骨の在処は海の底 | ナノ
 がんじがらめ

 ----------------------スピナーズ・エンド / 夕刻に遡る



 ふと自室の引き棚の中に見つけた見慣れぬものを、スネイプは何かと思い探り出す。視線の下に持ってきて、嫌悪感から思わず舌打ちをした。

 迷うことなく暖炉の傍まで歩み寄り炎の中へと投げ入れる。赤い火の舌が木製の額縁を舐め、中に収まった写真諸共呆気なく黒色の屑へと変貌させていく。

 写真上の女はにこやかな笑顔を振りまいていたが…ほむらに呑まれる寸前、今のスネイプと同様に憎悪の籠った険しい表情をしてこちらを睨み返したような気がした。

 火掻き棒で念入りに残骸を潰して心中に湧き上がった不快感も同様に押し潰そうとする。しかしうまくはいかず、盛大に溜め息をした。


 それはもう十年以上も昔、ホグワーツのヨゼファの寝室から回収したものだった。

 伏せて置かれてはいたが、彼女は確かに母親の写真をご丁寧にも・・・・・写真立てに収めて手元に置いていたのだ。

 許可を得ず持ち出し、二度とその目に触れない場所に隠した。写真の存在をスネイプ自身も忘れていたが、よりによって今、それが眼前に転がり出てきたわけである。


 気持ちを落ち着かせるために、曇った窓硝子越しの外の景色へと目を向ける。

 窓の外には墓場があった。葉が落ち尽くした小魚のように小骨の多い樹。石で造ったクロスやスクエアの簡易的な墓標。その向こうに教会堂の屋根が弱々しい夕日を受けて黒く照り返している。風は虚しい音を立ててその脇を通り過ぎて行った。


『このままではヨゼファはフランスに行って、二度と帰らないことになってしまう。』


 マクゴナガルの言葉が思い出される。焦燥が胸の内に強く浮かんだ。それだけは何としても阻止しなくてはいけない。


『チェンヴァレンの意思が大きく動いているようです。今回の戦争においての重要人物だった…という理由以上に、なぜか彼女たちはヨゼファに執着しているように思えます。』


(まだ諦めていなかったのか………!!!)


 苛立ち、暖炉のマントルピースに拳を振り下ろせば降り積もった灰と埃とが舞い上がった。


 チェンヴァレンの…あの、独善的で自己中心的な女が考えていることはスネイプにもよく分かった。

 フランスに暫くヨゼファを置く。そうして英国ひいてはホグワーツとの関係を希薄にし、孤立させた彼女をチェンヴァレン家に連れ戻すつもりだと…多少の齟齬はあれど大まかに推測することが出来る。

 認めたくはないが、マリアとスネイプは一部思考が似通っているところがあった。

 あの女はヨゼファとの血液の繋がりを自ら否定しながら執着を捨てきれない。むしろ以前に増して躍起になっている。浅はかで馬鹿だ、と吐き捨てるように思った。


(勝手だ、身勝手だ)


 ヨゼファがそんな馬鹿な女の一計には乗らないと思いたかった。(だが、)

 彼女が、実の母親に向ける感情としては行き過ぎたものを胸の内に抱いていることは知っていた。隣にいながら、まるでスネイプの存在を無視して母親へと注いでいた熱っぽい視線を思い出しては苦い気持ちになる。


「なぜこちらを見ない……」


 気が付けばその前に立っていた…寝室の壁にかかったヨゼファの真っ黒いローブへと語りかけた。

 触れればひやりと冷たい、光沢を帯びたローブはマクゴナガルの薦めに従って持ち主の私室から回収したものだった。ヨゼファが年に一度いなくなるひと月の間そうしたように、馴染み深い肉体の輪郭ラインを回想しながら撫でる。

 弱い雨の音を耳が覚えた。空気の温度も一段と低くなり、底冷えが足の方から這い寄ってくる。


『貴方はヨゼファに避けられているじゃありませんか』


  ---------------- 寝室の戸棚の脇の机には、インク壺、毛が疎らな羽ペン、切子硝子の空の花瓶等がゴタゴタと無造作に並んでいる。その片隅に手の中に収まるほどの黒い手帳があった。ヨゼファの日記に綴られた言葉を読み返して、愛されている事実を何度も噛み締めていたのだ。

