマス・イブである。冷え切った母子の関係をせめてこの日に取り持ちたかったのだろう。

 真っ白い柔らかな花弁が漂わせる甘い匂いを肺の中に感じ、サラはうっすらと瞼を下ろす。


「あら、アンタももらったの。」


 同僚に声をかけられて目を開けば、彼女の手の中にも自分と同じ白い花が一輪あった。


「何やら使用人全員に配り歩いてるみたいだね。」

「そうなの…。どうしたのかしら、ヨゼファ様。」

「クリスマス・プレゼントじゃないの。ヨゼファ様らしい、気の利いてないプレゼントだよ……」


 サラは湿った花弁を見下ろしながら、この花はどこから調達したのだろうかと思い、ハ、と青ざめた。

 明らかに花屋で購入したものではない、切りっぱなしの緑が深く香る花。

 顔を上げると、とろりと歪んだガラスの向こうに広がる広大な庭。西へ日が傾き始めた怪しげな空模様の中、透明な雪がハラハラと降り始めていた。


* * *


 そうして、ヨゼファは赤い夕焼けが差し込む広い部屋の中でぺたりと座り込んでいた。

 マリアは泣いていた。そして怒っていた。憤怒の形相のままで使用人を呼びつけてヨゼファを今晩部屋から出さないように、夕飯は抜きだと言うことを伝えている。

 そして、すっかり萎縮した使用人に外套を用意するようにと続けて怒鳴りつけた。


「奥様、どちらかへお出かけですか…」

「お前の知ったことではないわ!言われたことを黙っておし……、、、あと、明日の夜会には私一人で行くと先方に伝えておきなさい。」

「あの……、では、ヨゼファ様は」

「連れて行くわけないでしょう、私が恥をかくだけだわ…!!幾つになっても挨拶ひとつまともにできない、成績もふるわない、監督生でもない…!一体ホグワーツで何を学んできたの、言ってごらんなさいよ!!」


 呆然と口を半開きにしたままのヨゼファは何も反応できず、ただただ目の前の有様を青色の瞳で眺めていた。

 しばし母子二人は互いを見つめ合うが…やがてマリアは用意された外套を掴み、荒々しい足取りで部屋を後にした。ヨゼファは立ち上がることはできず、しばらくの間同じ姿勢でそこから動かずにいた。

 よろよろと手を伸ばして、床に散らばってしまった花をかき集める。

 元に戻りはしないだろうか、とくっつけるが、叶わずに花は原型とは程遠い形に崩れて行く。

 しかし馬鹿のひとつ覚えのようにそれを繰り返すので、ヨゼファの手汗でそれらは汚らしく濡れてぐちゃぐちゃになった。


 使用人達はヨゼファへとかける言葉を無くして立ち去ったのか、いつの間にか広い部屋の中にたった一人である。天井を見上げた。クリスタルが星のように散りばめられた豪奢なシャンデリアが弱々しく揺れている。

 真っ赤に染まる窓の向こうに、屋敷の正門から出て行く母の姿が小さく見える。


(待って、)


 声にならない声を上げて、ヨゼファは走った。

 しかし彼女の俊足を持ってもその距離を縮めるには時間がかかった。広大な屋敷である。赤い絨毯が敷かれたいくつもの重厚な階段を降り、深緑の御影石や緋色の鉄鉱石で美しく象嵌された床の上を走り、とろりとした歪みガラスの窓が連なる廊下を更に走り、それでもまだ追いつかない。

 屋敷から外に出た時、正門の向こうにもう母はいなかった。それでも足を止めずに青銅製の巨大な門まで至り……黒い馬車が、真っ赤な夕日が燃える地平へと消えて行く様を見た。


 もう、それを追いかけようとは思わなかった。


 項垂れて元来た道をとぼとぼと帰っていく。

 日が暮れようとしている。ほんの仄白い雪が空からチラチラと降りてくる様は寒々しいが美しく、ヨゼファはハァ、と吐いた息が白くなるのを不思議と落ち着いた気持ちで眺めていた。


(私、一体何をしているんだろう。)


 夜は地平線の向こうから滲むように闇を広げていく。赤い夕焼けは次第に彼方へと追いやられてしまった。夜が、だんだんとこちらに歩んでくるのだ。


 屋敷の中に戻らず、庭の方へと向かった。


 美しく整えられた青い庭である。そこから、弾んだ気持ちで真っ白いクリスマスローズを摘んでいた数時間前が随分と昔のことのように感じる。


(喜んでくれなかった……)


 巨大な庭園の片隅に無造作に盛られた土の前に立ち、ヨゼファは少し首を傾げた。

 友達だった白い犬が愛用していた毛布を随分と昔に埋めた場所である。老犬の死体は知らない間に処分されてしまっていた。それを知った時…思えば、怒りという感情を覚えた本当に少ない機会だった。

 もう怒ることも悲しむことも滅多にない。なるべく笑っていようといつからか心がけていた。


(お墓、ちゃんと作ってあげたかったんだけれど。)


 冷たく湿った土を掌でポンポンと撫でる。


(うまくいかないなあ…)


 何をしてもうまくいかないな、としみじみと感じ入っては静かな気持ちになった。その度に、自分がなぜ生きているのか分からなくなる。

 クリスマスの休暇に学校にいても惨めだから帰ってみたもののこの有様である。クリスマスもイースターもヴァレンタインも嫌いだった。孤独を一層噛みしめることになるだけである。

 今日はクリスマス・イブだった。

 まるで嘘のようである。街には明るい音楽や浮き足立った空気が流れていることなど、暖かい屋根の下で様々な家族達が団欒を楽しんでいる様子など、微塵も想像できない。

 ここは暗くて冷たかった。全てが嘘で、夢のように思えてならない。シンとして動かなくなってしまった友達の犬、ひそひそと噂話をする使用人達、暗澹たる家の様子。それから青い草花の隙間へと、白い雪を敷き詰めていく静かに美しい日の入りの様は、どうしても今の現実を夢としか思わせなかった。


 やがて細い月が昇る。夢のような夕暮れが終わり、風が吹いて夜になる。

 やいばのように鋭く欠けた月を見上げて、ヨゼファは目を細めて笑った。


 -------------------- この日の運命が僅かに違えば、未来もまた異なったのかもしれない。

 だが多くの事象がそうであるように、決定的な理由などはない。とにかくヨゼファは家名に背き、母親を殺すために闇の勢力へと加わることを望んだ。

 抑えられていた彼女の魔法を闇の力が解き放った。だがそれでも力を行使する悦楽に呑まれることの出来ぬヨゼファの精神は擦り減り、やがては降りしきる雨の中ホグワーツへと帰る日を迎えることになる----------------------




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