 もう、自分に向かう愛情は過去のものなのだろうか。

 ヨゼファに限ってそれは無いと断言できた。(あんなに…)確かな情念を持って想ってくれている筈である。何を持ってしても諦めずに気持ちを保って


『セブルス』



「私の方が、ずっと……」


 ハッとして、独り言ちた唇を掌で覆う。だが……思い直してゆっくりと離し、続きを口にした。


「君を大事に想っている。私が…一番に君のことを、、、」


 指先が白くなるほど黒いローブを握りしめた手を見下ろしながら、躊躇いに躊躇った言葉を本当に小さな声で言った。

 そうして静寂が訪れる。

 日も暮れて、人の気配も無く草木も閉じて眠りにつこうとしていた。瞼を下ろすと、ヨゼファの輪郭が墨のような闇の中ありありと浮かび上がってくる。名前を呼びながら目を開けば相も変わらず自分は一人だった。ヨゼファは会いに来てくれない。


「会いたい」


 ポツリと呟いて掌の力を解く。そのちょっとした間にスネイプは覚悟を決めた。覚悟とも言える決定的なものが自然に生まれてきた。



 姿現しで辿り着いたのはマクゴナガルの自宅の前の筈だった。

 だがそこは粗野な佇まいの鉄線で仕切られただけの空き地が、こちらに《危険/立ち入り禁止》と書かれた木の札の頑なな顔を向けてくるだけである。家屋などどこにも見ることが出来ない。

 マクゴナガルの魔法であると直感した。恐らく、ヨゼファがここで生活する上で安心できるように目眩しの魔術をより強固にしたのだろう。


(……………………。)


 傘も持たずに立ち尽くす暗闇に、空からは容赦無く雨が降り注いでくる。衣服はあっという間に水を吸って重たくなった。

 濡れた鉄線へと手を掛ける。乗り越えても構わないものだろうか…と思考を巡らす。あるいはここで朝まで、ヨゼファかマクゴナガルが出てくるまで待ってみようか。冷たい雨に打たれて身体を壊しても構わないと思った。ヨゼファが自分のその姿を見て後悔のひとつでも抱けば良いと子供じみたことを思う。


 白い息が、唇の端から漏れていく。ヨゼファと小さく名前を呼んだ。何故避ける、何故、と堪えていた悲しさを吐き出しながらビクともしない鉄線を掴んで揺さぶる。

 一歩引いて、空き地の先に広がる茫漠とした闇を目を細めて見つめながら、一体どれほどの時間が経過したのだろうか。隣に忽然と人の気配が現れるので、自然とその方へ首を巡らせた。

 透明な傘をさしたヨゼファが、こちらをじっと見つめている。

 瞬きをして今一度姿を観察した。辺りは懇々とした暗闇だった上に雨で視界は最悪と言って良い。だが人影の佇まいは間違いなく彼女だった。愛しさそのものが、凝縮して形になっている。


「奇跡だ」


 囁いて、迷うことなく彼女の腕を掴んだ。自宅へと戻る短い間にその身体を引き寄せ…そして、壁へと押し付けた。何故、どうして、とひとしきりを責めるつもりだった。

 なんの断りも無しに外国などには行かせはしないと、今度こそ・・・・閉じ込めて、二度と離さずにいなくては。


 だがヨゼファは抵抗も弁明もせず、ただ一言の謝罪を苦しげな涙と共に口にした。


「あっ、、、会いたかっ、、…………」


 胸の内、腕の中で伝えられたその言葉に驚き…驚きはやがて喜びに変わる。やはり同じ気持ちでいたのだと、より一層の愛しさが身体の中に募っていく。

 いつかに比べて痩せてしまったヨゼファの肉体を抱き直し、頬を寄せて嘆息をした。


(私たちはきょうだいなのだから)


 表と裏、光と闇のようにひとつの存在なのだから、離れてしまうなどあまりにも不自然だった。


「何も、問題はない。」


 身体を離す。そうして初めてヨゼファの顔を見た。雨が反射する月光に青白く照らされた顔を。

 感動で心臓が磨り潰されるように痛んだ。ガラスの鉢から現れた時と変わらずにそこは右半分が大きく損傷している。にも関わらず、ヨゼファの美しさが損なわれることなど少しも無かった。昔から少しも変わらずに美しい女性ひとが、今、確かにここにいる。


「なにもしない。」


 ヨゼファが何かを言う前に早口で告げた。彼女は不思議そうにゆっくりと瞬きをする。言葉が足りなかったらしい。しかし補うための説明も思い浮かばず、「なにもしないから」とただ同じことを繰り返す。続ける言葉を躊躇う間の少しの沈黙。


「だから、傍にいて……」


 掠れた声で精一杯を伝えて、再びヨゼファのことを抱き寄せた。

 やがて彼女の腕が身体に回されていく。嬉しかった。抱く力を強くして、耳元で「傍にいてくれ」と念を押して言った。


 正直な気持ちを言えば、今すぐに抱きたかった。

 愛情深い口付けを受けたかった。ヨゼファの湿った粘膜を心ゆくまで味わいたい。

 だがそれではいけない。今までと同じではいけない、何かを変える必要があるのだと…少しずつ、分かり始めていた。

 ヨゼファは決して代わりが効くもの、増して都合の良い存在でも無いのだと、伝えるためにはどうすれば良いのだろうか。

 誠意とは何か。その為の言動をひとつも思いつくことが出来ずにいる。


 背景に弱い雨の音が続く中、水を多分に吸った自分の服からヨゼファの衣服へと水分がジワリと移っていくのを感じた。そうして体温も同様に。

 彼女の身体は相変わらず冷たかったが、以前よりもどこか人間らしい温かさをしているような気がした。

 体温が低いヨゼファを抱いて温めてやるのは昔から好きだった。与えられるものは皮膚の温もりくらいしか無かったのだと思う。


 今一度互いを離して向き合った時、ヨゼファは黒い手袋に覆われた掌をそっとこちらに伸ばした。首を左右に振ってそれを拒否する。


「…直に触ってくれ。ちゃんと……」


 ヨゼファは中空に留めていた手を一度下ろし、少し躊躇ってから黒い手袋を抜き去った。現れた右掌にも痛々しく痕が浮かんでいる。二人してその様を見下ろすが、やがて彼女は再びこちらへと手を伸ばす。

 冷たい掌で頬を撫でられるので、眉根を寄せて瞼を下ろす。彼女の手を取って、殊更の愛しさを表現するために更に頬を寄せた。


「セブルス、久しぶり。」


 ゆったりとして静かな声がする。夜の気配を帯びた声が、幻聴では無い。現実に鼓膜を震わせている。頷き、「馬鹿、」と全てを一言に込めて伝えた。


「馬鹿なんだ、いつも。君は」

「そうね。その通りだわ…。」


 たったひとつ残った青い瞳がこちらをじっと見つめていた。深い海の底と同じ色の瞳だ。その目で、ずっとずっと見つめられてきた。底の見えぬほど深い、彼女の青色が……………


* * *


「セブルス、身体が冷たいわ。」


 スネイプの濡れた黒い髪を耳にかけさせてやりながら、ヨゼファは眉を下げて言った。


「どれくらい雨の中にいたの。もう若くないんだから、あまり無理しちゃ駄目よ…」


 母親のような小言を漏らしながら、ヨゼファは薄暗いリビングの暖炉へと火を灯す。その中に蹲る灰の中に、母親の写真の成れの果てがあるとも知らずに…。


「シャワーを浴びていらっしゃいよ、その間に服を乾かしておくわ。」

「嫌だ」


 未だ湿っている手でヨゼファの腕を掴んで首を横に振る。

 少しの間、視線のやり取りで応酬をした。今この場を離れて、戻ってきた時にヨゼファがいなくなっている可能性への危惧は見透かされたらしい。彼女は少し首を傾げ「それじゃあ…」と口を開いた。


「一緒に入る?」

「それは困る」

「そう。」

「なにもしないと言った。だから…その、一緒だと困る。」


 真面目くさって応対すると、ヨゼファはなにがおかしかったのかささやかに笑い声をあげた。


「でもこのまま貴方が風邪ひいちゃったら困るわ。絶対ここにいると約束するから、温まっていらっしゃい。」


 ヨゼファは慣れた手つきで、水を吸って重たくなったスネイプのローブの羽織を一枚脱がせながら言う。

 値踏みするように、彼女の顔をじっと見つめた。ヨゼファは微笑を返す。


「必ず…」


 低い声で念を押し、ヨゼファの額に自らのものを合わせる。彼女が小さく頷くので、ようやく安堵した気持ちになって身体を解放してやった。







 ヨゼファがこの家にいるのは…二人で過ごすのは一体いつぶりになるのだろうか。

 彼女の薦めに従って浴室で冷えた身体を温めながら、スネイプはぼんやりと考えていた。

 夏季のバカンスはヨゼファの家で過ごすのが主だったが、冬季は時折こちらに来ることがあった。

 彼女の家と異なり客間が快適に使用できそうな状態にないスピナーズ・エンドでは、狭い部屋でどうにか工夫して二人過ごすしか無いが…それが良かった。宇宙のように膨張を続ける広大なホグワーツとは違い、いつでも触れられる場所に存在を認めることが出来るのは安らぎである。

 だがその機会も不本意な同居人・・・・・・・がいた期間には無くなってしまった。


 これからはもっと多くの時間を共にしたい。片時も離れたくない。一緒に住もう。ホグワーツの教職に戻るのであれば、学校でも私室を同じにすれば良い。



 だが、先ほど彼女と二人で短い言葉と長い抱擁を交わした暖炉の前には何の気配もなく、思い描いていた人の姿は影も形もなく消えていた。その時の肝の冷え入る感覚は生涯忘れ難いものになるだろうと確信した。続いて臓腑の底から熱い怒りが湧き上がる。


「ヨゼファ!!!」


 名前を怒鳴り、物陰に姿が隠れてはいまいかと手当たり次第のものを避けて探す。古く座りが悪かった家具の類が倒れ、鈍い音が鳴った。


「セブルス…!?どうしたの、」


 部屋の扉が開き、ヨゼファが動揺した声をこちらに投げかけてくる。彼女は部屋の有様とスネイプのただならぬ様子に小さく息を飲み、すぐに傍へと駆け寄った。

 肩へと伸ばされた手を掴んで「どこへ行っていた!!!」と怒声を浴びせる。ヨゼファはスネイプを落ち着かせるためか、その手の上に掌を重ねて首を弱く横に振る。


「ごめんなさい、セブルス。」

「ここにいると言っていたのに、」

「お茶を淹れようとして台所キッチンにいただけよ。一緒に飲もうと思って」

「だが約束していた…!ここから動かないと!!」


 双肩を掴んで揺さぶりながら、どうして、と訴える。呼吸が乱れて喉の奥で変な音が鳴った。


「セブルス、大丈夫よ。落ち着いて…顔色が、」

「そうやって君はいつも約束を破るんだ!この嘘吐き………」

「いいえ私は貴方との約束は決して破らないわ、誓って、、」

「だがフランスに行くじゃないか!!私を置いて…ひとりにしないと、傍にいると言っていたのに…!!!」

「…………。知っていたの。」


 虚をつかれた表情を浮かべるヨゼファの顔を両手で包み、皮膚が触れ合うほどの距離で「知っている。」と囁いた。


「知っている…。君のことならなんでも、……執務室に残された少ない持物を全て調べ尽くした。手紙書簡も日記も全て読んで……、本の中に母親の記事の切り抜きを隠していたな、それもつい最近まで。諦めの悪い馬鹿め………っ!」


 執着心が怨みを含んで次から次へと心の表層に浮かんだ。

 ………ヨゼファのことは大切だった。傷付けたいわけではない。だが今までより一層強く想うからこそ、許せないことも多くなる。

 優しくなりたいと常々思う。この激昂を戒める俯瞰した自分自身の声も聞こえないわけではない。だがそれは難しく、離れて行くヨゼファを赦せる心など持てる筈もない。これだから、と思う。これだから自分は不幸なのだ。変わることは出来ないのだと絶望する。


「フランスに行くのは数年…いえ、一年くらいの間の話よ。すぐよ…じきにちゃんと帰ってくるわ。」

「すぐだと!?よくも簡単に言ってくれる!」


 いつの間にか追い詰めた壁際で、両掌で頭を掴んだまま押し潰した声で言う。身体が触れ合うので彼女の皮膚の感覚がまざまざと思い出されては肉体の芯が劣情に熱くなった。

 ヨゼファはこちらの身体に両腕を伸ばしては距離を隔てようとしてくる。させまいと、更に身体を密に近付けた。


「でも…セブルス。今までだって年に一度は長期でフランスに行っていたわ。確かに今回の方が長い期間だけれど、大して違いはないのよ。」

「そうだ。……年に一度、確かに君は外国に行く。何も感じないと思っていたか?それだってずっとずっと我慢していた…!!一年で帰ってくる保証はどこにある?ああ…アズカバンに行く時だってそうだった、いつもいつも突然、相談もしてくれない…それで待たされてばかりだっ……!もう待つのは嫌だ、金輪際ごめんだ!!!」


 いつぶりかに声を張り上げたので、声色は最後には掠れて半ば裏返ってしまった。

 そして、薄闇に浸された室内は打って変わって静寂する。

 スネイプの不安定な呼吸と暖炉の中身が燻る音、遠くで時計の針が時を刻む音が単調に続くのみである。


「ごめんね………。知らなかった、、」


 ほとんど顔と顔とが接するほどの距離、小さな声でヨゼファが謝罪した。

 ヨゼファを捕まえていた強い力を緩めて、少しの距離を取る。自分の身体がちょうど彼女の顔に影を落として、その表情を読み取ることはできない。

 ヨゼファはスネイプと壁との間からするりと抜け出して、机の上で倒れていた燭台を立ててひとつずつに小さな明かりを灯していく。室内の空気に暖色が差し込み、闇の深さが一段和らいだ。


「手紙を書くわ。」


 壁に向かったままのスネイプの背中に向けてヨゼファは口を開いた。


「私たち、付き合いは長いけれど事務的な用事以外で手紙のやりとりをしたことが一度も無い…。フランスに着いたら貴方に手紙を書くわ。帰ってくる日まで、絶やさずに。」


 言葉を続けながら、彼女はスネイプの元へと戻ってくる。背中に寄り添うように両掌を置き、肩に頭を置かれた。

 ゆっくりと吐く息が濡れた頸をそっと撫でる。


「返事を書いてくれる…?」


 頸に唇が落とされるのが、感覚と小さなリップ音で分かった。

 ヨゼファはスネイプの髪へと指先を絡めては、「髪が濡れたままだわ。」と呟く。


「拭いてあげる。こっちにおいで」


 腕を引かれソファへの着席を促される。ヨゼファもまた隣へと腰を下ろし、乾いたタオルを呼び寄せてはすっかりと冷たくなっていたスネイプの濡れた頭髪を包んだ。

 粗方の水分を拭い終わったのでタオルを除き、ヨゼファはスネイプの顔をじっと覗き込んだ。

 何を考えているのか、よく分からない表情をしている。彼女はスネイプの髪にくしゃりと指を絡ませてはスルリと離す。伴って乾いた髪がゆっくり頬の辺りへと落ちてきた。


「髪を梳かしたいわ…。良い?」


 抑揚ない声で尋ねられた。スネイプが返事をする前に、ヨゼファは細いコームをどこからか掌中へと手に入れる。

 後ろを向くようにと仕草で伝えられるので従った。彼女は何かを確かめるように…冷たく長い指でスネイプの頸や、鎖骨の辺りをなぞってから髪へとそっと櫛を通していく。


「貴方と私、髪質が似ているわ…。色は全然違うのにね。」

「………。そう言う君は…少し、髪が伸びた。」

「ええ、昔ほどではないけれども。」

「昔と髪質が違う気がする。」

「そう?私の昔の髪なんて貴方、覚えているの。」

「もっと、真っ直ぐで重たくて……母親に似ていた。」

「………………。」

「君は歳を重ねるごとに父親の面影が強くなっている。髪も…顔も、性質も」

「どうしてそんなことが分かるの?」

「さあ……。どうしてだろうか。」


 ヨゼファは手の動きを止め、スネイプの双肩に後ろから手を置く。そうして旋毛へと、ゆっくりゆっくりと唇を落とされた。

 そのまま、無言で首へと腕が回される。背中から抱きすくめられるので…大した力でも無いにも関わらず…息が詰まって、苦しい。


 彼女はひとつ嘆息をするが、何も言うことはなかった。

 抱かせるままにして、暫時が経過していく………



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